ファノンはクメルの腕の中で気絶していた。
折れた足だけでなく、アーガストの拳を受けたことにより、内臓も損傷しているかもしれない。
二体のアーガストがクメルとファノンに迫る。
気絶しているはずのファノンの右腕がクメルに伸びた。
気がついたのかと思い、クメルはファノンの顔を覗き込む。だが、意識が戻っている様子はない。
ファノンは右手の人差し指を伸ばし、クメルの右こめかみに触れた。ファノンの右腕側面にある金属のラインに日光が反射してきらりと光った。
ファノンの右腕はメタリカルド化された腕だ。
その指を伝って、クメルの脳にシリコン素子を通して情報が流れ込む。
――クメル・ベラウトの魔力を利用して2・5次元よりエネルギーを汲み上げます
――クメル・ベラウトとアーガストは血の盟約に従い、接続を開始します
――アーガスト・オリジナルモデルとの遠隔接続に成功
クメルの脳内にアナウンスが響く。
なんだ――?
どういうことだ――?
ファノンのメタリカルド化された右腕。これはラズベルがやったものだ。
メタリカルド化された腕を通して、クメルは自身の魔力がコントロールされていることを感じていた。
魔法が発動している。
どこか懐かしい感覚。
死んだはずの母親とのつながりを感じる。
背後から二体のアーガストが迫ってくるというのに、子供の頃に姉か妹がほしいと駄々をこねていた思い出が蘇ってきた。母さんは「そのうちね」と返した。「だいぶ先になるかもね」とも言った。
ラズベルの目的はファノンをメタリカルド化することではなかった。
クメルの脳には次々に情報が伝達される。
ラズベルの目的。
第一は、ファノンの膨大な魔力を自身のエネルギーに変換すること。それにより、数時間ではあるが、活動が可能になった。
そして、第二に、これがすべてと言ってもいい。
アーガストの制作者と血縁関係があるもののみに許可された権限を行使すること。
血の盟約。
アーガストに秘められた機能。
――03型の複製を開始します。
――メタリカルド・コードナンバー01-21075・ラズベルの疑似人格を転送中――
確かラズベルは自分を複製できるように、クメルの脳内にあるシリコン素子に疑似人格情報を格納していた。AIがこのことを予測していたというのか?
――10% ――20% ――30%……
数値は勢いよく上昇し、またたく間に100まで跳ね上がる。
――100%
クメルの脳内のアナウンスが複製状態を知らせてくる。
――アーガスト・オリジナルモデルへ情報を転送。
――疑似人格の転送終了
――メタリカルド情報の複製開始……
――03型メタリカルド情報の複製が完了しました
複製が完了しただって?
いったいどこで?
――複製された情報を元に03型を実体化します
クメルに迫っていたアーガストの搭乗口が開きだした。
クメルは理解した。アーガストの内部であればメタリカルドを複製するだけの素材をアーガスト自身から供給することができる。
アーガストの操縦席で二体のメタリカルドが争っているのが見えた。すぐに一体のメタリカルドの首がもぎ取られ、地面に落とされた。クメルに向かってごろごろとメタリカルドの頭部が転がってくる。
それはノルラート王城の中庭からアーガストを奪い去った02型の物のようだった。
クメルは視線を上げる。開かれた搭乗口には見知った顔があった。
メタリカルドの複製はアーガストの内部で行われた――
白髪のボブカットを揺らしながら彼女は叫ぶ。
「クメル! 今からあなたを拾い上げます!」
今まさに複製されたラズベルはこの操縦席内でコピーされた新たなメタリカルドとして産まれた。当然、すでに操縦席にいた02型ともみ合いになる。だが、03型のラズベルにとっては02型などは問題にしない。簡単に首をもぎとり、行動不能にした。
搭乗口を開けたまま、アーガストの腕がクメルに伸びる。そのままクメルとファノンを握り、巨人の胸元まで運んだ。
クメルは気絶しているファノンとともに狭い操縦席に乗り込んだ。切断面から配線を伸ばすガルファの首が転がっていたので、クメルはそれを外に放り投げた。
アーガストの搭乗口の扉が閉まった。
「クメル、助かりました。その女を捨てなかった合理的でない判断のおかげです」
「ラズベル? 本当にラズベルなのか?」
まだどこか信じられなかったクメルが、目の前のメタリカルドに訊ねた。
「はい、私です」
メタリカルドは自らの複製体を製造することができる。
だが、それには必要なだけの素材となる金属が必要だ。
そしてアーガストの機体の一部を流用すれば、03型のような小型のメタリカルドは何体でも作り出せる。
「非常時のバックアップ用にいつでもアーガスト内部で私を複製できるようにしておきました。私のT-AIはバージョン2・0にアップデートされていましたから予測演算だけでなく、こういった想定外の対処も可能でした。私の情報をクメルの脳内のシリコンにコピーしておいてよかったです。それでもこれを実行するためにはクメルからの魔力の供給が必要でした」
聞きたいことはほかにも山ほどあったが、目の前のもう一体のアーガストに対応することが先だった。
「ラズベル、もう一体のアーガストが向かってくる」
異変を察知した別のアーガストは、クメルたちの乗るアーガストに向かってくる。
「問題ありません、クメル。こちらはアーガストのオリジナルモデルです。複製品など、敵ではありません。操縦は私がしますので、その女をしっかり抱えておいて下さい」
流れは完全に変わっていた。二体のアーガストのうち、一体がこちらの手に戻った。
二体のアーガストを敵に回すのは絶望的だった。だが、アーガストが戻ってきた今は、目の前のもう一体のアーガストに対処すればいいだけだ。
「この子はファノンと言うんだ。この子を守ることもお前に命令する」
「かしこまりました」
柔らかい声とともに、甘い笑みをメタリカルドは返してくる。
アーガスト同士が拳で殴り合った。こちらの打撃が相手の顔面を打つ。
対して相手側のアーガストの攻撃をラズベルはすべて躱す。
完全に攻撃をよけながら、一方的に相手のアーガストを殴り続けていた。
「すごいな、ラズベル」
「私の搭載するT-AIのおかげです。T-AIをフル活動させていますから、敵の攻撃をほぼ完全に予測できています。敵アーガストを破壊してよろしいですか?」
「かまわない」
クメルの一言を聞くと、ラズベルはアーガストの右足を大きく蹴り出した。その蹴りがもう一体のアーガストの胸にヒットする。搭乗口部分を大きく凹ませて、もう一体のアーガストが後方へと倒れ込んだ。地響きが轟く。
ラズベルは間を空けずにそのアーガストに馬乗りになった。二体のアーガストが組み合い、下にいる敵側アーガストも抵抗を試みるが、ラズベルはアーガストの拳を激しく何度も搭乗口部分に叩き込む。
五、六度の打撃により、馬乗りにされていたアーガストは動かなくなった。ラズベルはその搭乗口の扉を摑み、引きちぎるようにもぎ取った。操縦席が露わになる。
中から02型メタリカルドを引っ張り出すと、アーガストの右手が銀の少女を握った。
そのまま力を加えてメタリカルドを握り潰すと、もげたメタリカルドの頭部と脚部が地面に落下した。
メタリカルド単体ではアーガストの操縦は不可能だ。操縦には人間の脳を必要とする。人間が後席に乗っているはずだった。
後席には人間の頭部が置かれていた。
ガルファの時と同じように首は切断されており、切断面から何本ものケーブルが伸びて、その先は断線したケーブルが伸びているだけだった。
おそらく先ほどラズベルが握りつぶした02型メタリカルドと接続されていたのだろう。
ラズベルはアーガストの巨大な手を操縦席に差し入れ、指でその頭部をつまみ出した。
「この頭は潰してしまいます」
ラズベルはクメルの許可を求めず、アーガストの指に力を込めた。それをクメルは横から停止させた。
「いや、待て――。待ってくれ……」
クメルはその頭部と目が合った。
その頭部は女性のものだった。
ボブカットの黒髪だった。
「ちょっと待て!」
慌てて叫んだ。クメル・ベラウトはその顔に見覚えがあった。
ラズベルとまったく同じ顔。ラズベルの外観モデルとなった存在。
その顔を最後に見たのは九年前のことだ。戦争が激化し始めた、クメルが七歳の頃だった。
折れた足だけでなく、アーガストの拳を受けたことにより、内臓も損傷しているかもしれない。
二体のアーガストがクメルとファノンに迫る。
気絶しているはずのファノンの右腕がクメルに伸びた。
気がついたのかと思い、クメルはファノンの顔を覗き込む。だが、意識が戻っている様子はない。
ファノンは右手の人差し指を伸ばし、クメルの右こめかみに触れた。ファノンの右腕側面にある金属のラインに日光が反射してきらりと光った。
ファノンの右腕はメタリカルド化された腕だ。
その指を伝って、クメルの脳にシリコン素子を通して情報が流れ込む。
――クメル・ベラウトの魔力を利用して2・5次元よりエネルギーを汲み上げます
――クメル・ベラウトとアーガストは血の盟約に従い、接続を開始します
――アーガスト・オリジナルモデルとの遠隔接続に成功
クメルの脳内にアナウンスが響く。
なんだ――?
どういうことだ――?
ファノンのメタリカルド化された右腕。これはラズベルがやったものだ。
メタリカルド化された腕を通して、クメルは自身の魔力がコントロールされていることを感じていた。
魔法が発動している。
どこか懐かしい感覚。
死んだはずの母親とのつながりを感じる。
背後から二体のアーガストが迫ってくるというのに、子供の頃に姉か妹がほしいと駄々をこねていた思い出が蘇ってきた。母さんは「そのうちね」と返した。「だいぶ先になるかもね」とも言った。
ラズベルの目的はファノンをメタリカルド化することではなかった。
クメルの脳には次々に情報が伝達される。
ラズベルの目的。
第一は、ファノンの膨大な魔力を自身のエネルギーに変換すること。それにより、数時間ではあるが、活動が可能になった。
そして、第二に、これがすべてと言ってもいい。
アーガストの制作者と血縁関係があるもののみに許可された権限を行使すること。
血の盟約。
アーガストに秘められた機能。
――03型の複製を開始します。
――メタリカルド・コードナンバー01-21075・ラズベルの疑似人格を転送中――
確かラズベルは自分を複製できるように、クメルの脳内にあるシリコン素子に疑似人格情報を格納していた。AIがこのことを予測していたというのか?
――10% ――20% ――30%……
数値は勢いよく上昇し、またたく間に100まで跳ね上がる。
――100%
クメルの脳内のアナウンスが複製状態を知らせてくる。
――アーガスト・オリジナルモデルへ情報を転送。
――疑似人格の転送終了
――メタリカルド情報の複製開始……
――03型メタリカルド情報の複製が完了しました
複製が完了しただって?
いったいどこで?
――複製された情報を元に03型を実体化します
クメルに迫っていたアーガストの搭乗口が開きだした。
クメルは理解した。アーガストの内部であればメタリカルドを複製するだけの素材をアーガスト自身から供給することができる。
アーガストの操縦席で二体のメタリカルドが争っているのが見えた。すぐに一体のメタリカルドの首がもぎ取られ、地面に落とされた。クメルに向かってごろごろとメタリカルドの頭部が転がってくる。
それはノルラート王城の中庭からアーガストを奪い去った02型の物のようだった。
クメルは視線を上げる。開かれた搭乗口には見知った顔があった。
メタリカルドの複製はアーガストの内部で行われた――
白髪のボブカットを揺らしながら彼女は叫ぶ。
「クメル! 今からあなたを拾い上げます!」
今まさに複製されたラズベルはこの操縦席内でコピーされた新たなメタリカルドとして産まれた。当然、すでに操縦席にいた02型ともみ合いになる。だが、03型のラズベルにとっては02型などは問題にしない。簡単に首をもぎとり、行動不能にした。
搭乗口を開けたまま、アーガストの腕がクメルに伸びる。そのままクメルとファノンを握り、巨人の胸元まで運んだ。
クメルは気絶しているファノンとともに狭い操縦席に乗り込んだ。切断面から配線を伸ばすガルファの首が転がっていたので、クメルはそれを外に放り投げた。
アーガストの搭乗口の扉が閉まった。
「クメル、助かりました。その女を捨てなかった合理的でない判断のおかげです」
「ラズベル? 本当にラズベルなのか?」
まだどこか信じられなかったクメルが、目の前のメタリカルドに訊ねた。
「はい、私です」
メタリカルドは自らの複製体を製造することができる。
だが、それには必要なだけの素材となる金属が必要だ。
そしてアーガストの機体の一部を流用すれば、03型のような小型のメタリカルドは何体でも作り出せる。
「非常時のバックアップ用にいつでもアーガスト内部で私を複製できるようにしておきました。私のT-AIはバージョン2・0にアップデートされていましたから予測演算だけでなく、こういった想定外の対処も可能でした。私の情報をクメルの脳内のシリコンにコピーしておいてよかったです。それでもこれを実行するためにはクメルからの魔力の供給が必要でした」
聞きたいことはほかにも山ほどあったが、目の前のもう一体のアーガストに対応することが先だった。
「ラズベル、もう一体のアーガストが向かってくる」
異変を察知した別のアーガストは、クメルたちの乗るアーガストに向かってくる。
「問題ありません、クメル。こちらはアーガストのオリジナルモデルです。複製品など、敵ではありません。操縦は私がしますので、その女をしっかり抱えておいて下さい」
流れは完全に変わっていた。二体のアーガストのうち、一体がこちらの手に戻った。
二体のアーガストを敵に回すのは絶望的だった。だが、アーガストが戻ってきた今は、目の前のもう一体のアーガストに対処すればいいだけだ。
「この子はファノンと言うんだ。この子を守ることもお前に命令する」
「かしこまりました」
柔らかい声とともに、甘い笑みをメタリカルドは返してくる。
アーガスト同士が拳で殴り合った。こちらの打撃が相手の顔面を打つ。
対して相手側のアーガストの攻撃をラズベルはすべて躱す。
完全に攻撃をよけながら、一方的に相手のアーガストを殴り続けていた。
「すごいな、ラズベル」
「私の搭載するT-AIのおかげです。T-AIをフル活動させていますから、敵の攻撃をほぼ完全に予測できています。敵アーガストを破壊してよろしいですか?」
「かまわない」
クメルの一言を聞くと、ラズベルはアーガストの右足を大きく蹴り出した。その蹴りがもう一体のアーガストの胸にヒットする。搭乗口部分を大きく凹ませて、もう一体のアーガストが後方へと倒れ込んだ。地響きが轟く。
ラズベルは間を空けずにそのアーガストに馬乗りになった。二体のアーガストが組み合い、下にいる敵側アーガストも抵抗を試みるが、ラズベルはアーガストの拳を激しく何度も搭乗口部分に叩き込む。
五、六度の打撃により、馬乗りにされていたアーガストは動かなくなった。ラズベルはその搭乗口の扉を摑み、引きちぎるようにもぎ取った。操縦席が露わになる。
中から02型メタリカルドを引っ張り出すと、アーガストの右手が銀の少女を握った。
そのまま力を加えてメタリカルドを握り潰すと、もげたメタリカルドの頭部と脚部が地面に落下した。
メタリカルド単体ではアーガストの操縦は不可能だ。操縦には人間の脳を必要とする。人間が後席に乗っているはずだった。
後席には人間の頭部が置かれていた。
ガルファの時と同じように首は切断されており、切断面から何本ものケーブルが伸びて、その先は断線したケーブルが伸びているだけだった。
おそらく先ほどラズベルが握りつぶした02型メタリカルドと接続されていたのだろう。
ラズベルはアーガストの巨大な手を操縦席に差し入れ、指でその頭部をつまみ出した。
「この頭は潰してしまいます」
ラズベルはクメルの許可を求めず、アーガストの指に力を込めた。それをクメルは横から停止させた。
「いや、待て――。待ってくれ……」
クメルはその頭部と目が合った。
その頭部は女性のものだった。
ボブカットの黒髪だった。
「ちょっと待て!」
慌てて叫んだ。クメル・ベラウトはその顔に見覚えがあった。
ラズベルとまったく同じ顔。ラズベルの外観モデルとなった存在。
その顔を最後に見たのは九年前のことだ。戦争が激化し始めた、クメルが七歳の頃だった。