ポワンの弟子同士による私とルグレの、どちらかがどちらかを殺さないと終わらない死合いが始まった。
闘気を纏って突っ込んできたルグレの右の拳に対し、私は幾度も行ってきた組み手の成果か、身体が勝手に闘気を纏い、ルグレの右の拳を左腕で防御する。
「……っ……!!」
組手の時より、遥かに高い威力の拳。
殴られた勢いで身体が吹き飛びそうになるのを堪えると、地面を横滑りしていった。
その威力から、ルグレの本気さが伺える。
あの優しいルグレが……本当に私を殺す気だ。
「ルグレっ……!! どうして!?」
「……俺は、一年前のことを……アフェクシーが無くなったあの日を今でも夢で見る」
アンファングで孤児院やエミリー先生、旅の途中でララを、王都でメラニーを失った私は、少しだけ失うことに慣れていたけど、ルグレは違う。
アフェクシーの村が無くなったことが、ルグレにとって大切なモノを失う初めての経験だった。
「俺はあの事件でフリーエンだけが悪かったのかというと、そうは思えない……戦争が……フリーエンのような逃亡兵を生んで……結果的にジャンティやアフェクシーの人達のような……何の罪もない人たちが死んだ……」
きっとその経験が、優しいルグレのどこかを変えたんだ。
「元を正さないと、各地で同じようなことが起こるかもしれない……だから、俺は戦争を進める父上を――」
更に力強い闘気を纏ったルグレは――。
「アルプトラウム帝国皇帝、ズィーク・アルプトラウムを止めなければならないんだ!!」
私を殺すために、拳を振るう。
組手とは気迫が違うルグレの猛攻、精神的にも受け身の私は防御することしか出来なかった。
「闘技【衝波】!!」
私の体制をルグレの闘技【衝波】をすんでのことで躱す。
今のが直撃していたら、体制を崩されて他の闘技で止めを刺されていただろう。
「ルグレ……考え直してよ!?」
「考え直すのは君だ!! それとも俺の誘いを断って、親友の元へ戻りたいという想いはその程度のものだったのか!?」
なおも説得を試みる私をルグレは煽る。
本気で闘おうとしない私に憤りを感じているようだ。
「俺は妹弟子の君を殺すことで、俺の中の甘さを捨てられるかもしれない!! それは君にとっても同じだ!! 親友の元へと戻りたいなら、本気で俺を殺しに来い!! ヒメナ!!」
ルグレに説得は効かない……。
アフェクシーで起きた惨劇のような事をもう二度と起こしたくないんだろう。
自らを変えるために、私を殺すつもりだ。
「私は――」
ルグレを殺したくなんかない。
人殺しなんてごめんだし、私はルグレのことを……。
分かってる……自分が甘いって。
この甘さは捨てないといけないって。
私がフリーエンを殺すことが出来なかったせいで、アフェクシーは無くなって村の皆が死んじゃった。
仇であるアッシュやカニバルやロランだって、殺したいとまでは思わない。
でもその甘さは、また新たな悲劇を生むかもしれない。
戦場でアリアの隣に立つなら、尚更。
『俺と師匠と一緒に帝都に行かないかい?』
私は――そんなルグレの誘いを断った。
それは、ルグレと一緒に過ごすより、アリアの元に戻るという未来を選んだからだ。
ルグレを殺したくないけど……こんな所で死ぬ訳にはいかない……!!
ルグレにだって叶えたい想いがあるのかもしれないけど、それは私だって同じなんだから!!
「アリアの元に帰るんだ!!」
覚悟を決めた私は全力で闘気を纏う。
ルグレを殺すために。
「「はああぁぁ!!」」
互いに互いを殺すための、殺意がこもった殴打の応酬が始まる。
ルグレのマナから闘いたくないけど闘わないとという無理矢理体を動かす意志を何となく感じたけど、それは私も同じだ。
今までの組手と違うのはそれだけじゃない。
ルグレには【支配】の魔法がある。
組手の時は禁止されてたけど、殺し合いに使わないはずがない。
【支配】の魔法がどんなモノかは良く分からないけど、フリーエンの【念力】で操った物に対して、ルグレが触れると支配下がルグレに移って、操ってるように見えた。
ルグレがマナを込めた状態で何かに触れると、ルグレの支配下になる……それが人も対象となるのであれば、優しいルグレが自分の魔法を嫌っていたのにも合点がいく。
本気の殺し合いにルグレが魔法を使わない可能性は、低い。
つまり、ルグレに触れられたら――それだけで【支配】される可能性がある。
私は殴打の応酬を繰り広げながらも、ルグレの打撃を受けないで躱すことを意識した。
防御出来ないのは厳しいけど、【支配】されたら終わりだ。
殴打の応酬をやめた私は一旦距離をとる。
近接距離でしか闘えない私が、近距離で迂闊に闘えないなんて……魔法がないってことがこんなにもハンデになるの?
「組手の時より随分弱気だね、ヒメナ!! 逃げてばかりでは俺を倒せないぞ!?」
立ち回りから警戒心の強さが分かったのか、ルグレは闘いの最中私に声をかける。
「君の想いは嘘っぱちだったのかい!?」
まるで、本気で闘えと言わんばかりに。
「!!」
挑発に乗った私は、闘技【連弾】で貫手の連打を繰り出す。
ルグレは貫手の連打を、時には受け、時にはかいくぐりながら接近してくる。
近付いてくる際に、地面から土を握り集めるのが見えた。
土を握った……目潰し!?
ルグレは私の予想通り、目に向かって土を投げてくる。
予想していた私は容易に、その土を半身になって躱した――が。
「ほぇ!?」
私の顔を通り過ぎたはずの土が戻ってきて、私の目に直撃する。
飛んできた土が曲がった……!?
そうか、自然物にもマナは籠っている……投げた土を支配して方向を変えたんだ!!
目潰しを食らった私は直ぐに集中し、【探魔】で周囲のマナを探知した。
すると、ルグレのマナから攻撃態勢に入っていることを感じる。
躱すのは間に合わない……!!
ルグレの闘気ではなく、マナのこもった右の掌底を、思わず左腕で防御してしまった。
威力は全くない。
けれど、最も受けてはいけない攻撃だ。
「頭に当たれば、ヒメナ自身を支配できたんだけど……流石だね。でも触ったよ、左肘」
ルグレの掌底を受けたのは、左腕の肘。
左肘からはルグレのマナが残留するような、妙な感覚を感じる。
「闘技――」
ルグレが得意とする【発勁】が来る。
そう考え、下腹部の丹田を覆うように手で防御しようもするも、左肘が思うように動かず――。
「【発勁】!!」
右肘から先がない私は防御が届かず、ルグレの発勁をまともに食らう。
「うっ……」
あまりの威力に、私は勢いよく口から唾液を垂らしながら、その場に倒れ込んだ。
ルグレの闘気が私の丹田に混ざった気持ち悪さから、蹲りながら咳込む。
「か……はっ……ごほっ!!」
防御の時……左肘が動かなかった……。
さっき触られた時に、【支配】されて……制御されたんだ!!
ルグレは倒れ込んだままの私を一瞥し、岩の上であぐらをかいで頬杖をしているポワンに向き直った。
「師匠、勝敗は決しました!! もう良いでしょう!?」
ルグレは私を戦闘不能の状態にしたことで、決着はついたとしたいのだろう。
ルグレにとっては苦肉の策だ。
そんな淡い期待に返答もせず、ポワンは殺気だけで返答する。
あまりにも強い殺気に、思わずルグレは冷や汗を流した。
ポワンの意志は揺るがない。
どちらか一人が死なない限り、この死合いを終わらせる選択肢はないのだろう。
「……やはり、生きられるのは一人だけ……ですか」
出来れば私を殺さず終わらせたかったルグレは、少し落胆した様子で、私の方へと向き直る。
ルグレがポワンに話しかけてた時間で、マナ制御で体内のマナを整えた私は、ふらつきながらも立ち上がり、再び臨戦体制をとっていた。
「ヒメナ……俺の【発勁】をまともに受けて、立ってくるなんて……君はそれ程……」
私がアリアの元に戻りたいという想いは、エミリー先生の最期の言葉に従って、戻らないといけないって思ってるんじゃない。
私の意志でアリアの元へと戻ると決めたんだ。
もう一度、皆と会いたい。
もう一度、アリアに会いたい。
だから――。
「私は……生きるんだ!!」
感情のまま無理矢理体を動かし、【瞬歩】でルグレとの距離を詰める。
右腕が無くなったって、左腕が使えなくたって……まだ闘える!!
「闘技【衝波】!!」
距離を詰めた私は、右肩をルグレの体に当てて【衝波】を放つ。
ルグレは【発勁】をまともに当てた私が、すぐに闘える状態になると思っていなかったのか、対応に遅れて【衝波】を受けて体勢を崩す。
「……っ……!!」
【衝波】を当てた途端、左肘が石化したかのように固まってたのように、今は自由に動いた。
ルグレは【発勁】を当てたにも関わらず、すぐ動けた私に動揺してるんだ。
好機は今しかない……!!
ルグレの動揺が解ければ……また左肘は【支配】される……!!
そうなれば、もう私に勝ち目は無くなる!!
左肘が自由な内に、一撃で決めるしかない!!
「闘技【螺旋手】!!」
腕を螺旋のように回転させた四本指の貫手。
防御を弾き、槍のような貫通力を持つ一撃必殺。
私は全力を振り絞って、渾身の力で【螺旋手】を放った。
「破ああぁぁ!!」
――そんな私の全力の【螺旋手】は、闘気すら纏っていないルグレの胸を、まるで豆腐のように貫く。
「……ほぇ?」
ルグレは闘気も纏わないで何の防御も抵抗もせず、私の【螺旋手】を受け入れて、いつものように優しく微笑んでいた。
「……ぐ……ごはっ……」
ジャンティから貰ったネックレスは、ルグレの返り血を浴びて真っ赤に染まり、私は自分がしたことに……してしまったことに、体が震えてしまう。
【衝波】で体制を崩したからって……有り得ない。
まったく防御も回避もしなかったどころか、闘気すら纏わずまともにくらうなんて……。
「嘘……ルグレ……何で……?」
わざと以外考えられない。
ルグレは私に自分を殺させたんだ。
「こほっ……俺にはやっぱり闘いには……向いてないみたいだ……」
何故……?
決まってる。私を生かすためだ。
「俺は……皇帝である父上を説得できるような……戦争を止めるだけの圧倒的な強さが欲しかったんだけど……師匠のような心の強さは持てない……ヒメナを殺すなんて……できない」
もしかしたら初めからそのつもりで……?
私を殺すフリをして、私を闘う気にさせて、ポワンと話して回復する時間を作って、油断を作って……私に【螺旋手】を打たせたんだ。
「ヒメナ……俺の分まで生きてくれ……」
「やめてよ……そんなの……」
背負えないよ……そんな大きいモノ……。
私は私のことでいつも精一杯で、周りのことも見えないで……ルグレが私に殺させようとしていたこともわからないで……そんな自分ばっかりの人間なのに……。
「ヒメナ……俺……ずっと…………ヒメ……ナの……こ……と……」
ルグレは私の左手に胸を貫かれたまま、もたれ掛かって来る。
身体に力が入らないで、そのままその場に跪き抱きかかえる形となった。
私が貫いた心臓は――完全に止まっている。
ルグレは私が……殺したんだ。
「ルグレ……ルグレっ!! 嫌ああぁぁ!!」
嘘だって思いたくて、でも本当で……そんな現実を受け入れたくなくて、泣いて叫ぶことしかできなかった。
私、ルグレに聞きたいこと、あったのに。
何で帝国の皇子だって言わなかったの?
私がルグレが皇子だって、誰かに言うと思ってたの?
そんなことで私がルグレを悪く思うと思ってたの?
私のこと、どう思ってたの?
私、ルグレに言いたいこと、あったのに。
ルグレに恋してて、大好きだって――言えなかった。
死に際まで優しかったルグレは、最期に私を守るために自分の想いと闘った。
それでも、私に生きて欲しいと願ったのだろう。
そんなルグレの優しさに、私は最期まで甘えたんだ。
「阿呆が」
闘いが終わったと判断したポワンが、私達に歩み寄って来る。
「【支配】などという強力な魔法を生まれ持ちながら、人間性がそれを邪魔するとは。八百長死合いなど滑稽なのじゃ」
その顔は実につまらなさそうだった。
死んだルグレを、生きている私を、失望したような目で見ている。
死んだ弟子のルグレに阿呆って……滑稽って……それでもあんた、人間なの!?
「……ポワン……それが……弟子を失って最初にかける言葉なの……?」
「ぬ? 他に何かあるか? 生き残れてよかったのう、小娘。納得はいかんが、約束は約束。これからはお主の自由にすればいい」
納得がいかない?
約束は約束?
そんなこと……どうだっていいのよ。
ずっと一緒だった……弟子の私達を……あんたは今までどう思ってたのよ!?
「うああぁぁ!!」
私は泣き叫びながら、ポワンに向けて駆ける。
強くしてくれたポワンに感謝しているけど、それ以上にルグレと殺し合いをさせたポワンは気に入らない。
死んだルグレにかけた言葉は、許せるモノじゃない。
「闘技【螺旋手】!!」
ルグレを殺した時と同じ、全力の【螺旋手】。
常人であれば、闘気を纏っていようがルグレと同じように一撃で死に至るだろう。
そんな【螺旋手】を――闘気を纏ったポワンは人差し指一本で止めた。
そして、そのままおでこにデコピンをされる。
ただのデコピンではない。
あのポワンの闘気を纏った、デコピンだ。
私は十メートル以上吹き飛び、地面を転がり、地に伏せる。
たかがデコピンでこの威力……殺そうと思えば私なんて虫けらのように殺せるのだろう。
――圧倒的な実力差。
私はルグレを侮辱された悔しさを晴らすことすらもできない。
「ワシの名はポワン。帝国軍四帝が一人、拳帝ポワン・ファウスト。小娘、お主が王国軍に味方するならいずれ戦場で合間見れるじゃろう。それまでにワシに傷一つくらいはつけれるようになっておくのじゃ」
そう言い残したポワンは私と死んだルグレを残して、その場から去った――。
くらくらする頭と震える身体を強引に動かし、立ち上がった私はルグレの死体の元へと向かい、ルグレに膝枕をした。
死んだなんて嘘かのように、穏やかな笑顔で笑っている。
「エミリー先生……私、わかんないよ……。」
『あんたは優しいからな……これから先、きっと辛いことや悲しいこと……誰かを恨むこともたくさんあるだろう……だけど、忘れちゃいけない。あんたの優しくて、強いその心を』
優しさって何なの……。
強さって何なの……。
「うぅ……ああぁぁっ!!」
五年間の修練を終えて強くなったはずの私は、強さとは何かという答えが分からず、ただ泣き叫ぶことしか出来なかった――。
闘気を纏って突っ込んできたルグレの右の拳に対し、私は幾度も行ってきた組み手の成果か、身体が勝手に闘気を纏い、ルグレの右の拳を左腕で防御する。
「……っ……!!」
組手の時より、遥かに高い威力の拳。
殴られた勢いで身体が吹き飛びそうになるのを堪えると、地面を横滑りしていった。
その威力から、ルグレの本気さが伺える。
あの優しいルグレが……本当に私を殺す気だ。
「ルグレっ……!! どうして!?」
「……俺は、一年前のことを……アフェクシーが無くなったあの日を今でも夢で見る」
アンファングで孤児院やエミリー先生、旅の途中でララを、王都でメラニーを失った私は、少しだけ失うことに慣れていたけど、ルグレは違う。
アフェクシーの村が無くなったことが、ルグレにとって大切なモノを失う初めての経験だった。
「俺はあの事件でフリーエンだけが悪かったのかというと、そうは思えない……戦争が……フリーエンのような逃亡兵を生んで……結果的にジャンティやアフェクシーの人達のような……何の罪もない人たちが死んだ……」
きっとその経験が、優しいルグレのどこかを変えたんだ。
「元を正さないと、各地で同じようなことが起こるかもしれない……だから、俺は戦争を進める父上を――」
更に力強い闘気を纏ったルグレは――。
「アルプトラウム帝国皇帝、ズィーク・アルプトラウムを止めなければならないんだ!!」
私を殺すために、拳を振るう。
組手とは気迫が違うルグレの猛攻、精神的にも受け身の私は防御することしか出来なかった。
「闘技【衝波】!!」
私の体制をルグレの闘技【衝波】をすんでのことで躱す。
今のが直撃していたら、体制を崩されて他の闘技で止めを刺されていただろう。
「ルグレ……考え直してよ!?」
「考え直すのは君だ!! それとも俺の誘いを断って、親友の元へ戻りたいという想いはその程度のものだったのか!?」
なおも説得を試みる私をルグレは煽る。
本気で闘おうとしない私に憤りを感じているようだ。
「俺は妹弟子の君を殺すことで、俺の中の甘さを捨てられるかもしれない!! それは君にとっても同じだ!! 親友の元へと戻りたいなら、本気で俺を殺しに来い!! ヒメナ!!」
ルグレに説得は効かない……。
アフェクシーで起きた惨劇のような事をもう二度と起こしたくないんだろう。
自らを変えるために、私を殺すつもりだ。
「私は――」
ルグレを殺したくなんかない。
人殺しなんてごめんだし、私はルグレのことを……。
分かってる……自分が甘いって。
この甘さは捨てないといけないって。
私がフリーエンを殺すことが出来なかったせいで、アフェクシーは無くなって村の皆が死んじゃった。
仇であるアッシュやカニバルやロランだって、殺したいとまでは思わない。
でもその甘さは、また新たな悲劇を生むかもしれない。
戦場でアリアの隣に立つなら、尚更。
『俺と師匠と一緒に帝都に行かないかい?』
私は――そんなルグレの誘いを断った。
それは、ルグレと一緒に過ごすより、アリアの元に戻るという未来を選んだからだ。
ルグレを殺したくないけど……こんな所で死ぬ訳にはいかない……!!
ルグレにだって叶えたい想いがあるのかもしれないけど、それは私だって同じなんだから!!
「アリアの元に帰るんだ!!」
覚悟を決めた私は全力で闘気を纏う。
ルグレを殺すために。
「「はああぁぁ!!」」
互いに互いを殺すための、殺意がこもった殴打の応酬が始まる。
ルグレのマナから闘いたくないけど闘わないとという無理矢理体を動かす意志を何となく感じたけど、それは私も同じだ。
今までの組手と違うのはそれだけじゃない。
ルグレには【支配】の魔法がある。
組手の時は禁止されてたけど、殺し合いに使わないはずがない。
【支配】の魔法がどんなモノかは良く分からないけど、フリーエンの【念力】で操った物に対して、ルグレが触れると支配下がルグレに移って、操ってるように見えた。
ルグレがマナを込めた状態で何かに触れると、ルグレの支配下になる……それが人も対象となるのであれば、優しいルグレが自分の魔法を嫌っていたのにも合点がいく。
本気の殺し合いにルグレが魔法を使わない可能性は、低い。
つまり、ルグレに触れられたら――それだけで【支配】される可能性がある。
私は殴打の応酬を繰り広げながらも、ルグレの打撃を受けないで躱すことを意識した。
防御出来ないのは厳しいけど、【支配】されたら終わりだ。
殴打の応酬をやめた私は一旦距離をとる。
近接距離でしか闘えない私が、近距離で迂闊に闘えないなんて……魔法がないってことがこんなにもハンデになるの?
「組手の時より随分弱気だね、ヒメナ!! 逃げてばかりでは俺を倒せないぞ!?」
立ち回りから警戒心の強さが分かったのか、ルグレは闘いの最中私に声をかける。
「君の想いは嘘っぱちだったのかい!?」
まるで、本気で闘えと言わんばかりに。
「!!」
挑発に乗った私は、闘技【連弾】で貫手の連打を繰り出す。
ルグレは貫手の連打を、時には受け、時にはかいくぐりながら接近してくる。
近付いてくる際に、地面から土を握り集めるのが見えた。
土を握った……目潰し!?
ルグレは私の予想通り、目に向かって土を投げてくる。
予想していた私は容易に、その土を半身になって躱した――が。
「ほぇ!?」
私の顔を通り過ぎたはずの土が戻ってきて、私の目に直撃する。
飛んできた土が曲がった……!?
そうか、自然物にもマナは籠っている……投げた土を支配して方向を変えたんだ!!
目潰しを食らった私は直ぐに集中し、【探魔】で周囲のマナを探知した。
すると、ルグレのマナから攻撃態勢に入っていることを感じる。
躱すのは間に合わない……!!
ルグレの闘気ではなく、マナのこもった右の掌底を、思わず左腕で防御してしまった。
威力は全くない。
けれど、最も受けてはいけない攻撃だ。
「頭に当たれば、ヒメナ自身を支配できたんだけど……流石だね。でも触ったよ、左肘」
ルグレの掌底を受けたのは、左腕の肘。
左肘からはルグレのマナが残留するような、妙な感覚を感じる。
「闘技――」
ルグレが得意とする【発勁】が来る。
そう考え、下腹部の丹田を覆うように手で防御しようもするも、左肘が思うように動かず――。
「【発勁】!!」
右肘から先がない私は防御が届かず、ルグレの発勁をまともに食らう。
「うっ……」
あまりの威力に、私は勢いよく口から唾液を垂らしながら、その場に倒れ込んだ。
ルグレの闘気が私の丹田に混ざった気持ち悪さから、蹲りながら咳込む。
「か……はっ……ごほっ!!」
防御の時……左肘が動かなかった……。
さっき触られた時に、【支配】されて……制御されたんだ!!
ルグレは倒れ込んだままの私を一瞥し、岩の上であぐらをかいで頬杖をしているポワンに向き直った。
「師匠、勝敗は決しました!! もう良いでしょう!?」
ルグレは私を戦闘不能の状態にしたことで、決着はついたとしたいのだろう。
ルグレにとっては苦肉の策だ。
そんな淡い期待に返答もせず、ポワンは殺気だけで返答する。
あまりにも強い殺気に、思わずルグレは冷や汗を流した。
ポワンの意志は揺るがない。
どちらか一人が死なない限り、この死合いを終わらせる選択肢はないのだろう。
「……やはり、生きられるのは一人だけ……ですか」
出来れば私を殺さず終わらせたかったルグレは、少し落胆した様子で、私の方へと向き直る。
ルグレがポワンに話しかけてた時間で、マナ制御で体内のマナを整えた私は、ふらつきながらも立ち上がり、再び臨戦体制をとっていた。
「ヒメナ……俺の【発勁】をまともに受けて、立ってくるなんて……君はそれ程……」
私がアリアの元に戻りたいという想いは、エミリー先生の最期の言葉に従って、戻らないといけないって思ってるんじゃない。
私の意志でアリアの元へと戻ると決めたんだ。
もう一度、皆と会いたい。
もう一度、アリアに会いたい。
だから――。
「私は……生きるんだ!!」
感情のまま無理矢理体を動かし、【瞬歩】でルグレとの距離を詰める。
右腕が無くなったって、左腕が使えなくたって……まだ闘える!!
「闘技【衝波】!!」
距離を詰めた私は、右肩をルグレの体に当てて【衝波】を放つ。
ルグレは【発勁】をまともに当てた私が、すぐに闘える状態になると思っていなかったのか、対応に遅れて【衝波】を受けて体勢を崩す。
「……っ……!!」
【衝波】を当てた途端、左肘が石化したかのように固まってたのように、今は自由に動いた。
ルグレは【発勁】を当てたにも関わらず、すぐ動けた私に動揺してるんだ。
好機は今しかない……!!
ルグレの動揺が解ければ……また左肘は【支配】される……!!
そうなれば、もう私に勝ち目は無くなる!!
左肘が自由な内に、一撃で決めるしかない!!
「闘技【螺旋手】!!」
腕を螺旋のように回転させた四本指の貫手。
防御を弾き、槍のような貫通力を持つ一撃必殺。
私は全力を振り絞って、渾身の力で【螺旋手】を放った。
「破ああぁぁ!!」
――そんな私の全力の【螺旋手】は、闘気すら纏っていないルグレの胸を、まるで豆腐のように貫く。
「……ほぇ?」
ルグレは闘気も纏わないで何の防御も抵抗もせず、私の【螺旋手】を受け入れて、いつものように優しく微笑んでいた。
「……ぐ……ごはっ……」
ジャンティから貰ったネックレスは、ルグレの返り血を浴びて真っ赤に染まり、私は自分がしたことに……してしまったことに、体が震えてしまう。
【衝波】で体制を崩したからって……有り得ない。
まったく防御も回避もしなかったどころか、闘気すら纏わずまともにくらうなんて……。
「嘘……ルグレ……何で……?」
わざと以外考えられない。
ルグレは私に自分を殺させたんだ。
「こほっ……俺にはやっぱり闘いには……向いてないみたいだ……」
何故……?
決まってる。私を生かすためだ。
「俺は……皇帝である父上を説得できるような……戦争を止めるだけの圧倒的な強さが欲しかったんだけど……師匠のような心の強さは持てない……ヒメナを殺すなんて……できない」
もしかしたら初めからそのつもりで……?
私を殺すフリをして、私を闘う気にさせて、ポワンと話して回復する時間を作って、油断を作って……私に【螺旋手】を打たせたんだ。
「ヒメナ……俺の分まで生きてくれ……」
「やめてよ……そんなの……」
背負えないよ……そんな大きいモノ……。
私は私のことでいつも精一杯で、周りのことも見えないで……ルグレが私に殺させようとしていたこともわからないで……そんな自分ばっかりの人間なのに……。
「ヒメナ……俺……ずっと…………ヒメ……ナの……こ……と……」
ルグレは私の左手に胸を貫かれたまま、もたれ掛かって来る。
身体に力が入らないで、そのままその場に跪き抱きかかえる形となった。
私が貫いた心臓は――完全に止まっている。
ルグレは私が……殺したんだ。
「ルグレ……ルグレっ!! 嫌ああぁぁ!!」
嘘だって思いたくて、でも本当で……そんな現実を受け入れたくなくて、泣いて叫ぶことしかできなかった。
私、ルグレに聞きたいこと、あったのに。
何で帝国の皇子だって言わなかったの?
私がルグレが皇子だって、誰かに言うと思ってたの?
そんなことで私がルグレを悪く思うと思ってたの?
私のこと、どう思ってたの?
私、ルグレに言いたいこと、あったのに。
ルグレに恋してて、大好きだって――言えなかった。
死に際まで優しかったルグレは、最期に私を守るために自分の想いと闘った。
それでも、私に生きて欲しいと願ったのだろう。
そんなルグレの優しさに、私は最期まで甘えたんだ。
「阿呆が」
闘いが終わったと判断したポワンが、私達に歩み寄って来る。
「【支配】などという強力な魔法を生まれ持ちながら、人間性がそれを邪魔するとは。八百長死合いなど滑稽なのじゃ」
その顔は実につまらなさそうだった。
死んだルグレを、生きている私を、失望したような目で見ている。
死んだ弟子のルグレに阿呆って……滑稽って……それでもあんた、人間なの!?
「……ポワン……それが……弟子を失って最初にかける言葉なの……?」
「ぬ? 他に何かあるか? 生き残れてよかったのう、小娘。納得はいかんが、約束は約束。これからはお主の自由にすればいい」
納得がいかない?
約束は約束?
そんなこと……どうだっていいのよ。
ずっと一緒だった……弟子の私達を……あんたは今までどう思ってたのよ!?
「うああぁぁ!!」
私は泣き叫びながら、ポワンに向けて駆ける。
強くしてくれたポワンに感謝しているけど、それ以上にルグレと殺し合いをさせたポワンは気に入らない。
死んだルグレにかけた言葉は、許せるモノじゃない。
「闘技【螺旋手】!!」
ルグレを殺した時と同じ、全力の【螺旋手】。
常人であれば、闘気を纏っていようがルグレと同じように一撃で死に至るだろう。
そんな【螺旋手】を――闘気を纏ったポワンは人差し指一本で止めた。
そして、そのままおでこにデコピンをされる。
ただのデコピンではない。
あのポワンの闘気を纏った、デコピンだ。
私は十メートル以上吹き飛び、地面を転がり、地に伏せる。
たかがデコピンでこの威力……殺そうと思えば私なんて虫けらのように殺せるのだろう。
――圧倒的な実力差。
私はルグレを侮辱された悔しさを晴らすことすらもできない。
「ワシの名はポワン。帝国軍四帝が一人、拳帝ポワン・ファウスト。小娘、お主が王国軍に味方するならいずれ戦場で合間見れるじゃろう。それまでにワシに傷一つくらいはつけれるようになっておくのじゃ」
そう言い残したポワンは私と死んだルグレを残して、その場から去った――。
くらくらする頭と震える身体を強引に動かし、立ち上がった私はルグレの死体の元へと向かい、ルグレに膝枕をした。
死んだなんて嘘かのように、穏やかな笑顔で笑っている。
「エミリー先生……私、わかんないよ……。」
『あんたは優しいからな……これから先、きっと辛いことや悲しいこと……誰かを恨むこともたくさんあるだろう……だけど、忘れちゃいけない。あんたの優しくて、強いその心を』
優しさって何なの……。
強さって何なの……。
「うぅ……ああぁぁっ!!」
五年間の修練を終えて強くなったはずの私は、強さとは何かという答えが分からず、ただ泣き叫ぶことしか出来なかった――。