「フェンリルがいる!?」

 僕が驚いていると、モススがなぜか頭の上で怒っていた。きっと自分以外のフェンリルに嫉妬しているのだろう。

「お兄ちゃん? あれはフェンリルじゃなくて、熊の獣人だと思いますよ」

「おっ、そうなの?」

 初めて見る獣人に驚く。見た目がもふもふとまではいかないが、少しモサモサしている。

「おいおい、お前ら……俺はただの毛深い人間だ!」

 どうやらフェンリルでも獣人でもなく、ただの人間のようだ。体が全身毛に覆われていたら、ついフェンリルだと思ってしまう。

 ダンジョンで見たのは真っ白なフェンリルだった。だから、今度は真っ黒なフェンリルが現れたと思い嬉しかったのに、中々フェンリルには会えないようだ。

「おいおい、そんなに落ち込まなくてもいいだろ。なんで間違えられた俺の方が悲しい気持ちにならないといけないんだよ!」

 そんな僕を見て男は戸惑っていた。

 そういえば、ここに来た目的って……。

「あっ、ここって子どもでも泊まれますか?」

 僕は完全に目的を忘れていた。

 フェンリルに出会ってから、あのもふもふが忘れられない。その結果、目的を忘れるくらいもふもふ好きになってしまったようだ。

「おい、立ち直るのはやいな! まぁ、良いけど……お前達二人か?」

 男の言葉に頷く。なぜか、頭の上でモススがバシバシと叩いているが、こいつは一人には入らないだろう。

「こっちは金があれば俺は問題ないが――」

「では数日お世話になります!」

「ご迷惑おかけします」

 僕達が頭を下げると男はめんどくさそうに頭を掻いていた。何か話している途中のような気もしたが、特に向こうから言って来なければ、そんなに大事な話ではないのだろう。

 男に案内された部屋は僕達が住んでいた家の部屋と同じぐらいで、特に気になることはなかった。むしろこんなに広い部屋を僕達で使って良いのかと心配になるほどだ。

 ちなみにお金は前払いのため、高額に請求される心配もない。食事の準備もめんどくさいので、食事付きの予定だ。

「この後すぐに飯の時間になるけど、本当にいいのか?」

「僕達はいつでも大丈夫ですよ」

 そう言って男は部屋を後にした。僕達も部屋に荷物を置くと男の後ろに付いていく。

 食堂は割と広い場所で、テーブルもいくつか用意されていた。

 ただ、座っているのは僕達だけのようだ。

「泊まっているのは僕達だけですか?」

「いや、客は他にもいるぞ」

 どうやら食事付きにしている人が少ないらしい。確かにお金がたくさんあれば、この街なら食べられる物は多いだろう。

 ダンジョンで手に入れたお金は、ほぼポーションと旅の費用に使って無くなってしまった。

 それだけポーションの値段が高いことが問題だ。安かったら妹が弱る前に飲ませている。

 次々とテーブルに料理が置かれていく。あまりにも種類が多い食事に僕達はよだれが垂れそうだ。

 いや、モススは僕の頭の上でよだれを垂らしている。思ったよりモススも食い意地が張るタイプだ。

 ご馳走を目の前にしてウキウキとする僕達とは違い、宿屋の男は心配そうな顔をしていた。

「本当に食べて後悔しないだろうな?」

「後悔? こんなに豪華なご飯を食べて……あっ、食べすぎて後悔するってことですね!」

「はぁ……どうなっても知らないぞ」

 僕達はフォークとスプーンを受け取ると、目の前にある食事を口に入れる。

「うっ……」

 ホロホロとお肉が口の中で砕けていく。今まで肉に似た野菜を食べていたが、本物の肉は全然違うようだ。

「おい、まずいなら吐き出――」

 男は僕達の手を止めるが、横取りされるわけにはいかない。必死にお皿を死守すると、口にかき込む。

「うんっ……まあーいー!」

 こんなに美味しいご飯を食べたのは久しぶりだ。どんどん食べている手が止まらない。モススも同じ気持ちなのか、肉を勢いよくたいらげる。

 僕達の食い意地は止まることなく、気づいたらテーブルに置いてあった料理を食べきってしまった。

「あっ……他の人の分も――」

「それはお前達の分だから大丈夫だ。おかわりはいるか?」

 その言葉に僕達は大きく頷く。モススなんて頭を振りすぎて取れそうな勢いだ。

 その後も僕達は出された料理を全て体の中に入れた。

 どこか宿屋の男は、食べる僕達の姿を見て嬉しそうに微笑んでいた。

 あの男は変な趣味があるんだろうな……。