孤児院から離れた私達は、帝国軍が通る可能性がある街道を避け、山や森の獣道を通って、ルーナが持つ地図を見ながら王都へと向かっている。
 山や森には魔物がいる危険はあるけど、帝国軍と居合わせた方がよっぽど危険だからだ。

 母親であるエミリー先生を失い、孤児院という家を失った私達の足取りは――重い。

「……ルーナお姉ちゃん……これから……どうするの……? メラニー達は……どこまで行くの……?」

 長い黒髪が色白の顔を覆い、ほんの少し見える口元からボソボソと話すのは、メラニー。
 多分私より年下だけど、マイナス思考でネガティブ。
 誰よりも身長が高いのに、猫背でいつも人の後ろに隠れるんだ。

「あらあら、メラニーちゃんは相変わらず甘えん坊ねぇ。だけどそれは私も気になってたわぁ」

 勇気を出して自分の意見を言ったメラニーに、盾のように扱われているのは、ベラ。
 スタイルが良くておっぱいもおっきくて、とっても大人っぽい。
 ウェーブがかった緑色の髪が大人っぽさを際立たせてる。

 メラニーとベラに聞かれたルーナは、地図を持ちながら自信なさげに自分の考えを話す。

「……アリアから聞いたエミリー先生の言葉を守って王都へ行くつもり。そこでどうすればいいかはわからないけど……王国と帝国が戦争になるなら都市部にいた方が安全だから、エミリー先生は言ったんだろうし……」

「たははーっ! その方がいいよっ! 王都なら人も支援物資も集まるだろうしねっ!!」

「そう……だよね……うん、大丈夫だよね……」

 フローラはルーナの考えを後押しするかのように同意する。

 異常事態のせいか、いつものルーナとは違う。
 自信がなくてハキハキしてない。
 自分の選択が正しいか分からないから、どうしようってなっちゃってるんだ……。

「ま、面倒だしそれでいいっしょ。どうにかなるさ」

「まったく……あなたは気楽そうね、エマ」

 赤髪を括った頭の後ろで腕を組んでいるのは、エマ。
 飄々としてて掴みどころがないけど、誰かに何かあった時や困った時に、いつも手を差し伸べてくれて、実は優しいんだ。

「マイナスに考えてもしゃーないでしょ。何事も蓋開けなきゃわかんないさ」

「そう……ね」

 ベラは、もし何かあってもルーナは悪くない。
 そう言いたいみたい。
 まとめ役をしてくれてるルーナの背中を押してあげてるんだ。

「はぁ……はぁ……」

 私は皆の後ろをただ歩いているだけなのに、身体が熱くて足も重い。
 皆から少し遅れちゃってるや……。

「ヒメナ……本当に大丈夫……?」

「大丈夫、大……じょぶ……ぉろ……?」

 何でだろ……。
 何か頭がクラクラして、体もフラフラする……。

「ヒメナ!!」

「……ぁはは……大丈夫だって……アリア……」

 ほぇ……?
 アリアが何人もいる……?
 それに目がぼやけて……。

「!! ルーナ、大変!! ヒメナがっ……!!」

 倒れそうになった私を支えたアリアは、ルーナを慌てて呼ぶ。
 ルーナは急いで、私を抱くアリアの所へと駆け付けてくれた。

「凄い熱……やっぱり傷の影響かしら……? ヒメナの熱が下がるまで休みたいけど……でも、ここに長くいたら帝国が……」

「こんだけ孤児院から離れたら大丈夫っしょ。ウチも早朝からずっと歩きっぱで疲れたし、休んどこ。もう陽も落ちるし、野宿しよーよ」

 エマが首で促すと、ルーナは周りを見渡す。

 皆、徒歩での移動で疲弊していた。
 年長組とは違い、年少組は体力がない。
 私達より年下もいて、最年少の子は五歳だ。

「……それもそうね……何やってたんだろう……私……」

 自身が冷静でなかったことに気付いたルーナは、肩を落として顔を覆う。

「まっ、余り肩肘張って無理しなさんな」

 エマはそんなルーナの肩をポンポンと叩いた後、木陰で休む私とアリアの元に来る。

「エマ……ありがとう」

「んん? ウチ何かしたっけか?」

 アリアのお礼を知らんぷりしたエマは、冷や汗をかいた私の頭を優しく撫でてくれた。


*****


 夕方となり、休めそうな小さい洞窟を見つけた孤児達は、野営の準備を始める。
 そんな中、エマはフローラを連れ出していた。

「フローラ、ヒメナは治るのかい? 考えたくはないけど……ヒメナのヤツ……」

「多分今夜が山だねーっ! かなりの高熱が出てるし!!」

「……そっか」

「きっと大丈夫!! ヒメナはしぶといもんっ!!」

「……ったく、面倒なことになったね」

 エマがヒメナの心配をしている中、ヒメナは洞窟内でアリアの膝枕の上でうなされていた。

 見ている悪夢は――エミリーの死に際。
 ヒメナの脳内に呪いのように炎で焼き付けられた、エミリーの死。
 ヒメナはどうしようもない高熱と悪夢と闘い、涙を流していた。

「……先生……エミリー先生……」

「ヒメナ……」

 アリアはそんなヒメナを見て、エミリーの死に際何も出来なかった自分、そして今ヒメナが苦しんでいるのに何も出来ない自分を責めていた。

「先生……私は何が出来るの……? エミリー先生ならどうするの……?」

 答えてくれるものはいない――。

「歌えよ」

「え?」

 そう思ったアリアの目の前には、ブレアが腕を組み立っていた。
 独りごとに返答があることにも驚いたが、それがヒメナといつも喧嘩をしているブレアだったことが意外で、アリアは固まってしまう。

 ブレアはそんなアリアを意に介さず、うなされるヒメナをせつない目で見降ろした。

「ヒメナはお前の歌好きだろ? 聞かせてやれよ、バーカ」

 振り返り、三つ編みの髪を揺らしたブレアは、そのまま洞窟外へと歩いて行った。

「ヒメナ……」

 自分に出来ること、ヒメナが好きなこと。
 アリアが唯一ヒメナのために出来ることは、ヒメナのために歌うことだけだった。

 アリアは歌う。
 ヒメナを想って、ヒメナだけのために。
 アリアの歌が響く洞窟内は、大量のマナで満ち始める。

「アリア……?」

 洞窟内の歌声に気付き洞窟外から覗いたルーナ達に構わず、アリアはヒメナのために歌い続けた。
 優しいマナに包まれるヒメナは、遠い意識の中でアリアの歌を聴いていた。


*****


 翌日――。

「……ほ……ぇ……」

 早朝に起きた私は、体を起こす。
 後ろを見ると、アリアが壁にもたれ掛かって寝ていた。
 疲れていたのか、スースーと良く眠っている。

 どうやら私はアリアの膝枕で寝てたみたい。
 くっ……何でそんなおいしいシチュエーションを覚えてないの!?

 私は後悔の念と共に再びアリアの膝枕の上に寝転がり、アリアの太ももの感触を存分に楽しむ。
 ぐへへ……。

「って……体軽っ!!」

 体を動かして気付いたけど、昨日とは全然違う。
 頭もクラクラしないし、体もフラフラしない。
 何でだろう……いっぱい寝たから?

 私はあまりの昨日との体の調子の違いに、フローラが巻いてくれた包帯を解き、傷跡を確認した。

「ほぇ? 傷が塞がってる……? それに熱も……ない?」

 こんな大きな怪我をしたのは初めてだからわからないけど、一晩で傷が塞がるなんて……こんなこと、ありえるの?

「洞窟内に満ちているマナ……これは大気に流れるマナだけじゃない……アリアのマナ……」

 アリアは昨日、確かに歌っていた。
 多分、私だけのために……ずっと、ずっと……。


『強くなれ、ヒメナ。アリアだけは何に代えても守るんだ』


 右腕の傷跡とアリアを見て、エミリー先生が最期に残した言葉を私は思い出した。