中学生になってからは私にして来るいじめは何もなかった気がする。

いじめが途絶えたことは心の底から良かったと思えるけど、何故いじめが途絶えるようになったのかは私にはわからない。



入学当初、人と関わることに苦手意識が強まっている私は中学からの新しいクラスメイトがどうなるのかたくさんの不安があった。
けど、新しいクラスのメンバー表を見てすごく安心したのだ。
それは、私がなった○組にずっと味方でいてくれて支えてくれた友達と同じクラスメイトに慣れたこと。気軽にいられて話せる友達と慣れて本当に良かった。

そうして、仲の良い友達と新しいクラスメイトで過ごすのに慣れてきたけど、私は周りの人と関わるのが怖いと思ってしまい人との間に壁を作った。ほとんど必要最低限しか関わらなかった。また新しく人間関係を築き上げることができたのに、私と関わって傷ついて離れていくのが怖かったから最初から浮くことを選んでしまった。この先の私が、後悔することになるとも知らずに。


クラス内での係や目標など決めていったあと、国語などの普通授業が始まった。

小学生の頃、支援を受けるようになってからずっと支援学級の方で授業を受けていたけど、中学の支援学級の先生と相談してまた通常のクラスで授業を受けても大丈夫かもしれないということでしばらくの間通常クラスの方で頑張った。

ちゃんと授業内容についていけるように毎日頑張った。自分なりに一生懸命に頑張り続けた。

そのまま中学生になってからの初めてのテストを受けた。問題用紙を見た瞬間、駄目だ出来ないと思った。頑張って問題を解いていったけど、多く解くことができなかった。
「頑張ってやって来たのになんで私はできないの」とテストの試験中に自分の”できない”部分に嫌気が差してこっそり泣いた。

テスト返しされた時、自分の答案用紙を見たら案の定テストの結果があまり良くなかった。

支援学級の先生と相談してまた小学生だった頃と同じように苦手で難しいと感じている教科のみ支援学級の方で授業を受けるようになった。

支援学級で授業を受けているとやっぱり支援学級の方が理解しやすく自分に合っていると思う反面、私がクラスにいる時間が減ることでクラスメイトとの関わりが減っていくことに良かったと思えるような良くないと思えるような、よくわからない気持ちが続くまま日々が過ぎていった。

そうした日々を過ごしているうちに私は支援学級では家にいるときと同じくらい自然体でいるのが当たり前で、クラスの方では息を潜めて空気のように居て仲のいい友達以外とはほぼ喋らなかったり関わらないのが当たり前になった。

話しかけられると私が大きく目を開けて驚いてしまうほど。支援学級からクラスに戻って来ると一瞬だけど目を向けて来るのが怖かったはずの視線もすっかり慣れてしまうほど。

三年生になってもずっと。ずっと変わらず。

3年生の頃の私は毎日、息を吐くようにため息が出ていた。支援学級にいても「たくさん、ため息を吐かないように頑張ろう!」と先生に言われてしまうほど。

入試試験を無事に合格するための勉強とため息を出さないように意識するのことを頑張った。

息ができる支援学級で授業をしているとき、私はよく弱音を吐いたり、自分を否定するようなマイナスなことをたくさん言葉にして口に出していた。だって、先生に詳しく理解しやすいように教えてもらっているとき自分のダメなところや嫌いなところを沢山見つけてしまうから。自分自身と向き合うたび、変えられない現実に打ちのめされるから。

でも、よく先生が「ちゃんと頑張っているよ!」「えらい!!」と沢山の肯定の言葉をくれた。この言葉に沢山救われた。この言葉を信じて精一杯に頑張った。

そして、中学生最後の3学期後半。
もう、今更なことだけど勇気を出してクラスいる子に話しかけたりしてみた。
そしたら以外にも会話が続いて楽しかった。

そのとき、私は思った。怖いと思わず、もっと早いうちにやってみれば良かったと。そしたら、何か変わっていたんじゃないかと。そういうことを考えちゃいけないのに。後悔という悔やむ気持ちが大きくなって根深くなっていくだけなのに。けど、結局たくさん考えてしまった。勇気を、一歩を、踏み出すのが遅すぎたと私は思った。
だって、中学を卒業してしまえばもう偶然に会ったり、同窓会を行わない限り会うことがないから。
本当に遅すぎた。
そういう気持ちを抱えたまま中学を卒業してしまった。