――――朝だ。

これは……目覚ましじゃない。俺は素早くスマホを掴み、そして画面を見る。

――――やっぱり。
サッと受話器ボタンを押すとすかさず叫んだ。

「朝からうっさいわあぁぁぁ――――っ!!!このバカ兄――――――っ!!!」

『ぐっす……ひっどいよぉ……っ、柚灯(ゆずひ)たぁん……っ』
俺の名前に変なもんつけるな……!

「ちょっと。朝から何コールしまくってんだ、今日俺休みなんだけど?」
『いや……だって昨日……お怒りスタンプ……おにーたんにお怒りスタンプ……』
何だおにーたんって。呼んだことないだろ。

「あのさぁ……昨晩……レンレン来たんだけど」
『え?お兄ちゃんは柚灯たんがレンレンに夢中なの妬けるけど、柚灯たんレンレン好きでしょ?』
「そりゃまぁっ!?好きですけど、愛してますけど!?俺の推しさまですもの……!?」

「そうか……そうなのか……柚灯。私も嬉しい」
え?レンレンばぶちゃんも起きて……いや、起きないわけがない、兄さんのコール五月蝿いもんね。……てか。

「レンレンがしゃべってるぅ――――――っ!?」
ばぶ化解けてるぅ――――っ!!

『ぐぅ……っ、そこにいるのか!?レンレンがいるのか!?お兄ちゃんマジ嫉妬ぉ~~っ!てか、今早朝だよね!?まさか同衾してないよね柚灯たん!?お兄ちゃん、許しませんよ!?』

「はぁ……?何言ってんの、男同士じゃん」
『だからじゃん――――っ!でもばぶの時は仕方がないか……うん。うぐぅっ、でも悔しいお兄ちゃんもばぶになりたい――――っ!』

「いや……兄さんがばぶになっても、俺は面倒みないからな?な?」

『えーっ』

「……と言うか、兄さんもレンレンがばぶばぶ言ってた原因、知ってるの?」
『あー、それは……あ、電池切れそ……』
ツーツーツー……

今まさに切れたぁ――――……っ!!!そりゃぁかけつづけてたんじゃぁしょうがないか。
俺も充電しとこっと。

「ところでその、ばぶちゃ……」
ぱあぁっ!レンレンが顔を輝かせるが……。

「レンレン」
「……それもいいが、レンレンばぶちゃん」
「いや今普通にしゃべってるよね!?ばぶちゃんじゃないよね!?」
「ばぶー」
ばぶ真似ーっ!でもかわいい。推しさまは何したって、言ったってかわいい、尊い、素晴らしい。

「ばぶちゃん……」
「あぁ、まみー!」
「その……俺は柚灯だし……さっきも呼んでたじゃん。俺の名前も知ってるんだ……。いや、兄さんから聞いたの?」

「以前ファンレターをくれただろう?」
「……それは……覚えてたの!?」

「あぁ……だからファンレターを受け取り、付いていた匂いで柚灯が私のままんだと分かった」
匂い……!?付いてるの!?ファンレターに匂い付くの!?言っとくけど、変なことしてませんからね!便箋にほっぺやお尻すりすりしてませんからね!?

「てか……ままんって……。まみーもお母さんのこと……だよな?」
そう言うプレイか何か……?

「まみーやままんはおかんのことではない」
あー……お母さんとはそれで区別してんの。へぇー……。

「柚灯。私の家系……漣家は代々優秀な人材を輩出してきた。しかし時折、優秀であるがゆえに、ばぶ化するものが出る。これをばぶと呼ぶのだが……ばぶ化は1ヶ月に2~3日、突発的なショックやまみーに甘えたい時にばぶ化することもある。ばぶになると、ばぶ語しかしゃべれなくなる。ままんを呼ぶときはまみーと呼べるが……。今までは抑制剤で我慢していたのだが……遂に限界が来てばぶから戻れなくなってしまったんだ」
「あー……それで活動休止に」
「うむ。しかしこうしてばぶから戻れ、愛しのまみーと出会えた以上はもう大丈夫だ。活動再開する」

「それは、良かった」
ファンとしても嬉しい。

「でも、まみーとかままんってのは?」
「ばぶ期のばぶをかわいがってばぶから戻してくれる存在だ。どのばぶにも必ずひとり、運命のままんがおり、遠くにいたって必ず惹かれ合う。ばぶはそれ分かる。それがばぶ&まみー。私もファンレターをもらってすぐに柚灯に会いに行きたかった。色々と調べて寿灯の弟だと分かったが……あの男……」
「んー……兄さん?」

「是が非でも弟に会わせないと妨害してきたあのブラコン」
「まー……そうだね。いい加減弟卒業しろって感じ?一人暮らしはまぁ何とか両親に納得させられたけどね」

「だが、私がばぶから戻れなくなり、さすがに折れた、あの男」
うん、折れなかったら絶交だかんな。何せ推しさまの活動休止の危機である。

「そして、意気揚々とまみーに会いに行ったのだ」
「あぁ、うん。そゆこと……あ、でももうばぶから戻ったんだし……帰るの?」

「……帰らないが?」
「え?」

「仕事には行くが、ここに帰ってくる」
「え……なん、で?」

「ばぶはまみーと一緒にいると落ち着き、安定するのだ。むしろばぶ期以外もよしよしなでなでして欲しい」
かわいいな、ばぶ!?

「それに柚灯が好きなだけこちらにいていいと言ってくれた」
「そりゃぁ……そうだけど。りょ……両親が帰ってきたらどう話せば……」
海外ツアー終えたら帰ってくるんだけども!?何でレンレンいるんだって話にならない!?ばぶのことどう説明すれば……っ。

「そこら辺はうちの母さんに頼んで柚灯のご両親に、ここに住む許可をもらったぞ……!」
「あー……うん、歌手仲間だもんね?」
母さんはスサンナさんと同じく世界的な歌姫。因みに父さんは母さんのマネージャー。
てか、もらったんかい、許可……!

「ばぶのことも、母さんから聞いてるそうだから平気だぞ」
「マジで?すごいね」
まるでスパダリ&ハイスペ……!
さすがは俺の推しさまレンレンである……!

「あ、じゃぁ……兄さんじゃなくて、スサンナさん経由で連絡とれば良かったんじゃ……」
「……ばぶ」
え?またばぶになったのレンレンばぶちゃん!?ちょっとふるふるしてるんだけどぉ――――っ!?

「ばぶ――――――っ!?」
「気付いてなかったのぉ――――――っ!」
どこ行ったのスパダリ・ハイスペ・イケメン3拍子~~っ!?
でもそんな天然も……。

「かわいい」
なでなで。

「ばぶー、まみー、ばぶーっ!」
うん、めっちゃ癒されるぅー。

「もう少し寝ちゃう?どうせ休みだし」
「ばぶっ!」
兄さんのせいで起こされたし。今日はもう少し推しさまばぶちゃんと……ゆったりと過ごしたいんだ。
俺はレンレンばぶちゃんの髪をなでなでとなで、かわいい『ばぶばぶ』を聞きながら……2人で二度寝を決め込んだのであった。


――――その後、突然実家に帰ってきた兄さんが寝室に飛び込んできて、また起こされたので……。

必殺弟からの蔑む眼差しを食らわしてやったのは言うまでもない。
その後すぐにレンレンばぶちゃんの『ばぶ、まみー、ばぶ!』に癒されたけどね。



【めでたし、めでたし】