「「「うおおぉぉ!!」」」

 フリーエンの部下達、総勢十人は、闘気を纏い私とルグレに向けて駆けてくる。
 私の闘気を見たからか、私達が徒手の子供だからといって、相手に油断はない。

 それはマナ量で勝っている私も同じだ。
 ポワンとルグレの二人とは良く組み手をしているけど、魔法を使われてないのに一度も勝てたことはないし、今回は組み手と違って負ければ最悪死んでしまうんだから。

 ――ポワンとの組み手の時にまず教わったことは、戦闘の初動では策がない限りは受け身にならないということ。
 行動が受け身だと、気持ちも受け身になってしまうためであり不利になる。
 組み手を何度もしていく内に、その考えは理解できた。

 故に、人数で負けてようが――攻める!!

【瞬歩】

「な!?」

 闘技【瞬歩】で目の前の盗賊二人の背後に瞬時に回り込み、魔法を放つ隙も与えず、後頭部に手刀を打ち込み意識を奪う。

「このガキ!!」

「……ほぇ?」

 近くにいた盗賊三人が私に向けて魔法を放とうとしているけど――思わず声を出してしまう程、遅かった。

 私は魔法を使えないから良く分からないけど、ポワンとルグレに聞いた話だと、魔法を放つのも闘技を扱うのと同様、マナを手に集めたりという工程が必要みたい。
 なのに、この盗賊達のマナ制御の速度は欠伸が出るほど遅く、余りにもお粗末だ。

【連弾】

「……っ……!?」

 四年間毎日マナ制御の修練を積んでいた私は、盗賊達の魔法よりはるかに早く闘技【連弾】を放つ。
 闘気を纏わせた二本指の貫手による連打で、矢の如く三人の喉を突いた。

「後六人……ってありゃ?」

 三人の盗賊が喉の痛みに悶絶して倒れこんだと同時、私は別の盗賊達に意識を向けると、ルグレが既にフリーエン以外の盗賊を倒していた。

 この間、僅か十秒。
 私とルグレは十秒で盗賊十人を無力化する。

「な……何なんだよ……お前ら……」

 フリーエンは部下が全滅したのを見て、恐怖からか後ずさりしていた。

 ほぇ? 私、もしかして……強い?
 ポワンとルグレとの組手でいつも全然敵わないから、私は弱いって思ってたけど、もし今倒した盗賊達が一般的な強さなら……私、修行でちゃんと強くなってるんだ。

「残りは……あんた一人。このまま王国まで帰るなら私達はこれ以上手を出さないけど、どうする?」

 自分の強さを実感した私はフリーエンを問い詰める。
 さっきまでの交渉とも脅しとも違って、フリーエンの部下を倒した今、私の言葉には重みがあるはずだ。

 これで退いてくれたら御の字だけど――。

「俺達だって元は兵士だ!! こんなガキにまでバカにされてたまるかよ!!」

 そうはいかなかった。

「待って下さい!! 俺の話を――」

 ルグレが言い切る前、フリーエンはマントの内側に隠してあった十本のナイフを飛ばす。
 そのナイフはフリーエンのマナを纏っており、もちろんそれが見えているのは私だけだ。

 ……何あれ?
 まさか、あれがあいつの魔法!?

 投げられた十本のナイフは縦横無尽に空中を踊り、様々な角度からルグレに向けて飛んでいく。

「ルグレ!! 危ない!!」

「!?」

 マナが見えないルグレは急な不意打ちに気付かず、反応できていなかったため、私は跳びこんで庇った。

 間一髪。
 ルグレがいた場所には、ナイフが突き刺さっていた。
 もしそこに立ち尽くしていれば、串刺しにされていただろう。

「ヒメナ……怪我……!!」

「大丈夫!!」

 ルグレを庇った際に私の左肩にナイフが擦り、血が流れている。
 ただの切り傷だけど、今回の戦闘で初めて傷を負った事で、右手も魔法も無い私に緊張が走った。

 もし、左手が使えない程の傷を負ってたらヤバかった……これがフリーエンの魔法……!?

 地面へ突き刺さってたナイフは、見えない力に操られるかのように抜け、フリーエンの周囲を浮遊している。
 フリーエンの両手の指と連動しているようで、指の動きに合わせるように舞っていた。

「俺の魔法は【念力】。物も浮かして操る」

 十のナイフは、私へと標的を定め――。

「お前ら二人!! 串刺しにしてやらぁ!!」

 フリーエンが両手を振ったのを合図に、まるで獲物を見つけた鳥のように、様々な角度から襲ってきた。

「ほぇ!?」

 それらを紙一重で躱していくも、かわしたナイフは反転し再度私に向けて飛んで来る。

 このままじゃキリがない……躱しても躱しても、縦横無尽に武器が襲い掛かってくる。
 襲い掛かってくるけど……。

「それだけ?」

 アッシュの炎やロランの電気みたいなヤバさは感じない。
 ただナイフが色んな方向から飛んでくるってだけで、予想外なことは起きない。

 物理的な攻撃なら……何も怖くない!!

「闘技【旋風蹴】!!」

「!?」

 私は【旋風蹴】でその場でコマのように回り、宙を踊るナイフを両脚で全て弾く。
 フリーエンが驚き、戸惑っている間に、至近距離へと間合いを詰めた。

 隣接する程近い間合い。
 さっきいた場所とは離れており、フリーエンの【念力】で浮いている武器が私を突き刺すより早く、私がフリーエンを攻撃出来る距離だ。

「ちぃっ……!!」

 フリーエンは自身の魔法が間に合わない事に気付いたのが、自身の腰に差してある剣を抜こうとする……が。

「遅いよ」

 この間合いは、徒手の私の攻撃の方が圧倒的に速い。

【発勁】

 闘気【発勁】をフリーエンの下腹部打ち込み、掌底を通してフリーエンの体内のマナの器である丹田に、私の闘気を強引に送り込む。

「……か……!?」

 体内に私の闘気が混ざってマナを乱され魔法を維持出来なくなったのか、浮いていた剣は落ちていき、フリーエン自身も地面に膝を突いた時――勝敗は決した。

 ……勝てたんだ……私……。
 弱くて、奪われてばかりで、泣くことくらいしかできなくて……アリアの元から離れることになった私が……やっと……やっと守れたんだ……。

 ポワンの元で修行をしたことは間違いじゃなかった。
 これだけの力があれば、利き腕の右手と魔法が無くたって……アリアの元に戻ったって……私は闘えるんだ!!
 
「……ぐ……こ……の……化け物……が……」

 私が自分の力を肌で感じた中、フリーエンが吐いた何気ない負け惜しみ。
 ただその一言は、守るために強くなった私の胸に大きく刺さり、感情を揺さぶった。

 ……化け物って、私のこと……?
 何よ……その言い草……!
 誰が……誰が化け物よ……!!

「人から簡単に何かを奪えるあんた達の方が、よっぽど化け物じゃない!?」

 アッシュもカニバルもロランも……こいつも……力があるからってやりたい放題で、他人から何かを奪って……。
 そんなヤツに、何で私がそんなこと言われなきゃいけないの!?
 同じように見られなきゃいけないの!?

「あんた達みたいなのに奪われないために、私は強くなるしかなかったのよ!!」

 虚ろな目をしたフリーエンに馬乗りになり、私は殴りまくった。
 ひたすらに、ただ怒りをぶつけるためだけに。

 許せない……!!
 私は……私達はこういうヤツのせいで……大切なモノ、沢山失ったのに!!
 私はあんた達と違うのに!!

「ヒメナ、落ち着いて!! それ以上は殺してしまう!!」

 我を忘れてフリーエンを殴り続けていた私を、ルグレが抱き止める。

「……ぅ……ぁ……」

 ルグレに諭されて冷静になると、私の左手は血だらけで、フリーエンは目の前で虫の息になっていた。

「……私が……こんな……」

 今までの闘いだと、相手が自分より強いのが前提だった。
 闘いに負けてばかりで、勝てたことは一度もないし、相手が強いから全力で闘うしかなかった。

 だけどポワンの修行を受けて強くなった今、自分より弱い相手と闘った場合、自分が感情に任せて力を振るえば、相手の命をも奪うことになりかねない……目の前のフリーエンを見て、そう実感した。

「……私は……こんなつもりじゃ……」

 私がアリアを守るために……何かを守るために修行をしてつけた力は、一歩間違えればアッシュやカニバルやロランみたいに、誰かの大切なモノを奪ってしまう……そんな気がして、力というものが怖くなった。

「ヒメナ……大丈夫かい?」

 呆然と血だらけの左手を見る私を心配するルグレ。

「……え……? うん……ごめん」

 ルグレに心配させまいと気丈に振舞って、何とか笑って謝る。
 そして、まだ意識が残るフリーエンの胸倉を掴んで、無理矢理体を起こして私の目と合わせた。

「……王国に帰って。ここにあんたたちの居場所はない」

 力で屈服させられたフリーエンの何かを奪われるような目は、自分の力が怖くなっている私にとって凄く気分が悪くて、一刻も早くここから離れたくなった。

「ルグレ……行こ」

「……うん……」

 名残惜しそうにフリーエンを見るルグレの手を引っ張り、すぐさまアフェクシーが奪われた物資を回収し、フリーエンのアジトを後にする――。

 力がある人に何の権利があって、他人の大切なモノを奪おうとするのか私には分からない。
 だけど、力の振るい方を間違ってしまえば、意図がなくてもそうなってしまう。

 力だけでは、きっと駄目なんだ。
 強くなるって、そういうことじゃないのかもしれない。
 強さって……何なんだろう。

 未だ幼い私は、自分のことで一杯で気付いていなかった。

「……ガキに何が分かる……脱走兵の俺達はもう王国で指名手配されてんだ……故郷にすら居場所なんて……俺にはもう……行く当てなんざねーんだよ……」

 フリーエンの――。

「何で……何で俺ばっかこんな目に……皆……皆死んじまえよ……クソがよぉ……」

 涙ながらの呟きに。