私の名前はヒメナ。
 両親に捨てられた孤児で、物心が付いた頃にはこの孤児院にいたんだ。
 今はこの孤児院の副院長をしている先生の一人だ。
 双子の姉妹のアリアは院長先生。

 私とアリアの年齢は分からないけど、多分十八歳か十九歳くらいなんじゃないかな?
 名前は育ての親のエミリー先生が付けてくれたんだ。

 今、孤児院の食堂では戦争孤児の子供達が喧嘩の真っ最中だった。

「ちょっと、アヴニール!! ノイのパン盗らないでってば!!」

「うっせーんだよ!! 俺も腹減ってんだ!! 盗られる方が悪いんだよ!!」

「いいよぅ……ルーチェ。私お腹空いてないから……喧嘩しないでよぉ」

 ノイのパンを盗ったアヴニールは、ワガママを絵に描いたような性格。
 どこかブレアを彷彿とさせる。

「女で闘気も纏えないお前が俺に勝てると思ってんのかよ!?」

 アヴニールは闘気を纏って、ノイのパンを盗られて怒ったルーチェを両手で押した。
 ルーチェは押された勢いで吹っ飛ばされた。
 そのまま壁に衝突したルーチェは仰向けに倒れたまま、強い衝撃を受けて体を起こせずにいた。

「ルーチェ!!」

 ノイは倒れたルーチェの体を抱きかかえる。
 ……ほぇ? 何かルーチェ、ノイの匂いを嗅いで幸せそうな顔してない?

「はっはー!! これでこのパンは俺の物だぜー!!」

 勝利宣言をするかのように、パンを天に掲げたアヴニール。
 アヴニールがノイのパンを食べようとしたその時――。

「バカちんっ!!」

「だっ!?」

 その場で一部始終を見ていた私は、アヴニールに拳骨をお見舞いした。

「ったく、もー。食べ物は平等に分けなって言ってるでしょ?」

 ポワンとの戦闘でフローラに作ってもらった義手を失った私は、また右手が無くなった。
 左手しかないから、また色々大変になっちゃったけど、何とかそれでも頑張ってる。 

「うわぁぁん!! ごべんなさぁぁい!!」

 私の拳骨でたんこぶを作ったアヴニールからパンを取り返すと、泣きながら走り去る。
 ルーチェとノイはそんなアヴニールを同情しながら、呆然と見送っていた。

 私とルーチェは食べるのが遅いノイが食べ終えるのを待つ中、アヴニールが食堂に来て喧嘩になったため、食堂には私とルーチェとノイの三人だけが残される。

「またノイのご飯、アヴニールに取られちゃったね」

 そう言いながら、私はノイに奪い返したパンを渡した。

「ごめんなさぃ……」

「謝ることないよ、アヴニールがワガママなんだから」

 だけど、私の顔を見て安心したのか、悪くないノイが謝るのを見て悲しくなったのか、ルーチェの目からはポロポロと涙が出てきた。

「じぇんじぇぇぇ!! またアヴニールに負けちゃったよぉぉ!!」

「はいはい、わかったわかった」

 ルーチェはアヴニールにいっつも喧嘩で負けて、遊び道具やご飯を取られる。
 まるで昔の私とブレアみたいな関係だ。

 アヴニールは昔のブレア同様、ただでさえ同年代の中で身体能力が高く、闘気で身体能力を強化できるもんから、年上にも喧嘩じゃ負けない。
 男の子だしね。
 多分、将来騎士くらいにはなれる才能は持ってるんじゃないかな?

「まぁ相手がアヴニールだから仕方ないよ」

 私は、私の漆黒のメイド服に顔を埋めていたルーチェの頭を優しく撫でた。

「成長ってのは人それぞれ違うんだよ。アヴニールだって将来どうなるかわからないし、ルーチェだってきっと強くなれる」

 私が言っていることなんて、よくわかんないよね。
 きっとルーチェは今、アヴニールに勝てるように強くなりたいのに。

「ヒメナ先生みたいに強くなれる?」

「なれるよ。ルーチェが望んで、頑張れば」

 ひとしきり泣いて落ち着いてきたルーチェは、私から離れた。

「……もう大丈夫」

「良い子だね。さ、外で遊んでおいで」

「うんっ!!」

「はい、ヒメナ先生」

 私に促され、ルーチェとノイはその場から駆け出す。

「エミリー先生は凄いや。同じ立場になって初めて分かることもあるんだね」

 私の呟きは二人は聞いてないんだろうな――。


*****


 ここはボースハイト王国。
 隣国のアルプトラウム帝国は軍事国家で、隣国に戦争をしかけては植民地としてた国だ。
 今は私達の父親の炎帝アッシュ・フラムが実質率いていて、平和国家を目指している。
 王国も帝国を刺激することはせず、世の中は平和の道を歩んでいた。

 私達が住む孤児院は、帝国に返還されたアンファングという街から、少し離れた丘にある。

 孤児院から少し離れると、街一面を見渡せるお花畑があって、とっても気持ち良いんだ。
 そこは私とアリアのお気に入りの場所。
 そして、エミリー先生と私達の家族だった皆の墓がある場所だ。

 私とアリアは今日も日課の墓参りに来ていた。

「孤児院の仕事をヒメナにばかり押し付けちゃって、ごめんね。私の分も頑張ってくれて……」

「ううん、アリアは目が見えないから仕方ないよ! ま、私も右手無いんだけどねーっ! あははっ!」

「くすっ、ヒメナはいつも明るいね」

 私達はお墓の前で両手を組んで祈りを捧げる。
 エミリー先生に、ララに、メラニーに、エマに、ベラに、フローラに、ルーナに、ブレアに。

 祈りを終えても、私達の間には静寂が流れた。
 こういう時は、あれに限る。

「ねぇ、アリア歌ってよ」

「いいけど、本当にヒメナは何回も聞いて飽きないね」

「だって私アリアの歌、大好きだもん! アリアも歌うの好きでしょ? ねぇ、歌って!」

「うんっ!」

 私のおねだりに答えてくれたアリアは腹式呼吸で大きく息を吸い、歌い始める。
 とっても綺麗な歌声だ。
 アリアの歌に釣られるかのように、野鳥達が私達の元に集まって来た。

 アリアの歌で心が洗われていく。
 戦争のせいで死んでしまった一人一人の顔を思い出せる。
 嫌な気持ちじゃなくて、大切な思い出として。

 孤児院で副院長をするのは大変だけど、幸せだ。
 皆のお墓があって、子供達がいて、隣にアリアがいて、アリアの綺麗な歌声を聞ける。
 当たり前の平和がそこにある、私はそれだけで十分だ。

 ――アリアが歌い終わると、野鳥たちはアリアにお礼を言うかのように、私達の周りをひとしきり回った後、飛んでいった。

「ほぇ~、幸せ」

 アリアの歌に大満足の私が寝ころぶと、アリアも私に合わせて隣に寝ころぶ。

「お婆ちゃんになってもさ。今みたいに平和に過ごせたらいいね」

 私がアリアの手を取ると、アリアが私の手をつなぎ返してきた。

「ヒメナ、ずっと私の側にいてね」

「うん、アリアも私に愛想つかさないでよ」

 私達は二人で空を見上げながら笑った。