「あの子、二度までもわたくしを突き落としましたわ」
王女ファルナは病院のベッドの上で愚痴をこぼした。
あの時、動ける状態になったメタリカルドのラズベルを洞穴の近くまで運んだのは王女の馬車だった。馬車はアーガストに踏み潰された。ところがその前に、王女はラズベルによって馬車から突き落とされていたのだ。
この病室にはクメル、王女の妹のファノン、そして鋼鉄の少女ラズベルが見舞いに来ていた。
王女の愚痴に答える機械質な声が響いた。
「ああしなければあなたはアーガストに馬車の箱ごと叩き潰されて死んでいたのですよ。T-AIによる極めて合理的な判断です」
あいかわらず冷徹な口調でラズベルは王女に告げる。
二体のアーガストを前にして、クメルたちを助けようとラズベルは馬車を飛び出した。その際に、王女だけを馬車から突き落とした。残念ながら同行していた兵士は犠牲になってしまったが。
馬車が潰されることをT-AIが予測していたのだとラズベルは説明する。
だが、クメルは考える。
はたして王女を突き落とすことがT-AIの合理的な判断だったのだろうか。AIの判断であれば王女の命は気にも留めないはずだからだ。
それでも人間のクメルにはAIの判断の何が正しくて、何が間違っているのかは分からない。
結果的に王女は助かることになり、もしかしたらそれはラズベルの内に生まれた新しい感情ではないかと思っていた。
クメルのために王女を助けようとした、そんな合理的ではない人間らしい感情だ。
「それにしても、どうしてラズベルさんは急に動けるようになったのかしら?」
王女がラズベルに訊ねる。
「そこのファノンとかいう女からエネルギーを吸い上げましたから」
ラズベルの答えを聞いて、ファノンが思わず左手で右腕を押さえる。
メタリカルド化された右腕側面の金属のラインが室内の光を反射して輝いていた。
「わたしの魔力を利用したのですね」
「03型にアップデートしたとはいえ、メタリカルドの皮膚の表面素子だけではせいぜい右手を少し動かせる程度しかエネルギーを得られませんでした。ですので、魔力の高い者が近づくのを待っていました」
この世界の新人類は魔力と呼ばれる力を持っている。魔力の正体は第三世代以降のメタリカルドの動力源と同じものだ。ラズベルはファノンを通して魔力を吸い上げた。
ファノンが卓越した魔力量を有しているとはいえ、所詮は人間だ。せいぜい数時間程度しか活動できない。最善の策は、アーガストオリジナルモデル内でラズベルの複製体を作り、アーガストのもつエネルギーポンプ機構を含めてコピーすることだった。そのため、動けるようになってもすぐには動かず、ラズベルは機が熟すのを待っていた。
「そこのファルナとかいう女では役に立ちそうもありませんでしたから」
ラズベルは王女をちらりと見る。王女は右頬をぴくぴくと引きつらせていた。文句を言いいたいのだが、懸命にこらえている様子だった。
そんな三人のやり取りをクメルは複雑な表情で見ていた。
暗い顔のクメルに王女が話しかける。
「このお人形のラズベルという名前は、クメルさんのお母様から名付けられていたのですね」
クメルは苦い笑いを浮かべながら答えた。
「ああ。父さんが母さんのことを忘れないようにと、メタリカルドに母さんの名前をつけたんだ」
「お母様は残念なことをしました。わたくしのために」
王女はクメルの母親の死と引き換えに生かされたことを聞かされていた。頭部だけの姿とはいえ、クメルの母親が生き残っていたらこの場には王女の姿はなかった。
「王女様、あなたのためではありません。ああすることが母さんの望みだったのですから。過去から俺を呼び寄せて、すべてを終わらせてほしい――、それが母さんの望みでした」
クメルは見えない呪縛を振りほどくようにして声を絞りだした。
「そしてお母様の望みは、残るメタリカルドをすべて破壊すること、ですね」
そのことは王女にもすでに伝えていた。
もしもクメルの母親の頭部が現存していたら、アーガストはこの世界の人類を滅ぼして旧世代の人類の再生を図るつもりであった。
それがT-AIの出した合理的な判断だ。
だが、運命の分岐は別の道へと進んだ。
残るメタリカルドを破壊し尽くして、過去の不幸を繰り返さないことがクメルたちに求められている。
メタリカルドが内包しているT-AIが、再び人間の脳を利用することが考えられる。新人類の滅亡を計画するかもしれない。
もう少しだけクメルたちの仕事が残っていた。
残存メタリカルドの破壊という仕事が。
「いったい、どれほどの数のメタリカルドが残っているのかしらね。全部破壊するのにどのくらいの時間がかかるのかしら」
王女の言葉に、ファノンが続けた。
「私たち魔法部隊もメタリカルドの捜索と処理に協力いたします。だから、そう時間はかからないでしょうね」
ファノンは魔法部隊への入隊が決まっていた。マズロットとの結婚はとりあえずのところ、保留になっているそうだ。
頭の茶色い尻尾をぴこぴこと動かすファノンを見て、クメルは癒やされるようだった。
「ありがとう、王女様やファノンの協力が得られると心強いよ。一日でも早く全てのメタリカルドを破壊しよう。これは俺たち過去の人類が残してしまった災厄なんだから」
そんなクメルにファノンはぴたりと寄り添った。
「それにしてもクメルが百万年も昔から来ただなんて信じられない。運命の糸が二人を引き寄せたのかもね」
そう言いながらファノンは、人差し指でクメルのみぞおちにそっと触れた。そのまま下から覗き込むようにクメルを見上げた。
クメルは顔を真っ赤にする。
そんなファノンに、ベッドで身動きが取れないまま、王女ファルナが叫ぶ。
「ファ、ファノン!? クメルさんは、クメルさんは私の――」
その言葉を遮るようにラズベルが口を開いた。
「クメルとの婚姻は母親の代理である私の許可が必要です。私の許可なく認められません」
機械的な口調で言うラズベルだったが、どことなく冗談を言っている風にも聞こえた。
クメルは思わず、ぷっと噴き出した。
「そうだな、母さんの許可がいるな」
ラズベルに乗っかって冗談を言ったつもりのクメルであったが、なぜか悲痛な表情を浮かべる王女ファルナとその妹ファノンの顔を見て当惑した。
いったいどうしてこの二人はこんなに戸惑った顔をしているのか。まさか本当に自分との婚姻を考えているわけではなかろうに――
同じ年頃の女性の心など推し量ることのできないクメル。
女心がわかる日が来るまでは、まだだいぶ時間がかかりそうだった。
そして残りわずかに残存するメタリカルドをすべて破壊した時、クメルの本当に幸せな人生が始まる。
――すべてのメタリカルドが破壊された時
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――すべてのメタリカルドが破壊された時――――――――――
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――――すべての………………された……時……
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【 エラー。命令コードの閲覧が許可されていません。 】
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【 特別なアクセス権が必要です。 】
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【 極秘コード――この世で唯一のメタリカルドになった時に実行せよ 】
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ラズベルのプログラムにはクメルも、そしてラズベル自身もアクセス権がない命令が書き込まれている。
――クメルの母親だけがアクセス権を持つ命令――
【 ――最後のメタリカルドとなった時、自壊せよ―― 】
鋼鉄の少女、ラズベルもこの世からいなくなることを意味する。
それはメタリカルドのいない世界で生きてほしいと願う、クメルの母親が残した最後の愛情であった。
― 了 ―
王女ファルナは病院のベッドの上で愚痴をこぼした。
あの時、動ける状態になったメタリカルドのラズベルを洞穴の近くまで運んだのは王女の馬車だった。馬車はアーガストに踏み潰された。ところがその前に、王女はラズベルによって馬車から突き落とされていたのだ。
この病室にはクメル、王女の妹のファノン、そして鋼鉄の少女ラズベルが見舞いに来ていた。
王女の愚痴に答える機械質な声が響いた。
「ああしなければあなたはアーガストに馬車の箱ごと叩き潰されて死んでいたのですよ。T-AIによる極めて合理的な判断です」
あいかわらず冷徹な口調でラズベルは王女に告げる。
二体のアーガストを前にして、クメルたちを助けようとラズベルは馬車を飛び出した。その際に、王女だけを馬車から突き落とした。残念ながら同行していた兵士は犠牲になってしまったが。
馬車が潰されることをT-AIが予測していたのだとラズベルは説明する。
だが、クメルは考える。
はたして王女を突き落とすことがT-AIの合理的な判断だったのだろうか。AIの判断であれば王女の命は気にも留めないはずだからだ。
それでも人間のクメルにはAIの判断の何が正しくて、何が間違っているのかは分からない。
結果的に王女は助かることになり、もしかしたらそれはラズベルの内に生まれた新しい感情ではないかと思っていた。
クメルのために王女を助けようとした、そんな合理的ではない人間らしい感情だ。
「それにしても、どうしてラズベルさんは急に動けるようになったのかしら?」
王女がラズベルに訊ねる。
「そこのファノンとかいう女からエネルギーを吸い上げましたから」
ラズベルの答えを聞いて、ファノンが思わず左手で右腕を押さえる。
メタリカルド化された右腕側面の金属のラインが室内の光を反射して輝いていた。
「わたしの魔力を利用したのですね」
「03型にアップデートしたとはいえ、メタリカルドの皮膚の表面素子だけではせいぜい右手を少し動かせる程度しかエネルギーを得られませんでした。ですので、魔力の高い者が近づくのを待っていました」
この世界の新人類は魔力と呼ばれる力を持っている。魔力の正体は第三世代以降のメタリカルドの動力源と同じものだ。ラズベルはファノンを通して魔力を吸い上げた。
ファノンが卓越した魔力量を有しているとはいえ、所詮は人間だ。せいぜい数時間程度しか活動できない。最善の策は、アーガストオリジナルモデル内でラズベルの複製体を作り、アーガストのもつエネルギーポンプ機構を含めてコピーすることだった。そのため、動けるようになってもすぐには動かず、ラズベルは機が熟すのを待っていた。
「そこのファルナとかいう女では役に立ちそうもありませんでしたから」
ラズベルは王女をちらりと見る。王女は右頬をぴくぴくと引きつらせていた。文句を言いいたいのだが、懸命にこらえている様子だった。
そんな三人のやり取りをクメルは複雑な表情で見ていた。
暗い顔のクメルに王女が話しかける。
「このお人形のラズベルという名前は、クメルさんのお母様から名付けられていたのですね」
クメルは苦い笑いを浮かべながら答えた。
「ああ。父さんが母さんのことを忘れないようにと、メタリカルドに母さんの名前をつけたんだ」
「お母様は残念なことをしました。わたくしのために」
王女はクメルの母親の死と引き換えに生かされたことを聞かされていた。頭部だけの姿とはいえ、クメルの母親が生き残っていたらこの場には王女の姿はなかった。
「王女様、あなたのためではありません。ああすることが母さんの望みだったのですから。過去から俺を呼び寄せて、すべてを終わらせてほしい――、それが母さんの望みでした」
クメルは見えない呪縛を振りほどくようにして声を絞りだした。
「そしてお母様の望みは、残るメタリカルドをすべて破壊すること、ですね」
そのことは王女にもすでに伝えていた。
もしもクメルの母親の頭部が現存していたら、アーガストはこの世界の人類を滅ぼして旧世代の人類の再生を図るつもりであった。
それがT-AIの出した合理的な判断だ。
だが、運命の分岐は別の道へと進んだ。
残るメタリカルドを破壊し尽くして、過去の不幸を繰り返さないことがクメルたちに求められている。
メタリカルドが内包しているT-AIが、再び人間の脳を利用することが考えられる。新人類の滅亡を計画するかもしれない。
もう少しだけクメルたちの仕事が残っていた。
残存メタリカルドの破壊という仕事が。
「いったい、どれほどの数のメタリカルドが残っているのかしらね。全部破壊するのにどのくらいの時間がかかるのかしら」
王女の言葉に、ファノンが続けた。
「私たち魔法部隊もメタリカルドの捜索と処理に協力いたします。だから、そう時間はかからないでしょうね」
ファノンは魔法部隊への入隊が決まっていた。マズロットとの結婚はとりあえずのところ、保留になっているそうだ。
頭の茶色い尻尾をぴこぴこと動かすファノンを見て、クメルは癒やされるようだった。
「ありがとう、王女様やファノンの協力が得られると心強いよ。一日でも早く全てのメタリカルドを破壊しよう。これは俺たち過去の人類が残してしまった災厄なんだから」
そんなクメルにファノンはぴたりと寄り添った。
「それにしてもクメルが百万年も昔から来ただなんて信じられない。運命の糸が二人を引き寄せたのかもね」
そう言いながらファノンは、人差し指でクメルのみぞおちにそっと触れた。そのまま下から覗き込むようにクメルを見上げた。
クメルは顔を真っ赤にする。
そんなファノンに、ベッドで身動きが取れないまま、王女ファルナが叫ぶ。
「ファ、ファノン!? クメルさんは、クメルさんは私の――」
その言葉を遮るようにラズベルが口を開いた。
「クメルとの婚姻は母親の代理である私の許可が必要です。私の許可なく認められません」
機械的な口調で言うラズベルだったが、どことなく冗談を言っている風にも聞こえた。
クメルは思わず、ぷっと噴き出した。
「そうだな、母さんの許可がいるな」
ラズベルに乗っかって冗談を言ったつもりのクメルであったが、なぜか悲痛な表情を浮かべる王女ファルナとその妹ファノンの顔を見て当惑した。
いったいどうしてこの二人はこんなに戸惑った顔をしているのか。まさか本当に自分との婚姻を考えているわけではなかろうに――
同じ年頃の女性の心など推し量ることのできないクメル。
女心がわかる日が来るまでは、まだだいぶ時間がかかりそうだった。
そして残りわずかに残存するメタリカルドをすべて破壊した時、クメルの本当に幸せな人生が始まる。
――すべてのメタリカルドが破壊された時
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――すべてのメタリカルドが破壊された時――――――――――
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――――すべての………………された……時……
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【 エラー。命令コードの閲覧が許可されていません。 】
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【 特別なアクセス権が必要です。 】
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【 極秘コード――この世で唯一のメタリカルドになった時に実行せよ 】
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ラズベルのプログラムにはクメルも、そしてラズベル自身もアクセス権がない命令が書き込まれている。
――クメルの母親だけがアクセス権を持つ命令――
【 ――最後のメタリカルドとなった時、自壊せよ―― 】
鋼鉄の少女、ラズベルもこの世からいなくなることを意味する。
それはメタリカルドのいない世界で生きてほしいと願う、クメルの母親が残した最後の愛情であった。
― 了 ―