ヴェデレは歩く。
 分かれ道があれば、特に理由もなく道を選ぶ。
 ただただ、安住の地を求めて。

 その足取りは軽かった。
 まるで夢見る少年が冒険に初めて出るかのように。
 川の水を飲み、顔を洗い、太陽を見上げる。

 何故だか自分が夢見た戦争とは関係ない、アフェクシーのような場所に行けるような気がした。

 そんな晴れやかな気持ちのヴェデレがたまたま出会ったのは――。


「ヴェデレ、こんな所で何をしておる?」


 ポワンだ。

 明らかに機嫌が悪そうなポワンを見て、急に足取りが重くなる。
 まるで足の甲に杭を打たれたかのように、体が緊張で動かなくなった。

「お主はルシェルシュの所にいたはずじゃの? また、軍から逃げたのじゃな?」

「……まぁ……そーですわーな……」

 目の前にいるのは、アフェクシーの頃のポワンではない。
 帝国軍の黒い制服を纏う、拳帝ポワンだ。

「一週間前程にソリテュードの方から強い闘気を感じたのじゃ。話せ」

 長年の経験からヴェデレは直感した。
 ここで選択肢を間違えれば、おそらく自分は死ぬと。

 ヴェデレは、話す事を選択する。
 ポワンの機嫌を損ねる訳にはいかない。

 アリアを捕獲し、ルシェルシュが魔技【終焉の歌】を丹田に入れたこと。
 ヒメナと再会したこと。
 ヒメナが【終焉の歌】で魔人化し、ソリテュードを死帝ルシェルシュごと破壊したこと。
 震帝カニバルが何者かによって敗れたこと。
 ヒメナとアリアが王国へ戻ったこと。
 その全てを話した。

「なるほどの、小娘は魔物もどきであったか。なれば、闘気を纏えて魔法を使えなかったことにも納得がいく」

 ポワンは嬉しそうに、ニヤつく。

「その【終焉の歌】で魔人化したヒメナは、ワシとまともに殺り合えそうか?」

「さー……どーでしょーねー……俺は戦闘には疎いモノでーね……」

 早く立ち去ってくれ。
 そう願えば願う程、ヴェデレの嫌な予感は増していた。

「そうかそうか、かっかっかっ!」
 
 その予感は――。


「お主は用済みなのじゃ」


 的中し、ヴェデレの首は手刀で一瞬で刎ねられる。

「さて、楽しみも増えたことじゃし行くかの」

 ヴェデレの首を持ち、少し機嫌が治ったポワンは王国へと向かった。


*****


 私は王国へと戻る為に闘気を纏って走っていた。
 アリアを背負い、手に荷物を持って。

「……ヒメナっ……ごめん……」

 アリアがそう言って私の肩をタップすると、私は止まった。

「ううん、大丈夫?」

「……ごめんね、ヒメナ一人ならもっと早く行けるのに……」

 アリアはどうやら私の走る速度に体が耐えられないみたい。
 たがら、こうして休み休み進んでいる。

「仕方ないよ。闘気を纏える纏えないは潜在的なモノだから」

 アリアはしょんぼりしているけど、私は久しぶりに長い間アリアと二人っきりで楽しい。
 戻りさえすれば、急ぐこともない。
 ロランから見たら生死不明の私達がいなくて、ルーナ達を牢に入れたり拷問したりってのは流石にないだろうしね。

 アリアが休める場所を探すと、近くに天然の花畑を見つける。

「見て、アリア!! お花畑だよ!!」

「ヒメナ、私見えないよ」

「あ……だよね。ごめんごめん」

 ついつい、孤児院の近くにあったお花畑を思い出して、興奮しちゃった。
 花畑の中にアリアを背負って入り、二人で寝転がる。

「ほらっ、お花畑でしょ?」

「うん、匂いと感触で分かるわ」


【安らぎの歌】


 アリアは気分が良くなったのか、不意に歌い始める。
 孤児院にいた頃、毎日のように歌ってもらっていた歌だ。

 私も目を瞑り、孤児院にいた頃を思い出す。
 あの頃は、お腹が空いてることは多かったけど、毎日楽しかったなぁ。
 エミリー先生がいて、皆がいて。
 今となっては、ブレアとの喧嘩も悪いモノじゃなかった。

 だけど、もう戻れない。
 ブレアは多分敵になってるし、エミリー先生もララもメラニーもエマも死んじゃったし、私とアリアは自分が生体兵器だということを知ってしまった。

 それでも私達は進まなきゃいけないんだ。
 どこがゴールかは分からないけど、戦争を終わらして冥土隊の皆と生きて平穏を取り戻そう。
 私は改めてそう思った。


 あんな惨劇があるなんてことも知らずに――。


*****


 赤鳥騎士団のモルテ、シャルジュ、ナーエの三人及び、傭兵と兵士で構成された千人の大群は、占拠された王国の領地を取り戻し、更に前線を上げるため、帝国領へと向かっていた。

「あぁ?」

 その道中、目の前に帝国軍の制服を着た一人の少女が気配なく現れた。
 その少女は身体程の大きさの麻袋を持っている。
 無防備に近付いて来て、モルテ達の目の前で何かが入った麻袋を地面に落とした。

「お主ら。ヒメナという小娘を知っておるかの?」

 まるで道を聞くかのように訪ねてくる。

「知ってますけど……」

「知ってたら何だってんだよ? おチビちゃん、何者だ?」

 ナーエとモルテが答え、モルテは少女が何者かを尋ねた。


「拳帝ポワンじゃ」


 ポワンがそう答えた時、モルテの視界から消える。

 ――否。
 モルテの首が飛び、視界が変わったのだ。

 モルテが首から体を再生し終え、後ろを振り向いた時には全てが終わっていた。 
 シャルジュやナーエ、それどころか千人の兵士達全ての首が刎ねられ、倒れていた。

「シャルジュ!! ナーサ!!」

 最期の最期までナーエの名を間違えるモルテ。
 しかし、ナーエのことは何だかんだ雑に扱いつつも、可愛がっていた。
 そして、シャルジュに至っては唯一無二の右腕であった。

 そんな二人と千にも及ぶ戦力を一瞬で失い、モルテは動揺を隠せなかった。

「てん……めぇ……!!」

「ぬ? 生きておるのか? 死なない類の魔法かの?」

 ポワンは闘気を纏う。
 余りにも圧倒的な闘気を前に、モルテは確信した。

「じゃが無限ではあるまい? いつまでワシの前に立っておられるかの」

 【不死】である自身の死を――。