アンゴワス公国から帰ってきてすぐ、ベラはリフデ王子に付きまとわれていた。
 その様は、まるでストーカーだ。

「ベラ! 本当に怪我はなかったのか!?」

「だから、ありませんってぇ……」

 ほぼ無傷だったベラを過剰に心配する王子。
 どんだけベラのこと好きなんだよ……。

「リフデ王子」

「ぬ?」

 私はベラに付いて行く王子を止めた。
 このままじゃベラが可哀相だし、リフデ王子が不憫だ。
 おせっかいかもしれないけど、助けてあげよ。

「そんなに付きまとったら嫌われちゃうよ?」

「なら、どうすれば良い!? どうすればベラは余に振り向くのだ!? 其方も力を貸さんか!?」

「ほぇ~……」

 えぇ……自分で何とかしてよぉ。

 ベラの男の人の好みってどうなんだろ。
 聞いたことないような……あっ!

「そういえば、白馬に乗った王子様がタイプって言ってた!」

 八年くらい前のまだ孤児院にいた頃の話だけど。

「何!? なら余はぴったりではあるまいか!?」

「リフデ王子、馬乗れるの?」

「乗れん!!」

 じゃあダメじゃん。
 あんたが出来るの【覗見】だけかよ。
 私も乗れないけど、乗る機会が多そうな王子様が乗れないってどうなのさ。

「だが、良い話を聞いた! でかしたぞ、ヒメナ!!」

 そう言ったリフデ王子は、走ってどこかへと去って行った。
 何か嫌な予感するなぁ。
 余計なこと言っちゃったかも。


 ――それからはしばらく王子は何処をほっつき歩いているのか、ベラの周囲から姿を消した。
 ベラは安心してたけど、リフデ王子の気持ちを知ってる私は複雑だなぁ。
 あの王子バカで変態だけど、多分悪い人じゃないもん。

 アリアにその話をすると、前の一件のこともあってかアリアも気になったみたいで、二人でベラを連れ出して王子を探すことにした。

「何で私も行くのぉ……?」

 リフデ王子を一緒に探すことに、ベラは凄く不服そうだ。

「でもあの王子が今何してるか気になんない? また悪巧みしてるかもよ」

「それはそうだけどぉ……」

【探魔】

 私はベラに有無も言わさずベラの部屋の前で【探魔】を使い、王子を探す。

「王城には多分いないや」

「じゃあ、どこにいらっしゃるのかしら?」

 王子が行きそうな場所……。
 うーん、わかんないや。
 まだ王子のことそんなに知らないし。

「あ、もしかして!」

 アリアは心当たりがあるみたい。
 私達三人はアリアが思い立った所に行くことにした――。


 そこは王都を出てすぐの草原。
 私が黒竜セイブルに【闘気砲】を放った場所の近くだ。

「あ……」

 何と、護衛を引き連れたリフデ王子は、そこで白馬に乗る練習をしていた。

「一体、何をしてるのぉ?」

 ベラからしたら何を理解してるか分からない。
 それもそうだ、ベラには話してないもん。

「ぬおぁ!?」

「リフデ王子!!」

 私達が木陰から見守っていると、リフデ王子が落馬する。
 よく見ると沢山怪我をしているから、何度も失敗したんだろうなぁ……。

「リフデ王子! もうやめましょう!!」

「……痛ぅ……余は乗れるまでやめん!! 其方らも邪魔をするなら帰れ!!」

 落馬した王子は、再度白馬に乗ろうとする。
 しかし、乗る際に馬が暴れて再び落馬した。

「何をあんなに躍起になってるのぉ?」

「私が……言ったせいだ」

 思わず冷や汗をかいてしまう。
 まさか、こんなことになるとは思ってなかった。

「何を言ったのぉ?」

「ヒメナがベラは白馬に乗った王子様がタイプだって、言ったんだって」

 気まずそうにしている私の代わりに、アリアが答えてくれた。

「もぉ~、それ子供の頃の話よぉ? 今はそんな夢みたりしてないわぁ」

「だよねー……」

 つい、口に出しちゃったんだもん。
 まさかこんなことになるなんて思わなかったよ……。

 何度も何度も落馬しては、白馬に乗るリフデ王子。
 ベラにかっこいい姿を見せるために必死に頑張っている。

 そんな王子をベラは、黙ってずっと見守っていた――。


*****


 そこからは王子が馬に乗る練習をし、ベラが眺める毎日。
 そのベラを眺める私とアリア。
 しばらくはそんな変な状況が続いていた。
 
 だけど――その状況は、たった一人の男に崩される。

「ぶひ?」

 木陰に隠れるベラに気がついたのか、かつてベラを愛人にしようとした存在……ゴルド・オールが近づいてたんだ。
 何でこんな所に……!?
 ってか相変わらず豚みたいな体型だなぁ。

「ぶひぶひっ。リフデ王子殿下がここにいると聞いてご挨拶に来たぶひが、その格好……まさかベラが王城勤務になっているとは夢にも及ばなかったでぶひよ」

「ゴルド……様ぁ……!?」

 ベラはゴルドが近づいて来たことを露骨に嫌がっている。
 そりゃ、そうだよね。
 あいつ豚みたいだし、汗くさくて匂いが酸っぱいもん。

「通りで家に来なくなった訳ぶひ。お前が孤児の頃沢山御小遣いをあげてたけど、必要が無くなったってことぶひね。薄情なヤツぶひ」

「……やめてぇ……」

 普段はベラ一人で黙って王子が馬の練習を覗いていただけだから気づかれてなかったけど、ゴルドとの話し声が聞こえたことでリフデ王子はベラの存在に気付く。

「もしや、ベラか!? こんな所で何をしておる!?」

 ゴルドとベラに白馬に乗って近づく王子。
 ゴルドはにやついているが、ベラは凄く気まずそうに俯いていた。

「アリア、助けに行った方が良いのかな?」

「そうしたいけど……もうちょっと様子を見ましょう」

 何やら訳ありに見えるベラとゴルド。
 そこにリフデ王子が加わって、私達は助けに入るのを我慢することにした。

「おやおや、これはリフデ王子。ご無沙汰しておりますぶひ」

「ベラ、こんな所で何をしておる! それにゴルド、ベラに何用だ!?」

 王子からしたら密会してるように見えたのだろうか。
 怒ってまくしたてるように声を荒げる。

「いえいえ、このベラという少女は孤児の頃に私がお世話をしておりましてぶひ。お世話と言っても下のお世話ぶひけどね! ぶひぶひっ!!」

 空気を読めないゴルドは、豚の鳴き声のような笑い声を上げる。

 下のお世話って……?
 どういうこと!?

「王都の孤児で身寄りのないこの子を助けてたぶひよ。金さえ払えば何でもやったぶひからね! 良い具合に調教しましたので、是非ともリフデ王子も良いように使うぶひ! そいつは中々具合が良いぶひよ!! ぶひぶひっ!」

 私とアリアは思い出す――。
 過去に王都のスラム街で孤児として過ごした半年間、ベラとエマが何をしていたのかを。

 きっとゴルドに性的な奉仕をして、お金を稼いで私達を助けてたんだ。
 だから、私達に仕事の内容を教えなかったんだ。

「そんなの……私達、最低じゃんか……」

「……うん……」

 あの頃の私達は、ベラとエマの現金収入に甘えて何も知ろうとしなかった。
 まさかベラが自分の体を売って、お金を得ていたなんて……。

「さようか……」

 ゴルドの言葉に対し、王子は踵を返すように白馬と共に後ろを向く。

 ベラの話を聞いて、軽蔑したのかな?
 でもベラは悪くなくって……私達のためだったのに……こんなのってないよ……!!

 私とアリアがそんな風に自責をしていると――。

「やれ、余の愛馬! アルティメットホワイトよ!!」

 リフデ王子は乗っている白馬に、後ろ足でゴルドを蹴飛ばさせた。

「ぶひぃっ!?」

 ゴルドは白馬に蹴飛ばされ、ゴロゴロとおにぎりのように転がっていく。

「ベラを侮辱することは許さん!! 余の目の前から失せよ!!」

「そんな……リフデ王子!? 何でぶひか!?」

「貴様が気に入らんと言っておる!! 二度と余の前に顔を見せるな!!」

「ぶひいぃぃ!!」

 リフデ王子の護衛兵に引きずられ、ゴルドはその場から去る。
 そこには王子とベラが残された。

「……リフデ王子。ゴルドの言った通りなのぉ。私は過去は売女。貴方には見合わないわぁ。だから、もう諦めて下さるぅ?」

 そういうベラの顔はいつも通り微笑んでいるけど、どこか寂しそうだ。
 自分のために白馬に乗ろうと毎日頑張っていたリフデ王子に、もしかしたら少しでも好意を抱き始めてたのかもしれない。

「……余の器は大海よりも大きい。次期国王となるのだからな」

「……え?」

「其方のそれしきの過去ごとき、毛筋程も気にしておらんわ!! そんなことで余の其方に対する想いは、微塵も変わりはせぬ!!」

 リフデ王子は馬上からベラにそう告げる。
 そんな王子はいつものバカで変態の王子と違って、王族たる輝きを放っていた。

「乗れ、ベラ! 其方のために余はアルティメットホワイトに乗ったのだ!! 其方が後ろに乗らんでどうする!?」

 リフデ王子の手に導かれ、ベラは白馬に乗る。
 そして、二人で草原を駆けた。

 王子は笑顔で笑い、ベラも落ちないように王子を後ろから抱きしめ、今までに見たことがないくらい嬉しそうに涙ながら微笑んでいた――。


*****


 後にエマに今回の経緯を話し、私とアリアはベラとエマに過去のことで謝った。
 話を聞いたら、エマがゴルドや他の金持ちと交渉し、ベラが体を売っていたらしい。
 ベラは盗み見したことには怒ってたけど、昔のことに関しては全然構わないといった感じだった。

 ――だけど、エマは違ったようだ。

 二人と話した数日後。
 ゴルドは夜の王都の路上で何者かに襲われて、槍のような貫通力のある物で心臓を一突きにされて殺されていたらしい。

 計画的で魔法の痕跡は一切なかったみたいだ。
 私とアリアはその事件を聞いて、何となく誰がやったのか察してしまった。