私は今、王都から発つために王城の裏門前にいる。

 皆が見送りに来ているけど、黒狼騎士団の騎士の監視付きだ。
 アリアは両目を覆うように痛々しく包帯を巻き、視力を失ったためルーナの腕を掴んで導かれている。

 あの後――私一人とアリアを始めとした皆の部屋は分けられていた。
 何でかは分からないけど、アリアがそう希望したみたい。

 私のこと……嫌いになったのかな……?
 私アリアに何かしちゃったのかな……?

「……アリア……」

 何で私を……追い出すの……?

「アリア……!! 何で私を王都から追放する条件なんて出したの!? 私、皆と離れたくないよ……!! ここにいさせてよ!!」

「駄目よ。利き腕がないヒメナは必ず皆の足を引っ張るわ。目が見えなくなった私同様に」

 それはそうかもしれないけど……私は闘気だって使える。
 闘うために頑張って強くなる。

「だったら……なおさら私がいないと駄目じゃない!? だって私、エミリー先生と約束したんだよ!? 私がアリアを守るって――」

「守れなかったから、私の目はこうなってるんじゃない」

 ――アリアの言葉は私の胸に深く刺さる。

 私じゃアリアは守れない。
 面と向かってはっきりそう言われた。
 アリアが私を拒絶するなんてことは、今まで一度もなかったのに……。

「これから邪魔になるって言ってるの。私には皆が付いてるから安心して王都から出てって」

 終始冷たい言葉。
 鬱陶しそうで、面倒臭そうで、私と話すのが本当に嫌なんだろう。
 普段のアリアからは想像も出来ない。

 それでも、納得できないよ。
 私はアリアを守るって、エミリー先生と約束したんだもの……!!

「でも……アリア!! 今まで私達ずっと一緒だったじゃない!? 私、アリアと一緒にいたいよ!! アリアは本当に私とお別れしたいの!? ねぇ!?」


「さよなら、ヒメナ」


 ――なおも食い下がる私に、話はこれで終わりと言わんばかりに、アリアは後ろを振り向いた。

「ねぇ、皆も何か言ってよ!! 私が悪かったからさぁ!!」

 皆の顔を見ると、無言で顔を背けられる。
 私が自分だけ生き残ろうとしたのが、やっぱり皆の心に深く刻まれてるんだろう。

 でも、アリア……分かってるの……?
 もう私と会えないかもしれないんだよ……?

「ねぇ、アリアァ!! 最後くらいこっち向いてよぉ!!」

 私の願いは叶わず、アリアは二度と振り向くことはなかった――。


*****


 アリア達から離れ、王城を去ったヒメナ。
 かすかに見えるその背中は、残った者にとっては寂しく見えた。

「……おい、アリア。お前本当に良かったのかよ?」

「何だい? ブレアはヒメナのこと裏切り者呼ばわりしてたじゃないか。ヒメナが居なくなるのが寂しいのかい?」

「……うっせーよ、バーカ!! お前も裏切り者の一人だろうが!?」

「あらあら、まぁまぁ」

 ブレアとエマとベラの間では、昨日の喧嘩の時のような重さはない。
 昨晩、ヒメナと他の子供達で部屋を分けられた際に、ルーナとフローラが間を取り持ち和解していたからだ。

「アリア……本当に良かったの……?」

 ヒメナの方を向かずに、振り返って俯いたままのアリアに、ルーナがブレアと同じように問う。

「……良くないよ……良い訳ないじゃない……本当はヒメナと離れたくないよ……」

 ヒメナとの今生の別れともとれる、離別。
 物心がついたころから片時も離れずヒメナと一緒だったアリアが、ヒメナと会えなくなることが辛くないはずがない。

「でも……ヒメナが私を守ることをあんなに重く感じてるなんて気づかなかった……ずっと側にいたのに……!! 私を守るために、ヒメナが自分を曲げようとするなんて思わなかった……!!」

 ヒメナが自分を守ることを気負っていることを感じ、ヒメナを自分から離さないといけないと思ったアリア。

 昨晩ヒメナと部屋を分けるよう希望したのは、その気持ちを全員に伝えて意思統一をするためで、ヒメナを追放するのに反対する者が出ないようにするためだ。

 しかし――。

「ぐすっ……ごめんなさい……ヒメナ……どうか戦争の無い所で……幸せに……元気に生きて……っ」

 アリアにとって、ヒメナに冷たく接したのは、心が張り裂けるように苦しかった。

「うっ……ひぐっ……」

 ヒメナを傷つけたかもしれない。
 自分のとった行動が正しいかもわからない。
 自分と離れたヒメナが幸せになれるかもわからない。
 帝国との戦争に巻き込まれないで、生きていける保証もない。

「ヒメ……ナ……行かない……で……」

 それでも自分の側にヒメナがいれば、苦しませてしまう気がした。
 自分を守るためにヒメナを苦しめるのが、アリアにとって何より辛かったのだ。

『ヒメナ、ずっと私の側にいてね』

 孤児院で自分がヒメナに言ったことを思い出す、アリア。
 今でも変わらない、心からの願い。
 しかし、何にも代えがたいその願いを壊したのは――。


「うわああぁぁ!!」


 自分自身だ。

 ヒメナに気取られず、自分のことを忘れて幸せに過ごしてもらうために、心を痛めながらもヒメナに冷たく当たったアリア。

 そこまでしてヒメナを自分から離れさせた、アリアの失意の涙。

「これから大変になるだろうしぃ……」
「ウチも面倒臭いことは嫌いなんだけどさ……」
「ボク達がヒメナの分までっ!!」
「アリアを守らないとね」
「ちぇっ! 当たり前のこと言ってんじゃねーよ、バーカ!!」

 泣き崩れたアリアの背中は、孤児達にロランに飼われる決意をさせた。
 去ったヒメナの分まで、アリアを守るために。

 そしてこの日――孤児達によって作られた、歌姫の敵を冥土へと送るためのメイド服を纏う部隊、【冥土隊】が誕生したのであった。