巨体の黒竜セイブルに乗ってヒメナ達から退いたレインは、王都の上空を飛ぶ飛竜の上に乗るルシェルシュの元へと戻っていた。

「申し訳ありませぬ……ルシェルシュ様。歌姫の捕獲に失敗してしまい――」

 ルシェルシュはレインが謝罪する前に、自身が乗る飛竜からセイブルの背に飛び移り、レインの首を強く絞める。

「……ぉぼ……何……を……」

「捕獲に失敗してしまい? それでなーに? ブレスで殺そうとしてたでしょー? 僕は無傷で捕獲しろって言ったよねー?」

「……皇帝陛下……の命で……」

「君は僕の部下でしょー? 僕の言うことを聞かないとー」

「……申し訳……ありませぬ……」

 ようやく首から手を離した、ルシェルシュは倒れ込んで咳き込むレインに言い放つ。

「別に君が生きてたって死んでたって僕にとってはどっちでもいいんだよー? ただ、歌姫は僕のもので絶対殺しちゃダメってだけ、わかるー?」

 レインははるか年下のルシェルシュに自身の頭を、まるで子供を諭すように撫でられ、ただただ怯え――。

「御意……!!」

 逆らう訳にはいかないと悟った。


*****


 私達だけが例外ではなく、城郭都市で高い壁に囲まれているはずの王都全体が百を超える飛竜に襲われていた。
 国民が飛竜から悲痛の叫びを上げて逃げる中――白犬騎士団、およそ百人は王都の最も広い広場で隊列をなし、王都を襲う飛竜と対峙していた。

「遠距離部隊、攻撃の準備をするのであーる!!」

 隊列後方の遠距離魔法を得意とする部隊は、飛竜に向け様々な武器を構える。

「放つのであーる!!」

 アールの指示と同時に、まるで虹のように様々な色の魔法が上空へ向けて飛んでいった。
 あまりの魔法の数に数匹の飛龍は躱しきれずに直撃を受け、地へと落下する。

「近距離部隊、墜ちた飛竜に攻撃するのであーる!!」

 アールの指示通りに、闘気も纏った前衛部隊が地面に落ちた飛竜に飛び付き、とどめを刺していった。

「ぬはははは!! やはり、戦場は個より全の力!! 分かったか、赤鳥の!?」

「へーへー、マジでうるせぇワン公だな」

 モルテの魔法は【不死】。故にマナが尽きない限りは死なない体ではあるが、ヒメナと同じく闘気や闘技で闘うしかなく、遠距離攻撃を持たない。

「ったくよー、飛んでんのがウザったらしくてしゃあねぇや。今日は模擬戦でヒメナに十回は殺されたから、いつもよりかは死ねねぇしよ。ヒメナも相当闘技連発してたけど大丈夫か、あいつ」

 無防備に建物の屋根に乗っているモルテに気付いた飛竜が、ヒメナを心配していたモルテの頭から齧り付いて下半身だけを残して丸呑みにする。

 モルテを丸呑みにした飛竜は次なる獲物を探そうとした時――。

「臭ぇ!!」

 下半身を既に飛竜の体内で再生させていたモルテは、よだれや胃液でべとべとになりながら飛竜の腹を剣で無理矢理こじ開けて出てきた。
 腹を裂かれ、内臓を巻き散らして絶命した飛竜はモルテと共に地面へと落下して着地する。

「飛んでるのがしゃら臭ぇ! 自分餌にして殺るしかねぇじゃねぇか!!」

「臭いとしゃら臭い、団長もナーメに釣られてギャグセンス上がりましたね」

 モルテの元にやって来たのは赤鳥騎士団副団長のシャルジュ。
 その巨体は返り血を浴びており、飛竜を何体か討伐したことが予想される。

「シャルジュ、何体やったよ?」

 シャルジュは少し考え、手を広げて指を一つ二つとゆっくり折り曲げる。
 モルテとシャルジュは手足の指の数までしか、数字を数えられないためだ。

「二体だけですね」

「くっそ、負けてるじゃねぇか。ったくよー、クソめんどくせぇ敵だよ。人間だったら楽なのによ」

「ですね」

 悪態をつく二人の前に、突如一匹の飛竜が降り立つ。

「ウガアアァァ!!」

 牽制するかの様に二人に向けて吠える飛竜を見て、モルテはニヤつく。

「こうやって向こうから来てくれたら楽なんだけどよ」

「確かに」

 シャルジュもポーカーフェイスのため無表情だが、内心喜んでいるようにも見えた。


*****


 私とベラが王都の街に出ると、王都の人達が阿鼻叫喚と飛竜から逃げるために走っており、街はいたる所が破壊されていた。

「いやああぁぁ!!」

 目の前で母子が飛竜に襲われ、悲鳴をあげる。
 まずい……あのままじゃ!!

 私は闘気を纏い、宙へと舞う。
 地に着く飛竜の上まで飛んだ私は、空中を前回りに回転しながら飛竜の首を目掛けて【闘技】を放った。

【断絶脚】

 飛竜の首を目掛けて放ったかかと落としは、飛竜の首を断ち切り、はね飛ばした。

「大丈夫!?」 

 私が母子の方を振り向くと、母子はどちらも怯えて震えているが、無傷そうだ。

「は……はい……助かりました……」

 母親が呆然としながら反応していると、子供が私のメイド服の裾を引っ張って来た。

「ありがとう、お姉ちゃん」

 死んだララと同じ年齢くらいだろうか。
 笑顔で心から感謝しているように見える。
 良かった……助けられて……。

「二人共、早く避難して!!」

「ここはぁ、戦場になるわよぉ」

 私とベラが退避するよう促すと、母子は一礼してその場から去って行った。

「助けれて良かったわねぇ、ヒメナぁ」

「うんっ!!」

 そんな混乱する王都の街中を走っていると、紫狼騎士団やブレアとエマが飛竜と交戦しているのを見つける。

「おらぁ!! 魔技【アイススパイク】!!」

 ブレアは【氷結】の魔法で自身の周りに氷を四つほど空中に浮かし、魔法具の金槌で空を飛ぶ飛竜に向けて氷を打ち込んだ。
 打ち込まれた氷はつららの形状となり、飛竜の翼を貫く。

「よっしゃ! ようやく落としたぜ!!」

 ブレアが翼を貫き落とした飛竜に向け突貫していくと、横から赤色のメイド服を翻したエマが飛竜の口内に向けて槍を突き刺し――飛竜の頭を内側から爆発させた。

「エマ! お前あたいの獲物を奪ってんじゃねーよ!!」

「別に手柄取り合ってる訳じゃ無いんだからさ。ウチは空中への遠距離攻撃を持ってないから、ブレアに撃ち落としてもらってウチが止めを刺したほうが効率が良いっしょ?」

 ブレアのやつ、絶命させた飛竜の傍らにいるエマに、獲物を取られて怒ってら。

「エマ、ブレア!!」

 私はそんな二人に声をかけ、どうするか話し合い始める。
 アリアにはルーナが付いていること、アリアの想いを守るために私とベラが駆けつけたことをまずは話した。

「王都ってどこか国民の人達を避難させれる場所ってないの!? これじゃ色んな人達を巻き込んじゃってまともに闘えないよ!」

「放っとけ、別に仲間でもねぇ国民なんか! 自分の身も守れねぇ程弱いのが悪ぃんだ!!」

 ブレアは本当に自分が仲間と思っている人間以外には薄情だ。
 昔から変わらないなぁ……。
 だけどアリアの願いを無下にする訳にはいかない。

「確かに……今のままだと闘う時に迂闊な動きをすれば、それだけ被害が出かねないさね。王都の人達をどこかにまとめて守る必要がある」

「あらあら、まぁまぁ。どうしましょう。皆混乱してるから大変そうよぉ」

 私の判断にエマは同意してくれたけど、ベラの言う通りだ。
 
 これだけ飛散している人達をひとつにまとめて守るなんて、それなりの強さを持った人が多く必要だ。
 私達四人だけじゃ絶対にできないよ……。
 そう思った、そんな時――。

「その任、我々が承るであーる!!」

「ほぇ?」

 私が振り返ると、背後には白犬騎士団団長のアールさんが偉そうに立っていた。
 いや、マナでこっそり壁に隠れてたのは気付いてたけど、声をかけてくるなんて思ってなかったや。

「白犬騎士団団長、アール様。任を承ると言うのはどういった意味でしょう?」

 エマも私と同じ気持ちだったのか、代表してアールさんに問う。

「某の白犬騎士団が国民を保護し、守ると言っているのであーる! ロラン殿の命で其方達、冥土隊は守ろうとしているのであーるだろう!?」

 ……なるほど、アールさんは途中から盗み聞きしてたんだな。

 途中からだから、ロランより上の立場の人が国民を保護するようにロランに頼んで、ロランの命令で私達が国民を守ろうとしているって勘違いしてるんだ。
 そして、自分の点数上げのためにそれを代わってやるってことね。
 モルテさんにワン公って言われる理由が何となく分かってきたや。

 私が不満そうにエマを見ると、エマはにっこりと笑ってアールさんに答える。

「上からの命令で国民達を避難させて守ろうとしているのですが、我々冥土隊は人数が少なくて困っていたんですよ。その任、お任せしてもよろしいでしょうか?」

「うむっ! 某達、白犬騎士団がその任承ったであーる!! 其方達は飛竜を討伐するのであーる!」

 エマに騙され、アールは王都の民達を避難させるために白犬騎士団が待つであろう場所に走り去っていく。

「ほぇ!? ロランからは何も言われてないよ!? アリアから言われたんだってさっき説明したでしょ!?」

「私達はアリアの従者だ。上からの命令には違いないさ」

 ペラペラと嘘をついたエマに私が驚いていると、エマは悪そうな顔でにやりと笑った。
 エマ……恐ろしい子……!!

 だけど、連携力が高く百人近い白犬騎士団は私達の予想より早く、迅速に国民を避難場所と決めた大教会へと導いていく。
 私達がやったらこうはいかないから、エマのしたことは正しかったんだ。

「ちんたらしやがって! あたいはもう行くぞ!!」

 ブレアは近くを飛んでいる飛竜の元に駆けていく。

「じゃぁ、私達もぉ」

「面倒だけどね」

「うん!!」

 ベラとエマと私は、飛竜の元へ駆けて行ったブレアの後ろに続いた――。