もう何度首を刎ねられたか分からない。
 モルテは首を狙われてるのが分かっているにも関わらず、圧倒的な力の差で首を刎ねられ続ける。

「がはっ……はぁ!!」

 殺され続け、それでも生きるモルテ。
 しかし、体内のマナが尽きかけていた。
 もう、モルテの体は蘇生は出来ないであろう。

「中々しぶといのう。ゴキブリ並みの生命力じゃな」

「……はっ……そりゃ、どーも……」

 だが、死んだとしても一人の戦士として背は向けたくない。一矢報いたい。
 せめて一撃でも入れられれば、死んだ後シャルジュとナーエに誇れるだろう。

 そう考えたモルテは、

「うおらあぁぁ!!」

 捨て身の攻撃に出る。
 首を刎ねられて死んでも構わない。
 それでもこの剣だけは届かせてみせる。

 しかし――。

「逃げなかったことだけは、褒めてやるのじゃ」

 そんな願いは首と共に、ポワンの手刀に両断される。

 モルテの首を刈り取ったポワンは、ヒメナを知っていると答えたモルテとナーエの首を拾い、大きな麻袋へと入れた。

「うーむ、小娘は甘ちゃんじゃからの。もう少しかのう」

 三つの首を入れた麻袋をポワンは背負い、目的地を目指して再び駆ける――。


*****


 ここはモルデン砦。
 ヒメナとアリアはまだ戻って来ていない。
 もしかしたら死んだのかもしれないとすら、冥土隊の面々は思っていた。

「ん? 何だあのチビ? 帝国軍の制服を着てるぞ。こっちに一人で真っ直ぐ進んで来てやがる」

 そんな中、超級闘気砲の近くに立てられた望遠鏡を覗いた衛兵が何かの存在に気付く。

「私にも覗かせて下さいなぁ」

 フローラの護衛をしていたベラが衛兵が覗いていた望遠鏡を覗くと、荒野を大きな麻袋を持った少女が堂々と歩いていた。

 ベラはその存在をすぐに思い出す。
 一度しか見たことがない。
 だけど、強烈に記憶に残っている。

 アンゴワス公国での王国と帝国の戦闘を、闘気を纏うだけで終わらせた人物――拳帝ポワン。

 望遠鏡越しに目が合うと、ベラの全身には鳥肌が立った。
 あの時の闘気を思い出したのだろう。

「……っ……フローラァ!! すぐに超級闘気砲を撃つ準備をしてぇ!!」

 超級闘気砲でも倒せるかは分からない。
 しかし、それしか手段はないとベラは即座に判断した。
 常にのほほんと微笑んでいるベラが、声を荒げたことにフローラとフェデルタは驚く。

「そんなに騒いでどうしたのさーっ!?」

「化け物が来るのぉ……王都に来た黒竜とは比べられない程のとんでもない化け物がぁ!!」

 ベラが戸惑う程の異常事態。
 フローラはベラを信じ、すぐに行動に移った。

「兵士の皆ーっ!! 超級闘気砲に闘気を送ってーっ!!」

 フローラの指示に従い、常駐の兵士達はすぐさま超級闘気砲に埋め込まれた魔石に闘気を送り込む。
 超級闘気砲の照準をポワンに合わせた。

「あのちっちゃい子のこと言ってるのーっ!? ベラーっ!!」

「そうよぉ! 早く撃ってぇ!!」

「ほいさーっ!!」

 フローラが引き金を引くと、数十人に及ぶ兵士達が纏った闘気を超級闘気砲は吸い込んだ。
 超級闘気砲はポワンに向かい、一直線に光線を放つ。

 とてつもなく巨大な光線。
 一人の人間が受ければ、間違いなく死体も残さず塵と化すだろう。


「ほっ」


 そんな超級闘気砲に向けて、ポワンは片手を開き――闘気を纏って軽く受け止めた。
 激しい閃光が花火の様に弾け、次第に消える。

 いつも笑顔のフローラも、いつも微笑んでいるベラも思わず真顔で息を呑む。
 フェデルタも同様に、目を見開いていた。

「何だとーっ!?」

「嘘ぉ……?」

「何なのですか、あの子は……!?」

 数十人分の闘気を圧縮し光線にした超級闘気砲を、容易にポワンは受け止めたのだ。
 驚きは隠せない。

「つまらん、つまらん。ルシェルシュの生物を弄っているのは興味深かったが、科学じゃか何じゃか知らんが、これは全く別物じゃな」

「総員配置に着くのであーる!!」

 ポワンの闘気を感じ、白犬騎士団団長のアールを始めとしたモルデン砦の騎士や兵士や傭兵は急いで配置につく。
 各地からも集められたその数は、優に一万を超えていた。

「しばらく戦から離れておったから、リハビリには丁度いい数じゃな」

 そんな大軍にまったく怯まないポワンは、嬉しそうにストレッチをしながらゆっくり歩いて近付いていく。

「後衛部隊放つのであーる!!」

 後衛部隊の全員が魔法を放つ。
 色とりどりの魔法が、ポワンに向けて襲い掛かった。
 しかし、ポワンは躱すことをしなかったため直撃し、辺り一面には砂埃が舞い上がる。

「やったであーるか!?」

 砂埃が徐々に晴れていき――そこからは無傷のポワンが現れた。

「何なのであ――」

 驚くアールの目の前にポワンが突如現れ、その首を当然のように刈り取る。
 とてつもない闘気を持つポワンの【瞬歩】は、優に数百メートルの高速移動を可能としていた。

「お主が指揮官じゃな。念の為、首は貰っておくかの」

 ポワンは絶命したアールの首を麻袋へと入れる。
 これでポワンが集めた首は四つ。

「さて、殺るかの」

 そこからは、一方的な蹂躙だった。
 どちらが蹂躙されてるかは言うまでもない。
 ポワン一人に、一万を超える騎士や兵や傭兵達が屠られているのだ。

 もはや戦いではなく、殺戮。
 象が蟻の群れを踏み潰していくかのような光景だ。

 近代兵器を超えた圧倒的な個の力は、数分とかからず一万を超える兵達を殺し終えた。
 当然その中にはゼルトナ達エスペランス傭兵団も含まれている。

「後は、アレじゃな」

 ポワンは超級闘気砲を見上げる。
 そして超級闘気砲を放つための大窓から、室内へと入る。
 大部屋の中にいたのは、超級闘気砲を放ちマナが限界に近い数十人の兵士とフローラとベラとフェデルタ、そして始めにポワンを見つけた衛兵。

「お主ら、ヒメナという小娘を知っておるかの?」

 まるで知り合いに話しかける様に気さくに話しかけてくるポワン。

「あ……ぁ……」

 衛兵は余りの恐怖に腰を抜かす。

「知ってるけどーっ!?」

「それが一体ぃ……!?」

「何だというのですか!?」

 フローラとベラとフェデルタの答えを聞いたポワンは、

「ぷぎゃ!?」

 腰を抜かしてる衛兵の頭を片手間に踏み潰した。

「なぁに、あの小娘は甘ちゃんでな。力があったとしても、見知った相手どころか、敵すら殺せぬ程甘い。じゃから、少しやる気にさせようというだけなのじゃ。そのために――」

「ベラさん!! フローラさんを――」

 フェデルタが叫んだ時、その首は既に飛んでいた。

「死ぬのじゃ」

 フェデルタを瞬殺したポワンは、飛んだ首をそのまま麻袋に入れた。
 そして、自身よりはるかに大きい超級闘気砲に手の平を当て――。

「覇っ!!」

 闘技【衝波】の衝撃で、破壊した。
 【衝波】は触れた対象の体制を崩したり吹き飛ばしたりすることで、次の攻撃に繋げる闘技であるが、ポワンの場合に限ってはあまりの闘気の強さに吹き飛ばした際に、殺してしまうことがままある程の威力だった。

 闘気で守られている訳でもない超級闘気砲という魔法具を壊すことなど、赤子の手をひねるより容易である。

「あーっ!! ボクの超級闘気砲がーっ!!」

「言ってる場合じゃないでしょぉ!?」

 闘気を纏ったベラはフローラを抱えて、逃げようとするも――。

「逃すわけなかろうて」

 既に逃げようとした先には、ポワンが【瞬歩】で移動していた。

「さらばじゃ」

 ポワンが手刀で二人の首を刈り取ろうとした、その時――。

「!」

 突如ポワンは【瞬歩】でその場から移動する。
 ポワンが先までいた場所には、太刀筋が残っていた。

「あなたは拳帝ね」

 現れたのは、まだカニバルとの戦闘での怪我が癒えきっておらず、漫然とは言えないルーナ。
 ポワンを切り裂こうとしていたのは、ルーナのマナブレードだ。

「見えぬ剣か。珍妙な武器を使いよるの」

 ポワンはルーナのマナブレードの本質にすぐに気付き、素直に感心する。

「ベラ、フローラを連れて逃げなさい!!」

「でもぉ……!!」

「これでも私は震帝を破ったのよ!! 他の四帝にもきっと太刀打ちできるわ!! アリアがいない今、一番大事なのはフローラよ!!」

「……っ……!!」

 ルーナの言葉を信じて、フローラを抱えて窓から飛び出す。
 そこからは全力でモルデン砦から離れて行った。

「ルーナ!!」

「どうかぁ……どうか無事でいてぇ……!!」

 そんな二人の儚い願いと共に。

 残されたポワンとルーナ。
 ポワンはマナブレードを持つルーナから目を離さなかった。
 それなりにルーナに興味を抱いたのであろう。

「ヒメナという小娘のことは知っておるか?」

「知っていたら……何だって言うの!?」

 ルーナは闘気を纏うポワンを見て、イメージ出来ないでいた。

「カニバルを破ったのであれば、それなりに期待して良いのかの?」

 自分が拳帝ポワンに勝てるイメージが――。