私達は寝床にしていた洞窟を離れ、山頂にいる。
 ポワンに今から修行をつけてもらうんだ。

「さーて、修行をするかの。でもやる気が出んのじゃ。なんせ、右腕も魔法も持たぬ出来損ないの小娘が弟子におるからのう。あーあ」

 私が魔法を持ってないことを知ってから、ポワンは私の扱いが雑になった。
 王都から帝国領まで闘気を纏って走って来たことを聞いて、私が何か特殊な魔法を持ってるんじゃないかって考えてたみたい。
 だから魔法を持っていないことがわかって、興が削がれたんだって。

「魔法は扱えないのをバカにするのは良いけど、右手が無いことは言わないでよ!! 私だって、気にしてるんだから!!」

「そうですよ、師匠。ヒメナは女の子なんだ。あまり酷いことは言わないで下さい」

 やっぱりルグレは優しいな。
 イケメンで優しいって反則でしょ。

「しっかしのー。強くできんことはないが、ハンデが多過ぎて面倒臭いし面白くないのじゃ」

 ポワンはついには小指で鼻ほじり出した。
 どんだけやる気ないのよ……くそむっかつく!!

「そんなこと言ってるけどさ、ポワンだって強いの!?」

「ぬ?」

「ルグレの強さは魔物から助けてもらった時にわかったけどさ、ポワンの闘ってる所は見てないもん!! 本当に私を強くできるだけの力があるの!?」

「阿呆。ワシは世界一強いぞ。魔物などを含めてもな」

 鼻くそ飛ばして何言ってんの?
 私は疑惑の感情を表情に露わにし、答えを求めるようにルグレを見る。

「言ったでしょ? 師匠は凄く強いって」

 にこっと私に優しく微笑んだルグレのまさかの答え。

「世界一って……ありえないでしょ、そんなの」

 私はルグレすらも疑い、目を凝らしてポワンを見る。
 体内のマナ量が多いから絶対強いって訳じゃないけど、指標にはなるし見てみよう。

「ほぇ!?」

 ――ポワンは小さい体にあり得ない程のマナ量を秘めていた。
 そのマナ量は、アッシュやカニバル、ロランの三人をも優に超えている所か、秤にかけることさえできない。

 ……じょ、冗談でしょ?
 だってポワンって子供……なんだよね……?

「信じられんのなら、闘気を見せてやるのじゃ。闘気を纏うのは久々じゃのう」

「し……師匠!? 闘気を纏うんですか!?」

 ポワンは止めようとするルグレを無視し、準備運動とも言わんばかりに腕を回す。
 本当に久しぶりなのか、少し張り切っている。

「ヒメナ!! 危ない!!」

 ルグレが闘気を纏って、私に手を伸ばしたその時――。


「覇っ!!」


 ポワンが闘気を纏い、大気が揺らぐ。
 ポワンの闘気は大地を抉って地形を変え、私とルグレを吹き飛ばし、周囲百メートル程の木々を全て薙ぎ倒した。

 周りの山からは、動物が逃げ出したのか生き物の気配が一斉に消える。

 何……これ……怖いっ……!!

 世界を震わすほどの圧倒的な闘気に、私は気付けば蹲って頭を抱え、怯えていた。
 ルグレは闘気を纏い、私を庇うために覆いかぶさっている。

 元凶であるポワンは周りのことなどそっちのけで、自分の手を開いたり閉じたりして、不服そうに自分の体の調子を確認していた。

「ふむ。久しぶりじゃから、本調子じゃないのじゃ」

 ポワンはただ、闘気を纏っただけ。
 それだけでこの衝撃。

 多分私が遠く離れていても、ポワンの闘気に気付いただろう。
 そして、絶対にポワンには近寄らなかった。

 圧倒的――暴力。
 ポワンの闘気からはそんな力が感じられた。

「な、ワシは世界一強いじゃろ?」

 闘気を纏うのを止め、ポワンは私に向けて誇らしげに笑った。
 そんなポワンに私は、一度だけゆっくりと頷く。

 世界一強いというのは、嘘でも冗談でも虚勢でもない。
 ポワンの闘気には、その言葉を信じさせるだけの説得力があった。

「……ポワンくらい……私も強くなれる……? 帝国の四帝や……王国騎士団長を倒せるくらいの強さが欲しいの……」

「笑わせるな、阿呆。お主がワシの敵なら、地面に蹲った瞬間もう死んでおるのじゃ」

 私はルグレに庇われた自分が恥ずかしくなり、直ぐに庇ってくれたルグレを押しのけて立ち上がった。

「お願い……っ!! 私死ぬ気でポワンの修行についてくから!!」

 ポワンという存在が恐くなったと同時に、希望にも見えた。
 修行に付いていければ絶対に強くなれる確信があったからだ。

 ポワンはやれやれといった様子でため息を吐き――。

「五年じゃ」

 私の熱意に負けたのか、面倒臭そうに数字の五を表す様に手の平を広げた。

「五年でそれなりに強くしてやるのじゃ。それまでワシに着いてくるのじゃ」

 こうして、私の修行が始まったんだ――。