私とブレアは、戦場で舞い上がった黒炎の元へと向かっていた。
 何故なら、そこに必ずアッシュがいるからだ。

 炎使いは数多くいても、アッシュのように黒炎を使う者は見たことがない。
 多分、唯一無二の存在なんだろう。

「ヒメナ、お前は来るな! 邪魔なんだよ、バーカ!!」

「ブレアじゃ駄目なんだって! アッシュの黒炎はマナを燃やすから、あんたの魔法は効かないんだから!!」

 アッシュの魔法とブレアの魔法じゃ相性が悪く、闘技に長けた私の方が絶対に相性が良い。
 アッシュと闘うべきなのは……倒さないといけないのは、私だ。

「ちぇっ! うっせーよ、バーカ!!」

 それでもブレアは止まらない。
 本当に猪突猛進だなぁ……どうしよう……?

 そんなことを考えていると、私は横目で見逃せないモノが見えた。
 私は進路を変え、急いでそちらへと方向転換する。

「ブレア!! 絶対死なないでよ!!」

「あったりめぇだ!!」

 私はブレアを諌めながらも、見逃せないモノの方へと急いだ――。


*****


 ゼルトナは薄緑の長髪をカールさせた、軽装で豊満な体を露出した女性と対峙していた。
 女性は風を纏い、妖艶に笑っている。

「後はあなた一人ですけど、まだやるつもりですの?」

 ゼルトナはエスペランス傭兵団の団長。
 傭兵を率いており、数十人の部下を持つ。

「お頭ぁ……俺はもう駄目だ……死んじまうんだ……」

「黙ってろ」

 愛想は悪いが人望は厚い。
 本人は何故自身に人望があるのか理解できていなかったが、無口とはいえ人の良さが滲み出ていたからだろう。

 かつてゼルトナは孤児だった時に、エスペランス傭兵団に拾われた。
 そして、当時団長だった人物から、教えられたことがある。

『他人と出来るだけ関わらずに、自分のことだけを考えろ。他人と関わろうとすれば、いずれ自分が死ぬ。それが大人の鉄則ってやつだ』

 言われた時は、その言葉の意味はまったくわからなかったが、戦場で自身を庇って死んでいった当時の団長を見て、ようやく分かった。

 心からの仲間となれば、関わらずにはいられない。
 助けずにはいられない。
 その気持ちこそが、いずれ自分自身を殺すのだと。

 では、その言葉を実感しているゼルトナが、何故今こうして逃げずに死に体の仲間を庇って、剣を抜いているのか。
 答えは本人にも分かっていなかった。

 目の前の風を纏った女性は明らかに自分より強者。
 自分だけ逃げれば、もしかしたら自分は生き残れるかもしれない。
 にも関わらず、剣を抜いているという矛盾。

「ぬおおぉぉ!!」

 ゼルトナはそんな矛盾を振り払うかのように剣を振りかぶり、風を纏う女性に闘気を纏って襲い掛かる。

「夏の風のようにぬるいですわ」

 しかし武器も持たぬ女性相手に、見えない刃でゼルトナは斬られた。

「かっ……!?」

 舞ったのは一陣の風――おそらくは風の刃のようなモノで斬られたのだろう。

 ゼルトナは深手を負って倒れた。

 共に過ごした時間は長かったとは言え、胸の内を話したことが一度もない仲間を、何故見捨てなかったのか。
 こんなことになるのであれば、誰とも関わりを持たなければ良かったのかもしれない。

「では、皆さんには私の風で塵となって頂きますわ」

 未だかつて出会ったことのない強敵に、走馬灯のように過去のことを振り返り、後悔しながら、ゼルトナは死を覚悟する。

 そんな中――。

「破っ!!」

 目の前の風使いの女性を蹴り飛ばす、黒のメイド服を纏う侍女が現れた。


*****


 私は黒いメイド服を翻し、ゼルトナさんにとどめを刺そうとしていた、薄緑色の髪の女の人を飛び蹴りで吹き飛ばした。

「ゼルトナさん……大丈夫!?」

「……ヒメナ」

 九死に一生を得たゼルトナさんは、私のことを呆然と見ていた。
 怪我をしていることもあるんだろうけど、はるか年下の私に助けられると思ってもいなかったんだろうな。

「……他人に関わるなと教えたはずだ……何をしている?」

「しょうがないじゃん! 見えちゃったんだから!!」

 吹き飛ばした女性は立ち上がり、私とゼルトナさんに割って入るように文句を言い始める。

「横からなど卑怯な……!! そこの貴方!! お名前は!?」

「ヒメナだよ」

「私の名前はブリュム・ヴィントですわ。いざ尋常に……勝負!!」

 ブリュムって人は几帳面な性格なのか、わざわざ名前を名乗り合ってから戦闘態勢に入る。
 そして、丹田から右手にマナを集めて、その手を振るった。

「魔技【風刃】!!」

 右手から風の刃と思わしきモノを飛ばしてきたので、それを余裕を持って躱す。

「何故私の【風刃】をあんなにもあっさり……!?」

 普通の人なら見えにくさ、速度共に反応できる魔技じゃない。
 ゼルトナさんが深手を負ったのも無理もない話だ。
 マナが見える私にははっきり見えるから、あんまり関係ないけどね。

「逃げろ……お前みたいな小娘じゃ勝てん」

「それ、私の闘気をちゃんと見てから言ってくれる?」

 私は全力で闘気を纏う。

「何ですの……その闘気!? 四帝級……!?」

 ブリュムとゼルトナさんは、私の闘気に驚きを隠せない。
 それもそうだろう。
 黒竜セイブルとの闘い。
 アッシュとの闘い。
 その実戦の中で、私は確実に成長しているんだもん。

「ヒメナ……どうやってそんな力を……?」

 私はゼルトナさんの問いに答え――。

「他人と出来るだけ関わらずに、自分のことだけを考えろ。他人と関わろうとすれば、いずれ自分が死ぬ……だっけ?」

 拳を強く握りしめた。

「そんな大人の鉄則を、否定したいからだよ」