戦争が始まり三年半、王国軍は帝国軍に押され続けている。
 既に占領された都市や街も多く、他国から見ても敗色は濃厚と思われていた――。

 イニーツィオ平原。
 そこは、怒号や悲鳴が飛び交う戦場となっていた。
 魔法や魔技が飛び交い、怪我人や死体が辺りに転がっている。

 この戦場も例外ではなく、戦況が帝国軍有利に傾いている中、最前線でたった一人で戦線を保つ王国騎士がいた。

 赤髪を逆立たせた騎士の鎧はボロボロに破壊されて、晒されたその身には矢が刺さっている。
 それでも騎士は闘うことを止めず、自身を囲む数百にも及ぶ帝国軍の兵士達に、たった一本の剣のみで立ち向かっていた。

「一斉にかかれ!!」

 全方向からの帝国兵の一斉攻撃。
 赤髪の騎士は、自分の視界に見えた攻撃は装備している剣で全てはじくも、背後からの攻撃まではさばききれず、鍛えられた腹部を剣で刺される。

「ってぇな!! ゴラァ!!」

 常人であれば致命傷になった一撃を騎士は意にも介さず、自分の腹部を刺した帝国兵の首を、闘気を込めた一撃で刎ね飛ばした。
 赤髪の騎士が刺された剣を無理やり抜くと、致命傷の傷は瞬く間に消える。

「何だこいつ……不死身か!?」

「傷がもう治ってやがる!!」

 無傷の騎士は闘気を纏い、目の前の怯んだ帝国兵達を剣で切り刻んでいく。

「ぎゃあぁぁ!!」
「がぁっ……!!」

 帝国兵が応戦するも、赤髪の騎士は引かない。
 目の前の帝国兵を全て切り殺し、死体を踏みつぶした騎士は、一息ついて辺りを見渡した。

「ったく、帝国のボケナス共が!! 数ばっか一丁前に集めやがってよ!! 倒しても倒してもゴキブリみたいに湧いて来やがる!! もう何回死んだか分かりゃしねぇぞ!!」

 一人奮闘している赤髪の騎士の男の名は、モルテ・フェリックス。
 王国軍、赤鳥騎士団の団長だ。

 彼が水晶儀を行い、魔水晶から浮き出た文字は【不死】。
 モルテは自らの魔法の影響で、【不死身のモルテ】とあだ名されていた。

「しっかしよぉ。どうすっかな、これ。おーい!! 王国軍で俺以外生きているヤツいねぇのか!?」

 今回の戦でモルテが預かった兵は、約八百。
 対する帝国軍の数は、四千。
 モルテの赤鳥騎士団の騎士、王国兵、傭兵で編成されており、任務は援軍が到着するまでの帝国軍の足止めである。

 しかし、開戦された直後、モルテが出した命令は――全軍突撃。

 モルテは自らの魔法【不死】の影響で死ぬことがないため、死を恐れることがない。
 故に部下にもそれを要求する。

「団長。俺ら以外は多分もう死にましたよ」

 茶髪をオールバックにした筋肉隆々の大男が、巨大な金棒を担いでモルテに悠々と近付いて来る。
 敗戦濃厚な状況でも、その顔はいつも通り無表情だ。

 彼の名はシャルジュ・ボール。
 モルテの稚拙な作戦にいつも続き、何故か死なない男である。

 モルテのように不死身ではないが、それでもモルテの右腕をし続けて死んでいないのは、彼がかなりの力を有していることの証明である。

「おぉ、生きてたかシャルジュ。何人殺ったよ?」

「二十以上の数字は数えられないのでわかりませんね。足の指を使っても足りませんから」

「ぎゃははは!! 俺もだ!!」

 王国の正規の軍の中でエリートが集まる騎士団の中でも、彼らが団長と副団長である。
 赤鳥騎士団はすぐに騎士が死ぬため、騎士の中でも無能が多く集められる騎士団であった。
 トップの二人が算数もまともに出来ないため、仕方がないことだろう。

「団長!! 副団長!!」

 二人が戦場で一息ついていた時、甲高い声が聞こえてくる。

「誰だっけ? あいつ」

「確か団員のマルコじゃありませんでしたか?」

 甲高い声の正体は、ペンと本を持った女性。
 眼鏡を掛け、紫色のカールした長髪と巨乳を揺らしながら、二人に近づいて来る。
 走っているのにも関わらず、普通の人の早歩きと変わらない速度だ。

「ナーエです! ナーエ・アヴニール!! マルコさんは男だし、私のことを逃がすために殺されましたよ!! 生き残ったら私の胸を揉ませてくれとかいうクソみたいな最期の言葉を残してね!! 団長の馬鹿な突撃命令のせいで……ぶぇ!?」

 ナーエと名乗った女性は、足を絡ませて転ぶ。
 戦場には似つかわしくない運動神経である。

「こんなアホそうなヤツ、団員にいたっけか? シャルジュ」

「こんなアホそうなヤツ、見たことありません。団長」

「赤鳥騎士団には残念ながら私が一番マシなくらいのアホしか揃ってませんよ!! あなた達を筆頭に!!」

 ナーエは顔を土まみれにしながら嘆く。
 無能な上司を持った、悲痛の叫びだ。

「何でペンと本なんか持ってんだ? ここは戦場だぞ、やっぱアホなんだな」

「これが私の魔法の発動条件なんです!! このペンと本で私の行動を未来予測するんですよ!! 突撃する前にも説明したでしょ!? この鳥頭!!」

 ナーエには上司を立てる余裕すらなかった。
 ナーエ自身の戦闘能力は皆無であり、モルテとシャルジュの二人が脳筋なことも考えれば、数千の帝国兵に囲まれたこの状況は余りにも絶望的だからである。

「……あぁ!! 赤鳥騎士団だけに鳥頭ってことか!! なるほどな!!」

「団長、こいつアホじゃないかもしれません。ギャグセンスありますよ」

「そ・ん・な・こ・と・よ・り!! 私の魔法で突撃したら全滅するって予測が出たって伝えたでしょう!? なのに何で突撃命令を止めなかったんですか!? 援軍が来るまでの足止めが赤鳥騎士団の任務でしょう!? 副団長もそのアホを止めて下さいよ!!」

 ナーエは自身の魔法である【予測】で出た結果が書かれた本を二人に見せながら、思わぬ方向へ脱線していく会話を本線へと無理矢理に戻す。

「突撃以外の作戦なんてクソだ。ややこしくてよくわからん」

「ぎゃはははは!! わかってんじゃねーか、シャルジュ!!」

 モルテの余りにも大きいバカ笑いが周囲に響き渡る。
 その笑いに釣られたのか、まるで餌に群がる蟻のように帝国兵が大勢集まって来た。

「まだ生き残りがいたようだな!」
「殺るぞ!!」

 余りのストレスで胃腸に深手を負ったナーエはその場で尻もちをつき、絶望から泣き叫ぶ。

「もー、ヤダ!! 何で私は赤鳥騎士団なんて馬鹿しかいない所に配属されたの!? 団長と副団長は脳みそまで筋肉でできてるし、誰か助けてーっ!!」

「お前も馬鹿って思われてるってことだろ、それ! ぎゃはははは!!」

 モルテの笑い声と共に、再び戦闘が開始された――。


*****


 イニーツィオ平原を一望できる丘から眺める団体がいた。
 援軍として送られてきた紫狼騎士団である。

 その数は――およそ二百。
 全て紫狼騎士団の団員のみで構成された部隊ではあるが、残る帝国軍の数の二千には遠く及ばない。
 しかも、その中には色とりどりのメイド服を纏った従者達もいる。

「良い感じに劣勢で貸しを作れそうだね。さぁ、初出勤だよ。歌姫様」

 その数にまったく怯んだ様子がない団長であるロランは、失明して何年も目を開けていないアリアに呼びかける。

「……私はこの丘から歌います。皆様――ご武運を」

【狂戦士の歌】

「「「うがああぁぁ!!」」」

 紫狼騎士団総勢二百名は、丘にアリアとロランを除いた護衛の五人のみを残し、狂戦士と化して戦場へと降り立った――。