興味なんてなかった。

何に関しても心が揺れ動くなんてことない。

何が好きとか嫌いとかよく分からないし。

それなのになぜあなたが突き通してきた嘘は美しく、私を魅了するの?



「俺のこと、別に好きじゃなかったでしょ?」

またいつもの光景。私がどれだけ頑張っても相手には伝わらない。

「そんなことないよ。ちゃんと好きだよ。私の何がいけなかった?」

いつだって振られるのは私だ。私から別れを告げたことなんて1度もなかった。
何がダメだったのか全く分からないから改善の余地もない。

(みお)の好きには義務を感じる。心から言ってないなって分かるよ。俺の好きとは違う気がして澪と対等にいることができなくなった。」

そんなの言われたって分からないんだってば。
元々感情を表に出すことは苦手だった。サプライズパーティーとかも苦手。ドッキリとかも。
高校からは興味のない話題でも意図的(いとてき)に会話を盛り上げて笑って人を楽しませるように努力した。
その甲斐あって異性から告白されることも増えた。
なるべく人を悲しませたくないから付き合ってる人が居ない時ならどんな人の告白も受けて付き合っていた。
そして毎回同じセリフで振られる。

「きっと澪はさ、俺のこと好きじゃないんだよね。嫌いではないだけ。」

それの何がいけないのか全く理解できない。嫌いじゃないんだから良くない?
貰った愛はちゃんと受け取って返した。自分からデートにも誘った。甘えてキスもした。
何がいけなかったの?
こうして振られるのは5回目だ。2ヶ月以上続いた試しがなかった。



彼氏に振られて教室に戻るといつものメンバーがいつもの場所で昼食を取っていた。
穂積(ほづみ)(ゆず)、すずねん、山北(やまきた)(ひいらぎ)の男女混合のグループだ。
山北と柊はいつも通りスマホゲームをして盛り上がっている。
穂積、柚、すずねんはパンを食べながら楽しげに話している。

「なんて言われたん。」

学校の昼休憩、彼氏からの呼び出しから帰ってきた私に気づき、穂積が聞く。

「振られたー。まじ私、何がいけないの?意味わかんなーい。」

あえて軽く言う。いつもそう。
自販機に売っている紙パックのりんごジュースを片手に持ちながら、穂積が言った。

「あんたいっつも振られてんね。ウケるんだけど。」

「私今回のみっちの彼氏は続くと思ったけど無理だったか。」

私のあだ名、みっち。これは柚がつけてくれたあだ名だった。柚しか呼んでないあだ名だけど割と気に入っていた。

「お前もう恋愛向いてねえよ。やめとけ、やめとけ。」

ゲームをしながらバカにしたように山北が言う。私の恋愛に興味無いくせに。

「いや私悪くないくない!?」

毎度の振られ方に納得がいかなくて言い返す。

「なんでそんなすぐ付き合うの?告白された時そいつのこと好きじゃなかったろ?」

柊もゲームに視線を送りながらなのにちゃんと意見してくれる。
そしてあまりにも的を射た質問をするからなんて言えばいいか分からなくなる。

「みっちは優しいんだよー。あんたと違ってさ。振れないんでしょ?」

さも私の心境が分かったように柚が言う。わかってない。
でもそんなこと言えないからヘラヘラと笑って誤魔化す。

「そーなの。私優しいの。」

「何こいつ、だるいんだけど。」

山北が冷たい顔をしながらツッコミを入れてくれる。
そんなやり取りを見てすずねんがクスクスと静かに笑っていた。
笑いが起きて安心する。その中でも柊だけが笑わずゲームに夢中になってるのを見てほんの少し寂しくなった。
私は実は柊のことが苦手だったりする。誰にも言えないけど。
はっきりとものをいう性格も、空気を読もうとしないところも苦手。私が何を言ったって彼には響かない。柊が笑う時は山北と2人でいる時だけ。



「ただいま」

疲れる1日が終わりようやく家に帰れた。
帰ると3年前から専業主婦になった母が出迎えてくれる。お姉ちゃんの(ひびき)はバスケ部があるためまだ帰ってきていない。

「おかえり。あんたいっつも早いけど友達と遊びに行ったりしないの?」

あぁ、嫌な予感がする。

「まぁね。」

詮索(せんさく)されるのも嫌だから適当に返事をして、部屋に向かう。

「でも、あんたから友達の話って全然聞かないし友達を家に連れてきたこともないでしょう?響はよく遊びに行ってるから…」

嫌な予感が的中してしまった。
そんなの関係ないでしょ。
そう言えたらどれほどいいことか。でもこれ以上気疲れしたくない。

「友達は忙しいんだよ。バイトだとか、部活だとかでさ。」

本当は全部断ってるだけ。放課後まで人と一緒にいたら気が狂ってしまう。

「響は、部活もバイトもやってるけど友達と遊びに行ってるんだよ…?澪はいいのかなって心配しちゃうんだよ。」

イライラが募っていく。ほっといて欲しい。

「澪は帰ったらすぐ部屋にこもっちゃうじゃない?澪の交友関係もそうだけど全然把握出来ないのよ。」

「もう!!うるっさいな!ほっといてよ。私に干渉しないで!そんなんどうでもいじゃん。それに響、響ってお姉ちゃんと比較しないでくれる!?うざいんだよマジで。」

ついに爆発して母に吐き捨てる。驚いている母に構わず勢いよく部屋のドアを閉めた。
電気も付けずにバックを放り投げて制服のまま布団に潜る。

私の家と学校では全く性格が違う。いわゆるキャラというものだ。
学校ではふざけてわざと馬鹿みたいに振る舞う。それが1番楽なんだ。馬鹿のが案外楽に生活することができる。あまりにも素の自分と違いすぎるから反動が大きいのか家では家族とも極力会話はしないようにしている。
本当の私は明るくもなければ面白くもない、内向的(ないこうてき)なやつだ。
学校では「澪が陰キャなわけないって。めちゃ明るいじゃん。」って言われるけど「明るい自分」を作ってるのだからそうなるに決まっている。
敵を作らない最前の方法。どんな人にもフレンドリーに話しかけて人に執着をしない。
だから人に期待することも興味を持つことだってない。
誰が何をしようと構わないし自分には関係ないと思う。
たとえ柚や山北が明日死んだって私が泣ける保証なんてない。それがたまに怖くなる。
かつては大切な人がいたはずなのにその人まで断捨離(だんしゃり)して自分が傷つくことがないように距離を取ってしまった。
自分は平然と人を傷つけるくせに自分は人に傷つけられることが怖い臆病者。
もう戻れない。
実は自分が毎回振られる理由なんて分かりきっているのだ。
私は「好き」が分からない。あまりにも普通の幅が広すぎる。
例えば100人がいてその中で「普通」の人は99人、「合わない」が1人みたいな感じ。
その「合わない」でさえ「嫌い」なんじゃなくて根本的な考え方や性格が自分とは正反対すぎてお互いにメリットが無いから距離を取った方がいいってだけ。それだけ。
柊もそう。嫌いなわけじゃない。話してるとやっぱり「自分とは違うな」って思う。
それが「嫌い」っていう感情では無いと思う。
それでもやっぱり興味はないわけだから自分からわざと距離をとることも距離を縮めることもしない。
家族が全員寝静まったころ私は支度をする。部屋着にダウンコートを着てしっかり防寒対策をする。予め何日か前から玄関から取っておいた靴をベランダに出して外へ出る。
私の家は二階建てで私の部屋は1階にある。しかもベランダがついている部屋にしてもらえたから出ようと思ったらいつでも外に出て街中を歩くことができる。
ベランダにある柵を乗り越えるために「オシャレだ」と言い張り外用の椅子まで買ってもらった。
持ち物はスマホと財布とワイヤレスイヤホン。これがあれば充分。
寝ている母と響を起こさないように静かにベランダへの扉を開ける。
キュイという少々不快な音に顔をしかめる。
これで家族が起きてきたら最悪だ。
だが、無事に外に出ることができた。椅子の上にのり、柵を飛び越えた。
ワイヤレスイヤホンをスマホと接続し、最近ハマっているアーティストの新作の曲を聴いた。特に人気な訳でもなくいつも一緒にいるメンバーの好みでもないけれど私はこのアーティストが好きだった。
軽やかなリズムの中私はあの場所に向かった。
そこはさざ波が聞こえ、人っ子一人おらず整備さえされていない孤独な浜辺だ。
日中でもここに訪れる人は少ない。無名かつ、少々入り組んだ場所にあった。
小さいところも不人気な理由だろう。
波から少し離れたところに平たい石が置いてある。私はいつもそこで海を眺めていた。
月の光に照らされ私に光をそそぐ真夜中の海は驚く程に美しく映った。
ちょうど曲が終わり私の耳に入る音は波と風の音しかない。
そこに一つ、これもまた安心する音が聞こえてきた。
誰かの足音。足音の主なんて分かりきっているが。

「今日は早いね。」

淡い茶色の髪が柔らかい印象を強めていた。
いつ見ても優しそうな顔立ちだなと思う。学校ではきっとモテるのだろう。
声も落ち着く。ゆっくりとしていて静かだ。山北とは比べ物にならないほど魅力的に思える。
薄手で、だいぶ大きなパーカーをいつも着ている。

「そっちは今日遅くない?」

学校では声のトーンをあげて話すが今はそんなことしないくていい。
この人の前で偽ることは私たちの関係を偽ることに値する。

「ちょっと抜け出すのに手間取っちゃってね。」

「そう。」

しばらく沈黙が続く。この沈黙の時も私は嫌いじゃない。

(しろ)。」

「ん?」

呼びかけると前を向いたまま答えてくれた。
顔は見ていないのに声色だけで暖かさが容易に伝わる。

「今日も静かだね。ほんとここ落ち着く。最高。」

ゆっくりと言う。

「そうだね。」

言おうか悩んだ末気になっていたことを聞いてみることにした。

「ねぇ、白。」

「ん?」

「白は好きな人とか嫌いな人とかいる?」

自分の感情を確かめたい。そう思う一心で聞いた。自分は異常なのか。
答えが返ってくるのが怖い。

「僕は好きだった人ならいるよ。嫌いだった人もいる。」

どちらも過去形。白と関わって間もないけれど白は謎が多い。

「今は?いないの?」

「うーん。そうだね。いなくなちゃったね。」

苦笑いし、また海を見つめていた。
長く、色素の薄いまつ毛が羨ましく思えた。

「そっか…」

「澪はいるんだ?」

なにもかも見透かしてしまうようだ。
この目で見てしまわれたらもう言い訳なんてできない。
正直に言うしかないのだ。

「苦手な人がいて、でも嫌いではなくって。そもそも嫌いとか好きとかよく分かんないし。」

正直に自分のありのままの気持ちを伝えた。
白はしばらく黙っていた。

「その人っていうか人のことをここまで考えて悩めているんだから興味がないわけじゃないんだと思うよ。接し方だとか好かれ方がまだ曖昧で答えが出せてない状態。決してそれは悪いことじゃなくてこれから人をみて判断して一緒にいたい人とだけ一緒にいればいい。無理して苦手な人と関わろうとしなくてもいいんじゃないかな。澪のことが好きな人はちゃんと澪と一緒に居てくれるよ。澪がこの人にこれをしてあげたいって思えればそれが好きってことなのかもね。こうしてくれたから私も返すじゃなくて恋人だからとか友達だからとかいう理由無しで直感で動いちゃうような人を探そうよ。」

こういう時茶化したり適当な返しをするんじゃなくて自分なりの考えを言語化して私に伝えてくれる。それが白のいい所で私が白と一緒にいる理由。

「でも私、相手になにをしても義務でやってるみたいって言われるんだよね。私は私なりに考えて行動したつもりでも相手に伝わらない。」

「それは相手に問題があるでしょ。人からもらった好意を素直に受け取れないんでしょ?澪は悪くない。」

アドバイスをしてくれて肯定もしてくれるなんていい人間なんだろう。
白の悪いとこは見つかる気がしない。
白と一緒にいると安心する。なんだって話せる気がする。でも心の中で呟くと

「でもこの好きは人としての好き。」

こう思ってしまう。
確かに白はいい人だ。幸せになって欲しい。でもそれは私と一緒に幸せな時間を過ごして欲しいわけじゃない。私よりもずっと素敵な人としあわせな人生を歩んで安らかに眠って欲しい。わたしじゃなくていいの。
こんなんだから今まで誰にも心を開けなかったんだ。

「白。」

「ん?」

「好きな人はいる?」

「どうだろ。」

相変わらず何も教えてくれない人だ。白は出会った時から何も変わらない。秘密主義で私が知ってる白のことなんてほとんどない。
強いて言うなら同い年ってことくらい。フルネームも学校も家族構成も好きなことも何も知らない。でもこの距離感が心地いい。
一見お互いに興味が無いように見える。だけどそうじゃない。「安定」を求めている。
何も言わず敵でも味方でもない。それがとてつもなく楽なのだ。

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