異形のエミリー先生との闘いは、私が圧倒的に押されていた。
 当然の結果だ。
 ポワンに迫る程の闘気を纏った、身の丈程の大剣は防御できないのだから。

「うわっ、わっ!!」

 大剣を振り回されて、ギリギリで躱す。
 一瞬でも気を抜いたら一刀両断にされるんだ。

 しかし、気を抜かなくても躱せない攻撃もある。
 私は大剣での連続攻撃を躱していると、黒竜の尾での攻撃を喰らう。

「ぐっ……!?」

 吹き飛ばされた私は壁に叩きつけられた。
 胃の中が逆流しそうな程の威力。
 私の体は壁にめり込み、地面へと倒れ込んだ。

「ヒメナ!?」

 失明しているアリアは状況がわからなく、私の安否を確認するために名前を呼ぶ。

「だっ……大丈夫……!!」

 アリアに心配をかけないために、何とか声を上げた。
 だけど、いつまで耐えられるかは分からない。

 異形のエミリー先生の体内には、二つのマナが混在している。
 一つはエミリー先生のモノ。
 もう一つは黒竜セイブルのモノ。

 その二つが独立して動くため、マナが見えても行動が読み辛い。
 つまり、マナが見える私にアドバンテージはないんだ。
 むしろノイズにすら見える。

 エミリー先生を殺すしかない。
 だけど、勝てる気がしない。
 私は……どうすればいいの?

「君達は特別なんだよー。特別な人間はその力をきちんと行使すべき時に行使しないとー。じゃないとさ――」

 異形のエミリー先生の左手の黒竜は大きく口を開き、

「ホントに殺しちゃうよー?」

「!!」

 立ちあがろうとする私に向け、ブレスを吐いた。
 【瞬歩】で即座に躱す。
 だけど【瞬歩】で逃げた先には、先生が【瞬歩】で回り込んでいた。

 振るわれた大剣をすんでの所で躱すも、繰り出された蹴りを腹に受ける。

「ぉえ!?」

 血反吐と共に、思わず悲鳴を上げてしまった。
 苦戦してることがアリアにバレちゃうと、アリアが【終焉の歌】とかいうのを歌っちゃうかもしれない。
 それだけは避けたい……けど、エミリー先生に勝てるヴィジョンが見えない。
 どうすればいいのよ……!!

「さー、歌姫様ー。受信器ちゃんが死にそうだよー? 【終焉の歌】を歌わなくていいのかいー?」

「……っ……」

 ルシェルシュの狙い通り、アリアは煽られて動揺している。
 そんなルシェルシュの目は見開き、狂気じみていた。
 どうしても自分の研究の成果を見たいのだろう。

 【終焉の歌】……名前からして物騒だ。
 私達を送信器と受信器と言っていたことから、私とアリアに何かしらの変化を与えるモノなんだろう。

 使わせたくない……だけど、この状況をどうにか出来る手は私達にはなかった。
 私の闘技も通用しそうにない。
 アリアの【闘魔の歌】は焼け石に水だし、【狂戦士の歌】はメリットに見合ったデメリットがあるから、アリアに歌ってもらえない。
 ルシェルシュさえ何とか出来さえすれば良いのに……!!

 そんな考えを巡らせていると、アリアが歌っていた【闘魔の歌】が止む。

「ほぇ……?」

 私がアリアの方を見ると、アリアは何かを決意したかのような顔つきになっていた。

「ヒメナ……ごめん。私歌うよ。【終焉の歌】を」

「……駄目だよ!? 何言ってんの!?」

 どんな効果があるかも分からない歌を実戦でいきなり使うなんて、危険過ぎるよ!!

「でも、もう他に手は無いんだよね?」

「……っ……!!」

 アリアの言うことは最もだ。
 それで今、私は苦しんでるんだから。
 音と感じたマナ等で、アリアもそれを察したんだろう。

「……分かった……」

 アリアの決意に呼応し、私も覚悟を決めた。
 ルシェルシュの狙いに乗ってやるのは気に入らないけど、アリアが決めたことなんだ。
 どんなことになったとしても、アリアだけは守ってみせる。

「さぁ、見せておくれー! 僕の最高傑作をさーっ!!」


 アリアは【終焉の歌】を歌い始める――。


 終焉を告げるような、儚くもどこか悲しい歌。
 何一つ希望のない、絶望の歌だ。

 その歌は他の人にとってはどうなのか分からないけど、耳を通して私の中に流れ込んでくる奇妙さも感じる。

 ドクン。

 私の体が波打つ。

 ドクン。

 体が、熱い。

 ドクン。

 意識はあるのに……理性が持ってかれる。

 ドクン。

 まるで別の何かに強制的に変わるかのようで……。

 ドクン。

 怖い。

 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。


 ――ドクンッ!!


「ああああぁぁぁぁ!!」


 私は絶叫した。
 まるで獣が雄叫びを上げるかのように。
 魔物が獲物を見つけた時のように。

「素晴らしいー!! 正にこれが【終焉の歌】の効果――」

 【狂戦士の歌】を圧倒的に超える効果。
 理性が吹き飛ぶも、私のマナ量は数倍となり、闘気はポワンにも匹敵する。
 ただ、意識はあるも理性は完全に飛んだ。
 視界は赤く、目も赤いようだ。

 私は動物が魔物になるかのように、大量のマナを【終焉の歌】から一気に吸い込み――。


「受信器の魔人化だーっ!!」


 人類初の魔人と化した。