リユニオンの市街地での戦闘が激化している中、アッシュ率いる別働隊は歌魔法の発信源へと近づいて行く。
 闘気を纏い、屋根をつたって、最速でアリア達に近付いていた。

 当然その闘気の大きさにフェデルタを始め、冥土隊の面々も気付く。

「やはり、いましたか。別働隊が。闘気の強さから、おそらくは強敵でしょう」

「ってことはハナからリユニオンを堕とすことじゃなくて、アリアが狙いってことかよ!?」

 フェデルタは自身の体を超える巨大なタワーシールドを構え、剣を抜く。
 その間にも、闘気をまとう一団は高速で接近していた。

「来ます」

 視認できる所まで来たと思いきや、そこから戦闘に入るのは早かった。
 敵の四人の内の一人が、一気に距離を詰めてきたのだ。

「私はハール・シュヴー。光栄に思いなさい。私の美しい髪で、包んであ・げ・る」

 ハールと名乗ったスタイルの良いツリ目の女性は、空中に浮いたまま突如カールがかった紫色の髪をアリアに向け伸ばし始める。
 アリアに向けた魔法と判断したフェデルタは、自身の魔法を発動した。

【注目】

 フェデルタの魔法【注目】は敵のマナに干渉し、味方に放たれた敵の魔法や攻撃を自身に向けることが出来る魔法だ。

「!?」

 アリアに向けて伸ばした自身の髪が、フェデルタに向け勝手に方向転換したことでハールは驚くも、魔法で伸ばした髪をフェデルタに巻き付け捕獲した。

「ルーナさん!!」

 フェデルタが自身の体に絡み、引っ張る髪に抵抗している間に、援護を要請されたルーナがフェデルタを捕獲していた、ハールの髪の毛を大剣で切断する。

「私の美しい髪を……あんた、よくも!!」

 悪態をついたハールに続き、他の帝国軍人も続々と到着した。
 誰一人弱くはない。
 自分達と同等、あるいはそれ以上の力を持つ者達だと、フェデルタも冥土隊の面々も判断する。

 その中でも一人、異才を放っている者がいた。
 漆黒の鎧に身を纏い、オールバックにした長い白髪をなびかせており、斬り傷がある左目は失明しているようだ。
 他の者も決して放っておける存在ではないが、フェデルタや冥土隊は思わず漆黒の剣士に注視してしまう。

 そんな中――突如、アリアが歌っていた【狂戦士の歌】が止まった。

「そんな……あなたは……?」

 ハールに襲われても、周りを信じて【狂戦士の歌】を歌い続けていたアリア。
 そんなアリアが【狂戦士の歌】をやめ、震えている。
 ブレアがいち早くアリアの異変に気付き、声をかけた。

「アリア、どうした!?」

「……炎帝アッシュ・フラム……」

 炎帝アッシュ・フラム。
 そう、この中で唯一アリアだけは一度見たことがあり、自分達に何をしたか知っている人物なのだ。

「エミリー先生を……殺した人……」

「「「!!」」」

 冥土隊は話に聞いてはいたが、実際に目にするのは初めてだ。
 驚くのは無理はない。
 帝国軍最強と謳われる一人、かつ自分達の親代わりだったエミリーを殺した人物が目の前にいるのだから。

「てめえがあぁぁ!!」

 いち早く感情に走ったのはブレアであった。
 自身の金槌を握り、全力で闘気を纏ってアッシュへと突っ込んでいった。

 そんなブレアの全力の金槌での攻撃を、アッシュは片手で受け止める。
 周囲には、闘気がぶつかり合った反動で、夜を照らす閃光と衝撃波が走った。

「各々一人ずつ連れて行け、他は我が相手をする」

「御意!!」

 アッシュの命令に従い、ハールを含めた三人はルーナ、ベラ、エマの三人にそれぞれ攻撃で屋根から吹き飛ばし、アリアから引き離す。

「くっ……!」
「これはぁ……」
「各々闘るしかないさね!」

 こうして、各々の闘いが始まった――。


*****


 ルーナはハールの伸びた髪の毛の攻撃によって、地面へと突き落とされるも、着地に成功しダメージはない。
 アリアから引き離すことが目的なんだろうということを、ルーナはすぐに勘づいていた。

「あんたさぁ、さっき私の髪の毛切ったわよね? 乙女の髪の毛を何の断りもなく切るなんて、酷くない?」

「……いくらでも伸びるみたいだし、いいじゃない。それより、あなた達の狙いはやっぱりアリアってことでいいのよね?」

 ルーナにとってはただの確認。
 答えようが答えまいが、どちらでもよかった。
 しかし、聞き方に問題があった。

「……それより……それよりって何よ……」

 ルーナのハールへの質問の仕方は――。

「私の髪の毛より大事なことなんてないのよ!!」

 彼女の逆鱗に触れた。

「!!」

 ハールの紫色の髪が伸びて硬質化し、縦横無尽にルーナを襲う。
 様々な角度から襲ってくる髪を、自身のポニーテールを揺らしながら切断していくルーナ。

「あんた!! また、私の髪を勝手に切った!!」

「どうやら切られてしまった髪は操れないみたいね」

 切った後の髪は、地面に落ちたまま動かない。
 ハールの頭皮と繋がる髪の毛のみしか警戒しなくていいことを確認したルーナは、接近戦に持ち込むために闘気を纏って接近する。
 それに対してハールは再び髪の毛を伸ばした。

「悪いけど、私は急いでるのよ!!」

「私だって大事な髪切られて、怒ってんのよ!!」

 女同士の泥仕合が今、始まった。


*****


 ベラとエマも敵の攻撃を受け、別の屋根へと吹き飛ばされ、何とか着地する。
 それに続き、ギョロ目の細見の男とおかっぱ頭の少年が屋根へと飛び乗ってきた。

「あらあら、まぁまぁ。困ったわねぇ、急いでアリアの所に戻らないとぉ」

 街の一番高い建物の屋根に残されたのはアリア、フェデルタ、ブレアの三人と炎帝であるアッシュ。
 フェデルタとブレアだけで守りきれるとは思えないと、ベラは考えていた。

「そうさね、二人だけでエミリー先生を殺したヤツを止められるとは思えない」

 その考えはエマも同様で、二人の意見は一致する。

「行くよっ!!」

 早期決着をし、アリアの元に戻る。
 そのためにベラはギョロ目の男に、エマはおかっぱの少年に、闘気を纏って突っ込んだ。

 ベラはギョロ目をしたモヒカンの男に、全力で大鎌を振るおうとした――。

「!?」

 が、標的としていたギョロ目の男が忽然と消える。
 そのまま大鎌を振り切るも、何も切った感触はない。
 
「消えたぁ……!?」

 突然起こった事態が呑み込めずにいるベラの四肢は、急に何かによって斬られた。

「……痛ぁ……!!」

 ベラの攻撃をかわし、ベラを斬ったギョロ目の男は何処からともなく現れ、ベラの血がついたダガーを長い舌で舐めた。

「そういや自己紹介がまだだったな? 俺の名前は、クラルテ・シースルー。魔法は【透明】だ。ダガーを使ってんのはチクチク斬り刻まれて、苦痛と恐怖に歪む相手の顔を見んのが好きだからさぁ」

 自己紹介を済ませたクラルテは再び透明となり、風景と溶け込んで消えるのであった。


 一方――ベラと同じく突貫したエマは槍で黒髪の少年を突こうとする。

「あなたの相手は僕ですか……構いませんよ。もう、準備は終えてますから」

 エマが槍で突いたのを片手剣を抜き弾く。
 その際、火花が散り――爆発した。

「……っ……なっ……!?」

 エマは確かに【爆発】の魔法を使ったが、自分の予想をはるかに超える威力だった。
 おそらくは想定していた二倍以上の爆発。
 その爆発は、エマと黒髪のおかっぱの少年を巻き込んだ。
 爆発に巻き込まれた二人は互いに吹き飛び、体制を整えて着地する。

「これは中々効きますね。でも、あなたも同じでしょう」

 エマはおかっぱの少年の発言と先程の想定を超えた爆発に、相手の魔法に勘付く。

「まさか……あんたの魔法は――」

「お察しの通り【複製】です。触れた相手の魔法をコピー出来たりできます。ここにあなたを蹴り飛ばした際、コピーさせて頂きました。見た所……闘気は僕の方が上。あなたは自分より強い相手と、自分と同じ魔法で闘うということですよ」

 微笑んだ黒髪のおかっぱ頭の少年は、エマに丁寧な一礼をした。

「自己紹介が遅れました。僕はファルシュ・コピーと申します。お会いするのは最初で最期となるので、覚えて頂かなくても結構ですが」

「……これは、一筋縄じゃいかないかもね……」

 エマは悪態をつきながら、ファルシュとの戦闘に入った。


*****


 一方、リユニオンを守るために【狂戦士の歌】を再び歌い始めたアリアを守るために、その場に残されたブレアとフェデルタは、アッシュと戦闘を行なっていた――が。

「うぉらああぁぁ!!」

 ただただ、ブレアはあしらわれているだけであった。
 傍目から見ても、その実力差は一眼でわかる。
 何故ならアッシュは剣すら抜かず、魔法も使っていないからだ。

「弱い、な」

「てん……めえぇぇ!!」

 思わずアッシュがつまらなそうに呟いたその言葉に激怒したブレアは、自身の魔法具である金槌に埋められた魔石にマナを込めた。
 すると金槌の頭の片側の口が変形し、射出口のようなものが現れる。

 魔法以外のオリジナリティをフローラが研究し制作した魔法具を使うことは、冥土隊にとって切り札である。
 しかし、エミリーの仇のアッシュを目の前に、ブレアは切り札を切ることを躊躇わなかった。

「ぉらああぁぁ!!」

 射出口から勢いよく火が噴き出し、その勢いでブレアの体を軸としてコマのように回転しながら超加速した金槌を、ブレアはアッシュに向かって全力で振りぬいた。

「!」

 帯剣したままの剣で防御したアッシュは屋根から吹き飛ばされ、隣の建物を突き破り、地面へと叩きつけられる。

「ぶははは!! やれんじゃねぇか、何が四帝だ!! バーカ!!」

「ブレアさん、気を付けて!!」

 フェデルタが叫んだと同時、貫通した建物から何事も無かったかのように、アッシュが現れる。

「兎を狩るのも獅子は全力を尽くすと言う。少しは動物ふぜいを見習うか?」

 ブレアの対面へと戻ったアッシュは抜いた漆黒のフランベルジュに黒炎を纏わせ、邪悪に微笑むのであった――。