風使いブリュムとの闘いは、私が圧倒していた。
 ブリュムの風での攻撃を容易に躱し、要所で距離を詰めて攻撃していく。
 風の障壁なようなモノで威力は落ちてはいるものの、私の攻撃はブリュムを確実に追い詰めていた。

「何ですの……あなたは!?」

「だから言ったじゃん。ヒメナだって」

「名前を聞いてるんじゃありませんわ! 魔技【風圧】!!」

 ブリュムは風の壁を飛ばしてくる。
 攻撃というより、吹き飛ばしたり怯ませたりする、闘技【衝波】の中距離版といった感じだ。

【瞬歩】

 私は風の壁に向かって【瞬歩】をする。
 ブリュムとの距離を離したくないからだ。

 風の壁を無理やり【瞬歩】で突き抜け、ブリュムとの距離を詰めた私は、ブリュムの顔面を義手の右手で殴りつけた。

「……ぎっ!?」

 ブリュムは私の攻撃を受け、声なき声を上げて吹き飛び、近くにあった岩石にぶつかり破壊する。

 ゼルトナさんはブリュムを圧倒する私を見て、唖然としていた。
 そんなゼルトナさんに、私は背を向けたまま声をかける。

「ゼルトナさん……私ゼルトナさんの言う大人の鉄則って言うの分かるよ」

「……なら、何故俺を助ける?」

「他人と関わらず自分のことだけを考えろって、他人と関わって何かを失うことで、自分が傷つきたくないんだよね? 体というより……心が」

 ゼルトナさんが他人と深く関わろうとしないのは、失ったり傷つくことが怖いからだ。
 その気持ちはすごく分かる。
 仲良くなった人を失ったり、人を脅したり騙したりするような汚い大人を目の前にしたら私も怖くなるもん。

 でも――。

「私だっていっぱい大切な人を失ってきたし、汚い大人を見てきたけど、私はゼルトナさんとは違う」

「……何?」

 ゼルトナさんは怪訝そうにしている。

「はああぁぁ!!」

 ゼルトナさんと話していると、ブリュムは風で舞って、声を上げて飛び込んできた。
 私は直線的に突っ込んできたブリュムに対して構える。

「アリアを、大切な人達と関わっていたいから……守りたいから……私は強くなったんだ!!」

 そして、私の間合いに入ったブリュムに向かって、闘技を繰り出した。

【連弾】

 闘気が込められた二本指の貫手による連打。
 直線的に突っ込んできたブリュムの急所をつくのは容易だった。

「そん……な……私が……こんな……」

 私の【連弾】で、体の急所を複数突かれたブリュムは意識を手放し、膝から崩れ落ちた。
 ブリュムを倒した私は、ゼルトナさんの方を向く。

「私はこれからも他人と関わるよ。強くなって何一つ奪われないように、守るんだ」

 ゼルトナさんに笑顔でそう言った私は、ゼルトナさんの反応を確認せずにその場を去った。

 ブレアが心配だ……!
 ブレアじゃアッシュに勝てないんだから……!!

 無傷でブリュムを倒してゼルトナさんを助けた私は、ブレアとアッシュの元へと向かうことにした。


*****


 ブレアとアッシュの対決。
 ブレアは半ば暴走していた。

「アイツらに近づくな!!」
「巻き込まれるぞ!!」
「あの水色のチビ……味方と敵の区別もつかねぇのか!?」

 自軍と敵軍両方を巻き込む攻撃。
 アッシュを倒せるなら他がどうなろうとも構わないという意志から、範囲攻撃だろうがお構いなしにブレアは放っていた。

「まるで猪のようだな。小柄な体に合わぬ性格よ」

「うっせぇんだよ! バーカ!!」

 ブレアは魔技【アイススパイク】で、中距離からつららを飛ばす。
 しかし――。

「魔技【ファイアウォール】」

「!?」

 アッシュが地面から噴出させた黒炎の壁によって、かき消された。
 そして、黒炎の中から【瞬歩】でブレアの目の前へと現れたアッシュはフランベルジュを振りかぶっている。

「脳も猪程度のようだしな」

 ブレアはフランベルジュで斬られたと思いきや――。

「お前もな」

 ブレアは【瞬歩】を実戦で初めて使い、アッシュの背後へと回っていた。
 元剣帝のエミリーに天才と称されていたブレアは、僅かな期間で【瞬歩】を自分のモノにしていたのだ。

 アッシュの背に触れたブレアは、

「魔技【フローズン】」

「なっ……!?」

 自らの魔技でアッシュを背中から凍らせていく。
 たちまち全身を凍らされたアッシュは、その場で固まり動かなくなった。

「ぶははっ! ざまぁみやがれ!!」

 自分の大好きだったエミリーを殺した宿敵を目の前にして、ブレアは自慢気に笑った。

 後は金槌で叩き割って、冥土へ送るだけ。
 そう思ったその時――アッシュを凍らせた氷は煙を上げて溶けていく。

「な!?」

「悪くはない……が」

 みるみる内に黒炎で氷を溶かしたアッシュは、驚くブレアに向けて黒炎を纏った剣を振るった。

「やはり猪程度の脳よ」

 ブレアはいつもなら通じる魔技が通じず動揺していた。
 自身にとっては必殺にも近い魔技。
 いつも劣勢の状況を打開してきた魔技は、アッシュには通用しない。
 一度や二度じゃない。三度敵わない。

 アッシュにとっては無力のブレアは今正に、アッシュに両断されようとしていた。

 そんな時――。


「何ぼっとしてんの、あんたは!!」


 ヒメナがブレアを蹴飛ばし、アッシュの攻撃から庇った。
 ヒメナの足とブレアの間を、アッシュの剣がギリギリ通る。

「来たか、ヒメナ」

 蹴飛ばされたブレアは正気に戻り、勢いを殺すために地面へとへばりついて体制を立て直し、ヒメナに向かってギザ歯を剥き出しにして叫んだ。

「何しやがる!?」

「何回言ったら分かんの!? あんたじゃアッシュに敵わないっていたでしょ!!」

 ヒメナがアッシュでなく、ブレアを蹴り飛ばした側面には、もちろんブレアを庇う面もあったが、アッシュとの戦いにおいてブレアが足手まといになるため戦線から離脱させたかったからだ。

「こいつをアリアの元へいくせる訳にはいくないの!! 邪魔だから別の所に行って!!」

「あん……だと!?」

 しかし、そんなヒメナの言い分をブレアは受け入れられない。
 自身の強さにのみ存在意義を感じてきたブレアにとって、ヒメナの言動は侮辱。
 認められないモノであった。

 だが、ブレアがアッシュを見ると、既にその目はヒメナに向いており、自分を全く見ていない。
 それはアッシュが自身よりヒメナを脅威と感じていることを意味する。

「……ぐっ……ぎ……」

 ヒメナをライバル視するブレアにとってその事実は、最大級の屈辱だった――。