王国軍と帝国軍の戦争は、激化していた。
 王国軍も当然数を減らしてはいるが、帝国軍の数は更に半数、五万程の兵力となっている。

「ぬっ……ぐ!?」

 アッシュが自力で多数の王国兵を屠るも、狂戦士の大群に押し潰されてそうになっていた。

 思わず睨む。
 自ら闘わず、遠くから見下すかのようにこちらを眺めるだけの、グロリアス国王を。

 アッシュは思い出した。
 コレールの首がなかった死体を。
 生まれるはずだった我が子を。

 その憎しみが、アッシュに力を与える。
 復讐心という負の力を。


「噴ぬらああぁぁ!!」


 振り絞ったマナで黒炎を纏い、周囲の王国兵を燃やす。
 そして、国王とアリアに向けて闘気を纏って全力で駆けた。

「ぬおおぉぉ!!」

 止めようとする狂戦士達を薙ぎ払い、傷をいくら負っても止まらない。
 凄まじい速さで国王とアリアの元に辿り着いたアッシュは、護衛兵を一瞬で燃やし尽くし、遂に国王の眼前まで迫った。

 黒炎で燃えた剣を振りかぶって、

「グロリアス国王ぉぉ!!」

 国王をあっさりと真っ二つに両断し、その体を燃やした。

「今度こそ……殺ったか!?」


 そう思ったアッシュの背後には――死んだはずの国王が立っていた。


「念の為、二人で来たのが幸いしたか」

 アッシュが背後を向こうとしたその時、

「なっ……にぃ……!?」

 アッシュの腹からは剣が生える。

 まごう事なき油断による致命傷。
 抜かれた剣からは血が噴き出し、アッシュは吐血する。

「油断大敵とはよく言ったものよ。のう、炎帝アッシュ・フラムよ」

「……ごほっ……貴様……一体……!?」

 アンゴワス公国と今斬った国王は、影武者だったのか。
 それとも、今目の前にいる国王すらも影武者なのか。
 アッシュの脳内は混乱の渦の中にいた。

「死にゆく者への手向けだ。教えてやろう」

 国王は抜いた剣の血を振り払い、自慢気に笑った。

「余の魔法は【分身】。マナを二分化する代わりに身体を分裂させた体のそのすべてが本体だ。別人となるので、感覚、記憶、その他諸々共有できる訳ではないがな。どれもが本体であり、偽物でもあるのだよ」

「なる程……な……!!」

 国王の能力を知り、強力無比な【殺害】の魔法を持つコレールが敗北した訳を知る。
 自身が今されたように欺かれ、殺されたのだろう。

「ぬおああぁぁ!!」

 もう一度国王を切り裂くアッシュ。
 国王を殺しものの、ここにいた国王を全て殺そうが、何の意味もないだろう。
 きっとボースハイト王国の王都にも国王はまだいるのだろうから。

「畜生……めが……」

 アッシュは刺された傷の深さから、その場に倒れ込む。

「アッシュさん! そこにおられるのですか!?」

「な……んだ……歌……姫……」

 アリアは何が起きたかはっきりとは分かっていないが、何となくアッシュが敗北し、深手を負ったことを察した。
 そして、国王がいなくなったことも。

 アリアは【狂戦士の歌】を歌うのを止め、【快癒の歌】を歌う。
 その歌は戦場へと響いた。
 死んだ者は癒せないが、両軍の生きている者の怪我は癒えていく。

 ……そう、アッシュの傷も。
 しばらく歌うと、アッシュは致命傷から脱し、重症程度になる。
 アリアの【快癒の歌】では全快とまではいかないまでも、傷はみるみる内に塞がっていく。

「どういう……つもりだ?」

 王国軍にとっては、どう考えても炎帝アッシュが死んでいた方が都合が良かっただろう。
 にも関わらず、アリアは傷を癒し続けた。
 アッシュからしたら訳が分からないのは当然だ。


「あなたが、私の父だからです」


「な……に……?」

 ある程度傷が癒えて動けるようになったアッシュに、アリアは事実を告げた――。 


*****


 ロランが襲い掛かって来て戦闘は始まった。
 私は何が何だか分からずも、ロランのレイピアでの突きを手甲と義手で受け流し続ける。

「何してんのよ……あんた!? 戦争を終わらせられるのに……何で!?」

「終わったら痺れないって言っただろう? だから終わらせないために、僕が皇帝となって今度は王国を獲りに行くんだ。歌姫をどう攻略するか……考えるだけでも痺れるね」

 こいつ……信じられない!!
 こんな土壇場で、自分の楽しみのためだけに裏切るなんて!!

「あんたってヤツはぁぁ!!」

 私は義手でロランのレイピアを大きく弾く。
 そのまま左肩でロランに【衝波】を打ち込もうとするも、半身で躱されて膝蹴りをお腹にもらった。

「かっ……!」

 あまりの威力に、思わず悲鳴を上げる。
 膝蹴りを喰らった私は、吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
 
 体制を立て直そうとする間に、ロランは【瞬歩】で既にレイピアの間合いに入っており、私の頭に突きを繰り出している。
 首で的を逸らし、何とか回避する。
 私は苦し紛れに前蹴りを放つも、ロランは円盾でそれを防いだ。
 前蹴りの威力で吹き飛んだロランは、床を引きずりながらも体制を整えた。

「やはり君は強い、痺れる程に。だけど、ソリテュードで感じた闘気は今は見る影もない。あれは何かの間違いだったのかな?」

 【終焉の歌】で魔人化した私の闘気のことだろう。
 【終焉の歌】のことは話していないから、本気を出していないように見えて不可解なんだ。

「それとも……何か条件があるのかな?」

「!!」

 本当にロランは勘が鋭い……!
 嫌になっちゃうよ!!

「図星だとすれば、今が討ち時だね。拳帝並みのあんな闘気を纏われでもしたら敵いやしない」

 今以上の闘気を纏えないと悟ったロランは、自身を更に加速させ、強襲してきた――。