戦時中の王国と帝国のトップが一堂に会する、この異様な空間。
 中には殺気を放つ者もいれば、それを受けて微笑んでいる者もいる。
 殺没とした空気であるのは間違いない。

 そんな空気を緩和させるかのように大公様は一つ咳払いをし、会談の開始を宣言した。

「私は本日の休戦協定に向けての会談の仲介役を務めさせていただく、パーチェ大公と申します。この度は会談の場に私達公国を選んでいただき、光栄です」

 大公様は席から立ち、一礼をする。
 国王様は首だけそちらに傾けていたけど、帝国の皇帝は不動だ。
 まるで、興味がないと言わんばかりに。

 この人が……ルグレが止めたかった人。
 戦争を始めた人……。

「今回休戦協定に当たり、双方の――」

 大公様の言葉を遮り、机を平手で叩きつけて立ち上がったのは、皇帝の隣に座る銀髪の少年。

「父上……いえ、陛下! こんな会談は無用です! もう戦争が始まって六年程経つのですよ!? 今更抜いた矛を収めれるはずがない!! それに公国も王国に物資の支援をしていることはわかっている!! その公国が間を取り持つ!? ふざけるな!!」

 あの子……ルグレと同じ髪色だし、皇帝の隣に座ってるし、やっぱり皇子様なんだ。
 だけど兄弟なのに、ルグレと違って凄く好戦的に見える。

「黙れ」

「しかし……!!」

「二度は言わぬ」

 皇帝に収められ、皇子はシュンとなりながら黙って席につき直す。

「こほん……今回休戦協定に当たり双方の要望などを仰って頂ければ幸いです」

 空気を戻すように咳払いをした大公さんは、話を進め直す。

「まずはボースハイト王国から、要望をどうぞ」

「私達の要望は、アルプトラウム帝国との即時休戦。何なら、不可侵条約を結びたく思っております」

 国王様の代わりに宰相さんが提案したのは休戦より上の不可侵条約。
 互いに侵略行為を行わないってやつだったっけ?
 私はあんまり物知らずだから、難しいことはよく分からないけど。

「およそ六年にも及ぶ戦争……互いの国力も落ちていましょう。お互いに武器を捨ててはいかがですかな? これ以上の悲劇を生むことは止めませぬか? 私達からは――以上です」

 そっか。
 不可侵条約というハードルの高いことを提案することで、休戦条約のハードルを下げて飲ませようとしてるんだ。
 それなら、まぁいっかってなっちゃうかもしれないもんね。

「……では、次はアルプトラウム帝国の要望をどうぞ」

 大公様が緊張した面持ちで皇帝に問いかける。
 会議室は静寂に包まれた。

 宰相さんの意見を……不可侵条約を飲んでくれたらいいのに。
 こんな戦争、誰も望んでないよ。
 戦争が終わればアリアも私達も……皆幸せに暮らせるのに。

「こちらが戦闘を停止するための要求はただ一つよ」

 アルプトラウム帝国の皇帝が口を開く。
 それは――。


「ボースハイト王国は武装解除をし、属国となれ」


 私達にとってありえない要望だった。
 戦争が終わるんじゃないかって、淡い期待を抱いていた私の希望はへし折られる。

 属国になったら……どうなるの?
 帝国の奴隷みたいになって、また違う国を攻めるために戦争するってこと……?
 そんなの、ありえないよ!!

「それでは……降伏と変わらぬではないか!? そんなこと出来るはずがない!!」

 宰相さんも私と同じ気持ちだったのか、真っ向から否定するために立ち上がる。
 そんな宰相さんの姿を見て、皇帝の目が鋭さを増した。

「先程から思っていたが貴様ら。アルプトラウム帝国の皇帝を前にして……」

 そして私達の方へと、手をかざし――。


「頭が高いわ」


 魔法を放った。

「……ぐっ……!?」
「何さ、これ……!?」
「体が……重い!?」

 私達の周囲を円形状に包もうとする何かを、マナが見えてた私と、何かを感じたであろうロランは、【瞬歩】を使って前に出ることで躱す。

 でも、王様、宰相さん、そして冥土隊の他の皆が巻き込まれ、重たい重りを付けられたかのように、皇帝の発言通り跪かされた。

 そこからの展開は、早かった。

 まず、アッシュが透明になって隠れていたやつから武器を受け取り、【瞬歩】を使ってロランとすれ違って長いテーブルの上から――。

 王様と宰相さんの首を刎ねる。

 王様と宰相さんの首が宙を舞う一方で、アッシュとすれ違ったロランは、何が起きてるか分からず無防備の皇子の心臓を闘気を込めた貫手で刺した。

「かっ……」

 私は皇子の微かな悲鳴を横目にしながらテーブルを駆け抜け、透明になってるヤツの顔面に闘気を纏った全力の拳をお見舞いする。

「ぎょぇ!?」

 透明になったヤツを壁に埋まる程に叩きつけると、カエルが潰れた時のような声を上げながらギョロ目を白目に変えて、抱えた仲間の武器をばら撒きながら、気絶した姿を現した。

 私がロランとアッシュの方を振り向くと、ロランは皇子を刺し殺した手を引き抜き、次は皇帝を貫こうとしている。

 ロランの素早い貫手を皇帝は素手で受け止めた。

「カニバル、やれ」

「おじさん、頑張っちゃお。魔技【アースクラック】」

 震帝カニバルが軽くジャンプし、床に足をつけた瞬間――大地を揺らすかのような震動が起き、城が真っ二つに割れる。

 私達がいたのは城の三階。
 落下し崩れる瓦礫の中、ベラがエマの影から出てきて、皆に向けて武器を投げ渡す。
 対して帝国軍はギョロ目の人が落とした武器を空中で拾っていった。

 それぞれが城から崩れるのに巻き込まれないよう、瓦礫を利用して跳んでバラバラに散る。


 ロランの予想通り、戦闘になった。
 ただし、仕掛けてきたのは帝国から。
 もちろん心構えはしていたけど、戦争が終わるかもしれないという淡い期待を抱いてしまった私は……馬鹿だ。


 シュラハト城内が崩れ去り、私の目の前に居たのは――。

「貴様の相手は我のようだな、ヒメナ」

 炎帝アッシュ・フラムだった。