王国軍の侵攻は早かった。
 【狂戦士の歌】で強化された十万に及ぶ兵達が帝国軍を蹂躙し、町や都市から物資を略奪しては侵攻する。
 その繰り返しで、猛烈な勢いで帝都へと向かった。

 もう町や都市を攻略したのは五つ目程。
 今回侵攻した町で略奪以上のことがされているのを私は目撃した。

「いやっ……いやああぁぁ!!」

 ――強姦だ。

「……何やってんの!? あんた達は!!」

 私は三人の兵士達に犯されようとしている少女を庇うため、兵士達を押し退ける。
 馬小屋にいる少女と兵士達の間に割って入った。

「何だてめぇ!? 従者風情が何しやがる!?」

 私がメイド服を着ていることで、誰かの従者と思ったんだろう。
 ま、アリアの従者なんだけどね。

「俺達は勝ったんだ!! 戦利品なんだよ、これもなっ!!」

 私は戦利品と呼ばれた少女の方をチラリと見る。
 泣きながら怯えていて、震えあがっていた。

「これって何よ!! 物や食料を奪って、それで十分じゃないの!? 人の尊厳まで奪って良いはずないじゃない!?」

「俺の妻と子は帝国軍に殺されたんだ!! それくらい奪って何が悪い!?」

 兵士達は私に向けて剣を抜いて闘気を纏う。
 闘るっていうのなら、仕方がない。

 一瞬で剣を抜いた兵士達の背後に回った私は、首を落とさないように慎重に、手刀で叩いて三人の意識を奪った。

「さ。早く、逃げて」

 私のことも怖いのか、無言でうなずいた少女は服を直してすぐに馬小屋から出て行った。

「……何なのよ……」

 私達が今やっていることは、私達が追い出されたり、エミリー先生や皆が殺されたことと何も変わらない。
 奪われたから奪って、殺されたから殺して、やられたらからやり返して……本当にそれで戦争は終わるの?

「何だってのよ!!」
 
 アリアの言う通りだ……戦争が続く限り、悲劇や負の連鎖は繰り返される……。
 私とアリアは進まないといけない。
 戦争を終わらせるために、こんな悲劇をもう繰り返さないために――。


*****


 アルプトラウム帝国、帝都ドミナシオン。
 謁見の間――皇帝ズィーク・アルプトラウムの前では炎帝アッシュ・フラムが跪いていた。

「何たる醜態よ。良く私の前まで戻ってこれたな、アッシュよ」

「……申し訳ありませぬ」

 震帝カニバル、死帝ルシェルシュを失い、王国の超級闘気砲を壊したポワンは再び行方知らず。
 王国に侵攻され続ける皇帝ズィークは、ただ一人残る四帝のアッシュに当たらずにはいられなかった。

「さて、どうしてくれようか。王国軍は勢いのまま帝都まで攻めてくるぞ」

「敵軍は雑兵とはいえ十万もの兵力……更に増援も増え続けています。こちらの戦力を分散させたままだと、各個撃破されていくだけかと。ならば、こちらも兵をここ帝都に集るべきです」

「奪われた町や都市はどうする?」

「帝都で王国軍を迎え討てれば、後程いかようにもなるかと」

「ふん、確かにな」

 皇帝は長い戦斧、バルディッシュを杖がわりに立ち上がり、炎帝アッシュに命を出す。

「兵を帝都に集めよ。王国軍を、座して待つ」

「御意!!」

 命を下されたにも関わらずアッシュは謁見の間を後にしない。
 すぐに命令を行動に移さないアッシュを、皇帝は怪訝そうに見る。

「どうした? 言いたいことがあれば申せ」

「空いた四帝の枠に推薦したい者がおります」

「誰だ? 連れて来い」

「入れ!!」

 アッシュに呼ばれ、入って来た者は――ブレアだ。

 小さい体のブレアは以前の水色のミニスカートのメイド服は着ていない。
 等身大程の魔法具の金槌を背負い、漆黒のバトルドレスと帝国の軍帽を纏っていた。
 それは冥土隊を捨てたという意志表明だろう。

 ブレアはアッシュの隣で跪き、皇帝に首を垂れた。

「王国を裏切り、歌姫を捕えて亡命した者です。魔法は氷を操る能力で、その威力は我も認めております」

「一度裏切った者を信用しろと?」

「我の目から見れば、信用できるかと」

 皇帝ズィークは見定めるかのように、ブレアに話しかけた。

「水色頭の小娘、何故帝国軍に入って闘う? 王国が帝国に敵わぬと思うてか?」

「違う」

「ならば、何故だ?」

「強くなりてーからだ。誰よりも。それに王国にはどうしても倒したいやつがいてな」

 ブレアの言葉を聞き、ズィークはブレアに手をかざし――。

「ぎ!?」

 魔技を放つ。
 余りの重力の負荷にブレアは床へとへばりついた。
 皇帝ズィークの魔法【重力】の影響だ。

「アッシュよ。躾がなっておらんぞ。何だ、コレの口の効き方は」

「……申し訳ありませぬ。野獣のような者故」

「ぐぎ……」

 コレ扱いされたブレアは、とてつもない重力の負荷がかかりつつも、闘気を纏って気合いで何とか立ち上がる。

「ほぉ」

 自身の魔技をまともに受けているにも関わらず、立ち上がったブレアに皇帝は素直に感心した。

「お前らに飼われるつもりはねー!! あたいはあたいの強さだけ証明できれば、それでいいんだ!!」

 ブレアの意思表明を聞いた皇帝は手を下げ、魔技を解除する。
 その表情はどこか笑っているようにも見えた。

「ふん……気に入った。其方には【氷帝】の通り名を授ける。私のために励め」

「うっせ、バーカ! 言われなくても王国なんざぶっ潰してやらぁ!!」

 そう叫んだブレアは踵を返し、謁見の間から出ていく。
 アッシュも立ち上がり、皇帝に対して一礼をしてブレアに続いた。

 隣同士で歩く二人。
 ブレアにとってはエミリーを殺した仇のアッシュと歩くのは気に入らないのか、不機嫌だ。

「ここ帝都で、総力戦となるであろう。準備しておけ」

「最終決戦ってやつか……いーじゃねーか」

 ブレアは立ち止まり、アッシュを恨めしそうに睨む。

「ヒメナをぶっ殺した後はてめぇだ。分かってんだろーな?」

「貴様にやれればな。しっかり仕事をしろ、氷帝」

 アッシュはブレアの方を見向きもせずに、皇帝の命令を実行するために歩む。

「ちぇっ!」

 自分のことをまるで見もしないアッシュに舌打ちをした氷帝ブレアは、アッシュの後に続いた――。