モルテ、シャルジュ、ナーエの赤鳥騎士団の面々はまだ生存していた。
 しかしナーエは戦闘能力を持たず、モルテとシャルジュも先の戦闘で疲弊しているため、息も絶え絶えである。

「ひいいぃぃ!!」

 蹲ったナーエが悲鳴を上げる中、戦場の異変にモルテとシャルジュはいち早く気付いた。

「……誰だ戦場で歌ってんのは!? お前かシャルジュ!?」

「俺は音痴でまともに歌えません。マルコでは?」

「だから私はマルコじゃなくてナーエです!! こんな状況で歌う馬鹿なんて団長くらいじゃないんですか!?」

 音の発信源を掴んだ、モルテとシャルジュは丘の方を見る。
 そして、金髪ロングの純白の可憐なドレスを着た少女とロランを見つけ、舌打ちをした。

「畜生が!! 遅ぇと思ったら援軍はあいつかよ!! 死ぬより最悪じゃねーか!!」

 ロランは何かと人に貸しを作り、面倒を押し付けてくる。
 自身もそれを経験したことのあるモルテはロランを嫌っていた。

 モルテがそんな悲痛の叫びを上げた時――とんでもない勢いで二百人に及ぶ軍勢が帝国軍の右翼に衝突した。

「何だぁ!? ロランのやつ、自分の団員に何しやがったんだ!? とんでもねぇぞ、ありゃ!!」

「あいつら、良い飯でも食ってるんじゃないですか?」

 一人一人が凄まじい闘気を放って敵軍を圧倒していく様は、まるで象が蟻を踏みつぶすようである。
 戦場では次々と帝国兵が吹き飛び、死んでいく。

「「「うがああぁぁ!!」」」

「何だこいつら!? まるで獣……っ!!」

 紫狼騎士団が戦場に介入したことで、戦況は一気に傾いた。
 狂戦士化した紫狼騎士団員は、強化されたその体とマナで帝国軍を蹂躙していく。

「何だ……? 何だ、あれは!?」

 数で圧倒的に勝る帝国軍だが、みるみる内にその数は減っていった。
 二千に及んでいた兵は既に三分の一の数へと減っている。
 馬に乗り、甲冑で身を包んだ敵将のクラーレ・スティフェンはその異変に驚きながらも、モルテとシャルジュ同様戦場に流れる歌に気付いた。

「まさか……この妙な歌か!?」

 戦場でただ歌を歌う者などいるはずもない。
 数多の戦場を経験していたクラーレは、この歌が王国兵に何らかの影響を与えていると直感で判断する。

「ならば、元を断つ!! 親衛隊、このクラーレ・スティフェンに付いてこい!!」

「御意っ!!」

 四千もの兵を任せられるクラーレの決断は早かった。
 歌の根源であるアリアを討つために、同じく甲冑で身を包んだ護衛兵を引き連れ、馬で草原を駆け始める。


*****


 帝国軍の将が護衛の三人を引き連れて丘にたどり着くと、そこに待ち受けていたのは戦場には異様な服装をした少女達であった。

「何故、侍女風情が戦場に!?」

 帝国軍の将が驚くのも無理はない。
 少女達は各々色が違うメイド服を着ており、武器を装備していた。
 奉仕している雰囲気など、微塵も感じない。

 メイド服を纏うアリアの護衛――【冥土隊】。
 ルーナ、フローラ、ブレア、エマ、ベラの五人で構成されている部隊である。

 彼女達はロラン直轄の独立部隊。
 ロランの指示に従い、基本的にはアリアを守るための部隊だ。
 メイド服を纏っているのは、日常生活においても護衛を兼ねて失明しているアリアの介護をするという決意の表れでもある。
 彼女たちはそれぞれ、フローラが制作した魔石を埋め込まれた魔法具である武器を持っていた。

「フローラ」

「ほいほーいっ!!」

 冥土隊のリーダーであるルーナが、ピンク色のミニスカートのメイド服を着たフローラを呼びつけると、フローラは自作の魔法具であるマナ銃で敵将と護衛部隊に自身のマナを撃つ。
 銃というものを初めて見た敵将達は動揺し、フローラの可視化されたマナに全員体を撃たれた。

「何だ、あの武器は!?」
「今、何をしやがった!?」

 マナ銃を初めて見て、何かされたにも関わらず自分達が無傷なことに敵将達が驚いてる内に、フローラは自身の魔法を発動させる。

【解析】

 フローラの魔法【解析】は、フローラのマナに触れたモノを解析する。
 物に触れればその物の性質や使い方等を、人に触れれば魔法を知れたり、その者の強さやマナ量を数値化出来たりする。

「たっはっはー! 一対一ならルーナ達だけで充分勝てるねーっ!! ルーナはあの一番偉そうな人っ!!」

「行くわよ! ブレア、エマ、ベラ!」

「「「応っ!!」」」

 勝算が高いと分かり、ルーナはブレア達に指示を出し、闘気を纏って敵に向けて走る。
 それぞれが標的にした馬上の敵に対し攻撃して、馬から叩き落とした。

「小娘共は一対一がお望みのようだ!! 我ら帝国の力、存分に見せてやれ!!」

 馬が逃げる中、一対一で小娘の侍女風情に遅れを取ることはないと判断したのか、それぞれがその場から散った――。


*****


 紫色のメイド服を着たベラは、フローラに作ってもらった魔法具である大鎌を構えながら、闘気を纏って中肉中背の護衛兵の一人と並走する。
 闘気を纏えず、ララやメラニーを守るために闘う事すらできなかったベラはもうここにはいない。

 闘気とは、闘争心でマナを変化させたモノでもある。
 メラニーを失った時に闘えなかった後悔が、優しい性格のベラに闘争心を芽生えさせ、闘気を扱うまでに至った。

「はあぁぁ!!」

 しばらく並走した後、護衛兵が剣で切りかかって来る。
 それをベラは大鎌で受け、暫く互いに応戦し合った。

 帝国兵と言えど、四千人を率いる敵将の護衛兵。
 弱いはずがない。
 力強い闘気がこもった一撃に、ベラは弾き飛ばされて体制を崩され、護衛兵に今にも追撃されようとしていた。

「小娘が!! 俺に一対一で勝てるつもりか!?」

「そうねぇ……でも、私達はもう繋がったわよぉ」

 意味深な言葉を吐いたベラは、消え――。

「……は?」

 護衛兵の眼前の地面から生えるように現れる。

「私の魔法は【陰影】。影に潜り、繋がった影の間を移動できるのぉ」

 護衛兵の影の中に潜り込み、ベラは影の中を移動したのだ。
 そして出てくる際には、護衛兵の股下には大鎌の刃が既に構えられていた。

「ちょっ……やめ――」

 ベラが大鎌のを振り上げると、護衛兵は股下から左右に両断した体を逆八文字にし、二つに分けられる。

「冥土へお逝きなさいなぁ」

 ベラは絶命した護衛兵へそう言い残し、アリアの元へと戻るのであった――。


*****


 髪色と同じ赤色のメイド服を着たエマは、フローラが作った魔法具である両刃の直槍を構えながら、闘気を纏った細身の護衛兵の一人に追われていた。

「おいおい、君の相手は私じゃないのか? どこに行くんだ?」

「ったく、面倒だね」

 しばらく走った後にエマが止まると、追っていた護衛兵も釣られたように止まる。

「君が先に私を攻撃してきたんだろう? 逃げるなんて酷いじゃないか」

「他と連携されるだけがやっかいだからね、ウチがあんたに一対一で負けるとはとても思えないしさ」

 従者であるメイド風情の年端も行かぬ少女に舐められて、護衛兵は苛立ったのか正面から闘気を纏って突撃する。

 しかし、護衛兵は頭に血が上り失念していた。
 自分が追っていたエマがこの場で止まり、戦闘に入った――つまり、誘われたということを。

「ならば見せてやろう!! 私の魔法――」

 ショートソードを抜き、エマに向かって突貫していった護衛兵がある地点を踏んだ時――。

「!?」

 地雷を踏んだかの如く、地面が爆発した。

「ありがとさん。罠をしかけた場所に誘われて、あんな安い挑発に乗ってくれるなんてさ」

 エマは丘に敵将と護衛兵が向かってることを丘から確認した時、すでにこの場所に自身の魔法を設置していたのだ。
 そして、自分達を侮り一対一を受けた護衛兵を誘い込み、罠に嵌めた。

「く……か!!」

 まだ周囲が爆煙に包まれる中、何が起きたかわからずにいる護衛兵の目の前から突如槍が現れ、護衛兵の腹部に刺さる。

「……っ……!?」

 混乱と痛み。
 突如起こったことに護衛兵は何も対応できずにいる内に、爆煙が晴れてエマが姿を見せた。

「ウチの魔法は【爆発】。その名の通り、マナを爆発に変える」

「まさか……お前、やめ――」

 護衛兵の願いは届かず、エマは護衛兵の腹部に刺した槍の穂先に込めたマナを爆発させる。
 体内で起きた爆発は護衛兵の内臓を周囲に巻き散らし、絶命させた。

「冥土へ逝きな」

 エマは内蔵を撒き散らした護衛兵にそう告げ、赤色のメイド服を翻して、元いた丘へと戻った――。


*****


 水色のミニスカートのメイド服を着たブレアと巨体の護衛兵は、既に戦闘に入っていた。

「らああぁぁ!!」

 ブレアは水色の三つ編みを揺らしながら、自身の小さい体と同じくらいの大きさの魔法具の金槌を振り回し、バトルアックスを持った護衛兵と打ち合う。
 互いの闘気は同等、打ち合いも同等……に見えだが、護衛兵の力の方が僅かに上であった。

「ふんっ!!」

「ぎっ……!!」

 護衛兵の一撃を受けたブレアは吹き飛ばされるも、何とか体制を整える。

「その年齢じゃ逸材だろうが……運が悪かったな、チビの嬢ちゃん。護衛兵の中じゃ俺が一番強くってな。俺より強い奴と闘ったことなんかないだろ?」

「お前より強い奴なんざ、何人も見たことあるっつーの!! バーカ!!」

 頭に血が上ったブレアは先程と同様、闘気も纏って金槌を振り回した。
 またもや打ち合うも、当然ブレアが打ち負ける――ことはなかった。

「!?」

 ブレアの攻撃を受け続けていた護衛兵のバトルアックスの刃を含めた斧頭が、突然砕け散ったのである。
 護衛兵がその原因を探るためにバトルアックスを確認すると、攻撃を受けた部分が凍りついていた。

「これは!?」

 何かの魔法と気付いた時には、時既に遅し。
 ブレアは護衛兵の体に触れて、自身の魔法を発動させていた。
 護衛兵の体は、ブレアが触れた所から凍り始めていく。

「くそ……このチ……ビ――」

 そこまで言って、護衛兵の全身が凍りつく。
 護衛を氷が覆い――護衛兵は動くことも喋ることもできず、全ての自由を奪う。

「あたいの魔法は【氷結】――あたいのマナに触れたものを凍らせる」

 全力で闘気を纏ったブレアは、氷と一体化した護衛兵を金槌で叩き潰した。

「冥土に逝きやがれ」

 振り返ったブレアは、氷と共に粉々になった護衛兵を見もせずに、そう告げる。
 護衛兵を倒したにも関わらず、その顔は実に不機嫌そうだった。

「今のヤツぐらい魔法なしで倒せなきゃ、アッシュとかいうヤツやカニバルやロランにゃ届きやしねぇや……!!」

 護衛兵と闘気のみでの純粋な肉弾戦のみで勝つことを想定していたブレアは、自分の不甲斐無さを嘆く。
 エミリーを殺したアッシュ、ララを殺したカニバルやメラニーを殺したロランには、それくらい出来ないと届かないと考えているからだ。

「ちぇっ!!」

 ブレアは舌打ちをしながら、不服そうにアリアの元へと戻るのであった――。


*****


 白いメイド服を纏うルーナは、丘で敵将であるクラーレと対峙していた。
 しかし、クラーレの目線は歌うアリアの近くに立つロランにあった。

 クラーレにとっては、目の前の従者の恰好をしたルーナより紫狼騎士団団長であるロランの方が脅威であり、重要だったからだ。

「貴殿は王国軍紫狼騎士団団長、ロラン・エレクトリシテとお見受けする!! これはこの小娘を倒せば貴殿が私と決闘をする!? そういうことか!?」

 ロランに向けて、クラーレは問う。
 その問いに対して、ロランは不敵に微笑みながら答えた。

「倒せるといいね」

 ロランの言い草は、クラーレにとっては屈辱であった。
 目の前の武人とは思えない恰好――従者の小娘に自分が劣ると思われているかのような発言だったからだ。

「舐められたものだな、私も!!」

 大剣を構えるルーナに対し、ハルバードを構えたクラーレ。

 しかし先の言葉とは裏腹に、クラーレに油断はない。
 もしロランの言う事が真であれば、一時の油断が死に繋がる。
 クラーレのこの慎重さこそが、数々の戦場を生き残り、四千もの軍を任せられた由縁でもあるからだ。

 互いに互いの動向を伺うように、時は流れた。

「来ないのであれば――」

 先に回線の合図を鳴らしたのは――。

「こちらから行くぞ!!」

 クラーレだ。
 闘気で体を強化し、ハルバードを引き下げて間合いに飛び込む。

「ふっ!!」

 ルーナもフローラが作った魔法具の大剣で呼応するように応戦した。
 しばらく打ち合う内に、闘気の力強さはクラーレがやや上だということが分かる。
 クラーレの年齢は見た目通り、三十代後半の男。
 ルーナとは経験も研鑽も年季が違うのだから、当然だろう。

 それがわかりつつも、クラーレに油断はない。
 ルーナの戦闘においてのオリジナリティ――魔法がまだ分からないから当然だ。

 しかし、クラーレは同時に焦りもあった。
 大局で見た時、アリアが歌い続ける限り紫狼騎士団の勢いは止まらない。
 つまり時間をかければかける程数の優位を跳ねのけられ、四千もの兵を失い敗北する可能性が高い。
 一刻も早くアリアの歌を止める必要があったのだ。

「はっ!!」

 ルーナの渾身の大振り。
 だがクラーレは、躱すことも防御することもなくその身で受けた。
 自身の魔法を発動して、あえて。

「!?」

 ルーナは肉体を切ったと思いきや、金属音が鳴り響いたことに驚く。
 無傷のクラーレは、すかさずハルバードで反撃した。

「……っ……!?」

 ルーナにとっては予想外の出来事と、反撃。
 何とか致命傷を避けることはできたが、左腕にハルバードが掠めてかすり傷を負い、白いメイド服に血がにじむ。

「それが、あなたの魔法ですか」

「私の魔法は【硬化】。身体をマナを込めた分だけ硬くする絶対防御の魔法だ。驚いたかね?」

 ルーナの大剣一撃を防いだクラーレの体は、金属と化していた。
 あえて硬化した身体で攻撃を受け、ルーナの動揺を誘って一撃で仕留めるつもりだったのだが、失敗に終わる。

 しかし、クラーレが硬化して刃を体に通せた者はいない。
 故に、不意をつかれない今の状況において、ルーナにクラーレが負ける道理はない。

「いえ、納得しただけです。何故フローラが私をあなたに当てたのか」

 しかし、ルーナに動揺はない。
 むしろクラーレの魔法を理解したことで、自信に満ちているようにも見える。

「それは一体、どういう意味だ?」

「今に判ります」

 ルーナはマナを大剣に伝え、再びクラーレに接近する。
 ハルバードで受けずにカウンターを狙うクラーレはその身で受けた。

 先程と同じ状況――。

「は?」

 にはならず、たった一振りでクラーレの硬化した体は両断される。
 上下に分かれたクラーレの上半身は宙に浮き、素っ頓狂な声を上げた。

「私の魔法は【切断】。私に切れないモノはありませんので」

 クラーレの上半身が地に落ちた時、護衛兵を倒して戦闘を終えたベラ、エマ、ブレアの三人が帰って来る。
 かろうじて意識が残る上半身だけのクラーレは、その状況を見て護衛兵が全員敗れたと悟った。

「何なんだ……お前は……お前らは……!?」

「我らが歌姫に危害を与えようとせん者を冥土へ送る、冥土隊」

 ルーナは大剣を構えて、その問いに皆を代表して答え――。

「冥土にお逝きなさい」

 そしてクラーレの首を刎ね、戦闘を終わらせた。

 こうしてアリアのイニーツィオ平原での初陣は、冥土隊の活躍もあり王国軍の勝利で幕を閉じた。
 それと同時に、歌姫であるアリアの出現によって、劣勢だった王国軍は息を吹き返すこととなったのである――。