【終焉の歌】によって魔人化した私は、異形のエミリー先生より、マナ量も纏う闘気の力強さも増していた。

 それこそポワン級。
 下手をすればポワンを超えているかもしれない。
 それに呼応するかのようにエミリー先生も闘気を全力で纏った。

「はははーっ!! これは凄いやー!! 次元が違うねー!!」

 意識があっても、理性がないから体を抑えきれない。
 敵と認識したエミリー先生に向かって、私は【瞬歩】で距離を詰める。

 そこからは――一方的だった。

 私の体は勝手に動く。
 先生をあらゆる角度からタコ殴りにし、吹き飛ばしてはまた、吹き飛ばす。
 先生の体に纏う黒竜の鱗はどんどんと剥げていき、防御力を失っていく。

 やめてよ……私……。
 相手は死んでるって言ってもエミリー先生なんだよ……。
 こんな痛ぶるような闘い方しないで。

 私の想いに反するかのように、【衝波】で体制を崩し、【発勁】を打ち込んだ。
 先生の体は崩れ落ち、膝で立つのがやっとのようだ。

 もう、エミリー先生を楽にしてあげて。

 願っても、体は思うように動かない。
 【旋風脚】を叩き込み、【断絶脚】で左腕の黒竜を切り落とす。

 お願い……。

 ようやく願いが届いたのか、私はゆっくり左手で先生に触れて使えないはずの魔法を使った。


【消滅】


 先生の体は光と共に消えていく。
 まるでこの世に元々無かったかのように、マナを注ぎ込んだ部分から。

 喋れないはずの死体のエミリー先生は、最期に初めて口を開いた。


「……ヒ……メ…………」


 そう言い残し、先生の体はこの世から姿を消した。

 何を言いたかったのかは分からない。
 先生を倒してルシェルシュから開放したかった。
 だけど、もし自我が少しでも残っていたのであれば……話は別だった。

 でも、もう後悔しても遅い。
 先生に二度目の死を与えたのは――私だ。

「はっはー、素晴らしいー!! やはり【終焉の歌】は僕の最高傑作だよーっ!! この世で僕だけしか生み出せないねー!! 【終焉の歌】と拳帝が殺し合う姿を是非とも見てみたいなーっ!!」

 オーバーに両手で拍手をするルシェルシュ。

 何が……何が面白いの?
 ルシェルシュ……聞きたいことは沢山あるけど、こいつだけは絶対に許せない。

 私の想いに反応したのか、私は再び闘気を纏って義手の右手をルシェルシュに掲げる。
 右の手の平に空いた穴は、ルシェルシュへと向けられた。

 ちょっと待って……。
 こんな闘気で【闘気砲】を放ったら、ルシェルシュどころか――。

 そう思っていたのも束の間、制御が効かない私の体はルシェルシュに向けて、とんでもない威力の【闘気砲】を放った。


*****


 ベラとブレアの闘いは鬼気迫るものがあった。
 元々仲間だったとは思えない、かつてから敵だったかのような殺し合いは、時が流れると同時に激しさを増していく。

 しかし――凄まじい程の闘気を二つ感じた二人は手を止めた。

「あんだ!? この闘気……!!」

「一つはヒメナァ……? でも、そんなはずはぁ……」

 二人は見知った闘気を感じるも、信じられなかった。
 研究所からここまで届く闘気の圧。
 ヒメナの闘気は四帝級に強いと言っても、これほどまでの強さではなかったからだ。

 しばらくすると、ヒメナではない方の闘気が消える。
 そのことはヒメナが闘いに勝ったことを意味していた。
 それは、ヒメナ程マナを感じる力に長けていない二人でも把握できた。

「何が起こってるってんだよ……くそが!!」

「ヒメナが御宅の誰かを倒して、アリアを取り戻したんじゃないかしらぁ?」

「誰が御宅だ、バーカ!! あたいは帝国に尻尾振ったわけじゃねぇ!!」

「あらあら、まぁまぁ」

 口喧嘩をしていても、ヒメナらしき闘気は消えない。
 それどころか、力強さを増した。

「ちょっと、これってぇ……」

「やべぇ!!」

 二人が危険を察知し、全力で逃げ始める中――数十人で放つ超級闘気砲をも超える威力の【闘気砲】が放たれた。


*****


 異形のエミリーとヒメナの闘気は、ロランとアッシュも感じていた。
 感じた時――互いに、時が止まるかのように動かなくなっていた。

「これは……何だい? 死帝の仕業かな?」

「我には分かりませぬな。だが……この闘気は……」

 余りにも凄まじい闘気。
 世界最強の拳帝ポワンにも並ぶ二つの闘気を感じた二人は、戦闘どころではない。
 ポワン級の二つの闘気がぶつかり合ってる事実。
 片一方のヒメナと思われる闘気に至っては、拳帝ポワンをも超えるかもしれない程の凄まじい力強さ。
 そんな存在が現れたことに戦々恐々としていたのだ。

 そして、一方の闘気が消える。
 二人はヒメナが勝ったことを悟った。

「……一体何なんだい? 彼女は」

「それをお聞きしたいのは、我の方ですが」

 ヒメナがポワンに匹敵する力を手に入れた。
 そのことは、アッシュにとってもロランにとっても都合が悪いことだった。

 アッシュにとっては、単純に敵として。
 ロランにとっては、飼うにはあまりにも強大な力を持っているため。
 共に表情には出さないが、内心で舌打ちをする。

 すると、ヒメナの闘気は更に力強さを増した。

「これは少しばかり……」

「嫌な予感がするね」

 まるで終戦の合図化のように、ヒメナの強力な【闘気砲】が放たれ、二人はそれぞれ離脱した。


*****


 カニバルを倒したルーナは呆然としていた。
 ルーナはたった一人、尻餅をついたまま動けずにいる。
 周囲を囲んでいた帝国兵達はカニバルの敗北をキッカケにルーナから逃げ、四散していた。

 ルーナが復讐を終え、得たモノ。
 それはララの仇討ちより、強いモノだった。
 カニバルがこの世にいないという安堵感だ。

 それもそうだろう。
 死してなお、自身に齧り付いてきた執念とも呼べる欲望を見たのだ。
 ルーナに恐怖を抱かせるのは充分であった。

 その恐怖から解放されたルーナは、二つの巨大な闘気を感じていても、まるで抜け殻のように動けずにいる。

「……助かった……私……生きてる……」

 生きている実感は両肘と右足を折られた痛みから感じていた。
 しかし、ルーナは涙を流し始める。

「……ごめんね……ララ……私、弱くって……」

 ララの仇討ちを出来た達成感より、カニバルがこの世にいないという安心感が湧き出た自分を許せず、責めているのだ。
 結局の所、ララの仇討ちより自身が生きることを重視していたことを証明してしまったのだから。

 しかし、状況が自責の念に駆られるルーナを動かす。

 生体研究所内から放たれた強力な【闘気砲】。
 自身がいる方向とは真逆の方向に放たれるも、あまりの余波にルーナは吹き飛ばさせる。

「あっ……!!」

 体を建物の壁に打ち付け、正気を取り戻したルーナは作戦を思い出した。

「そうだ……戻らないと……」

 ルーナは折られた右足を引きずり、センデンと出会いメイド服が置かれている場所へと戻るのであった――。