二体のアーガストの表面は溶けかかっていた。自己再生を繰り返すアーガストの装甲であってもあの熱風の中では再生しきれなかったようだ。

 だが、洞穴の外に体を出したアーガストは急速に自己再生を始めた。
 ものの数秒でアーガストは完全な装甲を取り戻していた。

 そこへ隊列をとらないまま、魔法部隊が四方八方から火炎攻撃や電撃攻撃を放つ。

 アーガストに魔法が直撃したが、わずかに表面を削るだけですぐに装甲が再生してしまう。

「どうして……」
 ファノンが呟く。

「時間が足りなかったんだ。もう少しあの中にいれば装甲に穴が空いたはず。洞穴の入り口を塞いでしまうべきだったか」

 クメルが舌を打つ。
 総隊長が叫んだ。

『撤退だ! 全部隊に告ぐ。ただちに撤退せよ』

 おそらくはメタリカルド化した魔物たちはあの熱に耐えられなかったのだろう。あれから一体も姿を現さない。

 敵はこの二体のアーガストだけ。
 だが、その二体に対してノルラート王国バロン家の魔法部隊は有効な攻撃手段を持たないことが先ほどの魔法攻撃でわかった。

 総隊長の判断は適切だった。

 だが、アーガストの動きが総隊長の予測を上回る。

 地面を蹴り、俊敏な動きを見せてアーガストの巨体は駆けた。あっという間に魔法師たちが固まる場所に飛び込むと、左右の腕を振り回して魔法師の一団を薙ぎ払った。

 十数人の魔法師が宙を舞う。

 激しく木に衝突する者。勢い良く地面に叩きつけられる者。

 アーガストは手を緩めない。二体の巨人は別々の方向に進み、魔法師たちを見つけては薙ぎ払い続ける。

 逃げ惑う魔法師たち。それを追う二体のアーガスト。

 一方的な蹂躙が繰り広げられ、地獄絵図の様相を呈した。
 次第にあたりが血の海に染まっていく。

 生き延びた魔法師たちは散り散りになって逃げだしていた。クメルとファノンもその場から離れるため駆け出す。

 二人はアーガストから少しでも逃れようと、木々の生い茂る林の中へと逃げ込んだ。

 だが、アーガストも木をなぎ倒しながら、追ってくる。
 クメルとファノンの後ろにアーガストが迫った。

 木がまばらに生えている林に踏み込んでしまったクメルとファノンはすぐに林を抜けてしまう。背後にアーガストが迫る。あと数本の木がなぎ倒されたら、アーガストの攻撃が届くだろう。

 クメルとファノンの眼前には草原が広がっていた。見通しのいい平原だ。
 クメルは平原を走ろうと視線を地平線に向けた。

 平原の先、遠方に馬車が見える。遠目に王家の紋章が描かれているのが見えた。一瞬、馬車がきらりと光った。馬車から外に出ようとする人影が見えた。

 背後の木がなぎ倒された音がした。後ろを振り返る。背後のアーガストが完全に姿を現していた。クメルはふたたび馬車に目をやる。馬車から飛び降りた人影はこちらに走ってくる。

 その走る速度は尋常ではない。明らかに人間のそれではなかった。クメルたちに向かって来ているのは確かだった。

 後方ではアーガストがクメルを襲おうと右手を振りかざし、勢い良く振り下ろしていた。振り返ると、クメルの視界の端にアーガストの巨大な腕が見えた。

 だめだ、死ぬ――

 そう思って目を閉じた時だった。クメルを庇うようにファノンが目の前にいた。

「がはっ」

 ファノンは悲痛な声を出した。ファノンはメタリカルド化した自らの右腕を目の前に横にして差し出して、アーガストの拳を直接受けていた。ファノンの右腕は損傷しながらも、アーガストの拳に耐えた。

 だが、地面を踏みしめる足は無理だった。左足が完全に折れてしまったファノンはその場に崩れ落ちる。

 アーガストは右の拳を再度振りかざして、二打目を打ち据えようとしていた。

「クメル」

 凜とした声。ファノンの声ではない。

 クメルを呼ぶ者が背後から迫った。クメルの背後から飛翔し、彼の頭上を飛び越えてアーガストが振りかざした拳を押し返すように掌打を加えた。

 アーガストがぐらつく。

 飛翔してきたのは銀の少女だった。銀の少女はクメルに振り返る。

「クメル、その女を捨てて逃げなさい。それが合理的な判断です」

 冷たく冷酷な声が響いた。
 クメルは小さく呟いた。「相変わらずだな、ラズベルは――」

 アーガストは標的をラズベルに変えた。ラズベルは素早い動きでアーガストの攻撃を回避する。

 なぜラズベルがここにいるのか、クメルには分からない。

 しかし、目の前でアーガストに応戦しているのはまぎれもなく03型メタリカルドの少女、戦闘形態(モード01-A)を展開した鋼鉄の彼女だった。

 クメルはファノンを見捨てることなどできない。足の痛みに悶える彼女を抱えあげようとする。

 馬車だ――。
 馬車へ向かおう――。

 クメルはファノンを抱えて馬車を目指した。ファノンを抱えたままでは歩みも遅い。ちらちらと背後を伺いながら馬車に向けて歩きだす。

 ラズベルは善戦していた。

 アーガストの決定打を受ける様子もなく、彼女の攻撃がアーガストにヒットする。
 だが、アーガストの装甲にダメージはない。完全にパワーの差で分が悪かった。

 このままではやがてラズベルのエネルギーが枯渇して終わるだろう。それにしてもどうやってラズベルはエネルギーを回復したのだろうか――。

 クメルは余計なことを考えまいとして、一刻も早く馬車へ向かうことに意識を向けた。馬車のほうでもこちらを捕捉したのか、向こうから近づいてくる。もう少し、もう少しで馬車にたどり着く。

 太陽光が降り注いでいたクメルの頭上を大きな影が覆った。影はそのままクメルの前方に降り立つ。ラズベルと戦うアーガストとは別の、二体目のアーガストだった。

 轟音を立てながら着地したアーガストは、馬車を先導する二頭の馬を踏み潰していた。馬はいななきを上げる暇もなく、内臓を飛び散らせて血しぶきを上げる。踏み潰された馬に引っ張られるように馬車の箱が大きく前方に傾いた。

 アーガストは馬車の箱を両手で摑んで持ち上げた。そしてそのままぐしゃりと両手のひらで圧し潰す。アーガストの手からは真っ赤な血が滴り落ちた。

 巨人が両手を開くと、馬車の箱だった塊は地面に落下して、激しい音とともに破片と肉片を撒き散らした。

「お姉様の……馬車……?」

 クメルの腕の中でファノンが掠れた声を絞り出す。
 だが、馬車の心配をしている場合ではなかった。二体目のアーガストが振り返り、クメルとファノンを見据える。

 一歩踏み出して、巨大な拳を二人の上に振り下ろした。
 ガキン、と激しい音がして、クメルの眼前でラズベルがその拳を受けとめていた。ラズベルがもう一体のアーガストを差し置いてこちらに走ってきていたのだ。

 十字にクロスしたラズベルの細い腕にアーガストの巨大な拳が叩きつけられている。アーガストは拳を持ち上げ、再度ラズベルの細い腕に叩きつけた。

 がつん、がつん、とラズベルは打ち付けられる。クメルの背後からは、先ほどまでラズベルが相手をしていた一体目のアーガストもこちらに向かって来ている。

「アーガストは二体とも私が対応します。クメルは逃げなさい。その女は捨て置くことをT-AIは推奨しています」

 それでもクメルはファノンを離さなかった。
 ファノンを抱えたまま、ラズベルから離れる。

 おそらくラズベルのエネルギーは十分ではない。エネルギーの消耗を抑えるために、おそらく王女の馬車でここまで来たのだ。馬車の箱はアーガストが握り潰し、肉片が撒き散らされていた。はたして、王女は乗っていたのか?

 二体目のアーガストがラズベルを真上から叩きつけている間に、一体目のアーガストがラズベルの背後に迫った。ラズベルの真横から横薙ぎに手のひらを水平切りのように振るった。

 巨人の手がラズベルの右脇に激しく激突した。かなりの衝撃がラズベルの機体に伝わった。

 ラズベルの足は二体目のアーガストに打ち付けられたことで足首まで地面に埋まっている。そこに一体目のアーガストにより真横から攻撃を受けたのだ。ラズベルの土にめり込んだ右足が軋んでいた。

 ラズベルの後ろのアーガストが二撃目を加えた。続けて手のひらによる水平切りの三撃目。

 三撃目の攻撃でラズベルの右脇の装甲が激しくひしゃげ、振動が伝わったことで右足首がもげてしまった。切断面から火花が散る。そして左足は土に埋まったままで身動きが取れないでいた。

 動きが取れないラズベルはアーガストの攻撃を避けられない。
 前から二体目のアーガストの拳が振ってきた。後ろからは手のひらの水平切り。

 前後のアーガストの攻撃を避けようと、ラズベルは体を捻った。だが、二体目の拳を避けられない。叩きつけられた衝撃を上手く逃がせず、左足首までもが切断してしまい、ラズベルは激しく飛ばされ、ごろごろと地面を転がった。

 そこに二体のアーガストの追撃が迫る。二体のアーガストはともにラズベルを拳で打ち付ける。だが、ラズベルは地面を転がることでそれを躱す。

 アーガストに対し、機動力に勝っていたラズベルであったが、両足首から下を失っている今はその機動力を発揮することができない。

 無様に地面を転がり続けながら攻撃を回避することしかできないでいた。それでも、いつまでもそうして逃げ続けることはできない。

 アーガストの攻撃がラズベルにヒットした。巨大な拳がラズベルの胸に激しく打ち付けられ、装甲を大きくへこませる。

 続けてラズベルは右足、左腕と打撃を受ける。地面を転がり回って逃げるラズベルの動きが鈍った。

 アーガストの巨大な拳がラズベルの顔面を打ち付けた。ラズベルの動きが完全に止まった。二体のアーガストは動きを止めずにラズベルを撃ちつける。
 アーガストの拳が何度も何度もラズベルを打ち据えた。

 ラズベルの装甲はすでに原形を留めていない。ラズベルの体が地面にめり込む。二体のアーガストは手を止めることはない。

 やがてぴくりとも動かなくなったラズベルを確認したのか、ゆっくりと二体のアーガストが体を起こした。

 クメルはこの間に二百メートルほどしか離れることができなかった。
 振り返ると、半分が地中に埋もれた状態のラズベルが目に入った。とてもアンドロイドであるとは判別できないほど、無惨に破壊されていた。

「ラズベルー!!」

 クメルは叫ぶ。その声に呼応するかのように二体のアーガストがクメルとファノンに向かって足を踏み出した。