ここはボースハイト王国。
 隣国のアルプトラウム帝国は軍事国家で、少し前までは隣国に戦争をしかけては植民地としていた。
 王国も例外ではなく、昔から何度も小競り合いをしていて、この前ようやく大きな戦争が終わって、休戦協定が結ばれたんだ。

 私とアリアが住む孤児院は、帝国から返還されたアンファングという街から、少し離れた丘にある。

 孤児院から少し離れると、街一面を見渡せるお花畑があったんだけど、戦火の跡で今はもうない。
 そこは私とアリアのお気に入りだった場所だ。

「さて、やるかー!!」

 王国軍から脱退した私は、周囲一面を耕し、王都で買った花の種を蒔き、水を撒く。
 またお花畑を戻すために。
 アリアとのお気に入りの場所を取り戻す為に。

「ふぅ……」

 沢山の種を蒔き、一息つく。

 改めて思う。
 壊したり死ぬのなんて一瞬だけど、作ったり生まれたりするのは大変だし、時間がかかるんだ。

「もう、戦争なんて起こさせない。絶対に」

 アリアとのお気に入りだった場所に作った、エミリー先生、ララ、メラニー、エマ、ベラ、フローラ、ルーナ、そしてブレアのお墓。

『人ってのは死んじまったら、ただの物になっちまう』

 ヴェデレさんはそう言ってたけど、私はそうは思わない。
 悔しさや、虚しさ……想いや、願いは私が今も引き継いでるんだから。

 生き返ったりすることのない皆のお墓を見て、私は決意したんだ――。


 夜――晩御飯を私は鼻歌まじりにご機嫌に作る。
 アリアは孤児院の食卓に座って待っていた。

「ふんふーん、ふんふふーん」

「ごめんね、ヒメナ。私、何も出来なくて」

 目が見えなくて料理が出来ないアリアは、手伝えなくて私に謝る。

「いいよ、いいよ! 気にしないで!! それに私実は料理好きなんだーっ!!」

「ふふ、楽しみ」

 私は王国軍を抜けた今も、漆黒のメイド服を着ている。
 これは死んだ皆の意志を継ぎたいし、アリアを守る象徴の服だから。

「はーい、出来たよーっ!!」

「わぁ……何だか、凄く特徴的な匂いだね……」

「修行してた頃は焼くか、煮るかくらいしかしたことなかったから、力入れちゃった! はいっ、あーん!」

 私はお皿に入れたシチューを、スプーンで掬いアリアの口元へと運ぶ。
 アリアの顔は何故か冷や汗をかき、緊張感に包まれていた。

「もーっ、早く食べてよーっ!」

 私は中々食べようとしないアリアの口にスプーンを無理矢理ねじ込む。

「ぅぐっ……!?」

「どう? 美味しい?」

「このシチュー……ぅ……」

 アリアは何か感想を言おうとしてくれたのかはわかんないけど、変な呻き声を上げながら椅子から卒倒した。

「ほぇ!? アリアどうしたの!? 喉に詰まらせたの!?」

 アリアは泡を吹いて痙攣している。
 まるで、毒を盛られたかのようだ。

「アリアァァ!?」

 どうやら、私のシチューが猛毒だったみたい。
 そういえば味見してなかったや。
 てへっ。


 私は倒れたアリアをベッドに寝かせた。
 昔エミリー先生が使っていた部屋で、戻って来ていの一番に掃除した場所の一つだ。

「ごめんね、アリア。大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。でも、今度から味見はしようね」

「おっかしいな~、手間かけたのにさ~」

「ヒメナはメイド服着てても、メイドには向いてないのかもね」

「ほぇ〜……酷いよぉ」

 へこむ私の声を聞いて、アリアは楽しそうに笑った。
 戦争が終わってからアリアは本当に幸せそうだ。
 死んだ皆のことを想いつつも、私と前を向いて生きると決めたんだろう。
 帝国やアッシュには復讐心もないみたい。

「それじゃ、寝よっか。私が料理失敗しちゃったから、お腹ぺこぺこだけど」

「昔のこと思い出すね」

「アリア、いっつもブレアにご飯取られてたもんね」

「それでいつもヒメナが取り返そうとしてくれてた」

「喧嘩にはいっつも負けてたけどねー」

 エミリー先生が寝ていた大きなベッドで横になりながら、二人で談笑をする。
 昔は布団に二人でくるまってエミリー先生にバレないように、コソコソ話してたなぁ。
 今はコソコソする必要は無いけどね。

「……すぅ……」

「…………」

 昔から一緒に寝るといつも私が先に寝ているけど、この日だけは違った。
 アリアが寝息をたて、私の意識はハッキリしている。

 アリアを起こさないように、ベッドから出て掛け布団をアリアに掛けた。
 そして、ルグレから受け継いだ手甲を左腕に装備し、身支度を済ませる。


「じゃあね、アリア」


 私がここを去った後、王国兵にアリアを保護してもらうように頼んでいる。
 最後にアリアと二人で楽しいひと時を過ごせた。
 何の憂いもない。

 寝ているアリアと束の間の平穏に別れを告げ、最期の清算を済ませるためにアフェクシーへ旅立つことを決めたんだ。


 そう、拳帝ポワン・ファウストを殺すために――。


 意を決して部屋を出ようとした時、

「どこに行くの? ヒメナ」

 寝ているはずのアリアに声をかけられた。