僕達は目の前にいる大きなコボルトに意識を向ける。残っているのは大きなコボルトのみ。

 他のコボルト達は初めにモススが行った、秘技モスモスビームで同士討ちした。

 それでもにやりと笑っているコボルトは仲間が死んだのに、何も思わないのだろうか。

 僕よりも足が早く力が強い。そんな強者のコボルトに正面から勝負しても勝てるわけがない。

 僕は逃げるように背を向ける。だが、逃げているわけではない。その間に反撃するタイミングを探し出している。

 建物に隠れながら隙を伺う。全体的に僕の背丈より少し高い集落なら僕の姿は見えないだろう。

『キュ!』

 突然モススが髪の毛を引っ張ると僕は立ち止まる。見上げると宙には大きな岩が飛んできた

 音を立てながら目の前に落ちる。

 モススからはコボルトが岩を投げていたことが見えていたのだろう。

 その後も逃げるが、何度も何度も僕の目の前に岩が落ちてくる。

 なぜ、モススは投げた岩に気づいたのだろうか。

 ひょっとしたら投げた岩が見えているのだろうか。

 投げた岩が見えている……。

 見えている?

 僕は少し背伸びをして周囲を見渡すと、コボルトの姿が目に入った。

「おいおい、モススの体が見えているじゃないか!」

 建物に隠れているとは思っていたが、僕だけが隠れているとは思いもしなかった。

 モススも必死に頭の上で小さくなろうと、ぴったりくっついていたが、向こうから見えていたら意味がない。

『キュ!?』

 ビクッと体が動いたため、モススも言われて今頃気づいたのだろう。

 案の定低く屈んで移動すると、コボルトは全然違う方向に向かって岩を投げている。

 魔力などを感知しているわけではなく、モススを見て攻撃を仕掛けているのなら僕達でも勝てる可能性はある。

「今から隠れんぼをしようか」

『キュ?』

 僕は頭からモススを離して、建物から見えるかどうかギリギリのところに置いた。

「ここからコボルトに見つからないように移動するんだぞ! コボルトに見つかったら負けだからな」

 突然隠れんぼをすると言ったら、モススも理解したのか前脚を振っている。そんなに隠れんぼが嬉しいのだろう。

 ただ、今回はモススに囮になってもらうつもりだ。

 僕はゆっくりと隣の建物に移動して、コボルトが少しずつモススに近づいていくのを待つ。

 隣の建物から見ても、モススの羽がひらひらと見えている。

 あれでモススは必死に隠れているつもりなんだろうか。

「グアアアア!」

 コボルトが走ってモススに近づいたタイミングで、僕もコボルトの背後に飛び出した。

 右手には短杖を持ち、魔力を精一杯込められるだけ込める。

 先端に付いている羽は真っ直ぐに広がり、尖ったブラシのように見える。

「いけー!」

 僕はそのままコボルトに向かって大きく振りかぶった。

「グアアアアアアアア……キャン!?」

 僕は何度も何度もコボルトに向けて短杖を振る。だが、コボルトの体から血が出ることはない。

 むしろ少しずつコボルトのモサモサとしていた毛が、段々と毛並みが良くなってきている。

 コボルトは僕の存在に気づいたのか、振り返りにやりと笑っていた。

 大きく口を開けて少しずつ僕に近づいてくる。

 モススもそれに気づいたのか、コボルトの頭に乗り、何度も叩いている。

 だが、モススの小さな手ではダメージが与えられないのだろう。

 コボルトの顔が段々近づいてきた。

 よだれがポタポタと僕の頭の上に落ちてくる。

 ああ、食べられるのだろう。

 僕は恐怖のあまり目を瞑った。

 その瞬間、今まであった楽しいことや辛いことが、たくさん思い出される。

「マリアこんな兄ちゃんでごめんね」

 コボルトに食べられる覚悟を決めた。できれば痛くないように丸呑みでお願いしたい。

 だが、コボルトは一向に僕を食べようとしなかった。頭の上にはよだれがたくさん落ちてくる。

「キャン!」

 頭の上では高い声で鳴いている。ゆっくりと目を開けると、コボルトが息をハァハァと吐いていた。

 体から少し見える尻尾はなぜか大きく振っているように見える。

 そういえば、フェンリルの時も同じような仕草があった。

 今がチャンスだと思った僕はすぐに短杖を構える。

 そのまま弱点であろうお腹におもいっきり振りかぶる。

「キャーン!」

 短杖に触れた途端、コボルトは鳴き声を上げる。傷は見えないがコボルトには効いているのだろう。

 さっきと同じように何度も何度も振りかぶる。

 コボルトの尻尾は周囲の建物を壊すようにブンブンと振っていた。

 きっと僕の攻撃が当たって痛みで苦しんでいるのだろう。

 その後もコボルトに短杖で攻撃する。するとコボルトは突然光り出す。

 あまりの眩しさに目を閉じる。

 目を開けた頃にはコボルトは大きな丸い毛の塊になっていた。