飛竜という魔物は――マナに満ちた場所でトカゲなどの爬虫類が魔族化してなるとポワンに聞いたことがある。

 成長した飛竜は、人くらいの大きさでも人を遥かに超える力を持ち、皮膚は鋼鉄より硬く、空も飛び、魔法も扱うモノもいる。
 マナが満ちた場所で大きくなり、数百年生きた飛竜なんかはとんでもない強さを誇るらしい。

 そんな私達より体の大きい茶色の飛竜は大きな口を開け、その口内から私達に向け炎のブレスが放出されようとしていた。

「!!」

 今正にブレスが放出されようとした時、私は回避するためにナーエさんを庇う形で、闘気を纏って王城の廊下の床に向かって伏せる。

 ――だけど、ロランは違った。
 【瞬歩】を使い、窓を割って飛んでいる飛竜の頭に飛び乗り、いつの間にか抜いていたレイピアを、飛竜の炎を吐こうとしている口を閉じるかの様に突き刺していた。

 飛竜の口である炎の出口が閉じられたため、飛竜の炎は体内で暴発し、爆発する。

 煙を吐き、地へと堕ちていく飛竜。
 共に落ちていくロランは既に刺したレイピアを抜き、次の攻撃の準備に入っていた。

「魔技【雷突】」

 紫の電気をまとった刺突は鋼鉄より硬い飛竜の体ごと心臓を貫き、既に虫の息ほどだった息の根を止める。
 立ち上がって窓から覗くと、電撃を受けて焦げた飛竜の死体の上でロランは空を見上げていた。

 ロランのヤツ……やっぱり強い……。
 戦闘力だけじゃなくて、判断力も早い……。
 ナーエさんを庇って避ける判断をした私と違い、被害を出さずに飛竜を瞬殺した。

 ロランが上空を嬉しそうに見上げているため、釣られて私も空を見上げると――。

「何……これ?」

 王都の雲行きが怪しく、今にも雨が降りそうな空には、飛竜の群れが我が物顔で飛んでいた。

 数は数十……?
 いや、ゆうに百は超えてる……!!
 飛竜……魔物があんな数も集まるなんて、あり得ない!!

「だから言ったじゃないですかあぁ!!」

 そう叫んだナーエさんは逃げるかのように、どこかへと走って行った。
 でも……遅っ!
 しかもまたこけてるし!

「ヒメナちゃん、君は歌姫の所へ行っておいで。紫狼騎士団は全員迎撃に入る。【狂戦士の歌】は飛んでいる飛竜相手には効果は薄そうだし必要ないから、君達冥土隊で歌姫を守るんだ」

 ロランに声を掛けられ、ナーエさんの運動音痴ぶりを夢中に見ていた私は我に返る。

「……そうだ、アリア!!」

 アリアは失明している、ナーエさんに教えてもらった私と違って状況も分かってない可能性も高い。
 アッシュはアリアを奪おうとしてた……今回も例外じゃないかもしれない……!!

 私は闘気を纏って急いでアリアの部屋へと向かった――。


 アリアの部屋の前では警備兼監視役の紫狼騎士団の騎士が二人おり、先の飛竜とロランとの戦闘音を聞いて、二人でどうするか相談している様だった。
 つまり、まだアリアの部屋に異変はないと予想できる。

 もしかしたら、アッシュみたいにアリアを攫いに来たんじゃないかって思ったけど、良かった……間に合って。

 そう安心した時――アリアの部屋から窓が割れる音が鳴り響いた。

「どいてっ!!」

 私は走ったままの勢いで騎士の二人をどかし、勢いよくドアを開ける。

「!!」

 広い部屋の窓は破られ、そこからは黒い特大の飛竜がアリアと顔を見合わせており、アリアを庇う様に脇にはルーナとベラが武器を抜いて構えていた。

 飛竜っていうより……神話とかに出てくるドラゴンじゃん!
 マナ量もポワンよりは下だけど……四帝級だ!!

 そんな巨大な黒竜の頭の上には、杖を持ったおじいさんが乗っている。

「ふぉっふぉっ。ワシは死帝ルシェルシュ・オキュルト様の直属の部下、レイン・パペッターじゃ」

 死帝ってことは……四帝の一人の……!?
 四帝の一人が来てるの!?
 でも、このレインってお爺ちゃんはマナ量は私よりも低く、とても強くは見えないけど……。

「歌姫様をどうかこの老いぼれに譲ってくれんかの? 其方らの命は保証するぞい」

「冗談じゃないわ、アリアは渡さない」

「ふぉっふぉっ。さようか、残念じゃわい」

 ルーナがそう答えると、レインが杖でコツンと黒竜の頭を叩く。
 黒竜はアリアの部屋に突っ込んだ顔を引き抜き――。

「尊い若者の命を散らすことになるのはの」

 巨大な腕をアリアを掴むために振りかぶった。

「ヒメナ、ベラ!! アリアを!!」

 ルーナがそう叫んだ瞬間、私は【瞬歩】でアリアの元へと跳び、庇う形で前に出ると、【瞬歩】を使えないベラも遅れてアリアの前へと出てきた。

 一方指示を出したルーナは、アリアを捕えようと腕を突っ込もうとする黒竜に向けて飛び込み、黒竜の腕と交差する形となる。
 ルーナは眼下にある、黒竜の腕に対して大剣を振りがぶった。

 ルーナの闘気じゃ……あの黒竜の体は斬れない!!
 そう考えた私がアリアを抱きかかえ、黒竜の腕から逃れることに専念しようとしていると――。

「魔技【一文字】」

 ルーナは黒竜の腕を切断した。

「グォアアァァ!!」

「「!!」」

 左腕を切断された痛みから、黒竜は大声を上げて鳴き叫ぶ。
 巨体の黒竜の腕をルーナが斬り落とせると思っていなかった、私と敵のレインは驚きを隠せなかった。
 そんな中、切り落とした左腕を利用して、ルーナは私達の元へと跳んで戻ってくる。

 そういえば、ルーナの魔法は【切断】って言ってた……あの黒竜の体がいくら硬かろうが関係ないんだ。

「ぬぅ……!! 手に入らないのであれば、殺すのみじゃ!! やれぃ、セイブルよ!!」

 セイブルと呼ばれた黒竜は巨大な口を開け、ブレスを吐こうと喉元に黒い何かを溜めた。

 私は先のロランと飛竜の闘いを思い出す。
 このまま避けるだけでは、駄目だ……攻める!!

 【瞬歩】を使い、巨体のセイブルのアゴ下へと高速移動した私は、今正にブレスを吐こうとしている黒竜の顎を上に向かい、闘気を纏って全力で蹴り飛ばす。

「ぬぉ!?」

 私の蹴りで首を上と曲げた黒竜セイブル。
 レインはセイブルの頭に乗っていたため、振り落とされそうになり声を上げてしがみつく。

 首を上へと曲げたセイブルは上空に向けて黒い光線のようなブレスを吐き出した。
 強烈なブレスは上空を飛んでいた飛竜を二体程巻き込んで消滅させ、雲を貫き天までの昇る。

 何て威力……!?
 もしあれが私達の方に向けられてたら……。
 王都に撃たれたりなんかしたら……。

 黒竜セイブルの巨体の足元に着地した私とルーナを見て、レインはうろたえていた。

「相性が悪い! 一度引くぞい、セイブル!!」

 私達を脅威と感じたのか、レインはセイブルと共に上空へ飛んで退いていく。

 引いてくれたのはこちらとしても助かるけど……飛ばれたら手が出せない。

「ヒメナ、ベラ。アリアは私が守るから二人は王都の上に飛ぶ飛竜を何とかして。おそらく既に王都には被害が出てるわ」

「ほぇ!? レインの狙いはアリアなんだよ!? それに何でか魔物の飛竜を操ってるし……行けないよ!!」

 確かにルーナの魔法は飛竜と相性が良さそうだけど、一人で守り切れるの?

「私の魔法ならアリアを守りきれると思う。【切断】は飛竜の体もブレスも切れるはずだから」

 でも……それでも、やっぱり心配だよ。
 護衛がルーナ一人だなんて……。

「ヒメナ、ベラ行って」

 話を聞いていたアリアが、私達を促す。

「でも……」

「王都は……戦場から帰ってきた時、いつも暖かく迎えてくれるの。私達スラム街に住んで盗みとか働いてたのに……そんな優しい人達に死んでほしくない」

 アリアは昔と変わらない。
 いつだって優しくて、他人想い。

「お願い、ヒメナ」

 アリアを守るってことは……ただ、アリアを守ればいいのかな?

『強くなれ、ヒメナ。アリアだけは何に代えても守るんだ』

 エミリー先生はそういう意味で言ったんだろうけど、私は違う。

「わかった。ルーナ、アリアをお願い」

「任せて」

「アリア、私行くよ。アリアの守りたいもの守ってくる」

 アリアの想いごと、全部守りたいんだ。

「ヒメナ……ありがとう」

 私とベラはアリアの想いを背に、街に向かって駆け出した――。