終焉の歌 ~右腕を失って追放されても、修行をして歌姫の元にメイドとして帰ってきます~

 孤児院に戻り、アリアと二人で寝ている皆を起こす。
 ブレア以外の皆はすぐ起きたけど、ブレアだけはいつまでもぐーすかとイビキをかいていた。

「ブレア!! 起きて!!」

「うっせーな……後五分……」

「起きろって言ってんでしょ!!」

「あべっ!?」
 
 エミリー先生の拳骨のマネをして、ブレアの頭に拳骨をお見舞いする。
 一度やってみたかったんだ、ししし。

「いってーな!! 何しやがんだ!?」

「うっさい!! 早く身支度して逃げるの!!」

 ブレアは周りを見て異常事態を察したのか、いつものように私と喧嘩はせず、何が起きているのか分からず頭にクエスチョンマークを浮かべながらもすぐに着替え始める。

「ヒメナ、皆準備できたみたい!! 行こう!!」

 ブレアだけはズボンを履いている最中だけど、私達は孤児院を出て王都の方角へと向かった。

「アリア、皆と一緒に先行ってて!!」

「ヒメナ!?」

 エミリー先生……大丈夫なのかな?

 私が行ったって何も出来ないのは分かってる。
 皆と一緒に逃げたほうが良いって分かってる。

 だけどアッシュっておじさんの燃え盛るような憎しみのマナが、私をエミリー先生の元へと走らせた――。


 私がアリアとのお気に入りの場所に行くと、もう私が知ってる丘ではなかった。
 闘いで地形が変わり、お花畑は炎で燃え、大地には剣で斬られた跡がいくつも残っている。

「……何……これ……」

 二人の攻防は、凄まじい程のぶつかり合い。
 アッシュっておじさんは炎の魔法と剣を操り、エミリー先生は闘気を纏って大剣を振るう。

 二人の動きがあまりにも速過ぎて残像が微かに見えるくらいだけど、攻撃の一つ一つが相手を殺すため……二人のマナと闘気から明らかな殺意を感じた。
 
 互いの力は拮抗――。

「ちぃっ……!!」

 していなかった。

 エミリー先生が受けることに精一杯で攻撃できず、均衡が崩れ始めている。

「噴っ!!」

 アッシュっておじさんが魔法で、自身の剣に炎を纏わせ振るったその一撃は――。

「がああぁぁ!!」

 受け止めようとした先生の大剣を両断し、先生の胸にまで届く。
 切り傷から発火した炎は先生の上半身で燃え盛り、先生は斬られた痛みと炎の熱さから、地面でのたうち回った。

「エミリー先生!!」

 アッシュは叫んだ私をチラリと流し目で見てきたけど、まるで虫ケラを見るような目……。
 私にはまるで興味が湧かなかったのか、直ぐにのたうち回る先生を見据え直し、歩いて距離を詰めっていった。

「フハハハ。老いましたなぁ、元剣帝様。かつては四帝の一人として皇帝陛下に寵愛され、軍の全権を握っていた貴女が……今や逃亡兵となり、このザマ」

 倒れている先生に剣を向けてる……。
 このままじゃ……先生が殺されちゃう!!
 そんなの……そんなの嫌だよ……!!


「我が覇道!! 最初の礎となれ!!」


「やめろおおぉぉ!!」


 ――咄嗟だった。
 先生が剣で突き刺されると思ったら、気付けばマナを体に巡らせていた。
 闘気を纏った私の体は飛躍的に身体能力が上がり、アッシュを止めるために拳を振り上げ、跳ぶ。

 ブレアがいつも使っていたマナの流れを見ていたこともあってか、初めて闘気を纏った体に違和感はなくスムーズに動いた。

「先生から離れろおぉぉ!!」

「!!」

 でも、振り回した右の拳はアッシュに躱されて空を切る。

 瞬間、熱いマナが目の前で走った。
 私に分かったのは燃えるように熱いマナが、一瞬通り過ぎたということだけだった。

 殴れなかった……!!
 くそぅ……!!

 私は跳んだ勢いそのままに地面を転がり倒れ込むと、私の目の前に燃えた何かがボトンと落ちてくる。

 何これ……腕……?
 誰……の――!?

「ぎゃああああぁぁ!!」

 私の目の前に落ちてきた腕――それは、私自身の右腕。
 私は燃える自分の肘から先の腕の前に跪き、痛みと熱さを紛らわすために泣き叫ぶ。

 さっきの一瞬走ったマナは、アッシュの炎を纏った剣……!?
 私の右手……斬り落とされたんだ……!!

「ヒメナァ!!」

 自身の上半身を燃やす炎を消し切れていない先生が私の元に駆け付けるも、私はあまりの痛みから気を失いかけていた。

「……痛いよぅ……熱いよぅ……エミリー先生……どうしよう……私の右手……無くなっちゃった……」

 泣いている内に、斬り落とされた私の右腕はアッシュの炎で消し炭に近くなっており、今にも燃えて尽きてしまいそうだ。

「エミリー先生……ごめんなさい……私……ただ……先生を助けようと思って……」

「喋るな、ヒメナ!! あんたは良くやった!!」

 私の先の無い右腕を燃やす魔法の炎を消すために、先生は両手で包み込み、必死に自身のマナで相殺しようとしていた。
 自分を燃やす炎も消し終えてないのに……私のために……。

「その年齢で闘気を扱えるとは。その才気、帝国軍で鍛えれば……とも思ったが、右腕が無ければ――な」

 そんなに先生より強いことが……私の右腕を斬ったことが可笑しいのだろうか、アッシュは不敵に笑う。
 私を燃やそうとしていた炎を消し終えた先生は、半分ほどの長さになってしまった大剣を握った。

「……アッシュ……よくもこんな優しくて可愛い子を……コレールが死んで……本当にあんたは壊れちまったようだなぁ……」

「コレールが死んで……だと? 貴様も関与しているだろうが!!」

 何故かアッシュから責められた先生の顔はとても寂しくも悲しそうで、遠い昔を見ている感じがした。

 こんなエミリー先生……初めて見た。
 コレールって誰……?
 昔に……アッシュと何かあったの……?

「先生……そんな折れた大剣じゃ……あいつは倒せないよ……」

 エミリー先生の大剣は両断されており、体内に残ったマナも少なく感じる……体だってとてもあいつと闘える状態じゃない。

「ヒメナ……良く聞け。これから王国と帝国で戦争が起き、辛い時代になる」

 ほぇ……戦争……?
 帝国と王国で……?

「あんたは優しいからな……これから先、きっと辛いことや悲しいこと……誰かを恨むこともたくさんあるだろう……だけど、忘れちゃいけない。あんたの優しくて、強いその心を」

「先生……?」

「強くなれ、ヒメナ。アリアだけは何に代えても守るんだ」

「エミリー先生……何言ってるか分かんないよ……」

「頼んだぞ。あんたになら任せられる」

 いつも孤児の私達を子供扱いする先生は、明らかに今だけは私を子供扱いしてなかった。
 一人の大人――ううん、それ以上の存在として話してる――そんな気がする。

「返事は?」

「……ぅん……」

 私が先生の話を理解できないまま相槌を打つと、エミリー先生はいつものように私に優しく微笑みかけてくれた。

 先生は立ち上がり、両断されて短くなった大剣を自分のお腹に向けて構える。
 大剣に残ったマナを集めて……先生……何するの……!?

「破っ!!」

 先生はマナを込めた大剣を、自分の腹部に力一杯刺し込んだ。

「「!?」」

 先生が刺した部分から、マナが膨れ上がって先生の中の体に入っていき、先生の体内のマナが普段の何倍もの大きさになっていく。
 こんなマナの大きさ……感じたことない……。

「剣帝流、魔技【不退転】。私の生命力をマナに変える、その名の通り命と引き換えの奥義だ」

 それって……エミリー先生が……死ぬってこと……?

「ぬああぁぁ!!」

 先生は膨大なマナを闘気に変える。
 そこら中に落ちる小石や葉を浮かし、大気を揺るがすほどの凄まじい闘気。

 その闘気にアッシュも共鳴するかのようにマナを闘気へと変え、二人は互いに自らの間合いに敵を入れるため、一瞬で距離を詰めた。

「剣帝流、闘技【斬魔剣】!!」

「炎帝流、魔技【スピキュール】!!」

 二人の斬撃はぶつかり合い、閃光のように光る。
 私は二人から離れていたのにも関わらず、余りの衝撃に吹き飛び、大きな岩石に叩きつけられ――。

「……先……生……」


 気を失った。
「……ナ……て……」

 あれ……?
 誰かが私を呼んでる……?

「……メナ……起き……」

 そんなに呼んでどうしたの……?
 起きるってば……。

「ヒメナ!! 起きて!!」

「……ほぇ……」

 アリアが私の目の前で私の名前を叫びながら、泣いている。

 何か私したっけ?
 それとも、またブレアにイジメられたの?

「……アリア……何で……泣いて……るの……?」

「泣くよ!! 泣くに決まってるじゃない!? だって……だって、ヒメナ……右手が……!!」

「……あ……」

 そっか……私の右腕……あいつに斬り落とされたんだった……。
 そうだ……その後……アッシュと先生が闘って……。

「……アリア……先生……エミリー先生は……?」

「先生は……その……」

 アリアが俯いて口淀む。
 アッシュは……闘いはどうなったの……?
 先生……エミリー先生はどうなったんだろう……?

「ぶえええぇぇ!! 先生ーっ!! エミリー先生ーっ!!」

 ブレアが遠くで泣き叫んでる……どうしたんだろう……?
 ブレアを泣かすことができるのは、エミリー先生くらいだ……。

 先生がブレアに拳骨でもしたのかな……?

「先生!! エミリー先生!!」
「先生……嫌なの……」
「起きてぇ、先生ぃ……」

 私は皆が先生を呼ぶ方を見る。
 そこでは仰向きに倒れて動かないままの先生の周りを、ブレアを中心に皆が集まって泣いていた。

「……エミリー……先生……?」

 ――そっか……。
 エミリー先生は死んだんだ……。

 帝国軍のあいつに……アッシュ・フラムに……私達のお母さんは……殺されたんだ。


*****


 アッシュは自らが率いる自軍に戻る為、丘からアンファングの街へと体を引きずりながらも戻っていた。

「ぐぬうぅ……あの老いぼれが……」

 アッシュはエミリーの決死の一撃により斬られた目を抑えている。

「腐っても剣帝か……我がこれ程の深手を負うとはな……」

 エミリーの命を賭した決死の一撃は、アッシュに深手を負わせた。
 故にアッシュは、四帝の一人の頼み事にまで気が回らず、早々に自陣へと退散することを決めたのだ。
 失明した左目は光を既に失っており、顔と体がエミリーの斬撃で深く傷つけられている。

 そんな体を引きずりながら――アッシュは笑った。

「だがこれでもはや憂いはない……ようやく我が過去の清算も済み、戦争の口火も切れた……」

 アッシュの復讐の炎は、止まらない。
 現役時、史上最高の四帝の一人と称されたエミリーにすら止められなかったのだから。

「王国の全てを我が炎で燃やし尽くしてくれるわ!! 灰にせねば、我が私怨で燃えた炎……消せはせぬ!!」

 エミリーを殺したことで発火したアッシュの炎は、この時昇華する。
 自らの過去や未来をも燃やし尽くす――黒炎へと。


*****


「嫌だああぁぁ!! 先生っ!! エミリー先生ーっ!!」

 ブレアはずっとエミリー先生の死体を抱きしめながら、泣き叫んでいる。
 孤児の皆も、その周りを囲んで泣いていた。

「ブレア、馬鹿言ってないで行くわよ!! 帝国軍はまた来るわ!! 見つかったら私達はあいつらに殺されるか、一生慰みものよ!!」

 ブレアをエミリー先生から引きはがそうとしているのは、ルーナ。
 黒髪ロングの髪をポニーテールにして結っているルーナは、年長者でいつもしっかりしていて、孤児の私達のまとめ役だ。

 言うことを聞かないブレアを怒ってはいるけど、どこか悲しそうだ……。

「ルーナ……ヒメナはあんな怪我してるんだよ? 熱だってあるみたいだし動けないよ……それに、先生のお墓だってまだ……」

「駄目よっ!! そんな暇はない!! 今はここから一刻も早く離れたいの!! アリアは急いで皆を先生から引きはがして!!」

 いつもしっかりしてるルーナが涙ぐんでる……。
 ルーナも悲しいんだろうけど、我慢してるんだろうな……。

 私を心配するアリアの提案を否定したルーナは涙を振り払い、アッシュに斬られて火傷をした右腕を冷やしながら、木陰で休む私の元へやってきた。

「フローラ、ヒメナの手は……大丈夫?」

「んー、多分死にはしないよっ!! 敵の魔法が炎なのが不幸中の幸いだったのかも!! 傷跡が焼けてるから、血も止まってるし!! だけど、しばらくは感染症に気を付けなきゃいけないし、腕が生えてくる訳ないから一生右腕はないだろうねっ!!」

 私を看病してくれてるのは、ルーナと同い年位のフローラ。
 パーマがかったピンク色の髪をハイツインテールにしているフローラは、いつもニコニコしている。
 皆を元気づけてくれるムードメーカーのお姉さんだ。

「そう……ヒメナの応急処置が済んだら、ここを出ましょう」

 ルーナは切ない顔で孤児院を見る。

 気持ちは……痛いほどわかる。
 私達孤児にとって孤児院は家で――エミリー先生は母親だ。
 たった一晩で、そんな大切なモノを捨てて出ていくことになるなんて思わなかった。

「ルーナ……私……ここに残るよ……」

「ヒメナ!? 何言ってるの!?」

 怪我で熱があってボーとしてても……ううん、あいつにやられた怪我でボーっとしてるからこそ――。

「エミリー先生を殺したあいつは……まだ近くにいる……!! あいつだけは……私が絶対やっつけてやるっ……!!」

 この想いだけは抑えられない。

 私は闘争心からか、気付けば闘気を纏っていた。
 その闘気にルーナは思わず身じろぐ。

 アッシュ・フラム……!!
 あいつだけは絶対に許せない……!!

「ヒメナーっ、頭冷やしなーっ!」

 フローラに文字通り、私の腕の傷口を冷やしていた水を、頭からぶっかけられた。
 冷たっ……!!
 余りの冷たさに、纏っていた闘気も解けてしまう。

「……そうよ、ヒメナ。相手は軍人なんでしょう……? それに四帝と言ったら、帝国軍を率いる将軍の一人だって聞いたわ。そんな相手に子供のあなたがどうやって勝てると言うの?」

 それは……そうだけど……。

「それに怪我で熱も出てるし……右手もないのよ……あなたは……」

 ルーナ……わかってるよ……そんなこと……。
 でも私だけが見てたんだよ?
 先生の最期を……。
 なのに私……何も出来なくって……!!

「くっそおおぉぉ!!」

 四つん這いになった私は悔しさから、利き腕の右手を振り上げて地面に拳を叩きつけようとしたけど、右肘から先が無いので当然空を切る。
 よろめいた体を隣にいたフローラに支えられた。

 私の右手はもう生えてなんてこない……。
 だったら、私はあいつを一生倒せない……。

「うっ……ぐっ……」

 悲しさと情けなさから涙が出てきた。

「うああああぁぁぁぁ!!」

 堪えようと思っても、溢れ出てくる。

 先生……先生っ……!!
 私がもっと強ければ……私が魔法とか使えて助けれたら……!!
 エミリー先生は死ななかったかもしれないのに……!!

 ルーナは叫ぶ私を見て、困惑しながら頭を抱えた。

「もう……どうしたらいいのよ……エミリー先生……」

「たははーっ、ルーナ! 頑張ろーっ!!」

「何であなたは笑っていられるのよ!?」

 ルーナ……凄く怒ってる……。
 いつも私達がいけないことをしたら叱るけど、それとは全然違う……。

「私達は孤児……そして全員が女。今まではエミリー先生がいたから、生きる術を知らずとも先生が守ってくれていた良かった。けど……先生はもういない。この意味がわかってるの!?」

 ニコニコと笑って聞いていたフローラは一転、真剣な顔つきになる。

「だから、年長組のボク達がしっかりしなきゃいけないんでしょ?」

 いつもお気楽に笑っているフローラの、こんな顔は見たことない。
 私はいつもと違う二人を見て、唇を噛み締めた。

 我慢しているのは私だけじゃないんだ……皆我慢してて……苦しいんだ。
 なのに……私は……。

「……ぅぎ……わだじ……ぜんぜいどやぐぞぐじたんだ……」

 エミリー先生はアッシュを倒せ、なんて言わなかった。
 先生の最期の言葉を聞いたのは私だけなんだから……。

「づよぐなっで……アリアをまもるっで……!! だがらごごをでよう……みんなで……!!」

 エミリー先生とした最期の約束。
 私は、先生との約束を守るんだ。
 守らなきゃいけないんだ。

「……そうだね、ヒメナ」

「たははーっ! ヒメナは強いねっ!!」

 ブレアを引き剝がした皆が私達の所までやって来る。
 アリアはすぐに私の所に駆け付けて来た。
 泣き顔を見られたくなくて、私は直ぐに左手で涙と鼻水を拭う。

「ヒメナ……こんなになって……大丈夫? 痛いよね? 私がヒメナのことおんぶするから、頑張れる?」

 アリアは泣きそうな目で、私のことを抱きしめる。
 私はそんなアリアの頭を左手で撫でた。

「……泣かないで。私は大丈夫だよ……アリア」

 心配しないで。
 アリアは私が絶対守るから。

「びええぇぇん!! エミリー先生ーっ!!」

 私達孤児総勢九人は、泣き喚くブレアを無理やり引きずりながら、今まで過ごして来た孤児院を逃げるように去った。
 孤児院から離れた私達は、帝国軍が通る可能性がある街道を避け、山や森の獣道を通って、ルーナが持つ地図を見ながら王都へと向かっている。
 山や森には魔物がいる危険はあるけど、帝国軍と居合わせた方がよっぽど危険だからだ。

 母親であるエミリー先生を失い、孤児院という家を失った私達の足取りは――重い。

「……ルーナお姉ちゃん……これから……どうするの……? メラニー達は……どこまで行くの……?」

 長い黒髪が色白の顔を覆い、ほんの少し見える口元からボソボソと話すのは、メラニー。
 多分私より年下だけど、マイナス思考でネガティブ。
 誰よりも身長が高いのに、猫背でいつも人の後ろに隠れるんだ。

「あらあら、メラニーちゃんは相変わらず甘えん坊ねぇ。だけどそれは私も気になってたわぁ」

 勇気を出して自分の意見を言ったメラニーに、盾のように扱われているのは、ベラ。
 スタイルが良くておっぱいもおっきくて、とっても大人っぽい。
 ウェーブがかった緑色の髪が大人っぽさを際立たせてる。

 メラニーとベラに聞かれたルーナは、地図を持ちながら自信なさげに自分の考えを話す。

「……アリアから聞いたエミリー先生の言葉を守って王都へ行くつもり。そこでどうすればいいかはわからないけど……王国と帝国が戦争になるなら都市部にいた方が安全だから、エミリー先生は言ったんだろうし……」

「たははーっ! その方がいいよっ! 王都なら人も支援物資も集まるだろうしねっ!!」

「そう……だよね……うん、大丈夫だよね……」

 フローラはルーナの考えを後押しするかのように同意する。

 異常事態のせいか、いつものルーナとは違う。
 自信がなくてハキハキしてない。
 自分の選択が正しいか分からないから、どうしようってなっちゃってるんだ……。

「ま、面倒だしそれでいいっしょ。どうにかなるさ」

「まったく……あなたは気楽そうね、エマ」

 赤髪を括った頭の後ろで腕を組んでいるのは、エマ。
 飄々としてて掴みどころがないけど、誰かに何かあった時や困った時に、いつも手を差し伸べてくれて、実は優しいんだ。

「マイナスに考えてもしゃーないでしょ。何事も蓋開けなきゃわかんないさ」

「そう……ね」

 ベラは、もし何かあってもルーナは悪くない。
 そう言いたいみたい。
 まとめ役をしてくれてるルーナの背中を押してあげてるんだ。

「はぁ……はぁ……」

 私は皆の後ろをただ歩いているだけなのに、身体が熱くて足も重い。
 皆から少し遅れちゃってるや……。

「ヒメナ……本当に大丈夫……?」

「大丈夫、大……じょぶ……ぉろ……?」

 何でだろ……。
 何か頭がクラクラして、体もフラフラする……。

「ヒメナ!!」

「……ぁはは……大丈夫だって……アリア……」

 ほぇ……?
 アリアが何人もいる……?
 それに目がぼやけて……。

「!! ルーナ、大変!! ヒメナがっ……!!」

 倒れそうになった私を支えたアリアは、ルーナを慌てて呼ぶ。
 ルーナは急いで、私を抱くアリアの所へと駆け付けてくれた。

「凄い熱……やっぱり傷の影響かしら……? ヒメナの熱が下がるまで休みたいけど……でも、ここに長くいたら帝国が……」

「こんだけ孤児院から離れたら大丈夫っしょ。ウチも早朝からずっと歩きっぱで疲れたし、休んどこ。もう陽も落ちるし、野宿しよーよ」

 エマが首で促すと、ルーナは周りを見渡す。

 皆、徒歩での移動で疲弊していた。
 年長組とは違い、年少組は体力がない。
 私達より年下もいて、最年少の子は五歳だ。

「……それもそうね……何やってたんだろう……私……」

 自身が冷静でなかったことに気付いたルーナは、肩を落として顔を覆う。

「まっ、余り肩肘張って無理しなさんな」

 エマはそんなルーナの肩をポンポンと叩いた後、木陰で休む私とアリアの元に来る。

「エマ……ありがとう」

「んん? ウチ何かしたっけか?」

 アリアのお礼を知らんぷりしたエマは、冷や汗をかいた私の頭を優しく撫でてくれた。


*****


 夕方となり、休めそうな小さい洞窟を見つけた孤児達は、野営の準備を始める。
 そんな中、エマはフローラを連れ出していた。

「フローラ、ヒメナは治るのかい? 考えたくはないけど……ヒメナのヤツ……」

「多分今夜が山だねーっ! かなりの高熱が出てるし!!」

「……そっか」

「きっと大丈夫!! ヒメナはしぶといもんっ!!」

「……ったく、面倒なことになったね」

 エマがヒメナの心配をしている中、ヒメナは洞窟内でアリアの膝枕の上でうなされていた。

 見ている悪夢は――エミリーの死に際。
 ヒメナの脳内に呪いのように炎で焼き付けられた、エミリーの死。
 ヒメナはどうしようもない高熱と悪夢と闘い、涙を流していた。

「……先生……エミリー先生……」

「ヒメナ……」

 アリアはそんなヒメナを見て、エミリーの死に際何も出来なかった自分、そして今ヒメナが苦しんでいるのに何も出来ない自分を責めていた。

「先生……私は何が出来るの……? エミリー先生ならどうするの……?」

 答えてくれるものはいない――。

「歌えよ」

「え?」

 そう思ったアリアの目の前には、ブレアが腕を組み立っていた。
 独りごとに返答があることにも驚いたが、それがヒメナといつも喧嘩をしているブレアだったことが意外で、アリアは固まってしまう。

 ブレアはそんなアリアを意に介さず、うなされるヒメナをせつない目で見降ろした。

「ヒメナはお前の歌好きだろ? 聞かせてやれよ、バーカ」

 振り返り、三つ編みの髪を揺らしたブレアは、そのまま洞窟外へと歩いて行った。

「ヒメナ……」

 自分に出来ること、ヒメナが好きなこと。
 アリアが唯一ヒメナのために出来ることは、ヒメナのために歌うことだけだった。

 アリアは歌う。
 ヒメナを想って、ヒメナだけのために。
 アリアの歌が響く洞窟内は、大量のマナで満ち始める。

「アリア……?」

 洞窟内の歌声に気付き洞窟外から覗いたルーナ達に構わず、アリアはヒメナのために歌い続けた。
 優しいマナに包まれるヒメナは、遠い意識の中でアリアの歌を聴いていた。


*****


 翌日――。

「……ほ……ぇ……」

 早朝に起きた私は、体を起こす。
 後ろを見ると、アリアが壁にもたれ掛かって寝ていた。
 疲れていたのか、スースーと良く眠っている。

 どうやら私はアリアの膝枕で寝てたみたい。
 くっ……何でそんなおいしいシチュエーションを覚えてないの!?

 私は後悔の念と共に再びアリアの膝枕の上に寝転がり、アリアの太ももの感触を存分に楽しむ。
 ぐへへ……。

「って……体軽っ!!」

 体を動かして気付いたけど、昨日とは全然違う。
 頭もクラクラしないし、体もフラフラしない。
 何でだろう……いっぱい寝たから?

 私はあまりの昨日との体の調子の違いに、フローラが巻いてくれた包帯を解き、傷跡を確認した。

「ほぇ? 傷が塞がってる……? それに熱も……ない?」

 こんな大きな怪我をしたのは初めてだからわからないけど、一晩で傷が塞がるなんて……こんなこと、ありえるの?

「洞窟内に満ちているマナ……これは大気に流れるマナだけじゃない……アリアのマナ……」

 アリアは昨日、確かに歌っていた。
 多分、私だけのために……ずっと、ずっと……。


『強くなれ、ヒメナ。アリアだけは何に代えても守るんだ』


 右腕の傷跡とアリアを見て、エミリー先生が最期に残した言葉を私は思い出した。
 私達はひたすら森の中を王都の方角へ向けて、歩いていた。
 距離もどれくらいあるのか、どんな所なのか、誰も行ったことがないから良くわからない。
 ルーナが持つ、孤児院から持ち出した地図だけが頼りの綱だ。

「ルンルルーン♪」

 一晩で傷が完治した私は、獣道を上機嫌にスキップする。
 体は軽く、思い通りに動く。
 当然無くなった右腕の肘から先は無いままだけど、昨日までの苦しさが嘘みたい。

「ヒメナ、調子に乗ると怪我が……」

「大丈夫だって! すこぶる元気だもんっ!!」

「ちぇっ、うぜーな!! 元気出たらこれだよ!!」

 せっかく人が良い気分でいるのに、ブレアが口を挟んでくる。
 睨みを利かせてたら、アリアが私達の間に入りブレアと向き合った。

「ブレア、昨日はありがとう」

 アリアがブレアにお礼……?
 昨日何かあったのかな?

「うううう、うるせーっ!! バーカバーカっ!!」

「ブレア何赤くなってんの?」

「何だこらっ!! やんのか!?」

「ほぇ!? 上等よっ!!」

 いつも通りブレアと喧嘩する私達を、皆は呆然と見ていた。
 もしかしたら死ぬかもしれない怪我だったのに、一日経ったらいつも通り元気になってるんだもんね。
 そりゃ、びっくりもするよ。

「昨日のアリアの歌が……ヒメナの怪我を治したって言うの……? 治癒魔法ってこと?」

「ありえない、ありえない!! アリアの歌が魔法だとしたら、昨日一晩中ずっと治癒魔法を使い続けたってことでしょっ!? そんなの非科学的だってば!! それに治癒魔法を使える人は稀にしかいないんだよっ!!」

「……そうね。魔法を使うには、使い手のマナがいる。そして使い手のマナ量は個人差はあれど当然有限よ。昨日一晩中魔法を使い続けて、今日あんなに普通でいられるなんて……」

「王国最強の騎士団長や帝国の四帝でも無理なんじゃないかしらぁ?」

 ルーナとフローラとベラの三人が、私を見て議論してる。

 アリアの歌は魔法……か。
 確かにあの傷が一日で塞がるなんて魔法しか考えられないよね。

 でもエミリー先生に聞いたことあるけど、【水晶儀】とかいうのをしないと自分がどんな魔法を使えるか分からないみたい。

「まっ、何でもいいさ。面倒だし分からないことは考えるのやめよ」

「……それより今は……これから……どうするか……食料も少ないし……無くなったらどうしよう……」

「もう街道に戻っても平気かもね。孤児院から大分離れたから、帝国軍と鉢合わせることもないっしょ。これ以上荒れた道歩くのもだるいしさ」

 エマとメラニーの言う通り、孤児院から持ってきた食料は後数日しかもたない。
 確かにこのまま森や山の獣道ばっかり歩いてたら、方角感覚も失いそうだし皆の体も持たないかもしれないし。
 何より、魔物に会ったら大変だ。

「――そうね。街道を見つけたら、それに沿って王都へ向かいましょう。王都でなくても私達が定住できて、戦争が起きても安全な場所があるかもしれないし……」

 人と会えば、王都への正確な距離もわかるだろうし、食料もどうにかなるかもしれないもんね。

 でも今は、それよりブレアとの喧嘩が優先だ。
 右手が無くても、私だって闘気が使えるんだ。
 やられてばっかじゃないって、わからせてやる。

「二人とも、やめて!!」

「ブレアァァ!!」
「おらあぁぁ!!」

 アリアが止めようとする中、私とブレアが喧嘩しようとしていると、私達の間に小さい体を目一杯広げた幼女が割り込んだ。

「やめて」

 薄紫のショートヘアをした女の子は、ララ。
 孤児達の中でも最年少で、小動物のようでとっても可愛い。
 口も三角でとってもキュートだ。

「二人は……ララの前で、喧嘩を続ける気?」

「ほぇぇ……」
「ぬぬぬ……!!」

 ずるいよ、アリア……。
 ララを盾に取るなんて……。
 最年少のララの前で喧嘩をするのはばつが悪いもん。
 ブレアもそう感じたのか、地団駄を踏んでいる。

 一部始終を遠目で見ていたルーナが、走って私達の所にやって来た。

「ララ。喧嘩を止めてくれてありがとう。もう……二人共お願いだから仲良くして。非常時で大変なんだから」

「でも、ブレアのアホが……!!」
「だって、ヒメナのバカが……!!」

「これ以上ルーナに迷惑かけちゃ、めっ」

 何で私が言われなきゃなんないの?
 いっつもブレアから絡んでくるのに。

「ちぇっ!!」

 私とブレアが睨み合っていたけど、ブレアは舌打ちをしながら不機嫌そうに私達から離れていった。

「ララ、喧嘩止めてくれたんだね。ありがとう」

「うん」

 ララはルーナの服の裾を握っていて、離さない。
 ララは孤児院の頃からルーナを実の姉のように慕っており、ルーナもそんなララを可愛がっていた。

 あぁ……か、かわゆい……でも何で私じゃなくてルーナに懐くの……?
 確かにルーナは真面目で大人だし、かっこいいけどさぁ……。

「ほらヒメナ、皆に置いていかれるよ。いつまでも指くわえてないで、行くよっ」

「ほえぇぇ……ララぁ~……私の裾もキュッとしてぇ~」

 アリアは前を歩くルーナの集団と合流するため私を引きずり、ルーナとララは自然と街道へ向かう孤児達の最後尾となった。
 前を歩く私達に、自然とルーナとララの会話が聞こえてくる。

「エミリー先生、いなくなっちゃったの?」

 私達も……ルーナも、思わず固まる。
 幼いララには死ぬということが、まだ良く分からなかったのだろう。
 私も先生の死に際の話をララにだけはしなかった。
 どう話せば良いか分からなかったから……。

「……先生は……凄く遠い所に行っちゃったんだ」

 ルーナはそう答えた。
 ララはまだ小さい。
 ルーナもきっとどう話せばいいか分からなかったのだと思う。

「ララは大丈夫? エミリー先生いなくても」

「……ララにはルーナがいるし、皆もいる。平気」

 ……強がりだ。
 ララもエミリー先生を本当のお母さんのように思っていた。

 こんな小さい子に、強がりを言わせちゃうなんて……私のせいだ。
 私があの時アッシュを止められてたら、こんな想いさせずに済んだのに……。

 私が自責の念に苛まれていると、ルーナはララを安心させるように屈んで顔の高さを合わせて微笑んだ。

「これから大変かもしれないけど、ララは私が絶対守るから大丈夫だよ。私はララとずっと一緒だから……ね?」

「うん、ずっと一緒」

 ルーナとララは指切りげんまんをしていた。
 約束をしたのは、ルーナの決意の表れだったのかもしれない。


*****


 崖の上――そこからヒメナ達孤児一行を観察する者がいた。

 紳士な見た目をした太った中年男性は、ニコニコと優しそうな笑顔で微笑んではいるが、大量の血に濡れたノコギリを手に持っている。
 足元には、高貴な恰好をした男が四肢を切り落とされたのか、涙を流して横たわっていた。

「頼む……もう殺してくれ……俺を家族や民の元に――」

 太った男は実につまらなさそうな顔で、横たわっている高貴な男の首を足で踏みつけてへし折り、息の根を止める。

「とっても美味しそうだ」

 そう呟きながら、男は仲睦まじく指切りげんまんをする、ルーナとララを見つめていた。
 私達は街道沿って王都へ向かうために、森の中で方角に気を付けながら街道を探していると、何やら良い匂いがしてきた。

「ご飯だ! 料理の匂いだ!!」

 鍋で何かを煮ているのかな?
 すっごい良い匂い……。

「お腹、空いた」

 ララがそう言うと、皆もお腹が空いてたのか、全員が同時にお腹を鳴らす。

 お腹空くよね……私も空いたよぉ……。

 今は孤児院にあった保存食と道中で採った山菜や木の実で何とか食べ繋いでいるけど、王都の距離も分からない中食べきるわけにはいかない。
 だから皆、毎食ちょっとづつ食べてるんだ。

 私達の足取りが自然と匂いの方へと誘われると、やがて森の中で開けた草原が見えて来た。
 そこでは紳士的な服装をし、ハットを被っている太ったおじさんが、一人で大鍋を煮込んでいる。

「子供? 君達どうしたんだい?」

 あぁ……鍋……。
 お肉も入ってる……何のお肉だろう……?
 お、美味しそう……。

「す、凄い涎だねぇ。お腹空いているならおじさんの鍋食べる?」

「ほぇ!? いいの!? 頂きまーす!!」

 ラッキー!
 見ず知らずの私達にご飯を恵んでくれるなんて、このおじさんとっても良い人みたい。

 おじさんからお皿を受け取り、孤児院の修正が残っているのか、私達は急いで列を作る。
 私とアリアが一番最初に並んでたのに、隣からブレアが割って入って来た。

「ブレア!! 私が先に並んでたんだよ!?」

「うっせ、バーカ!! 孤児院のルール持ち出してんじゃねーや!!」

「おじさん、喧嘩されると困っちゃうなぁ。その鍋食べれるだけ食べて良いから皆にきちんと行き渡るよ」

 オタマをブレアに奪われて喧嘩になりそうになるも、優しいおじさんに諭されブレアがお皿に入れるのを待つ。

 ジュルリ……鍋の中、お肉がいっぱいだ……。
 確かに私達全員で食べても余りそう……。
 こんなにたくさんのお肉入ってる鍋見るの、初めてだ……!!

 全員がワイワイと鍋を囲む中、ルーナはそこには参加せずにおじさんの隣に座った。

「それにしても、こんな所に女の子だけで何をしてるんだい?」

「……私達は――」

 ルーナはおじさんに今までの経緯を説明していた。
 アンファングが帝国軍に燃やされたこと。
 エミリー先生が殺されたこと。
 孤児院を捨てて逃げたこと。
 王都へ向かっていること。

「それは大変だったねぇ。確かに王都なら王国の戦力が集まるだろうし、戦争になってもしばらくは安全かもしれないねぇ」

「……だと良いのですが……」

 おじさんは深刻な現状を話すことに夢中のルーナに、手を出していない自分のお皿を差し出す。

「食べなさい。お腹一杯になれば、元気になる。元気になれば、きっと前向きになれる。おじさん、そう思うよ」

「……ありがとう……ございます……」

 ルーナは大人の優しさに触れて安心したのか、頬を伝った涙を一粒おじさんから受け取ったお皿に垂らす。
 そして、私達に涙を隠すようにぐっと皿を口元にあげ、お皿の中身を一気に口の中へと運んだ。

 きっとルーナが一番不安だったんだ……。
 エミリー先生が死んで、私達をまとめて冒険に出ないと行けなかったんだから……。

「おじさん、これって何のお肉!? とっても美味しい!!」

「そう? おじさんはあんまり好きじゃないんだけどなぁ……美味しいならおかわりしていいよ」

「やったぁ!! アリア!! お鍋からよそうの手伝って!!」

「うんっ」

 私はルーナが泣いているのが皆にバレないように、出来るだけ騒いで鍋へと走る。
 泣いている所、ルーナは多分見られたくないもんね。

 アリアにお皿を持ってもらい、オタマで鍋の中の具を探す。
 利き腕がないと、ご飯を食べるのも一苦労だなぁ……。
 アリアにも迷惑かけちゃってるし……。

 そんなことを考えていると、メラニーとベラとエマの三人が少し離れた所で何やらコソコソと話している。
 何話してるんだろう?

「……何か……おかしい……気がする……」

「おかしいって、何がぁ?」

「鍋の量さ。一人で食べるには異常な量っしょ」

「あらあら。そう言われればそうねぇ。まるで私達が来るのを知ってたみたい」

 会話が聞こえたけど、何言っているのか良く分からない。
 おじさんが良い人だから、ご飯を分けてもらえた。
 それでいいじゃん!

「おっさん、何でこのお肉好きじゃないの!? こんなに美味しいのにさっ!!」

「フローラ!! おっさんは失礼でしょ!!」

 真面目なルーナじゃなくても、突っ込みたくなる。
 確かに失礼だ……フローラは誰にでもこんなだから凄いや。

「その人さぁ。この近くの城郭都市の領主なんだけど、民想いだって有名だったんだ。だから領主が愛する街人を一人残らず殺したら、きっとおじさんのことを憎んでくれるかなって思って皆殺しにしたんだけど、最期まで想っているのは民や家族のことだったよ。そんな男、美味しくないでしょ?」

 ……ほぇ……?
 今何て言った?

「おじさんが好きなお肉はさ、おじさんを憎んで憎んで殺したい。そんなお肉なんだ。おじさんのことを想って想って止まないね。その想いが長ければ長いほど、強ければ強いほど、熟成させた濃厚な味となる。そうは思わないかい?」

「……えと……これって結局……何のお肉……?」

 私はオタマにかなりの重みを感じ、おそるおそるとオタマを鍋から引き上げると――。

「人間のお肉だよ」

 オタマの上には、人間の首から上が乗っていた。
 私とアリアは思わず固まり、皆の視線もオタマの上の頭に集中した。

 まさか……私達が食べたお肉って……嘘……。
 人……間……!?

「「「うぉえぇぇ!!」」」

 私達はあまりの不快感から、一斉に吐いた。

「皆人間の肉だとわかると、そうやって吐くんだよねぇ。君たちは喜んで食べてくれていたのに、おじさん残念だよ」

 気持ち悪い……信じられない……!!
 人間の肉を食べるなんて……食べさせるなんて……!!
 このおじさん……何考えてるの……!?

「げほっ……うぇっ……」

「あ。そういえばおじさん、自己紹介をしていなかったね」

 胃の中を戻す私達を見ても、おじさんは平常運転で自分の手元にあったノコギリを手に取って、その場を立った。
 そして、私達へ向けて紳士的な一礼をして来る。

「おじさんは帝国軍所属四帝の一人、震帝カニバル・クエイクと言うんだ。よろしくね」

「……四帝……?」

 エミリー先生を殺した炎帝アッシュ・フラム。
 おじさんは、あの男と肩を並べる四帝の一人だった――。
 おじさん……震帝カニバルは、変わらずにこにこと微笑んでいた。
 その手には何の変哲もないノコギリを持っている。

 体内に宿すマナ量はアッシュ程じゃない……にしてもとてつもなく多く、不気味で何だか底が見えない……。
 このおじさん……カニバルを見ていると、何でか不安になってくる……。
 何ですぐに気付けなかったんだろう……。

「ゲホッ……やっぱりあの鍋の量……私達を誘い出すためだっだのねぇ……」

「……だとしたら……あの鍋には睡眠薬とか毒が入ってて……私達攫われて……売られちゃう……?」

「おじさん、そんな盗賊みたいなちゃちな小銭稼ぎはしないよ。誘い出したのは確かだけどね」

 カニバルはメラニーの不安を否定するも、ベラの予想は認めた。

 誘い出した……何のために……?
 私達に近づいたのはお金のためじゃない……だったら、私達に人間のお肉を食べさせたかったってこと……?

「――皆、逃げな!! そいつはウチらを殺す気だ!!」

 いつも飄々としているエマが珍しく叫んだと同時に、微笑んでいたカニバルは不気味に目をうっすらと開けて笑った。
 ずっと微笑んでいて見えていなかった目が、初めて見える。

「おじさん、感心だねぇ。聡い子がいるようだ」

 その瞳は――体が震えあがるほどの、狂気。

 カニバルから感じた狂気的な恐怖は、強者に感じる恐怖とかじゃなくて……得体が知れないモノへの恐怖、そんな感じだ。

 皆、私と似たような感覚を感じたのだろう。
 体を強張らせ、固まっている。
 逃げろと叫んだエマですら、恐怖で体を動かせずにいた。

 そんな中――。

「「うわああぁぁ!!」」

 私とブレアは、カニバルに向け特攻していた。

 エマに言われた通り逃げたほうが良い……!!
 体が怖いって……逃げろって悲鳴を上げてる……!!
 だけど――それでも――。

「四帝……エミリー先生の敵……!!」
「あたいが……ぶっ飛ばす!!」

 私とブレアは恐怖より、エミリー先生を殺された帝国軍四帝への復讐心が勝っていた。
 私達は闘気を纏い、恐怖心を振り払う。

「その歳で闘気を纏うとはね」

「「!?」」

 気付けばカニバルは、飛び込んでいる私とブレアの背後にいた。
 カニバルから目を離してないにも関わらず。

「おじさん、将来が楽しみだよ」

 私とブレアは後頭部に強い衝撃を受け、平衡感覚を失い、その場に倒れた。

「ヒメナ!! ブレア!!」

 薄っすらと、アリアが私達を呼ぶ声が聞こえる。
 私とブレアは必死に体を起こそうとするも、その意思に反して体は震えるだけだった。

「……ほ……ぇ……」

「な……何が……!?」

 頭がぐわんぐわんして体に力が入らない……。
 気持ち悪い……吐きそう……。
 もしかして……これがカニバルの魔法……!?

「何って、単に君達の後ろに移動して、後頭部に軽く手刀を放っただけだよ。種や仕掛けは何にもない。よーく見といてごらん」

 見とくって……何を……?
 そう思った刹那、カニバルが消える。

 消えた……違う……。
 マナの流れが……見える……。
 凄い速さで動いてるんだ……。

「あっ……!!」
「……がっ……!?」
「……ぅ……っ……」

 カニバルは瞬く間に、他の皆にも動けない程度の打撃を加える。
 誰一人気を失ってはいないけど、地に伏して動けない。
 あえてそう調節されているような、そんな気がした。

「……うぅ……くそ……」

 実力が違い過ぎる……。
 カニバルはまだ全然本気じゃない……。
 絶対に……勝てない……。

 私達が立てずにいる中、カニバルは背で腕を組みながら、まるで散歩をしながら花を見比べるように、私達の顔を見ていく。

 まずは自分に近く、いち早くカニバルの異常性に気付いたエマを。

「君は、つまらない子だね」

 次にブレアを。

「君は、残す側だね」

 次にルーナを。

「君なんて、絶対残す側だ」

 次にララを。

「んー……最初に目を付けた通り、やっぱり君かな」

 カニバルはそう言うと、マナを闘気に変えて体に纏い始める。

「よーし、一仕事だ。おじさん、頑張るぞぉ」

 腕まくりをしたカニバルは――。

「ああああぁぁぁぁ!!」

 ララの体を足で押さえつけ、ノコギリでララの首を切り始めた。
 ギコギコと木を切るような音と、ララの悲痛な叫びが辺り一面に響き渡る。

 嘘……信じられない……。
 何やってるの……?
 そんなことしたら……ララが……ララが!!

「やめろおおぉぉ!!」

 私は動かない体を気合いで無理矢理動かし、ララの首を切り落とそうとするカニバルに向け、闘気を纏って駆ける。
 そんな私をあしらうかのように、カニバルは私の顔に回し蹴りを放った。

「ララァァ!!」

 私がカニバルに蹴りを受ける中、ルーナも無理矢理体を起こし、闘気を纏ってカニバルとの間合いを詰め、掌底を放つ。

 ルーナとエマはエミリー先生から少し戦闘訓練を受けていた。
 多分ルーナのことだから、何かあった時皆を守れるように頑張ってたんだと思う。

 そんな責任感が込もったルーナの掌底は――。

「がっ……」

 カニバルの足に、一蹴される。

 カニバルは私に回し蹴りを放った後、まるでついでかのようにルーナのお腹を足蹴にした。
 私が回し蹴りを受け、鍋に当たってその中身を撒き散らしたと同時に、ルーナは激痛に耐えられずその場に崩れ落ちていた。

 カニバルはララに向き直り、再びララの身体を踏みつけ、固定する。

「……お願い……何でもするから……だから……」

 ルーナは顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにし、うずくまりながらも懇願した。

「……何でもかい? ならおじさんの顔、よーく憶えておきなさい。君の大切な仲間を殺した、何よりも憎い相手なのだから」

 カニバルは狂気的な目で笑いながらノコギリを引く。

 一生懸命、楽しそうに。
 まるで子供が遊ぶように、夢中でノコギリを動かす。

「……やめ……て……」

 ララの首は切り落とされる寸前だった。
 ララは大量の血と体液で顔を汚し、それでも残りの力でルーナに助けを求めて、手を伸ばす。

「……助け……ルー……ナ……」

 それがララの最期の言葉となり――。
 
「いやああぁぁ!!」

 ルーナの叫びと共に、ララの首は切り落とされた。
 ララの頭はボトリと落ち、コロコロとルーナの目の前に転がる。
 ララの生気を失った眼は、ルーナを見つめているようにも見えた。

「……嘘……ララ……だって私……ララと約束したのに……ずっと一緒にいるって……約束……したのに……」

 私達が呆然とする中、カニバルは切り落としたララの頭を鷲掴みにし、口元に運ぶ。

 そして私達に見せつける。
 ララの頭蓋骨を嚙み砕き、脳髄をすすり、目玉を食すのを。
 カニバルの股間はズボン越しに膨らんでいるように見えた。

 カリバルはララの頭を食べ終えた後、失意の中にいるルーナの髪を鷲掴みにし、無理矢理自分と眼を合わさせる。

「おじさんを憎んで憎んで、熟成された美味しいお肉になりなさい。そうなった時、おじさんが食べてあげるよ」

 ルーナが恐怖からおしっこを漏らす中、カニバルはスキップをしながら去っていった――。


*****


 カニバルが私達に目を付け、ララを殺したことには何の意味もない。
 自分の趣向――ただ、それだけ。

 どうしようもない災害に巻き込まれて死ぬ。
 それと、何も変わらない。
 きっと私達は運が悪かっただけだ。

「……私……ララと約束したのに……」

 そう思いたくなる程、私達は無力だった。
 ララが死んだ現実を、ララが殺されるのを見てることしか出来なかった事実を、否定したかったから。

「ずっと一緒って……約束したのにぃぃ!!」

 首から上が無いララの死体を私達が囲む中、ルーナの悲痛の叫びが辺りに響き渡る。
 エミリー先生にずっと守られてきた私達は、自分達がいかに弱い存在なのかを知った。
 気力も何も残されていなかった私達は、カニバルと闘った場所で翌日まで過ごした。

 誰一人、まともな会話なんてなかった。
 とても喋る気になんてならなかった。

「ララ……向こうでちゃんとエミリー先生の言うこと聞くんだよ……」

 そして今、カニバルに殺された頭のないララの死体を私達は埋める。
 お墓は作らない。
 いつかエミリー先生のお墓と一緒に、孤児院に帰って建てようと皆で決めたんだ。

「……ララ……ごめんね……私が……もっと……」

 ルーナはララが埋まった地面の前で、ずっとへばり付いて泣いている。

「ルーナ……」

 私とアリアは、ララとルーナが指切りげんまんをしていたのを見ていた。

『これから大変かもしれないけど、ララは私が絶対守るから大丈夫だよ。私はずっとララと一緒だから……ね?』

 ララとそう約束したルーナに、私にはかける言葉も出来ることも……何一つない。
 私がララを失った失意とルーナに何もしてあげられない悔しさから押し黙っていると、アリアは歌い始める。
 
 ララに捧げる、鎮魂歌。
 どこか賑やかで優しいその歌は、死者の魂を浄化している気がする。

 きっとララが寂しくないように、気持ちを込めて歌っているんだろうな。
 ララが……エミリー先生と一緒に居られたらいいな……。

 アリアは涙を流しながら歌っていた。
 私達も皆で泣いた。
 アリアの歌を聴いて、ララのことを想って泣くことしか出来なかった――。


*****


 私達はそれから、街道に沿って王都へ向けて歩く。
 たまにすれ違う人は、子供だけの異様な集団である私達を不思議そうに見てたんだけど、まるで異物を見るような目にすら見えた。
 だから私達が頼ることもなかったし、全力で無視した。

 カニバルとの闘いが、皆の心のどこかでトラウマになっていて、見知らぬ人への恐怖と不安を抱きながら、必死に歩いた。
 夜、見張りを立てて休む時以外は、ただひたすらに。
 私達は前を向いて歩くことしか出来ないから――。


 孤児院を発って五日。
 食料が直に切れる。
 水を川で汲み、何とかそれで飢えを凌ぐ。

 孤児院を発って八日。
 食料が完全に無くなる。
 明らかに歩く速度が落ちている。

 孤児院を発って十日。
 気力を失っていく。
 皆無理に元気に振る舞うけど、限界は近い気がする。

 孤児院を経って十二日目の夕方。
 飢えに飢える私達は、それでも歩いた。
 王都に向けて。

 王都に着けば、きっと誰かが助けてくれる。
 炊き出しとかしてて、ご飯が食べられる。

 そんなことを願いながら、フローラが持つ地図を頼りに、あまり整備されていない街道を歩いていると、風に乗ってほのかに良い香りが漂ってきた。

「……ほぇ、良い匂い……」

「ほんとだ……」

 私とアリアが気付くと、皆も次第に気付き始めた。
 自然と私達の足は匂いの元へと傾くも、警戒心からか、それとも恐怖心からなのか、皆の足取りは……重い。

 ……カニバルの時と一緒だ。
 また同じようなことが起きたらどうしよう……。
 だけど……お腹空いた。
 でも……。

 食欲と恐怖心との闘いは、僅かに欲望が勝る。
 私達は料理の匂いがする所へと足を運んだ。

「しーっ!! 皆静かにっ!!」

「いや、あんたの声が一番大きいよ」

 私が口の前で指を立てて声を上げると、思わずエマに突っ込まれた。
 音を消して風下から匂いのする方へと近づくと、開けた場所でテントを張っている集団がいた。

 商人の集まりだろうか、傭兵らしき護衛を引き連れている。
 馬車の数は十台以上のキャラバンだ。
 人数も多いだけに、作られた料理の数も多い。

「商人さん達だねっ! それも相当のお金持ちだっ!!」

 茂みに身を隠しキャラバンを観察していると、商人が身に纏ってる物も高価そうな物ばかりなことに気付いたフローラ。

「お金持ちなら……お願いすれば、料理を分けてもらえるかな?」

「……でも……カニバルの時と……同じだよ……あの時みたいになったら……どうしよう……」

「そう……なんだよね……」

 見知らぬ人への恐怖心はありながらも、余りにもお腹が空いた私がそう提案すると、ベラの背中から顔を出したメラニーが水を差すようにネガティブな発言をされる。
 皆考えることはメラニーと同じだったみたいで、押し黙ることしかできなかった。

 そんな中、唯一違う考えを持っていたのは――ブレアだ。

「……こっちから仕掛けて奪えばいい……闘って!!」

 まるで盗賊の考えを持ち出すブレア。
 冷静な判断も出来ないくらいお腹が空いてるのだろう。

「……やめなさい、ブレア。そんな考えを持つのは。エミリー先生が聞いたら……きっと悲しむわよ」

「たっはっはー! 無理無理ーっ!! 子供のボク達じゃ勝てるわけないでしょっ!!」

「うっせーよ、バーカ!! あたいはもう腹も減ったし、疲れた!! あいつら全員やっちまえば、テントも飯も手に入る!!」

 ルーナとフローラがブレアを諭そうとする中、私は料理を食べる集団の一人一人を、眼を凝らして見ていく。

 ……護衛らしき人達の一人一人のマナ量は、私達より上だ。
 アッシュやカニバルよりは、凄く弱いんだろうけど……子供の私達じゃ勝てそうもない……。

 ブレアも勝てないかもしれないことは分かっているだろう。
 それでも、その目は血走っていた。

「何か奪われる前に、奪うしかねー!! ちまちまやってっと……全部無くなっちまう!! これ以上奪われてたまるかよ!!」

「……ブレア……」

 エミリー先生とララが殺されたことが、ブレアの中でトラウマになってるのかもしんない……。
 ブレアはきっと、そういうのとも闘おうとしてるんだ……。

「あらあら、ブレアちゃん。いい子いい子」

「んなっ!? ベラ!?」

 ブレアの戦意を失くすかのように、ベラは優しく微笑みながら後ろから抱き、胸の中にうずまったブレアの頭を撫でる。

「撫でてんじゃねーよ、バーカ!!」

「皆が皆悪い人間とは限らないわぁ。もしかしたら話せば分かってくれるかもしれないでしょ?」

 ベラの言う通りだ。
 アンファングの街の人達は、私達孤児にも優しい人も中にはいた。
 キャラバンの人達もそうかもしれない。

「……どっちも嫌だ……奪うのも……お話しするのも……怖いの……」

 メラニーのマイナス思考が加速している。
 あんなことがあった後だもん……他人と関わりたくないって思うのは無理もないよね。 

「大丈夫よぉ、メラニー。実は私、エミリー先生に交渉術を習ってたのぉ。私がまずお話してみるわぁ」

 交渉術……?
 何じゃそりゃ。
 エミリー先生、ベラにそんなこと教えてたんだ。

「確かに、今のまま王都に歩き続けることは無理だろうし、かといってあの人達を襲っていいはずもないわ……きっと断られるだろうけど、食事を少し分けて貰ったり、王都まで馬車に乗せてもらえたりすれば御の字よ。ダメで元々……お願いしてみましょう」

「皆はここで待っててぇ。大勢で行くと警戒されるかもしれないから、私一人でお話しして来るからぁ」

 ルーナはベラの意見に乗り、自身が率先してテントの集団へと近付こうとするも、
 それをベラは手で優しく精神し、ニッコリと笑った。

「世の中そんな悪い人ばかりじゃないから大丈夫よぉ」

 ベラはそう言い残して、一人商人のキャラバンに交渉に向かった――。
 ベラは私達から離れキャラバンへと向かうと、ベラは一番裕福そうな豚みたいな商人と話し始めた。
 あのおじさんがキャラバンを率いるリーダーなのかな?

「ねぇ、アリア。交渉術ってなーに?」

「うーん……わかんない。ブレアは分かる?」

「知るかよ、バーカ!! そんなもんが何の役に立つってんだ!! 襲って奪っちまえばよかったんだ!!」

 ブレア不機嫌だなー。
 自分の意見が通らなくて怒るなんて、ワガママか!

 豚みたいなおじさんとベラが話し合った後、二人はテントの中に入って行った。

「ほぇ? テントの中に入ってったよ」

「何でだろう? 私達はいつ出て行ったらいいのかな?」

 私とアリアがそんなことを話したおよそ十五分後に、テントから二人が出て来る。
 豚みたいなおじさんは商人達の集団に戻り、ベラは私達の方へと戻って来た。

「ベラ、その……大丈夫なの? 何もされなかった?」

「大丈夫よぉ、でも運が良かったわぁ。あのキャラバン王都に向かうみたいで、王都まで馬車に乗せてってくれるってぇ」

「本当に!?」

 疲れている皆や一人で交渉に向かったベラを心配していたルーナは、ベラが交渉を成功させたことに喜ぶ。
 ララがカニバルに殺されてからずっと塞ぎ込んでたから、久しぶりの笑顔だ。

「ちなみに王都までは馬車で三日くらいで、その間のご飯もお世話してくれるらしいわぁ」
 
 目的地の王都まで三日!?
 それにご飯も食べさせて貰えるの!?

「はぁ!? マジかよ!?」

 これには生意気ブレアもビックリしてるや。
 ベラはご飯も食べられるって、どんなお願いの仕方したんだろう?
 今度私も交渉術っていうの教えてもらおっと!

「皆のこともちゃんと話しているわぁ。さぁ、行きましょう」

 ふとエマを見ると、ベラを真剣な目で見ていた。
 その目線を追うと、ベラの口に何かを拭いたような跡が付いていた。

 豚みたいなおじさんとテントに行った時に、自分だけ何か食べさせて貰ったの!?
 ずるいよ!!
 それはエマだって怒るって!!

 私達は交渉を成功させたというベラを信じ、商人達のキャラバンに向かうベラについていく。

「言ってたのは、そいつらぶひか?」

「えぇ、ゴルド様。皆ぁ、こちらのお方はゴルド・オール様。私達を王都まで荷と一緒に運んで下さる御方よぉ」

 豚みたいに太ったおじさんは、ゴルド・オールって名前みたい。
 見た目通りぶひぶひ言ってら。
 しっかし、鼻息と脂汗が凄いなぁ……豚も顔負けじゃん。

「ワシはゴルド・オールぶひ。王都までお前らの世話をしてやるぶひ。有難く思うぶひよ」

「おっさん、あんた豚の生まれ変わ――」

「何でもありません、何でもっ!! あは……あはは!!」

 ルーナがブレアの口を塞ぎ、誤魔化す為にゴルドさんに笑顔を向けた。
 ブレアは本当トラブルメーカーだなぁ。
 これから良くしてくれる人を豚扱いするなんて。
 私も思ったけどさ。

「ぶひひひひっ、ぶひっ、ぶひっ!」

 ごめん、ブレア。私が悪かったよ。
 やっぱり豚だこの人。紛れもないや。

「お前らの世話はそこの傭兵がするぶひよ。王都まで気楽にするぶひ」

 ゴルドさんの背後に立ってた、スキンヘッドの顔中傷だらけの男の人が私達の前に現れる。

「俺はゴルド様の護衛をしている傭兵を率いている、ゼルトナだ」

 目付きも悪いし、無愛想そうな人だなぁ。
 護衛の人の強さは気になるので目を凝らしてマナを見てみると、エミリー先生やアッシュやカニバルより遥かにマナ量は小さい。

「付いて来い」

 身体はあの三人より大きいから強いは強い……のかな?
 良く分かんないや。

 ゼルトナさんに着いて行くと、柄の悪い数人の集団が岩をテーブルや椅子にして食事をしていた。
 誘導されて私達も岩や地面に座ると、ゼルトナさんが私達の目の前に鍋を持ってきてくれる。

「食え」

「食べていいの!?」

「お前らの分だ」

「やったー!! 久しぶりのご飯だーっ!!」

 私達は渡された食器を手に鍋に集まり、いつもより激しく食事を取り合う。
 ルーナはそんな私達を遠巻きに眺めながら、ゼルトナさんと話していた。

「……あの……これ、お肉入ってます?」

「あぁ、鹿肉が入っている」

「……そう、ですか……」

 ルーナはお肉が入っているのにガッカリしている。
 やっぱりカニバルのことがトラウマになってるのかな……?
 そりゃ、そうだよね……。

 ――それでも、私達は何でも食べなきゃいけないんだ。
 お腹が膨れないと生きていけないし、前に進むことが出来なくなっちゃうから。

「ちっ、あの豚。報酬上乗せつっても、こんなガキの護衛対象をわんさか増やしやがって。冗談じゃねぇよ」

「誰がガキだよ、バーカ!!」

「……あ?」

 私達が生きる為に必死に食べているところを眺めていた一人の柄の悪い傭兵が悪態をつくと、子供だということをバカにされたと思ったのか、ブレアは噛み付く。
 
「ブレア、止めなさい!! ベラがお願いしてくれたおかげで、この人達は私達を無償で王都に連れて行ってくれるのよ!? 申し訳ありません……後で言って聞かせますから……」

「ちぇっ!!」

 ルーナは傭兵に気を使いブレアに頭を下げさせたけど、ブレアは舌打ちをした。

 ブレアは本当後先考えないなぁ。
 迷惑かけて王都まで連れてって貰えなくなったら大変なのに。

「はっ、頭ん中お花畑だな。クソガキ共が」

「……お花畑って、どういうことだい?」

 エマ、さっきからどうしたんだろ?
 質問にも少し怒気がこもってるし、さっきからずっと機嫌悪いや。

「やっぱ知らねぇのか。お前らが――」

「やめろ」

 ゼルトナさんが私達を庇うように、傭兵を制す。

「お頭ぁ、でもよ……」

「おかげで俺達も報酬は上乗せされるんだ。子供に当たるな」

「……けっ!」

 制された傭兵は地面に唾を吐き、私達の近くから離れる。
 私達を庇ってくれたゼルトナさんにフローラはお礼を言った。

「たははーっ! ありがとねっ! タコ坊主っ!!」

 いや、タコ坊主って!!
 確かにこの人頭ツルツルだけど!!
 ブレアを超える失言だよ!!

「お前らを庇った訳じゃない。面倒事に関わらないのが傭兵……いや、大人の鉄則だ」

 良かった……ゼルトナさんが良い人で。
 でも面倒事って何だろ?
 大人の鉄則っていうのもよく分かんないや。

「ゼルトナさん、大人の鉄則って何?」

 早く大人になって強くなりたい。
 そんな想いもあって、思わず聞いてしまう。

「他人と出来るだけ関わらずに、自分のことだけを考えろということだ。他人と関わろうとすれば、いずれ自分が死ぬ」

 答えてくれたゼルトナさんの目は何処か遠くを見つめていた。

「王都まで喋らず黙って固まっていろ。変に動き回れば、盗賊や魔物が出た時に命の保証はせんぞ」

 多くは語りたくない。
 ゼルトナさんはそう言うように、黙々とご飯を食べ始める。

 だけど、ベラが言った通り世の中悪い人ばかりじゃない、
 私達を庇ってくれたゼルトナさんを見て、何だかそう思えた。


*****


 深夜――。
 夜が更け皆が寝静まる中、ベラは川で体を清めている。
 ベラは何かを想い出したかのように自身の体を抱き、震えていた。

「……気持ち悪い……」

 何かを忘れるために、穢れを流すように、自身の体を激しくこする。

「交渉術なんてのをエミリー先生に習ったなんて、初めて聞いたんだけど」

「!!」

 木の茂みの中からベラに話しかけたのは、エマ。
 ベラは誰かに出会うことを想定していなかったため、驚き身構える。

 孤児達はゴルドの計らいで、王都までは護衛対象となった。
 守られもするが、護衛対象のため全てが自由という訳でもない。

 ベラはゴルトを通じて護衛の傭兵と話を付けていたため、深夜でもこうして川まで水浴びをしに来れたが、エマは別だ。
 ゼルトナ達の目をかいくぐってまで、ベラを追いかけてきたのだろう。
 そこまでしても自分に聞きたいことがあるとベラは考えた。

「……そうねぇ。そんなもの習ってるはずないものぉ」

「ベラ……あんた、何をしたんだい?」

 エマは現状に疑問を持っていた。
 ララが殺され、今いる孤児達は八人。
 八人もの人数を無償で世話をするなんて人間は、唯一尊敬するエミリー以外にいないと考えていたからだ。

 そう――無償では。

 そう考えた時に、ベラが自分達には隠して何かの代償を支払ったと予想される。
 そして何も持たない孤児達が支払えるものなど、一つしかなかった。

「ゴルド・オールに慰みものにされたわぁ。私自ら望んでね」

 エマは裸体のベラの股間を見る。
 股間からは水に交じり、血の跡が残っていた。

「何で……そんな……」

 普段は飄々としているエマも、ベラの行動にショックを隠せなかった。
 ベラの思考と体は大人に見えるが、どこか夢見がちな所もあったからだ。

 ベラの夢は、白馬の王子様と添い遂げることだった。
 いつかハンサムな白馬の王子様が自分を迎えに来て、綺麗なドレスを着て、エミリーと孤児達と城で皆仲良く暮らす。
 そんな夢を、以前ベラはエマに話していた。

 そんなベラが生きるために、豚のようなゴルドに体を売るなんて、エマには想像できなかった。

「私達は子供……ヒメナみたいに右腕を失くした子だっているのよぉ。綺麗事を言っていたら生きていけないわぁ」

 ベラは自身の年齢らしからぬ体を、水で流す。
 孤児達の中で誰よりも豊満な体を、まるで商品を整えるように。

「体を売ると言っても、何か失う訳じゃないしねぇ。それで安心して寝れる寝床、暖かい食事、それに、王都への足。全部手に入って、皆の見知らぬ人への恐怖が少しでも無くなるなら、私の初めてなんて安いものよぉ」

「……癖になっちゃうよ」

 エマはベラをはっきり止めることはしなかった。
 既に失ったモノは元に戻らない。
 だからこそ、止めることなどできなかった。

「だからエマも真似しないでねぇ。したら絶対許さないからぁ」

 ベラは優しく微笑みながらそう言い、服を着てテントへと戻った。

 王都までは、馬車で三日。
 きっとその間ベラはゴルドに穢され続けるのだろう。

「……エミリー先生……だからウチは嫌いなんだよ……面倒臭いことってさ……」

 ベラは大人となった。
 処女を捧げたからではない。
 皆の現状を救うため、処女を見知らぬ相手に捧げる覚悟をしたからだ。
 ボースハイト王国、王都クヴァ―ル。
 王都クヴァ―ルは城郭都市で、高い外壁に王都全体が守られている。

 私達が住んでいたアンファングが帝国に攻め落とされ、王国に宣戦布告されたことはすでに王都まで伝わっていた。
 別の街もカニバルに攻め落とされてたみたい。

 だから王都に入るための検問も凄く厳しくて、私達のことで少し揉めてたけど、ゴルドさんが何か渡して通してもらえた。
 あっさり通してもらえたけど、何渡したんだろう?

 壁の外から王都の中はあんまり見えなかったけど、中に入ると沢山の建物が建っていて、とても綺麗で栄えている。

「ほぇ〜! アリア、見てあそこ!! 露店がいっぱい!!」

「ホントだ! 人がいっぱいで凄いね、ヒメナ!」

 どこを見渡しても、建物と露店と人。
 大勢の人達が広い道を闊歩していた。
 初めて見る景色だ……こんな人が集まる所ってあるんだ。

「ちぇっ! ガキかよ!! テンション上がっても腹は膨れねーぞ!!」

 ブレアは花より団子みたい。
 だけど何かそわそわしてるから、やっぱり色々気になってるんだろう。
 素直じゃないなぁ。

「君達はここで降りるぶひよ。ベラはワシに付いてくるぶひ」

 あれ? 王都までの約束って聞いてたからここで降りるのは良いんだけど、ゴルドさんはベラをどこかに連れてく気?
 ゴルドさんはベラのことすっごい可愛がってたから、養子にしたいとかかな?

「ごめんなさいねぇ、ゴルド様。私もここで降りるわぁ」

「ぶひぃ!? ベラはワシの屋敷に来てワシの愛人になるぶひ! 豪華な食事も良い服もたくさんあるぶひ!! お前が付いてくると思って色々してやったぶひよ!!」

 養子じゃなくて愛人!?
 何言ってんの、この豚!!
 養子で幸せにしてくれるなら話は別だけど、そんなのは絶対許さないんだから!!

 私達がベラをゴルドから庇うより先に、エマがゴルドの手を弾きゴルドを睨む。
 怯むゴルドに、ベラはニッコリと微笑んだ。

「私達は一蓮托生なのぉ。ごめんなさいねぇ」

「ぶひぃ……ぶひぶひ!! ぶひぃ!!」

 いや、何言ってんだよ。
 怒ってるんだろうけどさ。
 豚が興奮してるようにしか見えないよ。

「ゴルド様。あんたにこんな所でウダウダやられると俺達も仕事を終えられん。おい、連れて行け」

 怒る豚を傭兵達が無理矢理羽交締めにして連れて行った。
 ゼルトナさん、また私達を庇ってくれたのかな?

「ここで別れだ」

 ゼルトナさん達は王都に着いたことで、ゴルドさん達の商売の道中の護衛だった仕事を終えた。

「ゼルトナさんはこれからどうするの?」

「これからアルプトラオム帝国と戦争になるからな。傭兵の俺達にとっては稼ぎ時だ」

 傭兵は戦場で闘うことが一番の仕事らしい。
 ゼルトナさん達はこのまま前線に行くみたいだ。

「ゼルトナさん、色々ありがとう!! またねーっ!!」

 手を振る私とアリアに、ゼルトナさんはそっけなく片手を上げて傭兵達と去っていった。

 ゼルトナさんは無愛想だけど、このキャラバンの中で唯一良い人だった。
 ゴルドも優しかったけど、さっきの様子だとベラを愛人にしたいがためだったんだろうしね。

 ゼルトナさんだけは私達を傭兵から責められた時庇ってくれたし、旅の道中に私とアリアの話しをたくさん聞いてくれたんだ。

「ゼルトナさん良い人だったね、ヒメナ」

「うんっ!」

 ゼルトナさん達と別れ、今後のことについて私達は話し合うことにした。
 開口一番ルーナが切り出す。

「王都に着いたのは良いけど……これからどうすればいいのかしら?」

 王国の中で一番安全な王都に着いたのはいいものの、私達には何のアテもない。
 とりあえず身の安全がある程度保証されるということで、王都に来たのだから。

「う~ん、一番良いのは孤児院とかに受け入れてもらうことだねっ!」

「その次は住み込みの仕事をもらうことかね。衣食住、全部揃うしね」

「後は、日雇いの仕事とかかしらぁ?」

「傭兵になるって手もあるぜ!! 帝国ぶっ倒して金貰えるなら最高だしな!!」

 フローラ、エマ、ベラ、ブレアがそれぞれ案を出してくれた。
 もちろん、ブレアの考えは論外だ。

「……子供の私達にそんなことできるの……? ……それが無理だったら……どうするの……? ……ホームレス……?」

 確かにメアリーの言う通りだよね。
 女でしかも子供な私達が出来ることなんて、限られてる。
 私達を働かせてくれる所なんてあるのかなぁ……。

「まっ、考えてても仕方がないないっ! どうにかなるっしょ!!」

 元気印のフローラの明るさは、今の私達にとって救いだ。

 きっとどうにかなる。
 そんな想いで私達は行動に移し始めた――。


*****


「ほえぇぇ!! 孤児院にも入れないし、雇って貰えるとこもないし、なんなら傭兵も無理だったじゃんっ! これからどうすんのよーっ!!」

 やっぱり、どうにもならなかった。
 これからどうしよう。