体育祭で披露する応援団の演舞は、各軍によって内容はまちまちだ。軍団は、全校生徒が東西南北の四つに分かれていて、四組が所属するのは北軍になっている。ちなみに私がいるニ組は東軍だから、私だけがクラスの中で違う軍に所属するという、なんとも居心地悪い状況になっていた。
夏休みに入り、受験のための補習が終わると、各軍の応援団は演舞の練習をそれぞれ開始していく。まずは三年生で結成された応援団だけで演舞を練習し、それが終わると今度は軍全員での応援合戦の練習をする流れになっている。つまり、当然ながら全体練習までには演舞を仕上げる必要があった。
――やっぱ、無理かも……
練習初日、運動場のすみに集合した私は、目の前に並ぶヤンキー集団に完全に声を失っていた。
――めっちゃこわいんですけど……
横一列に並んだ十人は、四組の中から選びぬかれた筋金入りのこわい人たちばかりだ。いくら恭介くんの推薦があるとはいっても、見事に固まってる私に多少の不満があるのは重苦しい空気からも伝わってきた。
「みの、そう緊張しなくていいから」
どうしていいかわからないでいると、金髪と鋭い目をしたひときわ体が大きい人が声をかけてきた。
「立花くん、でしたよね?」
声をかけてきた人を見て、恭介くんが立花と紹介していたことを思い出した。たしか、副団長としてサポートしてくれることになっていたはず。副団長を務めるだけあって、威圧感は他の団員よりも重苦しい感じがした。
「立花くん、じゃなくて立花でいいから。それより、とりあえずまずは基本からやろうか」
なにをしたらいいのかわからずあたふたする私をみかねてか、立花くんが代わりに練習の指揮を取り始めた。
「みの、まずは簡単なことからやろう」
いつの間にかわたしを『みの』と呼ぶ立花くんが、練習の流れを説明し始める。とりあえず、今日は基本となるかけ声のやりとりをすることになった。
――どうしよう、できるかな?
立花くんに促され、私は息が止まるくらいの勢いで空気を限界まで吸い込んだ。
「……、レー、フ、フレー、……、フレー?」
意を決して声を出してみたけど、完全に裏返った上に蚊の鳴くような小さな声しかでなかった私は、かさかさに口が乾いていることもあってろれつがちゃんと回っていなかった。
当然ながら、団員たちから返しのかけ声が出ることはなく、返ってきたのは遠慮のない笑い声だった。
「おい、フレーフレーって応援するのに、なんでフレー? って疑問形になるんだよ!」
近くで座って見ていた恭介くんが、あからさまに頭を抱えながら近づいてきた。
「だ、だって……」
「だってはなしだ。いいか、そんなに難しく考える必要はないんだから。そうだ、お前も好きなイラストレーターとかいるだろ?」
「それは、いますけど……」
「よし、だったらそいつをイメージしてこう考えてみろ。そいつが病気でイラストを描けなくなって困っているってな」
恭介くんの真剣な言葉にうながされ、私はしぶしぶ目を閉じてイメージを始める。真っ先に思いついたのは推しのイラストレーターさんで、彼が病室でうなだれているところを想像してみた。
「よし、イメージできたら今度はそいつを元気づけると思ってエールを送ると考えるんだ」
浮かんだイメージの中に、恭介くんのアドバイスが流れ込んでくる。その指示に従い、弱っている推しを元気づけるために気合を入れて『フレーフレー』と叫んでみた。
――あれ? 言えた?
目を閉じていたことと推しをイメージしていたせいか、緊張や恐怖から解放された私は、自分でもびっくりするくらいスムーズに声を出せた。
「できました! わたし、ちゃんと声がでましたって、あれ?」
うまくできたことにちょっとだけ興奮しながら目を開けると、あからさまに眉間にシワをよせた恭介くんが鬼の目で私を睨んでいた。
「ど、どうしました?」
「お前、どうしましたじゃねえよ! いきなり目の前で大声だしやがって」
怒りをあらわにした恭介くんが、いきなり私の頭にチョップしてきた。どうやら彼のアドバイスはまだ途中だったらしく、私がいきなり声を出したから面くらったらしい。
その様子を見ていたみんなが、今度は手を叩いて笑いだした。そこでようやく、自分がひとりの世界に入っていたことに気づき、急に恥ずかしさで頬に触れると火傷しそうなくらい顔が熱くなってきた。
「見事な夫婦漫才だな」
涙目で笑いながら、立花くんが茶化してくる。夫婦漫才と言われたことに再び怒りがわいたのか、恭介くんは『うるさい』と冷たく吐き捨てた。
「ったく、なんかいまいちうまくいかないけど仕方ないか。まあそれより、これで要領わかったよな?」
「へ?」
頭をかきながら語る恭介くんに突然ふられ、理解のできない私はまぬけな声を出すしかなかった。
「だから、要はやりようってこと。お前は、人前で声を出せなかったけど、目をつぶって好きな人を想像したらできるようになったわけだから、やり方しだいで物事はなんとでもなるだろって話だ」
私の理解力のなさに呆れつつも、恭介くんは優しく説明してくれた。要するに、できないと思い込んで逃げるのではなく、なんでもいいからできる方法を考えてやれということだった。
――これならいけるかも
恭介くんのアドバイスをもとに、練習を再開する。
けど、気弱な私はやっぱり裏返った声しか出せず、ずっこけた恭介くんの怒声とみんなの笑い声が再びこだまするだけだった。
夏休みに入り、受験のための補習が終わると、各軍の応援団は演舞の練習をそれぞれ開始していく。まずは三年生で結成された応援団だけで演舞を練習し、それが終わると今度は軍全員での応援合戦の練習をする流れになっている。つまり、当然ながら全体練習までには演舞を仕上げる必要があった。
――やっぱ、無理かも……
練習初日、運動場のすみに集合した私は、目の前に並ぶヤンキー集団に完全に声を失っていた。
――めっちゃこわいんですけど……
横一列に並んだ十人は、四組の中から選びぬかれた筋金入りのこわい人たちばかりだ。いくら恭介くんの推薦があるとはいっても、見事に固まってる私に多少の不満があるのは重苦しい空気からも伝わってきた。
「みの、そう緊張しなくていいから」
どうしていいかわからないでいると、金髪と鋭い目をしたひときわ体が大きい人が声をかけてきた。
「立花くん、でしたよね?」
声をかけてきた人を見て、恭介くんが立花と紹介していたことを思い出した。たしか、副団長としてサポートしてくれることになっていたはず。副団長を務めるだけあって、威圧感は他の団員よりも重苦しい感じがした。
「立花くん、じゃなくて立花でいいから。それより、とりあえずまずは基本からやろうか」
なにをしたらいいのかわからずあたふたする私をみかねてか、立花くんが代わりに練習の指揮を取り始めた。
「みの、まずは簡単なことからやろう」
いつの間にかわたしを『みの』と呼ぶ立花くんが、練習の流れを説明し始める。とりあえず、今日は基本となるかけ声のやりとりをすることになった。
――どうしよう、できるかな?
立花くんに促され、私は息が止まるくらいの勢いで空気を限界まで吸い込んだ。
「……、レー、フ、フレー、……、フレー?」
意を決して声を出してみたけど、完全に裏返った上に蚊の鳴くような小さな声しかでなかった私は、かさかさに口が乾いていることもあってろれつがちゃんと回っていなかった。
当然ながら、団員たちから返しのかけ声が出ることはなく、返ってきたのは遠慮のない笑い声だった。
「おい、フレーフレーって応援するのに、なんでフレー? って疑問形になるんだよ!」
近くで座って見ていた恭介くんが、あからさまに頭を抱えながら近づいてきた。
「だ、だって……」
「だってはなしだ。いいか、そんなに難しく考える必要はないんだから。そうだ、お前も好きなイラストレーターとかいるだろ?」
「それは、いますけど……」
「よし、だったらそいつをイメージしてこう考えてみろ。そいつが病気でイラストを描けなくなって困っているってな」
恭介くんの真剣な言葉にうながされ、私はしぶしぶ目を閉じてイメージを始める。真っ先に思いついたのは推しのイラストレーターさんで、彼が病室でうなだれているところを想像してみた。
「よし、イメージできたら今度はそいつを元気づけると思ってエールを送ると考えるんだ」
浮かんだイメージの中に、恭介くんのアドバイスが流れ込んでくる。その指示に従い、弱っている推しを元気づけるために気合を入れて『フレーフレー』と叫んでみた。
――あれ? 言えた?
目を閉じていたことと推しをイメージしていたせいか、緊張や恐怖から解放された私は、自分でもびっくりするくらいスムーズに声を出せた。
「できました! わたし、ちゃんと声がでましたって、あれ?」
うまくできたことにちょっとだけ興奮しながら目を開けると、あからさまに眉間にシワをよせた恭介くんが鬼の目で私を睨んでいた。
「ど、どうしました?」
「お前、どうしましたじゃねえよ! いきなり目の前で大声だしやがって」
怒りをあらわにした恭介くんが、いきなり私の頭にチョップしてきた。どうやら彼のアドバイスはまだ途中だったらしく、私がいきなり声を出したから面くらったらしい。
その様子を見ていたみんなが、今度は手を叩いて笑いだした。そこでようやく、自分がひとりの世界に入っていたことに気づき、急に恥ずかしさで頬に触れると火傷しそうなくらい顔が熱くなってきた。
「見事な夫婦漫才だな」
涙目で笑いながら、立花くんが茶化してくる。夫婦漫才と言われたことに再び怒りがわいたのか、恭介くんは『うるさい』と冷たく吐き捨てた。
「ったく、なんかいまいちうまくいかないけど仕方ないか。まあそれより、これで要領わかったよな?」
「へ?」
頭をかきながら語る恭介くんに突然ふられ、理解のできない私はまぬけな声を出すしかなかった。
「だから、要はやりようってこと。お前は、人前で声を出せなかったけど、目をつぶって好きな人を想像したらできるようになったわけだから、やり方しだいで物事はなんとでもなるだろって話だ」
私の理解力のなさに呆れつつも、恭介くんは優しく説明してくれた。要するに、できないと思い込んで逃げるのではなく、なんでもいいからできる方法を考えてやれということだった。
――これならいけるかも
恭介くんのアドバイスをもとに、練習を再開する。
けど、気弱な私はやっぱり裏返った声しか出せず、ずっこけた恭介くんの怒声とみんなの笑い声が再びこだまするだけだった。