「……ナ……て……」
あれ……?
誰かが私を呼んでる……?
「……メナ……起き……」
そんなに呼んでどうしたの……?
起きるってば……。
「ヒメナ!! 起きて!!」
「……ほぇ……」
アリアが私の目の前で私の名前を叫びながら、泣いている。
何か私したっけ?
それとも、またブレアにイジメられたの?
「……アリア……何で……泣いて……るの……?」
「泣くよ!! 泣くに決まってるじゃない!? だって……だって、ヒメナ……右手が……!!」
「……あ……」
そっか……私の右腕……あいつに斬り落とされたんだった……。
そうだ……その後……アッシュと先生が闘って……。
「……アリア……先生……エミリー先生は……?」
「先生は……その……」
アリアが俯いて口淀む。
アッシュは……闘いはどうなったの……?
先生……エミリー先生はどうなったんだろう……?
「ぶえええぇぇ!! 先生ーっ!! エミリー先生ーっ!!」
ブレアが遠くで泣き叫んでる……どうしたんだろう……?
ブレアを泣かすことができるのは、エミリー先生くらいだ……。
先生がブレアに拳骨でもしたのかな……?
「先生!! エミリー先生!!」
「先生……嫌なの……」
「起きてぇ、先生ぃ……」
私は皆が先生を呼ぶ方を見る。
そこでは仰向きに倒れて動かないままの先生の周りを、ブレアを中心に皆が集まって泣いていた。
「……エミリー……先生……?」
――そっか……。
エミリー先生は死んだんだ……。
帝国軍のあいつに……アッシュ・フラムに……私達のお母さんは……殺されたんだ。
*****
アッシュは自らが率いる自軍に戻る為、丘からアンファングの街へと体を引きずりながらも戻っていた。
「ぐぬうぅ……あの老いぼれが……」
アッシュはエミリーの決死の一撃により斬られた目を抑えている。
「腐っても剣帝か……我がこれ程の深手を負うとはな……」
エミリーの命を賭した決死の一撃は、アッシュに深手を負わせた。
故にアッシュは、四帝の一人の頼み事にまで気が回らず、早々に自陣へと退散することを決めたのだ。
失明した左目は光を既に失っており、顔と体がエミリーの斬撃で深く傷つけられている。
そんな体を引きずりながら――アッシュは笑った。
「だがこれでもはや憂いはない……ようやく我が過去の清算も済み、戦争の口火も切れた……」
アッシュの復讐の炎は、止まらない。
現役時、史上最高の四帝の一人と称されたエミリーにすら止められなかったのだから。
「王国の全てを我が炎で燃やし尽くしてくれるわ!! 灰にせねば、我が私怨で燃えた炎……消せはせぬ!!」
エミリーを殺したことで発火したアッシュの炎は、この時昇華する。
自らの過去や未来をも燃やし尽くす――黒炎へと。
*****
「嫌だああぁぁ!! 先生っ!! エミリー先生ーっ!!」
ブレアはずっとエミリー先生の死体を抱きしめながら、泣き叫んでいる。
孤児の皆も、その周りを囲んで泣いていた。
「ブレア、馬鹿言ってないで行くわよ!! 帝国軍はまた来るわ!! 見つかったら私達はあいつらに殺されるか、一生慰みものよ!!」
ブレアをエミリー先生から引きはがそうとしているのは、ルーナ。
黒髪ロングの髪をポニーテールにして結っているルーナは、年長者でいつもしっかりしていて、孤児の私達のまとめ役だ。
言うことを聞かないブレアを怒ってはいるけど、どこか悲しそうだ……。
「ルーナ……ヒメナはあんな怪我してるんだよ? 熱だってあるみたいだし動けないよ……それに、先生のお墓だってまだ……」
「駄目よっ!! そんな暇はない!! 今はここから一刻も早く離れたいの!! アリアは急いで皆を先生から引きはがして!!」
いつもしっかりしてるルーナが涙ぐんでる……。
ルーナも悲しいんだろうけど、我慢してるんだろうな……。
私を心配するアリアの提案を否定したルーナは涙を振り払い、アッシュに斬られて火傷をした右腕を冷やしながら、木陰で休む私の元へやってきた。
「フローラ、ヒメナの手は……大丈夫?」
「んー、多分死にはしないよっ!! 敵の魔法が炎なのが不幸中の幸いだったのかも!! 傷跡が焼けてるから、血も止まってるし!! だけど、しばらくは感染症に気を付けなきゃいけないし、腕が生えてくる訳ないから一生右腕はないだろうねっ!!」
私を看病してくれてるのは、ルーナと同い年位のフローラ。
パーマがかったピンク色の髪をハイツインテールにしているフローラは、いつもニコニコしている。
皆を元気づけてくれるムードメーカーのお姉さんだ。
「そう……ヒメナの応急処置が済んだら、ここを出ましょう」
ルーナは切ない顔で孤児院を見る。
気持ちは……痛いほどわかる。
私達孤児にとって孤児院は家で――エミリー先生は母親だ。
たった一晩で、そんな大切なモノを捨てて出ていくことになるなんて思わなかった。
「ルーナ……私……ここに残るよ……」
「ヒメナ!? 何言ってるの!?」
怪我で熱があってボーとしてても……ううん、あいつにやられた怪我でボーっとしてるからこそ――。
「エミリー先生を殺したあいつは……まだ近くにいる……!! あいつだけは……私が絶対やっつけてやるっ……!!」
この想いだけは抑えられない。
私は闘争心からか、気付けば闘気を纏っていた。
その闘気にルーナは思わず身じろぐ。
アッシュ・フラム……!!
あいつだけは絶対に許せない……!!
「ヒメナーっ、頭冷やしなーっ!」
フローラに文字通り、私の腕の傷口を冷やしていた水を、頭からぶっかけられた。
冷たっ……!!
余りの冷たさに、纏っていた闘気も解けてしまう。
「……そうよ、ヒメナ。相手は軍人なんでしょう……? それに四帝と言ったら、帝国軍を率いる将軍の一人だって聞いたわ。そんな相手に子供のあなたがどうやって勝てると言うの?」
それは……そうだけど……。
「それに怪我で熱も出てるし……右手もないのよ……あなたは……」
ルーナ……わかってるよ……そんなこと……。
でも私だけが見てたんだよ?
先生の最期を……。
なのに私……何も出来なくって……!!
「くっそおおぉぉ!!」
四つん這いになった私は悔しさから、利き腕の右手を振り上げて地面に拳を叩きつけようとしたけど、右肘から先が無いので当然空を切る。
よろめいた体を隣にいたフローラに支えられた。
私の右手はもう生えてなんてこない……。
だったら、私はあいつを一生倒せない……。
「うっ……ぐっ……」
悲しさと情けなさから涙が出てきた。
「うああああぁぁぁぁ!!」
堪えようと思っても、溢れ出てくる。
先生……先生っ……!!
私がもっと強ければ……私が魔法とか使えて助けれたら……!!
エミリー先生は死ななかったかもしれないのに……!!
ルーナは叫ぶ私を見て、困惑しながら頭を抱えた。
「もう……どうしたらいいのよ……エミリー先生……」
「たははーっ、ルーナ! 頑張ろーっ!!」
「何であなたは笑っていられるのよ!?」
ルーナ……凄く怒ってる……。
いつも私達がいけないことをしたら叱るけど、それとは全然違う……。
「私達は孤児……そして全員が女。今まではエミリー先生がいたから、生きる術を知らずとも先生が守ってくれていた良かった。けど……先生はもういない。この意味がわかってるの!?」
ニコニコと笑って聞いていたフローラは一転、真剣な顔つきになる。
「だから、年長組のボク達がしっかりしなきゃいけないんでしょ?」
いつもお気楽に笑っているフローラの、こんな顔は見たことない。
私はいつもと違う二人を見て、唇を噛み締めた。
我慢しているのは私だけじゃないんだ……皆我慢してて……苦しいんだ。
なのに……私は……。
「……ぅぎ……わだじ……ぜんぜいどやぐぞぐじたんだ……」
エミリー先生はアッシュを倒せ、なんて言わなかった。
先生の最期の言葉を聞いたのは私だけなんだから……。
「づよぐなっで……アリアをまもるっで……!! だがらごごをでよう……みんなで……!!」
エミリー先生とした最期の約束。
私は、先生との約束を守るんだ。
守らなきゃいけないんだ。
「……そうだね、ヒメナ」
「たははーっ! ヒメナは強いねっ!!」
ブレアを引き剝がした皆が私達の所までやって来る。
アリアはすぐに私の所に駆け付けて来た。
泣き顔を見られたくなくて、私は直ぐに左手で涙と鼻水を拭う。
「ヒメナ……こんなになって……大丈夫? 痛いよね? 私がヒメナのことおんぶするから、頑張れる?」
アリアは泣きそうな目で、私のことを抱きしめる。
私はそんなアリアの頭を左手で撫でた。
「……泣かないで。私は大丈夫だよ……アリア」
心配しないで。
アリアは私が絶対守るから。
「びええぇぇん!! エミリー先生ーっ!!」
私達孤児総勢九人は、泣き喚くブレアを無理やり引きずりながら、今まで過ごして来た孤児院を逃げるように去った。
あれ……?
誰かが私を呼んでる……?
「……メナ……起き……」
そんなに呼んでどうしたの……?
起きるってば……。
「ヒメナ!! 起きて!!」
「……ほぇ……」
アリアが私の目の前で私の名前を叫びながら、泣いている。
何か私したっけ?
それとも、またブレアにイジメられたの?
「……アリア……何で……泣いて……るの……?」
「泣くよ!! 泣くに決まってるじゃない!? だって……だって、ヒメナ……右手が……!!」
「……あ……」
そっか……私の右腕……あいつに斬り落とされたんだった……。
そうだ……その後……アッシュと先生が闘って……。
「……アリア……先生……エミリー先生は……?」
「先生は……その……」
アリアが俯いて口淀む。
アッシュは……闘いはどうなったの……?
先生……エミリー先生はどうなったんだろう……?
「ぶえええぇぇ!! 先生ーっ!! エミリー先生ーっ!!」
ブレアが遠くで泣き叫んでる……どうしたんだろう……?
ブレアを泣かすことができるのは、エミリー先生くらいだ……。
先生がブレアに拳骨でもしたのかな……?
「先生!! エミリー先生!!」
「先生……嫌なの……」
「起きてぇ、先生ぃ……」
私は皆が先生を呼ぶ方を見る。
そこでは仰向きに倒れて動かないままの先生の周りを、ブレアを中心に皆が集まって泣いていた。
「……エミリー……先生……?」
――そっか……。
エミリー先生は死んだんだ……。
帝国軍のあいつに……アッシュ・フラムに……私達のお母さんは……殺されたんだ。
*****
アッシュは自らが率いる自軍に戻る為、丘からアンファングの街へと体を引きずりながらも戻っていた。
「ぐぬうぅ……あの老いぼれが……」
アッシュはエミリーの決死の一撃により斬られた目を抑えている。
「腐っても剣帝か……我がこれ程の深手を負うとはな……」
エミリーの命を賭した決死の一撃は、アッシュに深手を負わせた。
故にアッシュは、四帝の一人の頼み事にまで気が回らず、早々に自陣へと退散することを決めたのだ。
失明した左目は光を既に失っており、顔と体がエミリーの斬撃で深く傷つけられている。
そんな体を引きずりながら――アッシュは笑った。
「だがこれでもはや憂いはない……ようやく我が過去の清算も済み、戦争の口火も切れた……」
アッシュの復讐の炎は、止まらない。
現役時、史上最高の四帝の一人と称されたエミリーにすら止められなかったのだから。
「王国の全てを我が炎で燃やし尽くしてくれるわ!! 灰にせねば、我が私怨で燃えた炎……消せはせぬ!!」
エミリーを殺したことで発火したアッシュの炎は、この時昇華する。
自らの過去や未来をも燃やし尽くす――黒炎へと。
*****
「嫌だああぁぁ!! 先生っ!! エミリー先生ーっ!!」
ブレアはずっとエミリー先生の死体を抱きしめながら、泣き叫んでいる。
孤児の皆も、その周りを囲んで泣いていた。
「ブレア、馬鹿言ってないで行くわよ!! 帝国軍はまた来るわ!! 見つかったら私達はあいつらに殺されるか、一生慰みものよ!!」
ブレアをエミリー先生から引きはがそうとしているのは、ルーナ。
黒髪ロングの髪をポニーテールにして結っているルーナは、年長者でいつもしっかりしていて、孤児の私達のまとめ役だ。
言うことを聞かないブレアを怒ってはいるけど、どこか悲しそうだ……。
「ルーナ……ヒメナはあんな怪我してるんだよ? 熱だってあるみたいだし動けないよ……それに、先生のお墓だってまだ……」
「駄目よっ!! そんな暇はない!! 今はここから一刻も早く離れたいの!! アリアは急いで皆を先生から引きはがして!!」
いつもしっかりしてるルーナが涙ぐんでる……。
ルーナも悲しいんだろうけど、我慢してるんだろうな……。
私を心配するアリアの提案を否定したルーナは涙を振り払い、アッシュに斬られて火傷をした右腕を冷やしながら、木陰で休む私の元へやってきた。
「フローラ、ヒメナの手は……大丈夫?」
「んー、多分死にはしないよっ!! 敵の魔法が炎なのが不幸中の幸いだったのかも!! 傷跡が焼けてるから、血も止まってるし!! だけど、しばらくは感染症に気を付けなきゃいけないし、腕が生えてくる訳ないから一生右腕はないだろうねっ!!」
私を看病してくれてるのは、ルーナと同い年位のフローラ。
パーマがかったピンク色の髪をハイツインテールにしているフローラは、いつもニコニコしている。
皆を元気づけてくれるムードメーカーのお姉さんだ。
「そう……ヒメナの応急処置が済んだら、ここを出ましょう」
ルーナは切ない顔で孤児院を見る。
気持ちは……痛いほどわかる。
私達孤児にとって孤児院は家で――エミリー先生は母親だ。
たった一晩で、そんな大切なモノを捨てて出ていくことになるなんて思わなかった。
「ルーナ……私……ここに残るよ……」
「ヒメナ!? 何言ってるの!?」
怪我で熱があってボーとしてても……ううん、あいつにやられた怪我でボーっとしてるからこそ――。
「エミリー先生を殺したあいつは……まだ近くにいる……!! あいつだけは……私が絶対やっつけてやるっ……!!」
この想いだけは抑えられない。
私は闘争心からか、気付けば闘気を纏っていた。
その闘気にルーナは思わず身じろぐ。
アッシュ・フラム……!!
あいつだけは絶対に許せない……!!
「ヒメナーっ、頭冷やしなーっ!」
フローラに文字通り、私の腕の傷口を冷やしていた水を、頭からぶっかけられた。
冷たっ……!!
余りの冷たさに、纏っていた闘気も解けてしまう。
「……そうよ、ヒメナ。相手は軍人なんでしょう……? それに四帝と言ったら、帝国軍を率いる将軍の一人だって聞いたわ。そんな相手に子供のあなたがどうやって勝てると言うの?」
それは……そうだけど……。
「それに怪我で熱も出てるし……右手もないのよ……あなたは……」
ルーナ……わかってるよ……そんなこと……。
でも私だけが見てたんだよ?
先生の最期を……。
なのに私……何も出来なくって……!!
「くっそおおぉぉ!!」
四つん這いになった私は悔しさから、利き腕の右手を振り上げて地面に拳を叩きつけようとしたけど、右肘から先が無いので当然空を切る。
よろめいた体を隣にいたフローラに支えられた。
私の右手はもう生えてなんてこない……。
だったら、私はあいつを一生倒せない……。
「うっ……ぐっ……」
悲しさと情けなさから涙が出てきた。
「うああああぁぁぁぁ!!」
堪えようと思っても、溢れ出てくる。
先生……先生っ……!!
私がもっと強ければ……私が魔法とか使えて助けれたら……!!
エミリー先生は死ななかったかもしれないのに……!!
ルーナは叫ぶ私を見て、困惑しながら頭を抱えた。
「もう……どうしたらいいのよ……エミリー先生……」
「たははーっ、ルーナ! 頑張ろーっ!!」
「何であなたは笑っていられるのよ!?」
ルーナ……凄く怒ってる……。
いつも私達がいけないことをしたら叱るけど、それとは全然違う……。
「私達は孤児……そして全員が女。今まではエミリー先生がいたから、生きる術を知らずとも先生が守ってくれていた良かった。けど……先生はもういない。この意味がわかってるの!?」
ニコニコと笑って聞いていたフローラは一転、真剣な顔つきになる。
「だから、年長組のボク達がしっかりしなきゃいけないんでしょ?」
いつもお気楽に笑っているフローラの、こんな顔は見たことない。
私はいつもと違う二人を見て、唇を噛み締めた。
我慢しているのは私だけじゃないんだ……皆我慢してて……苦しいんだ。
なのに……私は……。
「……ぅぎ……わだじ……ぜんぜいどやぐぞぐじたんだ……」
エミリー先生はアッシュを倒せ、なんて言わなかった。
先生の最期の言葉を聞いたのは私だけなんだから……。
「づよぐなっで……アリアをまもるっで……!! だがらごごをでよう……みんなで……!!」
エミリー先生とした最期の約束。
私は、先生との約束を守るんだ。
守らなきゃいけないんだ。
「……そうだね、ヒメナ」
「たははーっ! ヒメナは強いねっ!!」
ブレアを引き剝がした皆が私達の所までやって来る。
アリアはすぐに私の所に駆け付けて来た。
泣き顔を見られたくなくて、私は直ぐに左手で涙と鼻水を拭う。
「ヒメナ……こんなになって……大丈夫? 痛いよね? 私がヒメナのことおんぶするから、頑張れる?」
アリアは泣きそうな目で、私のことを抱きしめる。
私はそんなアリアの頭を左手で撫でた。
「……泣かないで。私は大丈夫だよ……アリア」
心配しないで。
アリアは私が絶対守るから。
「びええぇぇん!! エミリー先生ーっ!!」
私達孤児総勢九人は、泣き喚くブレアを無理やり引きずりながら、今まで過ごして来た孤児院を逃げるように去った。