======== この物語はあくまでもフィクションです =========
 ============== 主な登場人物 ================
 大文字伝子・・・主人公。翻訳家。
 大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。
 南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。
 愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。
 愛宕みちる・・・愛宕の妻。丸髷署勤務。
 依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。
 福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。
 鈴木祥子・・・福本が「かつていた」劇団の仲間。後に福本と結婚する。
 久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。
 利根川道明・・・TV欲目の社員コメンテーター。

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 『宇宙世紀0079、地球から最も遠い』高遠がそこまで入力した時、後ろから覗き込んでいた伝子に頭をはたかれた。「パクリは止めろよ。」「え?分かるんですか?」「叔父の家で叔父に観させて貰ったよ。ガンダムの冒頭だろ?」
 「先輩に言われた『ネタのメモ』の整理なんですが。」「アニメ書いたことあるのか?」
 「はい。採用はされませんでしたが。」「じゃあ、整理続けろよ。」
 そこに、どやどやと人が入ってきた。愛宕夫妻、久保田刑事、南原。そして、もう一人。
 「うるさいなあ。あ、ヨーダじゃないか!」「ヨーダじゃないか!じゃないですよ、先輩。この頃、ちっとも連絡くれないし。」「すまん。忘れてた。」「これだよ。」
 笑っている皆に伝子は紹介した。「こいつは翻訳部の後輩。高遠と同期だ。名前は依田俊介。目が大きいので、名前と引っ掛けて『ヨーダ』って呼ばれている。」
 「先輩ですよ、あだ名つけたのは。」と高遠が横から言った。「久しぶりだな、ヨーダ。あ、そうだ、あの時のメモ、先輩に言われて『電子ファイル』にして保存しておくことにしたんだ。」
 「あれかあ。大変だったなあ。嵐の夜に。」「みんなヨーダのおかげだよ。」「俺も手伝ってやるよ。」「私たちも手伝いますよ、ねえ、南原さん。」「もちろん。」
 「じゃあ、その間に、大文字さん、少しお願いが。」と久保田刑事。「分かりました、じゃあ、リビングで。高遠、手伝って貰うなら、PCルームを使え。」「はい、先輩。」
 PCルームに入った依田は、「単純作業のようだから、先輩がいない内に、あの夜のこと、話してやるよ。いいだろ、高遠。」「いいよ、このメンバーは口が堅いから。」
 「ある夜、大文字先輩に高遠から緊急連絡が入った。アパートの大家さんの固定電話から。家賃滞納しているから今すぐ支払えと無茶を言う男の声。大家さんはおばあさんで、気のいいおばあさんは滞納に目をつぶっていてくれたのだ。名義が変わってウチの会社が大家だ。時間の猶予はやるから段取りしろと言ったら、身元引受人のあんたの名前が分かった。肩代わりして払って、本人も荷物も今夜中に消えて欲しい。出来ないようなら、全てこちらで始末する。と。」
 「地上げ屋ですか?」と愛宕が口を挟んだ。「うん、ばあさんは騙されたんだ。で、ただ同然にアパートを取られた。幸い家賃滞納分はあったが、引っ越しはどうするか?」
 ここで、彼は制服を見せた。「なるほど。ヨーダさんに連絡を取ったんですね。」
 「そ。で、一度このマンションに寄ってから、アパートに二人でかけつけた。急なことで、『利子』は払えないが、引っ越しは我々で片付けるからと先輩は掛け合い、高遠の荷物を運びこんだ。幸い家具らしい家具はなかった。布団さえない。炬燵を折りたたみ、冷蔵庫と炬燵、雑多な荷物、少ない衣類と、膨大な『資料』。大家さんにゴミ袋を貰い、片っ端からゴミ袋に押し込んだ。配達が全て終わっていたからこそ何とか入った。『資料』は皆なの前にある。」
 「どうして、これを・・・。」と、愛宕が言うと、「作家にとって、ゴミじゃない。財産と言えなくもない。奴らには分からない。そう言ったんだよ、先輩は。」
 「先輩らしいなあ。」と、南原が返した。「うん。引き上げる時、おばあさんに確認した、よ。これからどうするんだ、と。そしたら、地上げ屋の会社の事務員が翌日昼に来て受け渡し書類を交わしに来て、その後息子が迎えに来て引っ越すんだと言っていた。地上げ屋とはいえ、表向きはまともな会社だ。流石に、おばあさんを無理矢理放り出すのは無理だからあくまでも『合意の譲渡』という形にした。息子も言いなりになるしかなかった。高遠がいなかったら、もっと早く『譲渡』させたろうな。」
 「私も地上げ屋の凄さは聞いたことがある。あんまり頑張ると、猫に火をつけて、床下に放り込むそうだ。で、火事は失火扱い。」と愛宕が言った。
 「じゃあ、大文字先輩は命の恩人でもある?」と南原が言うと、「その通り。とにかく、マンションに着いたら、丁度この部屋が空き部屋だったから全て運び込んだ。で、しっかりと、こう、こう抱き合った二人。」と依田は解説を続けた。「途中から雨も降ったし、見せつけられたら、帰るしかない、三枚目の私であった。そっとドアを閉めて出て行く俺に片手を上げたよ、先輩は。」
 「ふうん。」と皆がため息を吐くと、「まだオチ言ってないけどな。俺は大学時代、先輩にプロポーズした。あっさりとふられた。『私には夫に決めた男がいる』と言われ、その相手が高遠だと知って2度びっくり。しかも、先輩は高遠を『手籠め』にしようとして失敗。二人とも『初めて』だったから。まあ、よくある話。で、高遠は『自分は先輩には相応しくない』と思い込んでいたらしい。それは、二人とも関わっている出版社で再会した時に高遠がゲロした話。とにかく、その夜二人は結ばれた。誰が愛のキューピッド?」
 皆は一斉に依田を指した。「感謝しているよ、ヨーダ。いつも済まない。」「ドンマイ、ドンマイ。面白そうなサークルじゃないか。俺も噛ませろよ。」
 「よく言った、ヨーダ。早速噛んで貰おう。福本の連絡先知っているか?」「お安い御用。先輩、スマホの電話登録画面出して。」依田はスマホを受け取ると、自分のスマホの電話帳を見ながら伝子のスマホに入力した。
 翌日。ある喫茶店。伝子、久保田。向かい側に依頼人?の袴田淳子が座っている。隣のテーブルには依田、福本、愛宕が座っている。
 「詰まり、亡くなったお友達の恨みを晴らしたい、と。それはTVの『仕草人』の仕事では?」「大文字さんはオバキュー真理教ってご存じですか?」
 「OBQ検査で何でも解決するっていう考えに染まってしまった人ですよ。お友達は、コロニー後遺症で悩まれていたんですよね。」と愛宕が言った。
 「つまり、お友達はコロニー後遺症で悩んで自殺した。あなたが言っている利根川っていうのは。」
 「大文字さん。オバキュー真理教の広報係みたいなもんですよ。最後の最後までコロニー対策を批判していましたね。彼の言うことは、何でも『後出しじゃんけん』なんですが。」と久保田が説明した。
 コロニーとは、新型の疫病で、インフルエンザより強烈と言われていた。人々は3年も不自由な生活を強いられた。政府の対策はいつも後手ではなかったが、後手に回りそうなチャンスがあると、野党マスコミは一斉に政府を叩いた。コロニーは、皮肉を込めて『コロコロ』と呼ばれもした。OBQ検査は、開発者が『開発途上だから使わないで』と主張したのに、時のHWOが推奨した為、目に見えぬ敵の『死骸か生か分からないが、コロニーウイルスらしきもの』を判別する『リトマス試験紙』に大いに利用された。
 やがて、ワクチンも治療薬も開発された。ワクチン売る為と巷で言われたが、なかなかインフルエンザ相当のランクに落とされないまま、とっくに収束しているのに、日本だけが緩い規制が続いた。遂に、他国の要請を受けHWOのザケーナ長官が日本政府に勧告した。OBQ検査の中止、肺炎の兆候あればまずCT検査。実は、CT検査の機械は世界一保有しているのが日本だ。そして、国民に対して収束宣言。日本が危ない国のままなら貿易がままならない国が多かった。
 日本政府は『しぶしぶ』受け入れた。日本政府がやっと舵を変えたので、日本医師協力会や日本民間病院連盟や日本クリニック連絡会などの組織はOBQ検査を中止。副業で開設していたOBQ検査会社は吸収合併した。
 やっと静かになった日本。つい半年くらい前のことだ。しかし、コロニー後遺症は残った。肺炎や発熱咳等ではない。不信感とOBQ検査依存症だ。ウイルス自体の特性は治療薬もワクチンもある。が、メンタルダメージは大きい。利根川道明は、テレビ欲目の社員コメンテーターとして、連日無責任な発言をしている。
 暫く、腕を組んでいた伝子は「よし、作戦会議だ。」と号令をかけた。
  伝子は班分けをした。第1班は依田。利根川への荷物配達係。
 第2班は愛宕、久保田刑事。見学者だが、本来の生活安全課として行く。
 第3班は伝子と福本と袴田。大道具係として搬入口から行く。
 第4班は、この場にはいない、高遠と南原が、それぞれ図書館と病院に資料集めに。
 決行日は明日、午前8時半以降だ。
 翌日。8時半。テレビ局の搬入口に白いワゴン車が入って行く。警備員に挨拶する福本。通行証を警備員に差し出す。助手席には、福本の相棒の鈴木尚子が乗っている。後ろの衣装類の荷物の陰に、袴田と伝子が隠れていたが、気づかれた様子はない。
 局内に入ると、袴田と伝子が降りてきた。開いている部屋で鈴木は素早く袴田を着替えさせ、メイクをさせた。福本は利根川たちがいるスタジオの隣のスタジオに伝子と袴田を連れて行く。隣のスタジオでは、バラエティー番組の長い長いリハーサルが行われていた。女の子が沢山いて、伝子達が紛れても誰も気づかない。
 福本と別れた鈴木は、利根川たちの番組の元々の美術スタッフで、違和感がない。利根川がスタジオ入りすれば、隣のスタジオの福本に合図を送る予定だ。
 一方、久保田と愛宕は、正面受付に行き、警察手帳を見せて「今日、特別に見学させて頂く久保田と愛宕です。」と名乗った。受付が電話で確認すると、アシスタントプロデューサーの中野と名乗る男が現れた。「確か、警察署の一日取材をお受け下さる代わりとか。」「はい、よろしくお願いします。」「では、ご案内をいたします。」
 そして、10分後。楽屋口の警備員に依田が宅配便を持って現れた。「ああ、もう本番始まるしなあ。ハンコ要るの?」「いえ、要りません。手紙便ですし。」「じゃあ、持って行って、楽屋に入れといてよ。場所はね。」と警備員は簡単に道案内をした。
 また10分。利根川がスタジオ入りしたと連絡を受けた福本は袴田と伝子を隣のスタジオから移動させた。
 福本は、アシスタントディレクターのカウントダウンに合わせて袴田を準備させ、『ゼロ』のタイミングで袴田を軽く押した。「うわーーーーーーー。親友の仇!!」袴田は髪を乱しながら、利根川を追いかけまわし、スタジオの隅に追い込んだ。すかさず、鈴木と全く同じ格好をした伝子が巴投げで利根川を投げ飛ばした。ディレクターの機転ですぐに番組はCMに入った。久保田と愛宕が走って来た。「実は予告電話が来ていたんです。おい、逮捕だ。」愛宕は袴田をその場で逮捕した。伝子はいつの間にか消え、鈴木と入れ替わっていた。「利根川さんの方に向かって行ったし、利根川さんが危ないな、と思っていたら、こっちに向かって来たので、必死にタックルしました。」
 利根川の体の様子を見ていた久保田が「あなたの名前は?」「鈴木と言います。」
 「鈴木さん、後で誰かをよこしますから事情を説明して下さい。中野さん、本番中で恐縮だが、被疑者だけでなく、利根川さんにも署で事情を聴きたいのですが。ほんの1時間程度です。」「分かりました。司会者に適当に繋がせましょう。」
 テレビ局を出る時、制服姿の愛宕の妻みちるが毛布を持って駆け寄り、手錠に繋がれた袴田の腕を覆った。愛宕夫婦が乗ったパトカーとは別の車に利根川を乗せた久保田は、「なあに、形式的なことですから。しかし、命拾いしましたなあ。」「凶器は?」「は?ああ、私の部下が回収しましたから。とにかく利根川さんが無事で良かった。」「あの女性は?」「被疑者は今別の車に乗ったでしょ。」「いや、私を投げた女性ですよ。」「は?被疑者にタックルした女性なら、後で署に来て貰いますが。」「いや、その女性ではなくて、その女性と同じ服を着た女性に私は投げられたんだ。」「利根川さん、頭を打たれました?いや、私たちが行った時、あなたは立っていたけど。後は被疑者とタックルした女性。その女性と同じ服を着た女性・・・見ていませんね。後で部下に確認しましょう。」
 不毛なやりとりに、利根川は黙った。とにかく、『襲われかけた被害者なのだから』と利根川は自分に言い聞かせた。
 一方、伝子は鈴木の振りをして通行証を見せ、ワゴン車で搬入口から出た。外で宅配便の車で来ていた依田と合流した。依田の配達車に乗り込んだ伝子に依田が「後は、福本がうまくやってくれるよ。」
 「第2幕の開幕だな。」二人は車内で笑い合った。
 1時間後。生活安全課のエリアのテーブルに利根川が久保田と向かいあっていた。
 「すみませんね、手間取っちゃって。」白藤みちる巡査がお茶を利根川の前に置いた。
 「ここで、事情聴取ですか?」「嫌だなあ、利根川さんは被害者じゃないですか。取調室は被疑者の為に使っています。会議室は生憎どれも塞がっていますしね。ま、すぐに終わりますから。」
 不服そうな顔でお茶を飲み干した利根川に久保田は尋ねた。
 「本番直前になって、被疑者が現れ、刃物を振り回した。利根川さんは、咄嗟に彼女が出てきたスタジオの隅に逃げた。」
 「その時、あの女・・・女性が現れ、私を投げたんですよ。あれは・・・巴投げ。」
 「待って下さい。スタジオの隅にいたのは鈴木さんという大道具係、いや、美術の女性ですよ。鈴木さんは、被疑者が利根川さんに向かうのを見て危険だな、と思ったって言ってましたよね。」「はい。でも・・・。」「第三の人物については、後でまた確認しましょう。で、鈴木さんが取り押さえてくれたので、私の部下が緊急逮捕をした。そこは間違いないですね。」「はあ。」
 「実はね、利根川さん。予告電話があったんですよ。多分被疑者でしょう。詰まり、我々生活安全課がいたのは偶然じゃあないんです。」「予告電話?」「利根川さんを刺すっていう、ね。いやあ、無事でよかった。」「はあ。」
 「中野さんに利根川さんの楽屋を調べて貰ったら『予告状』が出てきました。失礼ながら、利根川さんのカバンも調べさせて貰いましたが、やはり出てきました。」
 そう言うと、久保田は封筒を差し出した。怪訝な顔で利根川は封筒を開いた。
 『オバキュー依存症になった、私の親友は、コロニーが終わってからも1日おきにオバキュー検査をしていて、いつ陽性になるかいつ陽性になるか、びくびくしていました。検査結果が出るまでタイムラグがあるので気の収まる日はなく、ついに自殺してしまいました。オバキュー真理教を広めたあなたにキッチリとけじめをつけて貰います。』
 「殺すとは書いていませんね。私は初めて見ますが。」「利根川さん、現場にカバン置いていたんですよね。犯行の前に入れられたかも知れませんね。」「ああ、成程。」
 そこに、愛宕が現れ、久保田に耳打ちした。
 「第3の人物ですが、被疑者は見ていない、という。鈴木さんに確認してもいいのですが、まだこちらに到着していないそうです。」
 利根川は面倒になって、「ひょっとしたら、箱馬にでも躓いたのかな?箱馬というのは、これ位の大きさでセットを作る際の木製の部品です。」とジェスチャーで示した。
 「ああ、そうですか。やはり利根川さんは、あまりのことに動転されていたのですよ。無理もない。あ、凶器ねえ。殺傷能力低いナイフだそうですよ。ま、脅す積りだけだったのでしょう。じゃ、お引き取り頂いて結構ですよ。」
 「送って頂けるんですよね?」「生憎車両が出払ってしまいましてねえ。どうぞ、タクシーをお使い下さい。タクシー代は出ませんが。」「出ないんですか?」
 「あれ?テレビ局って、無料タクシーチケットとかあるんじゃないんですか?利根川さんは社員さんだし。」「分かりました。タクシーで帰ります。」
 利根川が署を出ると、タイミングよくタクシーが来たが、個人タクシーだった。
 「このチケット使える?」「あー、うちは個人なんでねえ。出来ないです。あ、利根川さんじゃないですか。ちょくちょく観てますよ、服部信二モルゲンショー。」
 「んー、仕方がないな。じゃあ、普通の料金でいいです。」と、利根川はタクシーに乗り込んだ。利根川の地獄が始まった。
 タクシーは暫く行くと止まり、暫く行くと止まるを繰り返していた。業を煮やして利根川は言った。「いったいいつになったら目的地に着くの?」
 一応自分のファンだと言うので、丁寧に言った。「すみませんね、オートマ初めてなもんで。」「試運転しなかったの?」「はい。何とかなるかな?と思って。」
 利根川がイライラしていると、窓を叩く若者がいる。「利根川さんですよね。ちょっと、降りて貰えます?」こいつもファンか?と思いながら利根川が外に出ると、ボディに衝撃が走った。仲間らしき若者が面白がって撮影している。
 「何をするんだ。」「あんたさあ。OBQ検査真理教の神父なんだろう?『いつでもどこでもOBQ検査』が好きなんだろう。やってやるよ。」
 若者は、他の若者から受け取った長い綿棒をいきなり利根川の鼻に押し込んだ。いつの間にかフェイスシールドをしている。「結果出るまで時間がかかるよ。」
 利根川は、降りかけた車に戻ると、「出してくれ。時間はかかってもいい。着いたら起こしてくれ。」「警察行かなくていいですか?」「いい。」
 30分で着くはずの家に3時間で到着した利根川は、郵便抜けに一通の手紙を見つけた。家に入るのももどかしく封を切ると、例の手紙と同じものだった。家の中に入った利根川は、会社に電話をした。中野に繋がった。「美術の子の供述で、お前が言っていた第三者はいなかった。取り敢えず、明日明後日は休め。週末合わせれば4日間だ。」
 その頃、刑事課の前で久保田は、同じ署の刑事課の佐野と話をしていた。
 「こんな簡単に『完堕ち』すると、拍子抜けだな。彼女はとにかくテレビで利根川を脅し、恥をかかせたかった、ということらしい。おもちゃのナイフでも、思い込みで本物に見えたんだろう。自殺した人がどれだけあるか知らないが、PTSDになった人がいることは聞いている。あれだけしつこく『OBQ、OBQ』言ってたらなあ。もうコロニーも終わったのに、HWOも推奨しないって発表したのに。署長は拘置所何日入れる積もりかなあ。」「起訴はしないんですか?」「無理だろう。凶器がおもちゃだし。」
 同じ頃、高遠は本庄病院に応援に来ていた池上葉子医師と会っていた。
 「確かに、PTSDは多いわ。毎日ガンガン煽り続けたのがモルゲンショーの利根川。
 他のワイドショーは『国際スポーツ祭』の閉会前にコロニーがピークアウトしてから手のひら返ししたのに、随分しつこくOBQ検査の必要性を訴えていた。HWOのテポドス長官がOBQ検査を否定して初めて大人しくなった。PTSDの患者と、袴田淳子さんのお友達の友井真理恵さんのデータ、集めておいたわ。間違いなく、OBQ検査依存症よ。捜査資料に役立つのならいいけれどね。」
 「お忙しいところ恐縮です。ところで、先生。いつ発たれるんですか?」
 「来月。ここの病院と統合するけれど、『池上病院』の名前は残すの。池上病院の「院長は副院長を昇格させる。私は、やっと、研究に専念出来るわ。」と言って、高遠にUSBメモリを渡した。
 翌日、高遠と伝子のマンションに皆は集まっていた。
 「久保田さん、これが新聞やネットに残っていたデータの全てです。」と南原は久保田にUSBメモリを渡した。「あ、私も。池上先生から預かってきました。」と高遠もUSBメモリを久保田に差し出した。
 「ありがとうございます。皆さんのお陰で死者を出さずに事件を終わらせることが出来ました。それで、福本さん、『本物のナイフ』はどうしました?」
 すると、福本は『利根の川風袂に入れて、月に棹さす高瀬舟』と歌い出した。
 「浪曲ですか。参ったな。」
 「私が投げた時は、本物のナイフに見えた。だとしたら、隣のスタジオに行き来出来た人物は福本だけだな。そういう機転が利くのも福本らしい。が、見たのは一瞬だ。私はすぐに鈴木尚子と入れ替わり、外に出たからな。」
 「ううむ。」「やばいんですか?」「当然ですよ、高遠さん。証拠隠滅と受け取れなくもない。」と愛宕が言った。「そう言えば、何故袴田は、『脅そうと思っておもちゃのナイフを振りかざした』と供述したんだ?愛宕。」
 暫く腕を組んでいた久保田に、伝子が言った。「すまん。後輩たちの指導が足りなくて迷惑をかけたなら、謝ります。この通りです、久保田さん。」
 「一蓮托生、か。ふうん。もう終わったしなあ。」
 南原が割って入った。「みちるさん、もうふかし芋食べれるでしょう?あ、私の田舎から大量にサツマイモ送って来ましてね。」
 「そうね、高遠さん、みんなに配りましょう。」「そうだね。アルコールはないけど、一件落着祝いだ。」
 福本は、タクシーと検査遊びの件は黙っていることにした。独断だからだ。タクシー運転手は知人だし、若者たちは元劇団の仲間だ。
 ふかし芋パーティは始まった。
 依田と福本は伝子と高遠の所に行った。「先輩、ごめん。福本は悪気なかったんだ。」
 「すみません。」「ふん。お前たちらしい、と思ったよ。しかし、このメンツが集まるのは久しぶりだな。麻雀やってくか?」「いいですね。やりましょう。」と福本が言った。
 「現金なやつだ。あ、現金は賭けないでよ。」「高遠の一人負けになるしな。」と、依田が揶揄った。
 違うエリアでは、愛宕が逮捕術を披露していた。
 また、違うエリアでは、南原とみちるが久保田と「おいも談義」をしていた。
 「これは旨い。やはり、市販のとは違う。」「ありがとうございます、久保田さん。」
 「久保田先輩。あのー、やっぱり『ナイフ』の件、問題になりますか?」
 「なるよ、白藤巡査。利根川水域のどの辺りに『本物』を捨てたとしても問題だ。ウチの署で扱ったが、警視庁が絡んだら中津刑事が黙っていない。」(大文字伝子が行く4参照)
 「利根川水域なら、全部他県ですね。」と南原。「だから、余計まずい。」
 「テレビに映ってますからね。いつ誰が気づくか。」「その時は『一蓮托生』だ。俺は早期退職、離婚。愛宕家に居候だな。」「ええ。ウチ、新婚なんですけど。」「大文字さんとこも新婚だったな。」
 翌日。徹夜麻雀を終えた後、依田と福本は帰って行った。その後で、伝子と高遠は、『新婚らしく』?セックスに励んでいた。3回目のセックスが終わった後、高遠は「先輩、お腹すきません?」「ん。セックスは休憩だ。」「インスタントラーメンでいいですか?」「まあ、いいだろう。」
 高遠が伝子を『お姫様だっこ』をして、DKにネグリジェのままの伝子を運んでから、
 インスタントラーメンを用意にかかった時、電話が鳴った。
 スマホに伝子は言った。「ヨーダか。今どこにいる?いや、何県にいる。」
 「流石察しがいいな、先輩は。江戸川と合流している利根川。埼玉県かな。」
 「福本がいるんだろ。代われ。」「福本です。彼女が埼玉県なんです。鈴木尚子。」「洒落がきついだろ。川底か?じゃあ、探しようがないな、凶器で『準備』したナイフは。私から愛宕に連絡しておくよ。」
 電話を切ると、玄関のドアの郵便受けがガタンと鳴った。伝子は、その郵便を開封すると、高遠に言った。「高遠。ラーメンの後だが。」「第4ラウンドでしょ。分かっていますよ。」「いや、映画を観よう。正確にはAV映画を観よう。勉強だ。」「はあ・・・。」
 そのまた翌日。珍しく?伝子は翻訳の仕事をし、高遠はその下訳をしていた。
 高遠のスマホが鳴った。「はい。ああ、久保田さん。ああ、今代わります。」
 高遠からスマホを受け取った伝子は音をスピーカーオンにした。「利根川ですけどね。依願退職させられたらしいですよ。来週から、違うコメンテーターが出演するそうです。それと、袴田ですが、2日間拘置の後、不起訴になりました。『証拠不十分』で。私と愛宕の首も繋がりました。蛇足ですが、白藤みちる巡査は、当面少年課配属です。以上です。いつも、ありがとうございます。」「久保田さん。お願いがあります。いつも後輩たちがお世話になっているので、言いにくいんですが、せめて10日は何があっても、声をかけないように、愛宕に言って頂けますか?本来の仕事がありますので。」「了解しました。」
 ―完―