今アリア……何て言った……?
 両目を差し上げましょうって……どういうこと!?

「忠誠の証が目とは……どういうことだい?」

「目が見えなければ、今後私達があなたを裏切ろうとしても私が足手纏いとなります。歌を歌うのにも支障はありません」

「ふふふ……なるほど、ね」

 私達が黙る中、アリアとロランは話を進めていく。

 アリアの目を潰すってこと……?
 そんなの……そんなのってないよ!!

「何言ってんの……!? アリア……っ!!」

「ヒメナは黙ってて」

 アリアは私を突き放す。
 アリアのこんな冷たい声を聞いたのは初めてだ。

「ただし、一生の傷を背負うからには私にも条件があります」

「条件?」

「騎士団に皆を入れるとのお話でしたが、あなたがレイピアを突き付けている子……ヒメナだけは入れないで、この王都から追放して下さい」

 ……え?
 私を王都から追放ってどういうこと……?
 目を失って要求する条件が……それ?

「何故、この子だけ?」

 困惑する私や皆は蚊帳の外。
 ロランとアリアは話を進める。

「私が両目を失うということは、護衛や私に付いてもらう人が必要不可欠となります。利き腕のないヒメナでは荷が重く、むしろ足で纏いとなる可能性が高いからです。そうなれば、私や他の皆への危険や負担が増します」

「……ふーん、なるほどね。それ以外の意味もあるんだろうけど……」

 ロランはレイピアを私の喉元に刺したまま、しばらく考える。
 アリアの条件の意図がわからないんだろう。
 私だって……分からないんだから。

「面白い。それが歌姫様のお望みとあらば」

 アリアの覚悟を見てか、ロランは私を汚い地面に放り投げる。
 そしてレイピアを手にしたまま、アリアへと近づいていく。

「ダメ……やめて……」

 私の懇願を無視したロランのレイピアは――。

「やめろおおぉぉ!!!!」


 アリアの両目を貫き、その光を永遠に奪った。


*****


 夜――。
 紫狼騎士団、団長室。
 王城内にあるその部屋は豪華な宝飾で飾られている。

「今日のことかい?」

 椅子に座りワインを嗜むロランの前には、今日ヒメナ達を捕縛した白い集団の内の一人が立っていた。
 藍色の長髪で眼鏡をかけた彼女の名前は、フェデルタ・ロヤリテート。
 紫狼騎士団の副団長だ。

「初めから犯罪者として彼女達を連行すれば良かったのでは? スラム街での違法滞在、数々の盗難、連行する理由はいくらでもあったでしょうに。そうすれば彼女達も大人しく付いて来てくれ、罪を償わせれたと思いますが」

「別に捕まえたいって訳じゃなかったからね」

 フェデルタが団長室に訪問したのは、アリア達に対するロランの行動が理解できなかったからである。
 ロランが突拍子もないことをすれば、いつもこうしてフェデルタは答えを要求する。

「百歩譲って歌姫は良いとして、何故歌姫以外の子達も騎士団に入れたのです? あの年代の中では確かに才気に溢れていますが、まだ子供です。ここは託児場じゃありません」

「考えてもみなよ。他の子達から単純に引き剥がすだけでは、歌姫が僕のために歌ってくれないだろう?」

 副団長であるフェデルタは、自由奔放なロランの後始末にいつも苦労をしているため、ロランの今回の行動に関しても納得がいっていなかったのだ。

 いつも後始末に奔走するフェデルタをロランは面白そうに見ており、どちらが上か下かも分からない妙な上下関係が出来上がっている。

「歌姫と他の子達は互いに依存している。他の子達を人質にとれば歌姫に歌わすのは容易いけど、あれだけの人数を誰かに監視させて別の場所で人質にするのは面倒だ。年齢の割には下手に戦闘能力もある子もいるしね」

 ロランはワイングラスからワインを口に運び、ワインを舌で転がした。

「だから人質として手元に置いたのですか? 歌姫にとっての人質は他の子供……他の子供にとっては歌姫を人質として」

「そういうことだよ。歌姫に治せない傷をつけておけば、他の子達は僕を裏切れない。自分達だけ逃げれば歌姫がどんな扱いを受けるか分からないだろうし、傷ついた歌姫を連れて全員が僕から逃げるのが不可能なことは子供でも分かる」

「他の子供が団長から逃げないとなれば、歌姫は歌い続ける……団長に反抗すれば他の子供達がどうなるか分からないから」

「歌姫には最前線で僕のために歌わせて、他の子供は歌姫の護衛や過酷な任務をさせる。歌姫以外は一人残れば後は死んでも構わないし、歌姫のために死ぬ気で働いてくれるだろうさ。輪を乱しそうな子は間引いたしね」

「黒い長髪の少女……ですか」

 ロランがメラニーを殺した理由――それは、自己愛者だったからだ。

 アリアだけは殺す気がないロランは、自身の管理下にメラニーのような保身に走る者置いた場合、アリアを殺されることが分かっていても逃げる可能性を考えていた。

 そうなれば、他の孤児の内の誰かも釣られて逃げ出そうとするかもしれない上に、誰か一人でも逃げるか、それを止めるために殺せば、アリアと他の孤児達は互いを信じきれなくなって、人質同士の関係は崩れるかもしれない。

 故にロランはメラニーのような仲間意識が低い者を炙り出し、殺した。

 メラニーのように保身に走る者がいなげれば、他の子供達は一致団結し、アリアのためにロランの元で死ぬ気で働くからだ。

「王城に常駐するのも飽きたからね、少しは面白くなりそうかな」

 アリアを利用して戦場の前線に出るつもりのロランは、これからのことを想像したのか、微笑みながらワインを飲み干した。

 何故この男は子供達にあそこまで酷いことをしておいて笑っていられるのだろうか?
 そう思ったフェデルタは、段々とロランの笑顔が憎たらしくなってくる。

「彼女達が生き延びて私達に匹敵する力を付けた時はどうするのですか? こんなことをしていれば、いつか飼い犬に手を噛まれる可能性もおありかと」

 この言葉は、子供達だけじゃない。
 フェデルタは自身のことも兼ねて言っていた。

 ロランのような騎士団長では駄目だ。
 いつか、力をつけて団長の座を奪う。
 その決意が伝わらないよう、遠回しに嫌味を言ったのだ。


「それならそれで……痺れるじゃないか」


 無邪気に笑ったロランに、フェデルタは全て見透かされたような恐怖を感じる。

 掴み所がない性格、緻密な計算、圧倒的な強さ――それらを兼ね備えるロラン・エレクトリシテ。
 まったく価値観が合わない嫌いな上司ではあるが、ロランを恐れて逆らいきれずにいるフェデルタであった。