ポワンとルグレと出会って、二年が経った。
 相変わらず私達は、山で修行をしている。

 成長期の私の体も大きくなり、いつの間にかポワンの身長を抜いていた。
 出るとこは……残念ながらまだ出てないけどね。

「はあぁぁ!!」
「うおぉぉ!!」

 今、私はルグレと組み手をしており、最近は毎日の日課となっている。
 組み手をする私達をポワンは山で採ったリンゴをかじりながら見ていた。

【瞬歩】

「!!」

 私は、足にマナを集めて闘気に変えたと同時に飛び出す高速移動術、闘技【瞬歩】で、一瞬でルグレとの距離をつめる。
 今考えれば、メラニー先生やアッシュ達が高速で移動してたのは【瞬歩】を使ってたのかもしんない。

「闘技【衝波】!!」

 私はルグレの胸に肩を軽く当て、【衝波】で吹き飛ばす。
 吹き飛んだルグレは木に当たり、その勢いを止めた。
 明らかに体制は崩れている。

「今日こそ私の勝ちだよ!! ルグレ!!」

 肩で【衝波】を使ったのは、次の行動に素早く移るため。
 体制を崩したルグレに追い討ちをかけるため、私は闘気を纏い突っ込んだ。

 勝利を確信したその時――。

「闘気【発勁】!!」

 ルグレの渾身の掌底が、私の下腹部に直撃した。

「ほぇぇ……」

 ルグレが最も得意とする闘技【発勁】によって、体内のマナの器である丹田に、ルグレの闘気が混ざる。

 体内に異物が入りマナを乱された私は、立つことすらままならず、その場に倒れ込んだ。
 これが試合でなく死合いなら、私はもう殺されている。

「そこまでなのじゃ!!」

 リンゴを持ったポワンも決着がついたと判断したのか組手を止め、ルグレは倒れた私に微笑みながら、手甲を装備した手を差し伸べて来た。

「ヒメナには悪いけど、まだ兄弟子として負けられないね」

「くぞぉぉ……悔しいぃ……」

 ルグレの手を掴み、起こしてもらう。
 これでルグレには何回こうやって起こしてもらったか、もう分かんない。
 勝てたことは一度もないもん。

「小娘。【衝波】を当てた瞬間、勝ちを確信して油断したな? 闘気が乱れておったぞ」

「ポワンは何でそんなことわかるの? 私みたいにマナは見えないんでしょ?」

 私は目を凝らせば、マナが見える。
 大気のマナや、体内のマナも。

 アリア達も見えなかったことから、それが変わってるっていうのは分かってたんだけど、長年生きてきたポワンでもそんな人間は見たことがないんだってさ。
 魔法を使えないことも含めて、私は変人らしい。
 変人ってひど過ぎない?

「闘気とは闘争心でマナを視覚化させる精神エネルギーみたいなもんじゃ。ある程度の猛者であれば、闘気を見れば相手の体調や心理もわかったりもするのじゃよ」

 いや、ポワンだって変人じゃん。
 そんなの私わかんないもん。

「憶えておけ。生きるということは闘い続けるということなのじゃ。どんな相手にも弱みを悟られず、闘争心を失うな」

「……はーい」

 ポワンの言っていることは難しくて良く分からないけど、油断するなってことだよね?
 次は絶対しないもん。

「まぁ良い、アフェクシーまで買い出しに行って来い。フライパンとアップルパイを買って来るのじゃ。パイを冷ます前に戻って来るのじゃぞ」

 ポワンはリンゴを口でかじりながら、お金が入った巾着袋を私に投げ渡してきた。

 ポワンはこの山の近くの村、アフェクシーで売られているアップルパイが好きみたい。
 近くって言っても、小さい山を五つくらいは越えないと行けないけど。

「絶対フライパンはついでじゃん。そんなにアップルパイが食べたいなら自分で行けばいーじゃんか」

「めんどいのじゃ」

 なら食うなよ。めんどいのはあんただよ。
 私は片手しかないから荷物も持ち辛いのにさ!!

「師匠、ヒメナはアフェクシーの場所を大体しか知りませんし、村の人と交流がないじゃないですか。俺が着いて行きます。一緒に行こっか、ヒメナ」

 私を気遣ってか、ルグレはそう言って巾着袋を引く私の左手を引っ張った。

「ルグレぇ〜」

 ルグレの優しさが五臓六腑に染み渡るよぉ〜。

 あれ……?
 これって、まさかデートってヤツじゃね?

 そんなことを考え照れる私は、ロランに引っ張られ、村へと向かう。

「甘いのう」

 リンゴを丸呑みにしたポワンは、そう呟くのだった――。


*****


 デート気分は私だけだったのか、闘気を纏って五つの山を越えた私とルグレは、徒歩なら片道だけで一日かかる帝国領の村のアフェクシーに一時間ほどで到着した。

「ほぇ〜王都やアンファングと比べたら小ちゃいや」

「そりゃそうだよ。田舎の村だもん」

 アフェクシーは人口が数十人程しかいない、田舎の小さい村だった。
 のどかで暖かい空気が流れていて、とても戦時中とは思えない。

「王都じゃなくて……こういう所に行けば良かったのかな……? 私達……」

 孤児院を旅立った後、王都でなくてこういう田舎に行けば、ララとメラニーは死なずに済んだのかもしれない。
 私だってアリア達と今でも一緒にいれたのかもしれない。

 エミリー先生の言葉を、守り過ぎちゃったのかな……私達……。

「ヒメナ、大丈夫? マナを使い過ぎて、気分が悪くなった?」

 私が暗い顔をしてたのを心配してか、ルグレが覗き込んで来た。
 いや……顔近っ!!

「……ううん、ちょっと考え事しちゃっただけだよっ」

「でも、顔赤いし……」

「だから大丈夫だってば!!」

 誰のせいで赤くなってると思ってんだか!
 こういう所は本当鈍いんだから!!

「……ほぇ!?」

 顔を見られないように手で隠していると、ルグレは私を無理矢理お姫様抱っこし始めた。
 ルグレは天然で、たまに突拍子もないことをする。

「風邪……いや、何かの病気かもしれない!! 俺も一度お世話になった医者の先生がいるんだ! 急いで診てもらおう!!」

「だから、違うってばぁ!!」

 ルグレは闘気を纏い、駆け始めた。
 お姫様抱っこされる私は村中の注目を浴びながら、恥辱に顔を真っ赤に染めるのであった。