◯一話
 栄えた街の中、人だかりができている。女の子が馬車に轢かれ、母親らしき人が助けを求めているのだ。そこにサユアディスとシュンハルがやってくる。サユが水の魔術で傷を癒やす。感謝と歓声の中には怪訝そうな視線が混ざっていた。あの力は魔女のものではないか、まさか我々人間に危害を与えにきたのではないか、と。一人がサユに正体を尋ねようとした時には二人の姿はなかった。
 一本の箒に二人で跨り空を飛ぶ。二人は薬作りに必要なドラゴンの血を手に入れに行く途中だった。しかしその道中の寄り道はこれで20回目。完全な境界線を設けているにも関わらず魔女が人間界に来ていると広まれば人間が魔女に争いを仕掛ける動機になりかねない。シュンハルのそんな懸念もサユには届かない。
 ようやく目的地に着く。ドラゴンは以前の種族争いの際人間に武器として利用され、終結後には城のような見た目の檻に閉じ込められた。こっそり城に忍び込んだ二人。気づいた番人もシュンハルが道具を用いて素早く眠らせる。その道具はサユが作ったものだ。
 ドラゴンからの異様な殺気。シュンハルは思わず後退りしたが、サユは堂々とドラゴンに血を分けてほしいと話しかける。当然拒否されドラゴンは唸る。それに続くように他の檻の中からも恐ろしい声が。しかし、サユが力強く睨みつけた途端ドラゴンは一瞬で大人しくなった。サユからはドラゴン数十匹を超えるほどのオーラが放たれていたためだ。シュンハルですら唾を飲む。
「ドラゴンよ、人間への復讐を手伝え。血を分けろ」
 サユがそう言うとドラゴンは自らの爪で肌を刺して血を流し始めた。十分な血を得た後、サユはドラゴンの傷を治す。帰っていくサユたちにドラゴンは敬意を表していた。

◯二話
 箒の上でシュンハルが不安そうに尋ねる。
「サユアディス、本当に人間に復讐する気なのか?」
 答えは「いいや」というたった一言。
 サユはこの世から一つでも不幸をなくしたいと思っている。そこに種族は関係ない。先ほどのドラゴンは生きる意味をなくしたかのようだった。だから夢を見させたのだ。いつか人間の支配から解放され、自由に空を飛び回る日が来ることを。人間への復讐を目指すというのは嘘だがそれでいいとサユは思っていた。シュンハルは聞かずともその心を察した。
 二人は魔女の界域にある家に戻った。すると中には人影が。警戒しつつ入るとそこには二人の魔女、フォーレとマリアムがいた。サユに会えたことを喜びシュンハルにも笑顔を向けるマリアムとは対照的に、フォーレはじっと二人を睨みつけた。
「なあサユ。おまえ、人間のクソ野郎とまた人間界に行ったのか?」
 サユの行動と、人間であるシュンハルの存在をフォーレはことごとく嫌がっていた。サユとフォーレが対立する様子をマリアムが悲しそうに見つめる。そんなマリアムの視線にフォーレは居た堪れなくなり、「こっちに迷惑かけんじゃねえぞ」と戸口を開けようとした。それと同時にもう一人の魔女、ギナが家に入ってくる。
「サユ、ドラゴンの血を分けてくれ」
 サユが人間界に行くことを許しているかのような発言にフォーレは怒りを表す。だがギナは「私もおまえもサユも皆、好きにすればいい」と言った。

◯三話
 人間の界域の西側で日照りにより飢饉が起きているという情報を得たため、サユはシュンハルとともにそこに雨を降らせに行く。雨に喜ぶ住人たち。だがすぐに作物が育つわけではない。サユは持ってきた食料を差し出した。しかし住人は誰も受け取ろうとしない。魔女の食べ物を信用できなかったのだ。シュンハルはその態度を悲しみ、自分が人間だと示したうえでそれを口にし安心させようとしたがうまくいかない。サユは食べ物を置いて、シュンハルを引き連れ立ち去った。
 シュンハルは、魔女は悪い存在でないことをどうして伝えないのかと不服そうに尋ねるが、サユは好かれたくて助けているわけではないと答える。だがシュンハルは、それなら夜にでもひっそり雨を降らせればいい、本当はみんなと仲良くしたいのではないかと続けた。サユは何も言わずに箒を走らせ、困っている者を見かけるたびに止まった。シュンハルはついて行こうとしたが、機嫌を悪くしたサユにその場に残るよう促される。一人待たされて何回目だろうか、シュンハルは人間に拉致されてしまう。西の村から魔女とともにいる男は人間だという噂を聞いた者たちが、うまく利用して魔女について問いただそうと考えたのだ。戻ってきたサユはひどく動揺し、必ずシュンハルを助け出すと決意する。

◯四話〜六話
 シュンハルは人間たちから魔女について話すことを求められた。できるだけ情報を集めていつか来るかもしれない争いの時に備えようというわけだ。はじめは魔女に連れ去られた可哀想な少年として扱われたが、何も話さないシュンハルにだんだん怒りが募っていく。業を煮やした人間に暴力を受けてもシュンハルは沈黙を貫く。しかし、魔女が来た理由は何かという問いにだけははっきりと答えた。
「困っている人を助けるためだ。……彼女は優しいから」
 完全に魔女の味方だとわかると人間はシュンハルを殺そうとする。だが上官のガルフがそれを止める。シュンハルをエサに魔女を誘き出そうと言うのだ。
 シュンハルは戦闘に特化した場所へと移動させられ、その位置を耳にしたサユは誘われているとわかりながらも助けに向かう。そこでは千を超える騎士たちが魔女を待ち構えていた。中には種族争いの際にドラゴンを仕留めた者や魔女をひどく憎んでいる者も。
 今まで大勢の種族と戦ってきた騎士たちはサユが現れてもはじめは少しも恐れなかった。しかし対面した途端に感じたおぞましい殺意に思わず息を呑んだ時にはすでに、体内の水が膨らみ爆発していた。この魔術は相手に触れなければ発動しない。手練れの騎士にはなかなか手の届く位置まで近づけず、足止めを食らっている間に四方八方から矢の雨が。サユは自分の周囲を水で囲んで矢を流す。騎士とは氷で作った武器で戦いなんとか勝利するが、相手の最後の言葉から人間が魔女を恨んでいるという現実を改めて実感する。
 さらに進んでいくと鏡の間で敵が待ち構えていた。サユは息を呑む。魔女は魂を自由に移動できるので体はただの容器でしかないと考えている。そしてそれに固執すれば体に支配される、と。鏡は体を意識させるため見れば力が減る。だが鏡を割れば弱点がバレてしまう。サユは自身の目に水をためて景色をぼやかしながら戦った。
 ようやくシュンハルのところまで辿り着くが、彼の前には多くの見張りが。最後の力を振り絞ってなんとか構える。しかし次の瞬間、見張りがバタバタと倒れ出した。シュンハルがサユからもらった魔道具を使ったのだ。それを持っていたならば逃げてこられたのではないかと咎められ、シュンハルは俯いた。
「これを人間に使う決断ができなかったんだ。そのせいでサユアディスが傷つくことはわかっていたのに。僕のせいで迷惑をかけてごめん。僕なんかのために、ありがとう」
 サユは痛々しいシュンハルの姿を眺めながら言う。
「わたしはずっと困っている誰かのためにこの力を使っているつもりでいた。それが本心かどうかはわからない。ただ今回に限ってはわたし自身のためだ。シュンハル、わたしは君を失いたくない」
 こうしてシュンハルは無事に解放され二人は絆を深める。しかし魔女の脅威を示し、魔女と人間の関係を悪化させるには充分すぎる効果があった。この面白い状況を悪魔が見逃すはずはなかった。

◯七話以降
 サユとシュンハルはその後も人間界に訪れ、流行病を治したり、森で暮らす精霊のために環境を整えたりといったことに魔術を使った。感謝はされるものの人間からは警戒の目を向けられる。だが他の種族からの信頼は上がっていった。また、新しい魔道具や薬を作るための材料を集めに危険な場所に出向くことも。
 他の魔女との関わりは相変わらずだがシュンハルとの生活に満足していた時、悪魔が人間と魔女の対決を仕組む。悪魔の手によるとある村の壊滅を魔女のせいにしたのだ。魔女の脅威を常に感じてきた人間はひどく恐れるとともに、これをチャンスと見て魔女討伐軍を作り出した。魔女の境界線に入り込んで包囲すると言う。以前助けた種族からいち早く人間の動きを知らされ、四人の魔女は協力して敵を返り討ちにすることに。序盤は人間側に押されるも次第に作戦が効いてきて立場を逆転させていく。しかし悪魔の操作により窮地に陥る。だが全滅でもされては面白くないと考えた悪魔が魔女側についたことで、多大な人間の犠牲者と魔女の地の荒廃の末この争いは終結する。また、この争いの最中にサユは人間の指揮官ガルフが以前の恋人であることに気づきひどく悲しむ。フォーレからサユの恋人の話を聞いたシュンハルは自分はその人の代わりに過ぎないのかと悩み、また自分もいつかガルフのようにサユの前に現れてしまうかもしれないと恐れる。しかし、その時にはきっとサユの拠り所になる他の誰かがいるはずだ、今は自分がサユを守る番なのだと腹を括る。
 この後もサユは人間や他の種族を助け続ける。次第に魔女は悪い存在ではないのかもしれないと考え始める人間も。少しずつ出向いた先で向けられる冷えた視線が減り、お礼の品まで受け取るように。サユは何かが変わろうとしている現実に初めて小さな微笑みを見せた。もちろん人間の中にもまだまだ魔女を憎む者はいるし、フォーレも親切な行為は人間の罠なのではないかと疑っている。
 サユの話に興味を持ったマリアムとギナが人間界に行ってみたいと言い出す。フォーレは止めたが聞く耳を持たない二人。シュンハルは家に残り、魔女三人水入らずの旅を見送る。魔女界にいるのはフォーレとシュンハルのみ。その隙をつき、再び人間の襲撃に遭う。ずっとシュンハルを嫌っていたフォーレだが彼を守ろうと必死に戦う。シュンハルもまた、魔道具や薬を用いて奮闘した。前回よりは小規模の軍であったこと、異変に気づいた三人が途中で引き返し挟み討ちにできたことでなんとか勝利するも害は大きい。さらに今回の争いを魔女が仕組んだものとされたことで今まで積み重ねてきたものが崩れ落ちる。そう絶望していたのだが、一部の人間や他種族の中には人間の仕業であると見抜き、醜い人間に反発するため魔女側と内密に関係を築こうとする者たちが現れる。サユは素直に喜ぶことができなかった。人間を懲らしめたいわけではない。そして初めて、やはり自分はみんなと仲良くしたかった、そんな途方もない夢を追っていたのだと気づく。葛藤しながらもサユは声をかけてくれた人たちと仲間になる。
 その様子を愉快に見ていた悪魔が再び戦いの火種を作る。今度は人間側も魔女側も自分たち側についている他種族に協力を要請したため種族争いの時以上に大きな戦いとなる。戦場は人間界と魔女界の境界線。そのためお互い自分の土地をうまく利用することができた。悪魔の気まぐれもあり複雑で激しい戦況になる。フォーレは味方の人間を守り戦死した。最終的にはサユの訴えかけ、人間側のトップ、ガルフがシュンハルに殺されたことにより終結する。
 互いに大きな犠牲が出たため、争いはその後50年起きていない。
 サユは敵となった人たちを助けることはしなかった。だがシュンハルは魔道具や薬を使って密かに人間を助けていた。いつかきっと分かり合える日が来ると信じて。