篠村と過ごすようになって一週間が過ぎた。
 そのうち四回、篠村に会った。一緒に図書館に行って勉強したり、ゲームセンターにも行ったりした。
 今日は公園に備え付けてあるバスケットゴールでシュートを決める遊びをした。しばらく身体を動かすだけで汗だくになる。屋根のあるベンチに座って一休みする。
「はあ、暑い。今日銭湯行くことにしてて正解だったな」
 篠村は着替えが入っている袋を振った。前回の約束通り、近くの銭湯に行く予定なのだ。
「篠村バスケも出来るんだね」
「棚上といえばバスケかなって」
「知ってたの?」
「そりゃもちろん」
 私は中学時代、バスケ部だった。篠村が知ってくれていたことは意外だけど。
 中学は部活にも打ち込んでいたなあ。うまいわけでも、強い学校でもなかったけど、必死に毎日頑張っていた。高校は周りの友達が帰宅部を選んでいたから、特別好きだったわけでもないし、と続けなかった。今でも何か、打ち込めるものがあれば、私は私を好きでいられたんだろうか。そんなことをぼんやり考えていると
「棚上、夏休み友達と何したかった?」篠村はそう訊ねた。
「うーん、改めて聞かれると難しいね」
 夏休みといえば、幼馴染の美優と花火大会に行くのが毎年恒例だったけど、今年は彼氏ができたらしいので遠慮したんだった。高校の友達だけでなく中学時代の友達にも会えていない。
「夏休みにやりたかったこと、やってみない? 毎週一つはお題を決めて」
「うん、いいよ」
 普通の夏休みを送れない私たちだけの特別な夜の夏休みだ。夏休みが終わってしまえば一体私たちはどうなるんだろうか。学校はどうするんだろうか。その気持ちに蓋をしてしまえば、特別な夏にワクワクもする。
「今が夏で良かったよね。夕方でもまだ明るい」
 十八時になっても賑わっている公園を眺めながら私は言った。
「冬に昼夜逆転したら大変だよ。ずっと暗くて気が滅入る」
「だよねえ」
 だけど、夏が終わればやがて冬が来る。やっぱり今後のことは何も考えたくない。
「あ、夏休みといえば。篠村は部活、大丈夫なの?」
 篠村はサッカー部で活躍していたはずだ。一年生でもレギュラーではなかっただろうか。私は帰宅部だから何の問題もないけれど、篠村にとって夏休みでも昼夜逆転は大きな問題だ。
「あーえっと、うん。まあね」
 篠村は珍しく言葉を濁した。
 もしかして。篠村の昼夜逆転症候群のきっかけは部活なのかもしれない。人気者に見える篠村でも、部活なら悩むこともあるのかも。大活躍だとは聞いていたけど、出来る人特有の悩みだってあるだろう。
「そういえば、篠村って小学校の時はいなかったよね! 中学から引っ越してきたの?」
 少し無理がある気もしたけど、私は話を変えることにした。部活は触れられたくない話題な気がしたのだ。
「そう。中一の秋に」
「中一の秋だったっけ? クラス違ったから時期まで覚えてないや」
「だろうな。そもそも俺のこと覚えてる?」
 篠村は小さく笑って聞いてくるから、一度篠村のことを見やる。背が高くて、女子生徒から憧れの目で見られる篠村。だけど、正直中学時代の篠村とは少しイメージが違う。
「覚えてるよ。でも、中学生の時とだいぶ雰囲気が違うから、中学時代の篠村があんまり思い出せなくなってるかも」
 これ、言ってよかっただろうか。口から出した後にまた少し不安になる。
 篠村は、中学時代はあまり目立つ生徒ではなかった。背も高くなかったし、髪の毛はもっともっさりしていたし、わりと大人しい印象の生徒だった。
「あはは、だよな。俺、高校デビューだし」
「ご、ごめん。そういうつもりで言いたかったわけじゃ――」
「わかってるよ、大丈夫。でも棚上が覚えてくれてるとはね」
「同じクラスなったことないけど。そりゃ覚えてるよ」
 親しくなかったとはいえ、転校生は話題にもなるし、小学校からずっと同じメンバーで四クラスしかなかったのだ。学年全員の名前くらいは把握している。
「そっか。なら嬉しい」
 篠村は嬉しそうにはにかんだ。転校生側からすると全員覚えきれないのかもしれない。
「そういう篠村は私のこと覚えてる?」
 私は軽く質問しただけ、だったのだけど
「うん。棚上のこと忘れるわけないよ」
 篠村は真っすぐ私を見つめた。
「え、なんか変なことしたっけ。私」
 中学生の時の私はもっと積極的で、なんでも口にしていたと思う。少しお調子者だったところもあるから、何かふざけていたところを見られていたかもしれない。
「はは、大丈夫。変なことしてないよ。まあ棚上は覚えてないと思うからいいよ」
「何、気になる」
「ちょっとしたことだって。そろそろ銭湯行こうよ。汗気持ち悪くなってきた」
 どうやら篠村は答えてくれる気はないらしい。