山桜:花言葉「あなたに微笑む」




「今度はさ、みんなでお花見したいね」
そんな言葉を口にして、失敗したかもと思った。


「……うん」
隣を歩く彼の相槌はだんだん小さくなっていて、今度なんて来ないのかもしれないと感じる。

桜が街灯に照らされている道は、多くの人たちが立ち止まり、写真や動画を撮ったりしていて賑やかだ。
けれど、私たちの間に流れる空気は気まずくて、なにも知らない人からみたら破局寸前の恋人に見えるかもしれない。

先ほどまで友人たちと一緒にお別れ会をして盛り上がっていたのが嘘みたいだ。


「明後日、だっけ?」
彼が重い口を開く。

「そうだよ」
明後日、私はこの街を出る。
はらはらと降る桜の花びらを眺めながら、今まで過ごした日々が走馬灯のように頭に浮かぶ。
しんどかったこともあったはずなのに、今では全てがいい思い出のように感じる。

「準備、終わってんの?」
「まあ、うん。ぼちぼち」
「ぼちぼちってなんだよ。間に合わないとやばいじゃん」
「ね。やばい」
時間稼ぎのような会話をして、名残惜しくて私たちはお互いを引き留める。

「本当面倒くさがりだよな」
「そうかなー」
「連絡とかもすぐ途切れそう」

それは否定できなくて私は苦笑した。
さすが。私のことをわかってる。

「あいつら、連絡来なくなったら寂しがるんじゃねーの」
「んー……でも私のことなんて数ヶ月経ったら思い出さなくなっていくかもよ」

自分で言って虚しくなるけれど、ありえない話ではない。
この街から出ていく私は、目に映る環境全てが変わるけれど、みんなにとっては私が消えるだけだ。

「俺は思い出すけど」
拗ねたように彼が言う。

「それならちょっと寂しくないかも」
「……だからそっちも忘れんなよ」
不意に手を掴まれる。春の夜風に冷やされた指先に一気に熱が伝わってきた。

「じゃあ、忘れないように繋ぎとめて」
軽く握られた手を、私はぎゅっと握り返す。

彼に連絡をする理由がほしい。
ずっと私たちは曖昧な関係で、形がなかった。

このまま離れてしまえば、友達というには近すぎて、恋人というには一歩遠い。そんな私たちの関係は自然に消滅してしまうかもしれない。


一瞬目を見開いた彼は、意を決したように言葉を紡いだ。



「好きだよ」

離れる未来がなければ、タイミングを逃し続けていた私たちは糸を結べなかったかもしれない。



「だから、俺と——」
伝えられた想いがくすぐったくて私は微笑んだ。