私の名前はヒメナ。
両親に捨てられた孤児で、物心が付いた頃にはこの孤児院にいたんだ。
年齢は分からないけど、院長のエミリー先生が言うには十歳くらいなんじゃないかって。
名前は先生が付けてくれたんだけど、孤児の私たちに苗字はない。
女の子だけの孤児が住む、孤児院の食堂。
そこで今、私はアリアのパンを取ったブレアと、パンを取り返すために喧嘩をしている真っ最中だ。
「ちょっと、ブレア!! アリアのパン盗らないでよ!!」
「うっせーやい!! こちとら腹減ってんだ!!」
「いいよ、ヒメナ! 私お腹空いてないから……喧嘩しないで!」
パンを取られたアリアは、私の大親友――物心がついた頃から一緒の姉妹みたいなものかな?
アリアの髪の色は私と同じ金髪だけど、私のセミロングの癖っ毛とは違ってとっても綺麗なロングストレート。
顔も凄く綺麗で可愛いから、物語に出て来るお姫様みたいなんだ。
おとなしいけど、気遣いが出来る優しい性格で、いつも人のことばかり考えるから、たまに心配になるんだけどさ。
「へっへーん! ヒメナ! お前喧嘩であたいに勝てると思ってんのかよ!!」
水色の髪を三つ編みで結っているブレアは、ギザギザな歯を食いしばって小さい身体にマナを巡らせると、次第に可視化される。
自らのマナを闘気に変換して、身体能力を向上させたんだ。
ブレアは私やアリアと同い年位の女の子だけど、運動が良く出来る上に年上でもルーナとエマしか扱えない闘気を操れたりできるの。
「ほぇ!?」
闘気により強化されたブレアが振るった拳を、何とか私は両腕で受け止めるも、吹き飛ばされて地面を転がる。
そのまま壁に衝突した私は仰向けに倒れたまま、強い衝撃を受けた体を起こせずにいた。
「ヒメナ!!」
アリアが私の体を、抱きかかえる。
うーん、アリアは可愛くて優しいし、柔らかくて最高だなぁ……それに良い匂い。くんかくんか。
「はっはっはっー! お前のパンはこれからもあたいのもんだ!! おとといきやがれーっ!!」
アリアのパンを口一杯に頬張り、どこで覚えて来たのか私達が吐くはずの捨て台詞を吐いたブレアは、食堂から走り去ろうとしたその時――。
「バカたれっ!!」
「おぶっ!!」
ブレアは買い出しから帰ってきた、孤児院の院長であるエミリー先生の拳骨を食らった。
「ったく。この悪ガキが。食べ物は平等に分けろって言ってんだろうが」
老齢である先生の体は、すっごく大きくてムッキムキ。
胸筋があり過ぎて脇が締まらないほど鍛えられている。
とても女の人には見えないエミリー先生は、眼帯をしていない方の右目を光らせていた。
修道服を着てるけど、見た目は盗賊顔負けな程、柄が悪い。
「うわぁぁん!! ごべんなさぁぁい!!」
エミリー先生の拳骨でたんこぶを作ったブレアは、泣きながら走り去る。
私とアリアはそんなブレアを同情しながら、呆然と見送ることしかできなかった。
私は食べるのが遅いアリアが食べ終えるのを待つ中、ブレアが来て喧嘩になったため、食堂にはエミリー先生を含めて私達三人だけが残される。
「またアリアのご飯、ブレアのバカに取られちまったのか?」
「はい、すみません。でも、私大丈夫ですから」
だけど、先生の顔を見て安心したのか、悪くないアリアが謝るのを見て悲しくなったのか、私の目からはポロポロと涙が出てきた。
「じぇんじぇぇぇ!! またブレアに負けちゃったよぉぉ!! アリアのご飯取られちゃったぁぁぁ!!」
「おーおー、わかったわかった」
私はブレアにいっつも喧嘩で負けて、遊び道具やご飯を取られる。
孤児院に住む私達にとっては死活問題だ。
ブレアはただでさえ同年代の中で身体能力が高く、闘気で身体能力を強化できるもんから、年上にも喧嘩じゃ負けない。
エミリー先生が言うには、将来騎士になれるかもしれないほどの才能の持ち主らしい。
前に天才だって言ってた。
「まぁ相手がブレアだからな」
エミリー先生は、先生の修道服に顔を埋めていた私の頭を優しく撫でてくれた。
「成長ってのは人それぞれ違うもんだ。ブレアだって将来どうなるかわからないし、あんただってきっと強くなれる」
先生が言っていることなんて、よくわかんない。
私は今、ブレアに勝てるように強くなりたいのに。
「エミリー先生みたいに強くなれる?」
「なれる。ヒメナが望んで、頑張ればな」
ひとしきり泣いて落ち着いてきた私は、エミリー先生から離れる。
「……もう大丈夫」
「良い子だ。ほら、外で遊んでこい」
「うんっ!!」
「はい、エミリー先生」
エミリー先生に促され、私達はその場から駆け出す。
「こんな血濡れた老いぼれだって、変われたんだ。あんた達子供なんて可能性の宝庫だ」
切なそうな目をするエミリー先生の呟きを聞かずに――。
*****
ここはボースハイト王国。
隣国のアルプトラウム帝国は軍事国家で、隣国に戦争をしかけては植民地としてるらしい。
王国も例外ではなく、昔から何度も小競り合いをしていて、今も国の偉い人達が揉めてるんだってエミリー先生が言ってた。
私達が住む孤児院は、帝国に一番近いアンファングという街から、少し離れた丘にある。
孤児院から少し離れると、街一面を見渡せるお花畑があって、とっても気持ち良いんだ。
そこは私とアリアのお気に入りの場所だ。
「いつも私がご飯を食べるのが遅いのがいけないのに、ごめんね。私のために頑張ってくれて……」
「ううん、結局今回も取られちゃったけど次は負けない! あ、私が食べたパン、アリアに分けれるかな? うぇって吐いたらさ!」
「……それは……いいかな……」
当たり前だけど、アリアは私にドン引きしている。
流石にダメか。
いっぱい泣いたけど、何だかまだスッキリしないな……やっぱりブレアに喧嘩で負けたせいかな?
こういう時は、あれに限る。
「ねぇ、アリア歌ってよ」
「いいけど、私の歌何回も聞いて飽きないの?」
「だって私アリアの歌、大好きだもん! アリアも歌うの好きでしょ? ねぇ、歌って!」
「……うんっ!」
私のおねだりに答えてくれたアリアは腹式呼吸で大きく息を吸い、歌い始める。
とっても綺麗な歌声だ。
アリアの歌に釣られるかのように、野鳥達が私達の元に集まって来た。
アリアの歌で私の少し濁った心が洗われていく。
嫌なことがあるといつもアリアに歌をお願いするんだ。
だって私が聞いた歌の中じゃ、アリアは断トツで上手いんだもん。
上手いだけじゃなくて、心に響くというか……よくわかんないけど、そんな感じ。
マナの流れがアリアの口の周りで見えるけど、それと関係あるのかな?
アリアの歌を聞いてたらお腹一杯になった時みたいに、幸せな気持ちになれるんだ。
私は孤児院にいるけど、幸せだ。
エミリー先生がいて、孤児院の皆がいて、隣にアリアがいて、アリアの綺麗な歌声を聞ける。
お腹一杯食べれることは少ないけど、私はそれだけで十分だ。
――アリアが歌い終わると、野鳥たちはアリアにお礼を言うかのように、私達の周りをひとしきり回った後、飛んでいった。
「ほぇ~、幸せ」
アリアの歌に大満足の私が寝ころぶと、アリアも私に合わせて隣に寝ころぶ。
「大人になってもさ。今みたいに平和に過ごせたらいいね」
私がアリアの手を取ると、アリアが私の手をつなぎ返してきた。
「ヒメナ、ずっと私の側にいてね」
「うん、アリアも私に愛想つかさないでよ」
私達は二人で空を見上げながら笑った。
ずっとこのままがいいのにな。
いつかアリアも私もどこかの家の養子になって、この孤児院を出ていくのかな?
アリアやエミリー先生達とバラバラになりたくないなぁ。
意地悪いブレアはどうでもいいけど。
この時の私は知らなかった。
私が抱えていた不安なんて、本当にちっぽけなモノだったんだって――。
両親に捨てられた孤児で、物心が付いた頃にはこの孤児院にいたんだ。
年齢は分からないけど、院長のエミリー先生が言うには十歳くらいなんじゃないかって。
名前は先生が付けてくれたんだけど、孤児の私たちに苗字はない。
女の子だけの孤児が住む、孤児院の食堂。
そこで今、私はアリアのパンを取ったブレアと、パンを取り返すために喧嘩をしている真っ最中だ。
「ちょっと、ブレア!! アリアのパン盗らないでよ!!」
「うっせーやい!! こちとら腹減ってんだ!!」
「いいよ、ヒメナ! 私お腹空いてないから……喧嘩しないで!」
パンを取られたアリアは、私の大親友――物心がついた頃から一緒の姉妹みたいなものかな?
アリアの髪の色は私と同じ金髪だけど、私のセミロングの癖っ毛とは違ってとっても綺麗なロングストレート。
顔も凄く綺麗で可愛いから、物語に出て来るお姫様みたいなんだ。
おとなしいけど、気遣いが出来る優しい性格で、いつも人のことばかり考えるから、たまに心配になるんだけどさ。
「へっへーん! ヒメナ! お前喧嘩であたいに勝てると思ってんのかよ!!」
水色の髪を三つ編みで結っているブレアは、ギザギザな歯を食いしばって小さい身体にマナを巡らせると、次第に可視化される。
自らのマナを闘気に変換して、身体能力を向上させたんだ。
ブレアは私やアリアと同い年位の女の子だけど、運動が良く出来る上に年上でもルーナとエマしか扱えない闘気を操れたりできるの。
「ほぇ!?」
闘気により強化されたブレアが振るった拳を、何とか私は両腕で受け止めるも、吹き飛ばされて地面を転がる。
そのまま壁に衝突した私は仰向けに倒れたまま、強い衝撃を受けた体を起こせずにいた。
「ヒメナ!!」
アリアが私の体を、抱きかかえる。
うーん、アリアは可愛くて優しいし、柔らかくて最高だなぁ……それに良い匂い。くんかくんか。
「はっはっはっー! お前のパンはこれからもあたいのもんだ!! おとといきやがれーっ!!」
アリアのパンを口一杯に頬張り、どこで覚えて来たのか私達が吐くはずの捨て台詞を吐いたブレアは、食堂から走り去ろうとしたその時――。
「バカたれっ!!」
「おぶっ!!」
ブレアは買い出しから帰ってきた、孤児院の院長であるエミリー先生の拳骨を食らった。
「ったく。この悪ガキが。食べ物は平等に分けろって言ってんだろうが」
老齢である先生の体は、すっごく大きくてムッキムキ。
胸筋があり過ぎて脇が締まらないほど鍛えられている。
とても女の人には見えないエミリー先生は、眼帯をしていない方の右目を光らせていた。
修道服を着てるけど、見た目は盗賊顔負けな程、柄が悪い。
「うわぁぁん!! ごべんなさぁぁい!!」
エミリー先生の拳骨でたんこぶを作ったブレアは、泣きながら走り去る。
私とアリアはそんなブレアを同情しながら、呆然と見送ることしかできなかった。
私は食べるのが遅いアリアが食べ終えるのを待つ中、ブレアが来て喧嘩になったため、食堂にはエミリー先生を含めて私達三人だけが残される。
「またアリアのご飯、ブレアのバカに取られちまったのか?」
「はい、すみません。でも、私大丈夫ですから」
だけど、先生の顔を見て安心したのか、悪くないアリアが謝るのを見て悲しくなったのか、私の目からはポロポロと涙が出てきた。
「じぇんじぇぇぇ!! またブレアに負けちゃったよぉぉ!! アリアのご飯取られちゃったぁぁぁ!!」
「おーおー、わかったわかった」
私はブレアにいっつも喧嘩で負けて、遊び道具やご飯を取られる。
孤児院に住む私達にとっては死活問題だ。
ブレアはただでさえ同年代の中で身体能力が高く、闘気で身体能力を強化できるもんから、年上にも喧嘩じゃ負けない。
エミリー先生が言うには、将来騎士になれるかもしれないほどの才能の持ち主らしい。
前に天才だって言ってた。
「まぁ相手がブレアだからな」
エミリー先生は、先生の修道服に顔を埋めていた私の頭を優しく撫でてくれた。
「成長ってのは人それぞれ違うもんだ。ブレアだって将来どうなるかわからないし、あんただってきっと強くなれる」
先生が言っていることなんて、よくわかんない。
私は今、ブレアに勝てるように強くなりたいのに。
「エミリー先生みたいに強くなれる?」
「なれる。ヒメナが望んで、頑張ればな」
ひとしきり泣いて落ち着いてきた私は、エミリー先生から離れる。
「……もう大丈夫」
「良い子だ。ほら、外で遊んでこい」
「うんっ!!」
「はい、エミリー先生」
エミリー先生に促され、私達はその場から駆け出す。
「こんな血濡れた老いぼれだって、変われたんだ。あんた達子供なんて可能性の宝庫だ」
切なそうな目をするエミリー先生の呟きを聞かずに――。
*****
ここはボースハイト王国。
隣国のアルプトラウム帝国は軍事国家で、隣国に戦争をしかけては植民地としてるらしい。
王国も例外ではなく、昔から何度も小競り合いをしていて、今も国の偉い人達が揉めてるんだってエミリー先生が言ってた。
私達が住む孤児院は、帝国に一番近いアンファングという街から、少し離れた丘にある。
孤児院から少し離れると、街一面を見渡せるお花畑があって、とっても気持ち良いんだ。
そこは私とアリアのお気に入りの場所だ。
「いつも私がご飯を食べるのが遅いのがいけないのに、ごめんね。私のために頑張ってくれて……」
「ううん、結局今回も取られちゃったけど次は負けない! あ、私が食べたパン、アリアに分けれるかな? うぇって吐いたらさ!」
「……それは……いいかな……」
当たり前だけど、アリアは私にドン引きしている。
流石にダメか。
いっぱい泣いたけど、何だかまだスッキリしないな……やっぱりブレアに喧嘩で負けたせいかな?
こういう時は、あれに限る。
「ねぇ、アリア歌ってよ」
「いいけど、私の歌何回も聞いて飽きないの?」
「だって私アリアの歌、大好きだもん! アリアも歌うの好きでしょ? ねぇ、歌って!」
「……うんっ!」
私のおねだりに答えてくれたアリアは腹式呼吸で大きく息を吸い、歌い始める。
とっても綺麗な歌声だ。
アリアの歌に釣られるかのように、野鳥達が私達の元に集まって来た。
アリアの歌で私の少し濁った心が洗われていく。
嫌なことがあるといつもアリアに歌をお願いするんだ。
だって私が聞いた歌の中じゃ、アリアは断トツで上手いんだもん。
上手いだけじゃなくて、心に響くというか……よくわかんないけど、そんな感じ。
マナの流れがアリアの口の周りで見えるけど、それと関係あるのかな?
アリアの歌を聞いてたらお腹一杯になった時みたいに、幸せな気持ちになれるんだ。
私は孤児院にいるけど、幸せだ。
エミリー先生がいて、孤児院の皆がいて、隣にアリアがいて、アリアの綺麗な歌声を聞ける。
お腹一杯食べれることは少ないけど、私はそれだけで十分だ。
――アリアが歌い終わると、野鳥たちはアリアにお礼を言うかのように、私達の周りをひとしきり回った後、飛んでいった。
「ほぇ~、幸せ」
アリアの歌に大満足の私が寝ころぶと、アリアも私に合わせて隣に寝ころぶ。
「大人になってもさ。今みたいに平和に過ごせたらいいね」
私がアリアの手を取ると、アリアが私の手をつなぎ返してきた。
「ヒメナ、ずっと私の側にいてね」
「うん、アリアも私に愛想つかさないでよ」
私達は二人で空を見上げながら笑った。
ずっとこのままがいいのにな。
いつかアリアも私もどこかの家の養子になって、この孤児院を出ていくのかな?
アリアやエミリー先生達とバラバラになりたくないなぁ。
意地悪いブレアはどうでもいいけど。
この時の私は知らなかった。
私が抱えていた不安なんて、本当にちっぽけなモノだったんだって――。