クメルが両親を失う数年前、当時はまだアンドロイドが開発されたばかりで、その性能は戦争に導入するには至らなかった。戦車や戦闘機による戦闘が主流であったが、やがてAIを搭載した戦闘機が開発され始めた頃に兵器の無人化が進んでいった。

 クメルの両親は科学者だった。父も母も開発初期の頃からアンドロイドの開発に参加していた。

 アンドロイドのプロトタイプ型である00型が開発され、それまでのAIの性能を遥かに凌ぐT-AI――Transcended Artificial Intelligence、すなわちAIを超越したAI――がクメルの両親によって開発された。

 T-AIが搭載された戦闘用アンドロイドが01型であり、メタリカルドと名付けられた。そして01型にT-AIが搭載されたことで兵器としての正式運用が決まった。

 ほどなくして敵国側でもT-AIと同様のAIが開発され、人間に匹敵する頭脳を持ち、人間を遥かに凌駕するパワーを持ったメタリカルド同士の戦闘は戦争を熾烈なものへと変えていった。この背景にはクメルたちが所属するガイラット連合国から機密情報が漏れたのではないかとの噂があったが、真偽の程は定かではない。

 敵国であるブルネル連邦ではメタリカルドが自律進化して02型へと進化を遂げた。一方でガイラット連合国は01型に改良を加えていった。02型メタリカルドと01型の改良型はほぼ同性能であった。

 この状況を打開しようと、大型兵器の開発が始まったのはクメルが七歳の頃だった。



「だいぶ人口も減りましたわね」

 クメルの母親が、目の前のクメルの父親に向けて寂しげな声をかけた。

 クメルの父親――ノルラウス・ベラウトはメタリカルド開発チームの総責任者であり、人工知能の研究における第一人者でもあった。

 同じ研究者でもある妻の言葉に、ノルラウスが返した。

「ああ、だがこの技術が完成すれば戦争は終結を迎えることができるはずだ」

 過酷な研究と開発を繰り返してやつれていた彼の口から出る声は、しわがれており、力のないものだった。

「ブルネル連邦の人口も一万人を割っているのではないかと言われています。人類そのものが本当に絶滅してしまいそうで――」

 クメルの母親はノルラウス・ベラウトと共に人工知能の研究に携わっていた。研究用の白衣を身に着け、二人は相対していた。

「あいつらは人間をメタリカルド化して戦闘に導入しているからな。そこまでして勝利を収めても、何の意味もないだろうに」

 クメルの所属するガイラット連合国の人口も数十万人と推測された。敵国であるブルネル連邦の数十倍である。

 敵国の人間がここまで減っていれば戦争は集結してもおかしくなさそうなものだが、一向に争いが収束する気配がないのは、双方のメタリカルドの多さが原因であった。

 ガイラット連合国が保有するメタリカルド数は約五十万、対する敵国側であるブルネル連邦においてもほぼ同数のメタリカルドが現存していると思われた。

「倒しても倒してもきりがない。次々と修復、複製を繰り返し、むしろメタリカルドの数が増え、人間だけが減っていく一方だ」

 ノルラウスの言葉に妻が答える。

「ですから、大型兵器のメタリカルド――というわけですのね」

「ああ、現存するメタリカルドをすべて破壊しない限りは、同じ災厄が繰り返される」

「あなたは、そのためにこれが必要なことなのだとおっしゃるのですね」

「本当にいいのか?」

「ええ、もう決めましたから。それが人類のためでもあり、クメルのためでもあります」

「すまない、ラズベル」

「いいんです、ノルラウス。愛しています。私の名前は01-21075に与えてください」

 白衣の女性――ラズベル・ベラウトはクメルの母親であり、クメルが共に行動することになるメタリカルドに受け継がれた名前の由来となった人物である。



 このあと大型メタリカルドの原型である04型プロトタイプアーガストの開発が始まった。

 だが、この時代の技術ではまだ人型の大型兵器の運用には及ばなかった。

 それには百三十七年の歳月が必要であるとT-AIは結論づけていた。そしてそのためには単一の脳とT-AIの融合が必要であった。当然人間の寿命はそこまで耐えることができない。頭部を切断し、T-AIと機械的に接続するしかなかった。

 クメルの母親、ラズベル・ベラウトがその役を買って出た。
 クメルの母親は頭部から切断され、体は冷凍保存された。

 頭部は人間の脳とT-AIが融合した状態に改造され、アーガストのプロトタイプと接続された。

 人間の脳と融合したT-AIは高度な計算を繰り返していく。

 その結果、アーガストは自律進化していき、04型プロトタイプアーガストは、百三十七年の時を経て07型アーガストへと進化した。



 ノルラウス・ベラウトは愛する妻を失ったも同然だった。そしてこれから起こる未来も彼は知っていた。いずれこの世界から愛する息子であるクメルも去っていく。

 クメルの父親であるノルラウスは、クメルのことをメタリカルドである01-21075に託した。01-21075にはクメルの母親であるラズベルの名を与えた。

「クメルをよろしく頼む」そう言い残して彼は息子の前から姿を消した。



 07型アーガストは次々とメタリカルドを駆逐し、その数を一桁に減らしたところで戦争は終結した。戦争を終結させるためには07型アーガストが不可欠だった。

 だが時は遅く、人類は絶滅していた。
 人類のDNAはここで失われることになった。

 クメルの母親であるラズベルの頭部を内部に残したまま、07型アーガストは自身を凍結、世界各地に残された数体のメタリカルドも行動理由がなくなり自身を凍結していった。

 07型アーガストは動作を凍結したものの、T-AIの演算は続けられていた。

 T-AIには別の目的があったからだ。
 それから百万年もの歳月が流れる。



 地球上にはそれまでの人類とはDNAの構成が異なる新たな種が誕生していた。

 人類と姿形はほぼ同一であるが、大きく異なる性質として「魔力」を所持していた。あらたな人類は、科学がそれほど発展していない中で、魔法を使って文化を成熟していった。



 機は熟していた。

 T-AIは過去からクメルを呼び戻す方法を計算により弾き出した。過去から人一人を呼び戻すためだけに百万年の歳月をかけて計算を繰り返していたのだ。

 07型アーガストは百万年ぶりに起動していた。アーガストの中でクメルの母親であるラズベルは遠い遠い過去を思い出していた。

 夫であるノルラウスの言葉だ。

「T-AIの計算では人類の絶滅は避けられない。もし、本当に絶滅するのであれば、私たちはもっと大きな視点で解決方法を模索しなければならない。仮に人類が絶滅しても、新たな人類が創生され、繁栄するならば同じ不幸を繰り返すべきではない」

「そのために、必要なのですね。未来の私がクメルを呼び寄せて、過去と決別をしてもらうことが。そしてT-AIの判断を打ち砕くために」

 クメルの父も母も、敵国に勝つことは考えていなかった。
 すでに地球は人類がまともに住める環境にはなかった。

 メタリカルドが人類を滅ぼすかもしれないし、悪化した環境が人類を滅ぼすかもしれない。いずれにせよ、人類が滅びる道は避けられないと考えていた。
 二人とも、その先を見据えていた。



 百万年をかけて、過去から人類を呼び寄せる方法をT-AIは計算して導き出した。過去から人間を呼び寄せるには、ラズベルとの血のつながりが必要だったためにクメルが選ばれた。

 T-AIの判断は、過去からクメルを呼び寄せ、現存する「魔力」を持つ新人類を駆逐する。
 その上で、クメルが持つDNA情報から旧世代の人類をふたたび蘇らせて繁栄させることだった。

 一方で、クメルの父親ノルラウスと母親ラズベルの望みは、クメルに新しい世界で幸福を摑んでもらうことだった。
 そしてそこにいるであろう新人類とともに、T-AIの出した判断から世界を守ること。そのために現存するすべてのメタリカルドの破壊をクメルに託すこと。

 ここまではノルラウスとラズベルと――そしてT-AIの計算通りだった。

 魔力を持った新人類を駆逐して、旧人類を繁栄させるのか。
 それとも、新人類とともに新しい未来を築くのか。

 世界がどちらの運命をたどるか、その分岐がここで訪れる。