私はアンゴワス公国に行くまでの間に、冥土隊で闘気を纏える、ルーナ、エマ、ベラ、ブレアに【瞬歩】を教えることにした。

 【衝波】の方が教えやすいんだけど、戦闘の運用性に関しては【瞬歩】は必要不可欠に近いからだ。

「えっと……まず、マナ制御で足にマナを集めて闘気に変えるの。それと同時に蹴り出せばいいんだよ。なんて言うか、バーンって感じ」

「中々上手くいかないわぁ」

 ベラは中々苦戦しているようだ。
 そんな中、エマとルーナは幼い頃から闘気を使い慣れていることもあり、一週間の間で【瞬歩】を稀に扱えるようになっていた。

「難しいさね」

「だけど、この闘技は確かに必要不可欠ね」

 一方――ブレアは……。

「お前に教わる!? 冗談じゃないぜ!! 魔法も使えねぇ格下に教わって何になるってんだ!!」

 とか言って、私が【瞬歩】を教える提案をしたら訓練所を後にした。
 私に教わるのが嫌だったみたいで、後でこっそりエマに教わってたみたいだけど。
 何なんだろう、ブレアのやつ。
 一緒にやった方が効率いいのにさ。

 何にせよ、【瞬歩】の習得は必須だ。
 【瞬歩】を使える相手を敵にした時、反応出来たとしても速度で負けちゃうもん。

 こうして、私達は連日代わる代わるでアリアの護衛に付き、訓練を続けた。


 ――明日が出発の日、エマは上手く瞬歩を扱えないことに、ため息をつく。

「【瞬歩】は結局修得するまでには至らなかったね。まったく、面倒さね」

「そりゃそうだよ。簡単に修得出来るなら皆使えてるもん」

 私だって闘技一つ一つ習得するのに苦労したんだもん。
 簡単に使われちゃったら自信なくしちゃうよ。

「けどぉ、アッシュは使ってたんでしょぉ?」

 全く上手くいかず、マナ制御を何度も繰り返して精神的に疲れ果てたベラが休憩しながら聞いてきた。

「うん、ロランもカニバルも使うよ。多分あのクラスになると皆使えるんだと思う」

 モルテさんも使ってたし、騎士団長や四帝級になると闘技も使えて、魔法も持ってるんだろうな。
 凄く厄介だ。

「…………」

 カニバルの名を聞いて、ルーナは押し黙る。

「ルーナ……」

 未だにルーナは肉を食べられず、野菜が主食だ。
 カニバルがララを殺したことが、ルーナの中でトラウマとなっているからだろう。

 そんなカニバルと六年程ぶりに相まみえるかもしれない。
 ルーナは動揺と恐怖を抑えるかのように、【瞬歩】の訓練に没頭し始めた。

 私もルーナとエマとベラが【瞬歩】の訓練をする間に、マナ制御をするために瞑想をする。

 私だってルーナと同じだ。
 決着をつけないといけない相手がいる。

「アッシュ・フラム……次は逃がさない」

 ロランが言うには、間違いなく戦闘になる。
 二週間が経過し、私達はそれぞれの想いを馳せて、王都をして出発してアンゴワス公国へと向かった――。


*****


 会談に国王様が帝国側に指定した場所に、私達は二週間かけて着いた。
 アリアとフローラ、副団長のフェデルタさんは王都でお留守番だ。

 アルプトラウム帝国とボースハイト王国の隣にある、アンゴワス公国のシュラハトという城郭都市だ。
 シュラハトは栄えており、王都程とまではいかないまでも賑わっている。

「いやはや、お待ちしておりましたぞ。ボースハイト王国、グロリアス・ボースハイト国王」

 茶色い馬に乗った禿げたおじさんが、護衛を数人引き連れ、シュラハトの門前で待っていた。
 豪勢な格好してるし、多分この国のお偉いさんなんだろうなぁ。

「大公殿はいずこへ?」

「会談の場、シュラハト城にてお待ちしております。ご案内させて頂いても?」

「お願い致す」

 禿げたおじさんに着いて行き、私達の馬車も動く。
 商店街を通るも、皆道を開けておじさんに対して跪いていた。

 国王様が移動するから護衛の数も多くて馬車は二十台程に及ぶ。
 商店街にいた人に長い間頭を下げさせちゃって、何か申し訳ないなぁ。

 商店街からパイを焼く香ばしい匂いがしてきて、私はジャンティのことを思い出すと、自然と記憶が繋がりアップルパイが好きだったポワンのことも連想した。

 私が会談の席で、敵の護衛で最もいて欲しくないのはポワンだ。
 相対したとしても勝てるビジョンがまるで見えない。
 ポワンは気まぐれだからいない可能性は高いから、いないことを祈るしかないんだけどね。

 しばらく馬車に乗ってシュラハト城の裏門に着くと、禿げたおじさんが馬を止めて私達の馬車を制止する。

「城内に入れるのはグロリアス・ボースハイト王ともう一人、後は護衛の五人を含めた七人となります。武器はあらかじめ置いていってください」

「分かり申した。ロラン!」

「はっ」

 馬に乗っていたロランは、王様に声を掛けられると私達の馬車に近づき、覗き込んできた。

「ベラちゃん、君はここから誰かの影に入るんだ。皆から武器を預かって。一応会談だから、武器を持ったまま入るわけには行かないからね」

「はいはぁい」

「ちぇっ! 最悪素手でやり合うってのかよ!!」

 ロランはレイピアを、ルーナは大剣を、エマは槍を、ブレアも渋々ではあったけど、それぞれベラに預ける。
 そしてベラは、ロランの指示通りエマの影へと入り、姿を消した。

 なる程、それで六人だったんだ。
 側から見てもこれなら五人だもんね。
 ベラの魔法は色んなことが出来て凄いや。

 王様、宰相さん、ロラン、私、ルーナ、ブレア、エマ、そしてエマの影に隠れたベラが門を通り、侍女の人達に武器を持っていないか身体検査を受ける。

「えっと、これは……」

 左手のルグレから受け継いだ手甲はともかく、右腕の禍々しい義手を見て侍女さんは、武器か測りかねていた。

「義手だよっ! ほら!!」

「ひっ」

 私は義手を外して、侍女さんに見せる。
 急に右腕を外したからびっくりさせちゃった。

「……分かりました。大丈夫だと思います……多分」

 ドン引きしている侍女さんに許可をもらい、私は義手をつけたまま城内に入ることができた。
 私に関しては、これで何の憂いもない。
 他の皆がベラが影から出て来て渡すまで、武器を持っていないのが心配だけど。

 会談の席、会議室らしき所についた私達。
 長いテーブルと高価そうな椅子が容易されている中、王様と宰相さんは席に座り、ロランを始めとした私達はその背後に立つ。

 後は帝国軍を待つだけだ。
 皇帝の護衛に誰が来るのか、私はただそれだけを考えていた。