======== この物語はあくまでもフィクションです =========
============== 主な登場人物 ================
大文字伝子・・・主人公。翻訳家。EITOアンバサダー。
大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。
愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。階級は巡査。
愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。巡査部長。
久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。久保田警部補と結婚した。
橘なぎさ一佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。
金森和子空曹長・・・空自からのEITO出向。
増田はるか3等海尉・・・海自からのEITO出向。
大町恵津子一曹・・・陸自からのEITO出向。
田坂ちえみ一曹・・・陸自からのEITO出向。
馬越友理奈二曹・・・空自からのEITO出向。
浜田なお三曹・・・空自からのEITO出向。
副島はるか・・・伝子の小学校の書道部の先輩。EITO準隊員。
日向さやか(ひなたさやか)一佐・・・伝子の替え玉もつとめる。空自からのEITO出向。
斉藤理事官・・・EITO司令官。EITO創設者の1人。
新町あかり巡査・・・みちるの後輩。丸髷署勤務。EITOに出向。
結城たまき警部・・・警視庁捜査一課の刑事。EITOに出向。
物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。故人となった蘇我義経の親友。
依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーだったが、やすらぎほのかホテル東京社長秘書だった慶子と結婚。やすらぎほのかホテル東京支配人となる。

依田(小田慶子)・・・依田の妻。やすらぎほのかホテル東京副支配人。
山城順・・・伝子の中学の書道部後輩。愛宕と同窓生。海自の非常勤一般事務官になった。
福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。
福本(鈴木)祥子・・・福本と同じ劇団員だった。福本の妻。
服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。
服部(麻宮)コウ・・・服部の、押しかけ女房。
江南(えなみ)美由紀警部補・・・警察犬チーム班長
草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。
渡伸也一曹・・・EITOの自衛官チーム。GPSほか自衛隊のシステム担当。
渡辺副総監・・・警視庁副総監。
久保田嘉三管理官・・・警視庁管理官。久保田警部補の叔父。
中津敬一警部補・・・警視庁捜査一課、二課、公安を経て、副総監直属に。
橋爪警部補・・・島之内署、高速エリア署を経て、丸髷署に。生活安全課所属。愛宕の相棒。
枝山浩一事務官・・・EITOのプロファイリング担当。
南部(江南)総子・・・伝子の従妹。EITO大阪支部。
藤井康子・・・伝子のお隣さん。EITO準隊員待遇。
夏目房之助・・・市場リサーチの会社を経営。実は?警視庁の警視正。EITOに出向。

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==EITOとは、Emergency Information Against Terrorism Organizationを指す==
==エマージェンシーガールズとは、女性だけのEITO本部の精鋭部隊である。==

午前9時。本庄病院。
待合室で、伝子と久保田警部補が並んで座っている。
「大町が、あんまり『東京駅が無いのはおかしい』と言うので、作戦を修正したのが功を奏した感じです。」「大町一曹は田坂一曹と同期の陸自出身の隊員でしたね。」「ええ。カンが働いたのかも知れません。作戦は杓子定規ではいけません。」「大文字さん、すっかりアンバサダー、いや、行動隊長になりましたね。風格が出てきました。出逢った頃とは別人のようだ。」
「いや、そんな・・・。」と、伝子は言い淀んだ。
手術室の『手術中』ランプが消え、2台のストレッチャーが出てきた。
「おねえさま。」あつこは泣いていた。「よく頑張ったな、あつこ。」と伝子が言い、「無事出産出来ましたよ、久保田さん。」と池上医師が久保田警部補に言った。
あつこは病室へ、赤ちゃんは『新生児室』へと運ばれていった。
新生児室の外の廊下から伝子と久保田警部補が観察していると、物部たちがやって来た。
「立派な男の子だ。なあ、みんな。」と物部が言うと、依田も福本も高遠も頷いた。
「おめでとうございます!」と物部が久保田警部補に言い、皆も口々に追随した。
「ありがとうございます。」と久保田警部補が礼を言った。
「じゃあ。」と、伝子達は辞去した。
内科待合室前。副総監や久保田管理官達が通りかかった。
「副総監。管理官。たった今、新生児室に入りました。」と伝子が言うと、「おお。」と彼らは急ぎ足で去った。
「大文字。どうする?もうDDの集会禁止は解除されたんだろ?」と物部が言い、「インターチェンジに、わんこそば屋が出来たんです。」と依田が言った。
「じゃ、みんなで行こうか。今日はめでたいことだし。」
午前11時半。高速インターチェンジ。わんこそば屋。セルフサービスなので、ついでくれる人間はいない。時間だけの制限で、食べ放題である。
皆が自分の分を取って来て、席に着くなり、依田が発言した。
「ねえ、先輩。今回は『使い魔』いなかったんですか?」「きっと、冬休みだよ。ラスボス自ら作戦を練って実行させた、って感じだ。東京駅も10人だけだったろ?」と、伝子は言った。
「確かに東京と名前の付く大きいモノだが、東西南北のエリアじゃないんだろう?」と、物部が言った。
「東西南北のエリアとは言ってないですからね。中央が無くて東西南北はおかしい、と言ったのが・・・。」
「大町だ。しかも、そこがメインだろうと。詰まり、他は陽動だな。」伝子は高遠の言葉をリレーした。
「多分、意地になってるんですよ、副部長。」と、高遠は言った。
「作戦を読まれて先回り。面白くないよな。」と福本が言った。
「総子ちゃんは?」と栞が尋ねた。今日は翻訳部の6人だけの食事会になった。
「今朝、新幹線で、とんぼ返り。総子がいれば防波堤になるんだけどなあ。」と伝子がぼやくと、「何?お母さん?」と栞が尋ねた。
「違う。一佐が僕を誘惑してくる。『冬休み』はずっと一緒。大掃除して、初詣行って、おせち食べて・・・。」
「それ、家族みたいだな、高遠。」と依田が口を挟んだ。
「家族になりたがっている。一佐は既に両親がいない。兄弟もいない。婚約者は死んだ。」「で、おおっぴらに高遠を誘惑して不倫願望?」と、今度は福本が口を挟んだ。
「大文字は止めないのか?」と物部が尋ねると、「だって、おねえさまもおにいさまも家族だし。」と。伝子は『しなをつくって』真似をした。
「重症ね。伝子は浮気公認なの?」「時々、公認しているみたいな錯覚を起す。」
「お母さんより、困るわねえ。藤井さんは?いつも何かしら相談しているんでしょ?」
栞の問いに、「ケラケラ笑っている。多分ギャグだと勘違いしている。」と伝子は応えた。
伝子のスマホが鳴動した。「どうやら、呼び出しのようだ。じゃ、お先に。」伝子は慌ただしく出ていった。
「今日の会議は1時からって言ってたけど、事件かな?」と高遠が首を傾げた。
もうすぐ制限時間となりそうなので、皆で食器をセルフサービスの返却口に持って行き、片付けていると、大きな音を立てて、店の窓を突き破って、クルマが侵入した。
高遠達は、フリーズした。5分と経たない内に、パトカー2台と、白バイがやって来た。
クルマから、老人がフラフラと出てきた。駆けつけた橋爪警部補と愛宕が職務質問を始めた。
「これは、あなた所有のクルマ?」「はい。」「怪我は無さそうだな。免許証を拝見させて下さい。」「ない。」「不携帯ですか。おうちにはあるんですよね?」「これを。」
老人は、お名前カードを出した。愛宕が確認した。「本人証明はできましたが、運転免許証を改めて確認したいのですが、おうちにあるんですね?」「いや、これが運転免許証の代わりです。」
二人の会話に橋爪が割り込んだ。「いや、本人証明は出来たが、運転していい権利の証明にはならないんですよ。」「だから、運転免許証の代わりが出来たから、返したよ。」「どこに?」「警察に決まっているでしょうが。」愛宕と橋爪が呆れていると、早乙女が入って来た。
「ブレーキ痕がありませんね、アクセル踏みっぱなしということです。」と早乙女は橋爪に報告した。
「まさか。」と、福本と依田と物部は表に飛びだした。
「橋爪さん、早乙女さん。」と高遠が声をかけた。
「高遠さん。ここでお食事中でしたか。おけがは?」「幸い、誰も怪我していません。しかし・・・。」
物部達が帰ってきた。「俺のクルマと大文字のクルマは無事だったが、依田と福本のクルマは擦られている。」
「あのクルマがそうでしたか。私は、高速を走るクルマから、危ない運転をしているクルマがある、という110番を受けて、白バイで追尾してきたんです。」と、早乙女が言い、「我々は後続車の1台だった。確かにおかしな運転だったから、サイレン鳴らして来てみたら、この有様さ。」と、橋爪は言った。
その時、警察無線が入った。「何やってんの?置いてくわよ。」みちるの声だった。
橋爪は「皆さん、怪我がなくて何よりでした。さ、行こうか。と言い、老人を伴って、愛宕と出ていった。
「早乙女さん。みちるちゃん、まだ荒れているんですか?」と高遠が尋ねた。
「ええ。警察でもEITOでも、仕事することで乗り切ろうとしているみたいです。」と早乙女は応えた。「さっき、伝子さんがEITOから呼び出されてたみたいだけど。」
「今日は全員集合じゃないみたいですよ。事故処理班が動き出したから、私もこれで。」そう言って、早乙女は帰っていった。
「まだ、辛い時期だな、みちるちゃんも一佐も。」と依田が言うと、「さあ、我々も帰るか。」と物部が言い、早い昼食会は散会になった。
午後0時半。伝子のマンション。高遠が帰宅すると、綾子が待っていた。
「お義母さん。来る前に連絡して下さいよ。」「あら。電話したわよ。伝子出ないから。」「急用か何かでEITOに呼び出されたんです。なんでドアの前に?どうせ、藤井さんに開けてもらったんでしょ。」
ドアの中から藤井が顔を出した。「二人とも入ったら?エンジンの音がしたから、ひょっとしたらって外に出たのよ。」
玄関に入ると、「お寿司食べる?」と藤井は尋ねた。「僕はいいです。食べて来たので。」「私、頂くわ。」
藤井が出ていくと、「警視の赤ちゃん、どうだった?」と綾子が尋ねた。
「可愛い女の子でしたよ。」と高遠は嘘を言った。
「シンキチじゃなかったんだ。」「お義母さん。間違っても、今の言葉、伝子に言わないで下さいよ。2度とここに来られなくなりますよ。」
「判ってるわよ。この頃、冷たいわね、婿殿は・・・あ、学さんは。」
高遠は綾子を無視して、コーヒー一杯と日本茶を2杯用意した。
藤井が寿司を持って来て、やって来た。「2人で外食してたの?」
「警視の出産祝いに言って、副部長の提案で、インターチェンジの、わんこそば屋に言って来たんです。そしたら・・・。」と、老人の暴走を高遠は話した。
「この頃、多いのよね、あの勘違い。お名前カードが運転免許証を兼ねるのは、まだ先でしょ。」と、藤井は言った。
「まだ、健康保険証だけですからね、兼ねることが出来るのは。今度の市橋総理はITに詳しいですからね。あんまり一気にやろうとすると、不具合が出てパニックになるから、って、優先順位を作って、段階的に組み込んでいくそうですよ。」
「さすが、DX庁を解体してIT庁を作っただけあるわね。」
藤井は感心した。綾子は、「ねえ。その老人。まさか『シンキチ』じゃないでしょうね。」「と高遠に尋ねた。
「あり得なくはないなあ。愛宕さん、顔色を変えていたから。」「じゃあ、狙われるんじゃないの?です・パイロットに。」「いや、昨日お名前カードを作ったって話だから範囲外ですね。流出したデータ・・・あ、これは内緒に願いますよ、お二人さん。区役所から情報漏洩したデータの『シンキチ』が狙われる該当者です。だから、あのお爺さんは狙われない。自分はシンキチだって宣伝でもしない限りは。」
「ふうん。」藤井と綾子はシンクロした。
同じ頃。EITOベースゼロ。会議室。
「諸君に連絡が幾つかある。1つ目は、渡辺あつこ警視が無事出産した。立派な男の子だそうだ。2つ目は、大町恵津子二曹が一曹に昇格した。授与式は陸自で行う。3つ目は、稲森花純一曹だ。海自からの出向だ。そして、もう一つ。軽量のヘルメットだ。戦闘の激しい場合はエマージェンシーガールズの内部防弾チョッキだけでは間に合わないかもしれないからな。稲森。」
「稲森です。海自だけど、投げ縄が得意です。柔道は段位を取れないままです。」
簡単な昼食会をしてから、今後のことを約1時間会議はしたが、形式的なものだった。
この頃、敵の様子が大人しいからだ。
午後4時。伝子のマンション。
伝子が帰宅すると、綾子が来ていて、藤井と編み物について話していた。
高遠は洗濯物を畳んでいる。「来てたのか、くそババア。連絡入れろよ。」
「伝子さん、着信履歴は?」と高遠に言われて伝子がスマホを確認すると、着信履歴も留守番メッセージも残っていた。
「失礼しました。」伝子は深くお辞儀をすると、寝室に消えた。
3人ともクスクス笑った。
伝子が着替えて出てきた。タンクトップだった。「その服、まだ入るの?」「ああ、太ってないし、背も伸びてないからな。」と伝子は平然と言い放った。
午後4時半。
EITOのPCが起動した。「大文字君。折角の休息だったが、残念ながら中断だ。港区で火事だ。消防も警察も向かっている。通報してきた隣人によると、火事になった家の主人は『シンキチ』という名前だ。それで、EITOにも出動要請が来た。オスプレイが向かった。準備してくれ。」「了解しました。」
5分後。高遠が準備した台所のベランダから伝子は宙に消えた。オスプレイに引き上げられたのだ。高遠が台所の非常口を閉めると、「ここでは、サンダーバードできないのね。」と綾子が言った。
午後5時半。港区白金台の住宅地。
燃えているのは6階建てのビルである
伝子達は、オスプレイで到着し、消防士と話している久保田管理官と合流した。
「このビルは、笠置慎吉がオーナーで最上階が慎吉の住居となっている。4階以下の会社従業員は皆、避難した。特殊な火種を使った放火だ。今、一般消防車と化学消防車が交替した。MAITOにも出動要請を出したが、まだ来ない。」
「消火弾ですね。発泡弾もあるのですよね。特殊、となると我々は飛び込めないですね。」「うん。何だ、あれは?」と久保田管理官は言った。
その時、ホバーバイクに乗った青山警部補がオスプレイに吊り下げられて、やって来た。見たことのない衣装を着ている。オスプレイが降りてきて、ホバーバイクを地面に降ろした。
なぎさ達エマージェンシーガールズがロープを外すと、金森が走って来て、ある銃を持って、青山に肩車で乗った。
青山の運転するホバーバイクは上昇し、最上階近くまで上がった。化学消防車は5階までしかホースの消火液が届かなかったからである。金森は銃で撃った。後に判明するが、小型の消火弾だった。目標に当たると、拡散して泡が大きくなりながら、飛び散って行く。
時間が遡ること30分。基地から飛び立ったMAITOのオスプレイが、低空で侵入してきた那珂国の2機の戦闘機に攪乱されていた。MAITOとは、空自のレス級―特殊チームのことである。基地から対空ミサイルが那珂国戦闘機に飛び、空自の戦闘機が緊急発進し、漸くMAITOのオスプレイは飛び立っていった。
現在。MAITOオスプレイが到着し、消火弾を2発落とした。
瞬く間に鎮火した。現場の5階に入った伝子達は、おぞましい光景を目にした。アクリル板で出来たケースが部屋の中に置かれていて、その中に老人がしゃがんだ格好で死んでいた。焼けた状態で。ケースの回りはまだ焼けていなかった。
30分後。井関達、鑑識が到着した。
「酷いことをしやあがる。拘束して焼身殺人。ご丁寧にケースに入れて放置。ビルを特殊な液で燃やす。残虐極まりない。間違いなくテロリスト。ただの放火犯が可愛く見えるぜ。」
井関の言葉に、「成程。確かに。この老人の名前は笠置慎吉です、井関さん。」と久保田管理官が言った。
「例の『シンキチ』案件か。決まりだな。EITOの出番だ。後で、資料を送るよ。」
伝子は「ありがとうございます。」と井関に礼を言った。
午後8時。久保田管理官が警視庁で記者会見をした。
「鑑識によると、被害者の笠置慎吉自身も、その特殊な液で燃やされていたそうです。」記者が手を挙げて質問した。
「首都圏新聞の葵です。やはり、『です・パイロットのシンキチ』ですか、管理官。」
「勿論だ。従って、警視庁はEITOと協力して犯人を挙げる。被害者の写真はショッキングなので、報道しないで頂きたい。そうだな。丸焦げだった、と表現するだけでいいだろう。」
伝子のマンション。記者会見を見ながら、伝子は言った。「どうせ、流すだろうな。グロテスクもお構いなしに。」
「お茶漬け、お代わりする?」「うん、頼む。なあ、学。今度は使い魔いると思う?」
「いるだろうね。前回ラスボス自身が出て失敗したし。冬休みだった使い魔も出勤しているだろうし。」
「今日は家で寝られるの?」「ああ。たっぷり可愛がってやる。覚悟しろ。」
「はいはい。湯加減見てくるね。」高遠が風呂場に行くと、伝子はもう服を脱いでいた。
翌日。午前9時。
EITOのPCが起動し、理事官がディスプレイの画面に映った。
「大文字君。今朝、警視庁にまた、です・パイロットからのメールが届いた。これが文面だ。」画面に現れたメールの文面を伝子と高遠は読んだ。
《妙な殺され方をしたシンキチだが、我々の仕事ではない。君たちのよく言う、えん罪というやつだ。便乗した失礼な輩がいるようだ。私も使い魔も、好まない殺し方だな。高速で捕まったシンキチも狙われるかも知れない。ああ、なんて私は親切なんだ。今度の作戦は、使い魔から届くだろう。健闘を祈る。》
「健闘を祈るって言うのも失礼だけどなあ。」と、高遠は思わず呟いた。
「どう思うね?大文字君。」「理事官。悔しいけれど、です・パイロットの言う通り、ちょっとやり口が違う気がしますね。アクリル板ケースの入手ルートと、あの火種からのルートで、犯人に肉薄出来そうな気もしますし。」
「流石だね、大文字君。実は、昨日、窪内組の組長から久保田管理官にタレコミがあった。準構成員とは言え、身内を惨殺されて、です・パイロットを恨んでいるからだろう。」
「窪内は、です・パイロットの関係だと思っている訳ですね?」「その通りだ。で、あの火種になった薬品を密輸したのが、半吉商事、詰まり、半グレと言うんだ。それで、中津警部補達が、ガサ入れに向かったが、蛻の殻だった。トカゲは逃げ足が速い。一方、アクリル板ケースの入手ルートだが、福岡県で、『博多人形』の盗難があったらしい。従来はプラスチックケースだったが、コロニー以降、アクリル板ケースも使われている。製造業者は、一応届けは出したものの、中身の博多人形の方が高いのに、と首を捻っているらしい。実は、半吉商事の支店が福岡県にあるんだ。」
「危険を察して、逃げたんでしょうか?」「さあな。こっちより、使い魔が何をしでかすかが心配だ。」
画面は消えた。「どう思う?」「さあねえ。交通事故未遂の老人のことも気にかかるなあ。」
伝子は福本に電話をした。
「福本。擦った相手の家族から連絡はあったか?」「ありました。まあ、物損は保険で大丈夫だけど、見舞金出すからって言われたら断る理由はないですよね。家族の話では、運転止めさせる為にお名前カード作って、その後すぐ運転免許証を返納させたのに、本人は完全に代替出来ると思い込んで、また勝手に運転しちゃったらしんです。業者に頼んで廃車にする段取りだったらいんですが。」
「説明不足だな、政府も区役所も家族も。総理に頼むか。」「流石、先輩。総理を動かせる一般人なんて、他にいない。」
「おだてるなよ。ただ、そのシンキチさん。何て名前だったかな?」「高岡晋吉ですね。」「高岡晋吉さんも狙われるかも知れない。です・パイロットのルートでなく。連絡先を教えてくれ。」
伝子は、理事官との話を福本にした。福本に連絡先を聞いた伝子は、今度は愛宕に連絡をした。
「判りました、先輩。警邏に頼んで張り込みましょう。我々も張り込みます。」
正午。
伝子達が昼食を採っていると、愛宕から電話があった。「捕まえました。半吉商事の社員でした。特殊詐欺のような手口で、家人の留守を狙って、爺さんをおびき出そうとしたので、逮捕連行しました。下っ端らしく、半吉商事の連中と連絡が取れないとぼやいています。」
午後1時。EITOのPCが起動し、理事官が画面に現れた。
「使い魔からの連絡が、テレビAにあった。EITOに繋がりがあるテレビ局だから、と思ったようだ。この文面だ。」
画面にメールの文面が現れた。
《本来は違う作戦を展開する予定だったが、『妙なことをした見せしめ』に、お前らが探している奴らを血祭りに上げる。助けたかったら、ヒントを解いて、助けに来るがいい。ヒントは『さびしい小学校』だ。時間は本日午後3時。》
EITOの緊急会議が開かれた。伝子はリモートで参加だ。方針は決まった。
午後3時。正雀小学校校庭。
『寂しい小学校』とは、『静寂小学校』という意味だろうと見当を付けた伝子は草薙に探させて、『正雀小学校』を割り出したのだ。
アクリル板で囲われた檻の中に半吉商事の社員達が蠢いている。回りを、機関銃を持った30人の那珂国人が見張っている。
「待たせたな。」その声と共に、ローラースケートを履いたエマージェンシーガールズと電動キックボードに乗ったエマージェンシーガールズが姿を現し、後方支援の弓矢隊が到着した。
闘いは30分でかたがつき、アクリル板の檻は解体された。
「半吉商事の坂本半吉はあんたか?」「そうだ、助けてくれてありがとう。」坂本は隙を見て、エマージェンシーガールに注射針を立てた。
「な、何を?」「安心しろ。筋肉弛緩剤だ。今度はあんたが人質だ。いかにも。俺が実は使い魔さ。」と坂田は笑った。
と、突然、人が振ってきた。パラシュートを駆使して、エマージェンシーガールズ姿のなぎさと伝子が坂田の上に降り、キックを見舞った。
坂田が倒れたのを見て、半吉商事の社員達は暴れようとしたが、一人のエマージェンシーガールが投げた、大きな投げ縄に拘束された。エマージェンシーガールは稲森だった。
警官隊が突入し、順次逮捕しトラックに連行された。もう1台トラックがやって来て、今度は半吉商事社員達を逮捕連行した。
伝子は坂田を平手打ちし、起した。
「判りやすいヒントだったな。捕まえて欲しかったのか?」久保田管理官が近づいて来た。
「そうだ、助けてくれてありがとう。いつの間にか那珂国人の家来にされていて、嫌気が差していたんだ。今言った通り、筋肉弛緩剤だ。毒じゃない。」
エマージェンシーガールズ姿の飯星が、注射針を打たれた日向を看て、伝子に頷いた。
「ゆっくり話を聞かせて貰おうか。特に、焼き殺して火事を起した件については、詳しくな。」
午後5時。警視庁。取調室。
「あの爺さんは、生前贈与を求める弟と揉めていた。その弟とは小学校の同級生でね。弟の家で、逆上した弟が兄を刺した。何度も。その後始末できないか?と泣き付かれたのが始まり。個人的なことだから、マフィアには黙って、俺の部下を使って焼き殺して、たまたまあったアクリル板ケースに入れて、工作を行った。ケースは俺のコレクションを入れる為に入手したものだ。あの薬品は、いつか使う為に入手していて、実験にもなると思って使った。マフィアに自分たちで落とし前つけろ、って言われて、ない頭捻ったら、このザマさ。EITOの行動隊長さんは、相当頭がいいんだな。」
「知ってる。」久保田管理官が自分の部屋に戻ると、伝言メモがあった。
「感謝している。あいつの墓参りに行って来るよ。K。」久保田管理官は、クスッと笑った。
午後7時。伝子のマンション。
伝子と高遠となぎさが、きつねうどんを食べている。「やっぱり関西風は違うわね。」と言うなぎさに、「なぎさ。うどん食ったら帰れ。学と子作りする暇がない。」と、伝子は言った。
「お仕置き部屋に行きたいか?結果は同じだぞ。」なぎさは、目を潤ませて言った。
「おねえさま。私が邪魔なの?」「邪魔だ。嫌なら2度とおねえさま、って甘えるな。」
「・・・分かりました。」うどんを食べ終わると、なぎさは帰って行った。バイクの音がやけに大きいな、と高遠は感じた。
「どうだった?」と、藤井が顔を出した。
「明日はケロっとしているんじゃない?」と、伝子は憮然として言った。
午後9時。第3高速。
高岡晋吉の運転するクルマはガードレールにぶつかり、崖下に落ちた。
―完―