快晴な空が眩しいお昼時、私達は盗賊のアジトに着いた。
 盗賊は以前まで砦として使われた廃墟に居着いているみたいだ。

 私とルグレは木陰に隠れて、廃墟の様子を観察している。
 アフェクシーで聞いた情報だと、敵の数は十人程だということなので、今から正確な数を確かめるつもりだ。

「目で見える見張りは二人だけど……ヒメナ、お願いしていい?」

「うん」

 ルグレの頼みに、目を閉じて周囲のマナに意識を集中した。

【探魔】

 私は半径百メートルぐらいなら、マナが通ってるモノがどこにあるか目を瞑っていてもわかる。

 一年前にマナ制御の修練中に目覚めた、私だけのオリジナルの闘技みたいなものだ。
 闘気を使わないから闘技ではないんだけどね。

 ポワン曰く、私はマナの感受性みたいなモノがずば抜けて高いから出来るみたい。
 マナが通ってない人工物を把握出来ないのはネックなんだけど。

「人間は……十一人だね。見張り以外は大体固まってるよ。感じるマナからして、私達より大分弱いとは思うけど――」

 どんな魔法を使うか分からないから、断定も油断もできない。
 私は魔法に関しての知識もそんなに無いし、魔法も利き腕の右手も無いんだから、単純なマナ量だけで優劣は決められないんだ。

「こっちが気付かれてないということは、ヒメナみたいにマナの感じ方がずば抜けてたり、探知する魔法の使い手はいないみたいだけど……あれ?」

 ルグレが何かに気づく。
 目線は二人の見張りが腰に差している、何の変哲もない剣に向いていた。

「彼らの剣の柄頭に彫られているのは王国軍の紋章……どういうことだ?」

「ほぇ? あ……ホントだ」

 王都クヴァールの至る所にあった王国の紋章だ。
 盗賊が……何で王国の剣なんて持ってるんだろ?
 王国軍の誰かから奪ったとかかな?

「あの人達が何なのかは良く分からないけど……どうしよっか?」

 でも、今はそんなこと関係ない。
 アフェクシーの村を力で酷い目に合わせようとしている人達だ。
 早く何とかしないと。

「闘うなら先制したいし、数的不利な状況にはしたくないけど……見張りを何とか誘い出して、一人ずつ倒していく?」

「…………」

 私の意見を聞いているのかいないのか、ルグレは真剣な眼差しで砦の廃墟を見つめ、黙って何かを考えている。
 何を考えているのか、何となくだけど私には分かってしまった。

「……良いよ、ルグレ。付き合うよ」

「え……? でも……ただの俺のワガママだし、ヒメナまで危険な目に合わす訳には……」

 自身の考えを読んで、迷いを振り払うための後押しをしてきた私を、ルグレは驚いて不思議そうに見てくる。

「ルグレはそうしたいんでしょ? なら、一回やってみよう」

 また黙って考え始めたルグレ。
 しばらく考えて結論が出たのか、立ち上がって私に微笑んだ。

「よし、行こうか」

「うん」

 私達二人は木陰から出て、両手を上げて見張りへと近づいて行く。

「何だ? お前ら」
「止まれ!!」

 見張りの二人がこちらに気付き、武器に手を掛けて警戒してきた。

「俺達はアフェクシーからの使いです。あなた達のリーダーと話をさせて下さい」

 ルグレは戦闘ではなく和解の道を選び、私はそんなルグレの意志を尊重した――。


*****


 見張りの二人に連れられ、廃墟の砦の中の大きな一室へと通される。
 私達が子供なこともあってか警戒されておらず、武器も持っていなかったからか、拘束も何もされていない。

「俺の名前はフリーエン。一応ボスみたいなもんだ」

 大きな一室には盗賊達が全員集められており、窓枠に腰かけている細身の体にマントを羽織り、黒髪の長髪を括った男がそう名乗った。
 腰には王国の紋章が入った剣を携えており、盗賊は皆それなりに小綺麗な見た目をしていてるからか、あんまり盗賊には見えない。

「俺の名前はルグレ。こちらはヒメナと申します。アフェクシーの村の代表として来ました」

 ルグレは丁寧に一礼するも、フリーエンは気に入らなさそうに舌打ちをした。

「ちっ、ガキの使いかよ……貢物も何も持ってねぇじゃねぇか? 俺らも舐められたもんだな。そのガキの女は右腕もねぇしよ……まぁ股がありゃ使い物にはなるか! ははっ!!」

 私への侮辱を聞いて、ルグレが握り拳を作る。
 そんなルグレの拳を、私は優しく左手で包んだ。

 もう……ルグレは他人のこととなると直ぐ怒るんだから。
 一時の感情に流されるくらいなら、最初から闘ってた方が有利に働いてたよ。

「私は大丈夫。アフェクシーの人達を守りたいし、闘ってこの人達を傷つけたくもないから、話し合いが通じるかやってみたいんでしょ?」

 ルグレは私の想いを感じ取ったのか、怒りを堪えて握り拳を解き、話を続けるためにフリーエンを見据える。

「お使いではなく、代表です。あなた方は王国軍ですか? 何故こんな所で盗賊まがいなことを?」

「……そんな質問にバカ正直に答えるヤツはいねぇわな」

 正否を問うなと言わんばかりの回答。
 こちらの質問にまともに答える気はなさそう。

「アフェクシーの人達は皆、怖がっています。王国へと帰ってくれないでしょうか?」

「はっ……坊主。交渉ってのはな、相手にメリットがあって初めて自分の要求を飲ませれるんだ。お前はその要求に対して、俺らにどんなメリットを提示すんだ? 俺らの要求は物資だ。坊主が毎回王国までわざわざ届けに来てくれんのか?」

「それは……」

 ルグレが返答に困り、沈黙が流れる。
 フリーエンは私達を馬鹿にするようにニヤつきながら、様子を伺っていた。

「話になんねぇな」

 ルグレのやりたいようにやってもらおうと思っていたけど、このままじゃ交渉にならないよ。
 侮られ過ぎてて、同じテーブルにすら立ててないもん。
 どうにかして立場を同じにしないといけない。

「あるよ、メリット」

 ルグレがフリーエンに呑まれる中、私は見かねて二人の間に割って入る。

「何だ、嬢ちゃん。言ってみろよ」

 話に興味を持ったのか、耳を傾けたフリーエンを私は――。
 

「あんた達が死なないってこと。私達はあんた達より強いよ、はるかに」


 脅した。

「ヒメナ……!?」
「……あ?」

 ルグレは私が言ったことに困惑し、フリーエンは気に入らなさそうにしている。
 他の盗賊達は一回りも年下の、右手が無い女の子の強気な発言に皆で笑っていた。

 これは、フリーエン達を説得しようとしていたルグレの本意ではない。

 そう分かりつつも、私は全力で闘気を纏う。
 私の闘気の力強さに、笑っていた盗賊達は気圧されたのか、押し黙った。

「今なら弱いあんた達を殺さないで見逃してあげるって言ってんのよ」

 この脅しは一か八かの賭け……失敗すれば、間違いなく戦闘になる。

 もちろん私達の方がこの人達より強い確証はないから、ただのハッタリ。
 だけど、こちらに提示出来るメリットがない今の状況で、ルグレの要求を飲ませるにはこれしかないと思ったんだ。

 この盗賊達をアフェクシーから離れさせたい。
 でも……フリーエンの要求には答えられないし、答えるわけにはいかない。
 一度要求を飲んでしまえば、ずっとそれが続くだろうから。

「冗談にしても笑えねぇな……クソガキ」

 そんな私のハッタリは――。

「殺っちまえ!!」

 フリーエンを逆上させただけだった。

「ちょっと待って下さい!! 俺達は――」

「ごめん、ルグレ!!」

 ルグレはフリーエン達と争わず、アフェクシーの人達を助けたかった。
 そんなルグレの希望を私が踏みにじることになっちゃったけど、叶わないなら仕方がない。
 何よりも優先しないといけないのは、アフェクシーの人達の安全なんだから。

「アフェクシーの人達を助けたいなら、もう闘うしかないよ!!」

 交渉の結果は、決裂。
 フリーエン達が武器を手にし、襲い掛かってくる。

 脅しが効かないなら、力で示してやる。
 力に対抗出来るのは力しかないんだから。