======== この物語はあくまでもフィクションです =========
 ============== 主な登場人物 ================
 大文字伝子・・・主人公。翻訳家。
 大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。
 南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。
 愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。
 愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。
 依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。
 福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。
 物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。
 逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。
 南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。
 久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。
 久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。
 久保田管理官・・・久保田警部補の叔父。
 藤井康子・・・伝子の隣人。
 筒井隆昭・・・伝子の大学時代の同級生。
 山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。便利屋に勤めている。
 小田慶子・・・やすらぎほのかホテル東京企画室長。
 中津刑事・・・警視庁刑事。
 高峰くるみ・・・みちるの姉。
 青木新一・・・Linenの得意な高校生。

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 あつこのマンション。
 「何やってんのよ、もう!!」とヒステリックな声が聞こえた。
 外で、愛宕とみちるが顔を見合わせている。数秒後。愛宕は伝子にLinenでSOSを送った。
 そっと、ドアを開ける愛宕。
 「久保田先輩。」気がついた久保田がパジャマのまま走って出て行く。「くらーーーっ!!」
 あつこが鬼の形相で出てくる。「落ち着いて、あつこ。」みちるがあつこを羽交い締めにし、愛宕に合図を送った。
 急いで、愛宕は久保田を追いかけた。100メートル程走った所の電柱の前で、久保田はしゃがんでいた。
 伝子の車がその側に止まった。「久保田さん、乗って。」
 伝子のマンション。
 「俺と身長その他が似ている、ってよく分かったな、大文字。」と物部が言った。
 「こういう時に頼れるのが副部長ですよね。」と高遠が言った。
 「調子いいこと言うなよ、高遠。何があったんだ?」「夫婦喧嘩らしい。」
 「夫婦喧嘩はサチコも食わないぞ。しかし、えらい落ち込んでいるな。」「腕力では渡辺さんに叶わないですしね。」と高遠が言った。
 「あつこの方は、みちるが抑えて、事情を聞いているらしい。」と伝子が言った。
 「で?喧嘩の原因は?」「忘れたんだよ。結婚指輪の入ったバッグ。」「式場か。」
 「それと、少年のバスジャック事件があっただろ?少し前に。」「ああ。あの時に久保田さんも借り出されたんだよ。で、忘れた。」「何を。」
 「引っ越し業者への申し込み書。明日、引っ越す予定だったらしい。」
 「引っ越し業者への申し込み?渡辺警視のマンションじゃなかったのか、新居は。まあ、お嬢さんだからなあ。結婚指輪はまずいなあ。」
 「僕らの場合は、僕が転がり込んだだけだからね。挙式の前に書類出す予定だったけど、事件で失念した。書類の件で、ひょっとしたら、って調べたんだろうね。いずれにしても、伝子さんが仲に入るしかないですよね、副部長。」と高遠は物部に言った。
 「その通りだ。」「僕らが出来るのは引っ越しの手伝いくらいかな。でも、どれくらいの量か分からないと、新しく引っ越し業者見付けるにしてもなあ。」
 「さっきからずっと、塞ぎ込んでいるんですよ。物部さんも手伝ってくれませんか?」と、愛宕が言った。
 「俺が?いいけどさ。あ。高遠、コーヒーいれてくれ、例のやつ。」
 「はい、副部長。」と高遠が応え、「あっちは栞に頼んでおいた。」と伝子が言った。
 そこへ、山城順が入って来た。「もう。みんなチャイム押さないんだから。」
 「こんにちは。今日非番なんで、お言葉に甘えてお邪魔しに来ました。」「お言葉に甘えて?」「あ、僕が言いましたが・・・。」
 「これ、渡しそびれていた名刺です。」「あの時の便利屋さんって、山城さんの会社だったの?」「はい。」
 高遠と山城の会話を聞いていた、福本が「ねえ、あんたの知り合いに運送会社あるの?」
 「はい。」「あの時の荷物より大量の引っ越しがあるんだけど、融通効くところないかな?」
 あつこのマンション。
 みちるがドアを開けると栞が立っている。「祥子ちゃん、蘭ちゃん、みちるちゃん。ご苦労様。大分暴れた後があるわね。男って、ほんとだらしない動物ね。まあ、私の死んだ亭主は例外だけど。」
 大量の箱を下ろした栞の後ろから高峰くるみが、ミルクの箱を抱えて登場した。
 「みちる。これでいい?パーティーやるの?私も参加していい?店長がまた2割引にしてくれたわ。」
 伝子のマンション。
 「決まりだな。久保田さんから聞いた荷物は4トントラック2台で運べる。しかも、予定通り明日だ。」福本が言った。
 「あまり知られていないけど、大口の運搬ほど、ドタキャン出ることがあるんですよ。キャンセル料は払って貰うけど、運搬拘束時間がパア。で、キャンセル待ちもう仕込んでおいて、問い合わせたタイミングでキャンセルあったら、商談成立。便利屋は小回りきくんでね。やっと先輩のお役に立てる日が来たんだ。」
 「いい心がけだ。」と物部が言った。「頼もしいぞ、山城。」と伝子が言った。
 久保田は土下座した。「感謝します。」「あ。止めてください。そいうの。」と山城が言った。
 福本が会話に割り込んだ。
 「そ。ビジネスライクで。料金しっかり貰えばいい。運送会社も便利屋の山城さんも。」「え?」「相談料でしょ。それから、久保田さん。指輪はヨーダと慶子さんが必死に披露宴の出席者に当たっていますから。会場には、当日忘れ物がなかったそうだから、会場を出る時に誰かの荷物に紛れこんだんでしょう。」
 チャイムが鳴った。運送会社のユニフォームだ。伝子が応対して、久保田は契約書にサインした。支払いはクレジットにして。
 あつこのマンション。
 伝子と高遠が訪れると、すっかり女子会になっていた。
 くるみと栞が持って来たシリアルとミルクは、メンバーの『別腹』に収まっていた。
 「大丈夫かな?栞。」と伝子が栞に尋ねると、栞は頷いた。
 後から入って来た久保田が「あつこさん。ごめんなさい。」とあつこに深く頭を下げた。
 「今夜は徹夜でセックスします、覚悟なさい。」とあつこが言うと、一同は素知らぬ顔をした。
 「副総監に早く『大甥』か『大姪』の顔を見せてくれって言われているらしい。」と久保田が言うと、「ばらすな!」とあつこが怒鳴った。一同は吹き出した。
 「今、ヨーダと慶子さんが指輪の行方を追っていますから、待ちましょう。」と高遠は締めくくった。
 翌日。あつこのマンションから、新久保田邸に行く途中で、突然運搬トラックが消えた。予定時間が過ぎても到着しないので、運送会社に連絡すると、迎えに行ったが誰もいなかったので、空のまま帰ってきた、という。連絡先番号はあつこのスマホの番号にしていた。久保田は、署に行ってから、愛宕達と、新久保田邸で待っていた。
 「こんなことなら、ガラケー持たせておけば良かった。」と久保田は嘆いた。伝子の亡き伯父が開発したガラケー追跡システムのことである。
 伝子は福本に連絡、こちらに向かわずにあつこのマンションに行くよう指示をした。久保田と伝子達はあつこのマンションに向かった。空っぽだった。マンションの管理人に尋ねると、普通に大きなトラックでの引っ越しが行われたが、またトラックが来て、空のまま帰って行った、という。
 福本の車が到着した。サチコを連れて来ている。「匂いどうする?」と福本が高遠に尋ねた。「久保田さん。渡辺警部、いや、警視が使っていたもので特定出来るものは残っていないですか?」
 「困ったなあ。」皆であちこち探していたが、高遠が風呂場から声を上げた。
 「これなんか、どうですか?」と高遠が久保田に言った。ピンクと黄色のタオルが残されていた。
 「これだ。黄色のタオルは私。ピンクのタオルは、あっちゃん、あつこのだ。」と久保田が叫んだ。
 「お待たせしました。」いつかの警察犬トレーナーと数匹の犬が入って来た。
 トレーナーはまず、ピンクのタオルをサチコに嗅がせた。サチコが走り去った。続いて警察犬たちに次々嗅がせて、警察犬たちは走り去った。
 「じゃ、本部に戻るか。」と久保田管理官が後から入って来て、言った。「本部って?」と高遠が言うと、「決まってるだろ、高遠君。新久保田邸だよ。誘拐犯からの電話を待つんだ。」
 新久保田邸。
 高遠達が入ると、空っぽの邸内に警察官が大勢いた。逆探知班が設置を終え、待機している。管理官は声を上げた。
 「みんな、聞いてくれ。誘拐は48時間がタイムリミットだ。それ以降は命の保証はない。連中が奪ったのは、引っ越しの荷物じゃない。トラックに同乗した渡辺警視の身柄そのものだ。心してかかれ。」
 筒井が入って来た。伝子がすかさず尋ねた。「筒井。何か情報があったのか?」
 「うん。管理官。例の倉庫で取引していた半グレの関連がありそうな会社が密かに『引っ越し』していたようです。」
 「ううむ。渡辺君への報復か。」と管理官が言うと、筒井は去って行った。
 南原が伝子に耳打ちし、スマホの画面を見せた。「青木君か。引き続き調べて貰ってくれ。」
 1時間後。電話が鳴った。久保田刑事が電話を取った。逆探知班が待機していた。
 「もしもし。」「あんたが旦那か。」「そうだが。」「嫁は預かっている。」
 「要求はなんだ。冗談で誘拐はしないよな。」「流石、久保田刑事。まず金を貰おうか。」「いくらだ。」「5億。」「高いな。」「安いもんだろ。警視庁のスーパーガールだし。ああ、あんたの取り巻きにワンダーウーマンもバットウーマンもいるらしいが。」
 「今。まず、って言ったよな。2番目は何だ?まだ要求があるんだろ?」
 「流石だ、久保田刑事。ウチの兄弟会社の社員の解放。あんたらがパクった連中だよ。」
 「1番目は、時間があれば用意出来る。だが、2番目はどうかな。担当じゃないし。検察も動かさなきゃならんし。取りあえず、1番目だけの取引を完了するってのは。2番目は、もっと上の方と取引したらどうだ。」「そうだな。まあ、いいだろう。あんたはまだ警部補になったばかりの下っ端だ。金もどうせ渡辺警視の実家から出るんだろう?」」「ご明察だ。」「じゃ、後で日時と場所を教えるよ。あんたがまずやるべきは、嫁の実家から金を工面することだ。12時間やろう。頑張れよ。」
 通話は終わった。逆探知班の班長は首を振った。「だろうな。」と、久保田は呟いた。
 久保田管理官は言った。「よくやった、誠。ありがとう、高遠君、大文字君。」
 「予想通りでしたね。あの倉庫のあの状況から逃げた者がいたとはね。」と伝子が言った。「うむ。高遠君が言った通り、馬脚を現したようだ。『事情』に詳しすぎる。警察にスパイがいることはバレバレだ。」と管理官が続けた。
 「身代金は?」と、伝子が尋ねると、「連絡しておこう。安く済んだ方だ。渡辺君の実家からすれば。」と管理官は応えた。
 伝子と高遠は顔を見合わせた。
 翌日。夕方4時。ある海水浴場の近く。10人の半グレ社員と久保田刑事が50メートル離れて向かい合っている。久保田刑事の側には愛宕がいた。
 「目印が見えるだろう。そこに金をおけ。」愛宕が台車を押して、指定の場所に金を置いた。「よし。さっきの場所に下がれ。」愛宕は下がった。
 「今度は、そっちの番だな。」と久保田が怒鳴った。
 半グレの1人が、猿ぐつわとロープで拘束されたあつこらしき女を目印の地点に置き罪にすると、一目散に逃げた。久保田刑事と愛宕が目印地点に来ると、やはり偽物の女がいた。「ラリッてる。取り敢えず連れて帰ろう。」久保田は合図を送り、警察官達が近づいて来た。
 半グレのアジトの会社。
 大勢の警察官が、複数の警察犬と共に、受付にやって来た。伝子とサチコもいた。
 「警察の者です。家宅捜索礼状が出ています。」と、中津刑事が警察手帳を見せた。
 伝子とサチコは走った。
 3階事務所。
 社員?が一斉に伝子とサチコに襲いかかった。すぐに、中津と警察犬が追いついた。「大文字さん、ここは任せて。行ってください。」
 伝子とサチコは事務所奥の部屋にたどり着いた。伝子は手刀でドアノブを壊した。
 中には、あつこが縛られ、転がっていた。「おねえさま、危ない!」
 警察犬を交わしてなだれ込んだ社員にあつこは体当たりした。サチコがその男に噛みついたら、男は痛がり、転がった。伝子はあつこのロープを解いた。
 「信じていたわ、おねえさま。」あつこは伝子に抱きついた。数秒後、「サチコ、お手柄よ。」とあつこはサチコを撫でた。
 1時間後。半グレの会社横の駐車場。4トントラックが2台止まっている。
 半グレ社員達が帰って来た。「大津向井商会の大津だな。」と中津が声をかけた。
 「意外と思うかも知れんが誘拐って罪が重いんだぜ。」たちまち大津と、その部下は警察官達に取り押さえられた。
 夜。4トントラック2台は警察官が運転して新久保田邸に運搬。待っていた警察官達は手際よく家具その他を配置した。
 結婚式場のレストランが用意した食事は全ての人に振る舞われた。
 食事の最中に、依田が一段高い所から皆に号令をかけた。
 「皆さん、注目してください。これが、久保田刑事が紛失した鞄、そして、結婚指輪です。引っ越し業者の引っ越し契約書も入っていました。」
 おー、とどよめきが起こった。
 翌日。
 再び食事会に伝子や高遠は呼ばれた。
 「どうやって、サチコを導いたの?」と祥子があつこに尋ねた。
 「奴らがインターチェンジで休憩している隙にヘアピンで手錠を外して、色々細工したの。胸のペンダントには7つ道具が入っていてね、わざと腕に傷をつけて血を出し、ヘアピンに擦りつけて、三角窓の隅にヘアピンを貼り付けておいたの。」
 「今回も青木君に世話になったね。『まいかる運送』に似たロゴで『まいから運送』っていうトラックが走っているって情報で、目撃情報を追うと、エリアが特定出来た。」と南原が言った。
 「それで、エリア内に入ると、サチコ達が積極的に動き出した、ってことね。」と蘭が言った。
 「それに、あのエリアに限ったネットの『会社の口コミ』が、あの会社は怪しいと教えてくれた。中津刑事も、小躍りした、なんて言っていた。で、伝子さんが駆けつけた。」と高遠が言うと、「今回は飛ばなかったけどね。」と、みちるが言った。
 そう言えば、言いそびれていたが、あのシリアルの山は何だったんだ、みちる。」と伝子が尋ねると、「あつこはシリアルが大好きなんです。特にストレス溜まっている時。」とみちるが応えた。
 「やはり、藤井さんに頼んで料理指導して貰うか。と伝子が呟いた。
 「ところで。」と依田が思わせぶりに言い出した。
 「久保田刑事の鞄、どこから出たと思う、蘭ちゃん。」
 「わかんない。大体私行ってないし。」「先輩がワンダーウーマンならぬバットウーマンで現れたことは知ってる?」「あ、それは私が蘭ちゃんに教えたわ。」と、みちるが言った。
 「ま、あのタイミングで現れることは急に決まったことだから、みんなびっくりしたけど、福本は知っていたんだよね。」
 「うん。だから、ヘリポートに繋がる緊急通路に着替えを置いていたんだ。」と福本が応えた。」「で、先輩が登場。」「隙を見て出る積もりが、着替えたらもう瀬戸際だった。」と伝子が依田に続けた。
 「先輩。着替えて出てくる時、着替え用の鞄、どうしました?」と依田が尋ねると、「会場の隅に置いてありませんでした?あの鞄。」「あ?通路に放り込んだ、邪魔になるな、と思って。私服に戻った時に、通路から鞄を引き出したが、その鞄はもっと奥にあったかも知れない。」と伝子は応えた。
 「謎は全て解けた。」と依田が得意顔で言うと、「ええ?犯人はおねえさま?」とあつこが言った。
 「申し訳ない!!」と伝子はあつこに土下座した。
 「シェフ!シリアル頼んでいい?」と、高遠は言った。
 一同は爆笑し、宴は続いた。
 ―完―