帝国軍が撤退し、私達王国軍は勝利した。
 辺り一帯には王国軍と帝国軍、両陣の死体がそこら中に転がっている。

 傭兵や兵士達はこぞって死体を漁っていた。
 戦利品や遺品を手に入れようとしてるんだろう。

 私は呆然と、フローラが作った魔法具の爪痕を見ていた。

 フローラ……何であんなモノを作ったの?
 あんなの……虐殺兵器じゃん……。

 私が突っ立っていると、近くにいたブレアが胸倉を掴んで来た。

「何やってんだよ!? てめぇ!! 邪魔だとかあたいに言ったくせに、結局逃げられてんじゃねぇか!? ふざけんじゃねぇぞ!!」

 私を揺らしながら、罵倒を浴びせてくるブレア。
 色々考えていた所に邪魔が入ったことで思わずイラつき、ブレアを突き飛ばしてしまう。

「別にふざけてないわよ!! 私より弱いくせに偉そうなこと言わないでよね!!」

 突き飛ばされたブレアは私の言葉に憤慨したのか、一瞬言葉に詰まるも、金槌を構えた。

「……あぁ!? 何なら闘るか!? 今ここでよ!!」

「上等よ!! いつも口だけは立派でさ!!」

 それに合わせて私も臨戦体制をとる。
 心のわだかまりを……モヤモヤした何かを振り払いたいがために。

「はいはい、お二人さん。面倒を起こしてくれるなって」

 そんな私達二人の間に割って入って来たのは、左腕を抑えているエマだ。
 様子から見て戦闘で負傷したんだろう。

「……エマ!? 左腕、どうしたの!?」

「ちとデカブツに重いの食らっちまってね。折られただけさ」

 エマを心配する私に対して、ブレアはそんなことはどうでもいいとばかりに私に向けて金槌を振りかぶってきた。

「止めんな、バーカ!! あたいはこいつより強いって証明すんだよ!!」

「あんたってヤツは……本当に!!」

 私は半身で金槌を躱し、ブレアの顔面に軽く裏拳をお見舞いし、ブレアを吹き飛ばす。
 倒れ込んだブレアは起き上がり、鼻血を出しながら私を睨んで来た。

「その程度の強さで私に敵うと思ってんの?」

 そんなブレアに私はそう言い放つ。
 エマが負傷してるのに、その心配もせずに自分のプライドだけにしか興味がないブレアに腹が立ったからだ。

「てんめええぇぇ!!」

 全力で闘気を纏って突っ込んでくるブレア。

 ブレアのバカ……!!
 どれだけ言っても通じやしない!!

 そう思った私はブレアを力でねじ伏せようと、闘気を纏って迎撃体制に入る。

「止めなって言ってんだよ!!」

 度の超えた喧嘩をしようとする私達の間で魔法を使って爆発を起こすエマ。

「周りを見てみな!! 皆疲弊している! 怪我をしている! 死んだヤツだっている! そんな中で何やってんのさ、あんた達は!?」

 エマが怒ることなんて滅多にない。
 それ程私達がバカなことをしてるって事だ。

「エマ、ごめん……」

「ちぇっ!!」

 私は謝るも、ブレアは不服そうだ。
 途中で止められたのが気に入らないのだろう。

 幼い頃なら簡単に仲直りできたりしたはずなんだけど、今はお互いに重ねた時間が違う。
 私もブレアも考えがあり、強い意志がある。

 この一件で私とブレアの間にはとてつもなく大きな隔たりが出来たことが、手遅れになってからようやく私は気付くことになるなんて、この時の私は知る由もなかったんだ――。


*****


 アリアがルーナとエマを含む怪我人のために歌う中、私はフローラの元へ向かった。
 ベラはアリアの側にいて、ブレアは何処かに行ったみたい。

 高い塔を登り、魔法具の元にいるであろうフローラの元へと向かう。
 どうしても聞きたいことと、言いたいことがあるからだ。

「フローラ!!」 

 私は魔法具の大砲の前に着くと、フローラを大声で呼んだ。
 魔法具の大砲を調整したいたフローラは、呼ばれてすぐに駆けつける。

「ほいほーいっ!! どしたー? ヒメナーっ!」

「どした、じゃないよ! あれは何!?」

 私は魔法具の大砲を指差す。
 銀色の巨大な大砲で、砲台には魔石がここぞとばかりに埋め込まれている。
 砲台に複数人は闘気を通して、大砲を放つ仕組みのようだ。

 そこではマナを使い切る直前だったのか、紫狼騎士団の騎士が何十人も休んでいた。
 おそらく限界まで闘気を纏ったのだろう。

「名付けて、『超級闘気砲』!! ボクが作った、戦争の縮図を変える近代兵器さっ!! どう? かっこいいだろーっ!! たっはっはー!」

 フローラは自慢気に小さい胸を張りながら、大笑いし始めた。

「何で笑ってられるの……?」

「笑えるに決まってるじゃーんっ!! ボクが作った魔法具で敵を撃退したんだよっ!! 王国にとっても、ボクら冥土隊にとってもいいことじゃーんっ!!」

 依然笑うフローラの両肩を私は掴む。

「敵とは言え、沢山の人が死んだんだよ!? フローラの作った魔法具で!!」

 私の手を掴んだフローラはいつもの笑顔と違い、真剣な顔になった。

「なら敵を討たないでどうするの? それで戦争が終わるはずないっしょ」

 孤児院を出る時にルーナに見せた時以来の、フローラの真剣な顔。
 私は思わずフローラの肩から手を離す。
 
 フローラはロランにやらされたからじゃない……。
 自分の意志で超級闘気砲を作って、撃ったんだ。
 この戦争を……フローラなりに早く終わらせるために……。

「まっ、フローラお姉さんに任せなーっ!! 超級闘気砲さえあれば、アリアに歌わさずとも済むかもしんないしさーっ!!」

 再び笑顔に戻り、バシバシと私の肩を叩くフローラ。
 私に言われないでも、自分の作った物が大勢の人を殺したってことがどういうことか、ちゃんと分かってた。

 それでも撃ったんだ。
 アリアに歌わせないために、戦争を終わらせるために、罪悪感と共に。

「フローラ……ごめん……」

 そんなフローラの覚悟と信念に、私は水を差した。

「たっはっはー! 気にしなさんなってー!! ヒメナは優しいとこが良いとこなんだからさーっ!!」

 そう言ってフローラは、再び超級闘気砲の調整に戻ったんだ――。


*****


 夜――。
 モルデン砦を囲う壁の上で、等身大程の魔法具の金槌を手に、ブレアは佇んでいた。
 その目は、見ようによっては濁っている様にも見える。

 そんな中、下から傭兵達の話し声が聞こえてきた。

「しっかし、冥土隊の黒いメイド服の子凄かったよな。炎帝と素手で殺り合ってたんだぜ。考えられねぇよ」

「あー、俺も遠巻きに見てたよ。速過ぎてまともに見えなかったけどな。ははっ」

「ただ冥土隊の水色のちっこいヤツはとんでもねぇな。あいつの魔技に巻き込まれてブーンが死んじまった」

「その挙句、黒い子に庇われてたよな。弱ぇなら炎帝にハナから勝負を挑むんじゃねぇっつーの」

「何なら帝国軍に行った方が良いんじゃね?」

「確かに自軍巻き込むなら、その方がいいわな!」

 二人の傭兵は大笑いをする。
 笑っていると上から水色のメイド服を纏った、ギザ歯の少女が降ってきた。
 当然、ブレアだ。

「……っ……!?」

 噂の人物が突如、目の前に現れ驚く傭兵の二人。
 そんな傭兵の二人を――。

「魔技【アイスニードル】」

 地中から生やした氷のつららで刺殺する。

「その考えはなかったぜ」

 そう呟いたブレアは、闇夜と消えた。