1 夜の合間を抜けて
ジ────────────
また、冷蔵庫が動き出す音がする。
私はごろりと寝返りを打つ。
枕元にある時計が指す時は12時半。今日も日を跨いでしまった。
ほぼ一人暮らしの部屋は静まり返っている。
薄く開いたカーテンからは月明かりが入ってくる。今日は満月だ。
いくら寝ようとしたって目が冴えていて、とてもじゃないけど眠れはしない。
明日も体育があるのに。また倒れたら保健室の先生に怒られてしまう。
チッ、チッ、チッ、チッ、と時計の針が動く音。
冷蔵庫の音はまた消えた。
どこかの部屋で水を使ってるのかチロチロと水の流れる音。
外を走るバイクの音。
静かな部屋ほど騒がしい。細やかな音がしやしやと満ちている。
あー、しにたいなぁ。
ふとすると心の中でつぶやくこの言葉。
別に、自殺願望なんてない。
でも、なんでだろう。なんとなくぼーっとした時、空白を埋めるように心がその言葉で埋まっていく。
私語の、しにたい、だろう。死にたい、じゃない。死にたくなんて、ない。
しにたい。しにたい。
病んでるみたい。でもそんなことない。
煙が充満するみたいに。パンが発酵して膨らむように。
むくむくもくもく膨らんで、一見埋まってるようなのに中身はスカスカで。
なんだろう、苦しい。
…今日また、眠れないだろう。
不眠症とかなのかなぁとぼんやり思うけど、そんなの正直どうでもいい。
でも、なんだか夜に1人というのは不安になる。みんなが先に行ってしまって、私はこの世界に取り残されているような。夜に置いて行かれたような。もうずっとこのまま1人なんじゃないかと言うような。
明けない夜はないなんて言う。
そうだろう。いつかは、明けるだろう。
でも私は今この一瞬が、今が夜で満ちていることが、怖いのだ。
…外、出よう。
コンビニに行けば、店員さんが居る。
たとえその人だけだったとしても、この夜に1人じゃない確証が得れる。
私は黒いパーカーと短パンに着替え、お財布と鍵だけ持って家を出た。
夜の家出に、物なんてほぼいらない。
********
コンビニに行くまでの間に、一つだけ信号がある。
あぁ今日は赤信号だ。3日連続青信号記録だったのに残念だ。
真夜中の赤信号は、ゾクゾクする。赤信号ほど夜に似合うものはない気がする。
危険さが増したような色。夜の暗がりにじわじわと染みている赤い光。
誰もいない、車もいないこの道で、信号を待たない人なんて多いだろう。対して大きい道でもないこの信号なら特に。それでも私はその赤い光に止められて、信号をきちんと待っている。
赤信号が、青に変わった。
一本ちょっとした通りを挟むだけで、あとは基本住宅地だ。
むわっとした生暖かい風が吹く。最近の夏は夜になってもちっとも涼しくらならない。この間社会でやったのはなんだっけ?ヒートアイランド現象だった気がする。
街灯が寂しげに灯る。月を見上げると街灯と同じくらいの明るさで、あんまり綺麗に感じなかった。左右に互い違いに並ぶ街灯で出来ているくっきりとした影に目を落とす。
スニーカーのはずなのに、アスファルトの道に足音が響いた。
コンビニが道の向こうに見える。
夜の中で場違いに明るく光るコンビニは、眩しい反面出会うと少しホッとする。
『ピピピロピー』
「いらっしゃいませー。」
間抜けな音の入店チャイム。そこだけ別世界みたいに人工的に光る明るい店内。やる気のない深夜シフトのバイト。
そんな知らないその辺のバイトだとしても、この世に人がいることに安心する。
つくづく私は孤独を恐れてるんだなと思う。
寒いほど冷房の効いた店内を見て回る。
とりあえず、ペットボトル。夏の夜にはサイダーだろうと言う自論がある。
それからしゃりしゃりとしたアイス。
…カルピス味にしようかな。
ピッ、ピッ、と商品をバーコードに通していく。
深夜にコンビニバイトする人にはなんかしらの理由があるはずだと思っている。
お昼の給料では足りないんだろう。生活はどんな感じなのかな。廃棄のお弁当を食べてたりするのは本当にあるのかな。お昼は何してるのかな。寝てるのかな。でもそんな昼夜逆転だとなんのためにお金が必要なんだろう。学費自己負担のすごく苦労してる学生さんだったり?実はめちゃくちゃオタクかもしれないし、すっごく歌が上手いかもしれない。そんなふうにあれこれ考えてみるのは楽しい。
「お会計210円になりまーす。」
人のいない店内に、ホットスナックケースの稼働音が薄く響いている。
「ありがとうございましたー。」
外の空気は暑い。むわっとした空気に体が覆われる。
夏の夜、か。
そんなに思い出はないけれど、蝉がうるさくないのはいいと思う。
だけど夜は冬の方が似合うと思う。
ジ────────────
また、冷蔵庫が動き出す音がする。
私はごろりと寝返りを打つ。
枕元にある時計が指す時は12時半。今日も日を跨いでしまった。
ほぼ一人暮らしの部屋は静まり返っている。
薄く開いたカーテンからは月明かりが入ってくる。今日は満月だ。
いくら寝ようとしたって目が冴えていて、とてもじゃないけど眠れはしない。
明日も体育があるのに。また倒れたら保健室の先生に怒られてしまう。
チッ、チッ、チッ、チッ、と時計の針が動く音。
冷蔵庫の音はまた消えた。
どこかの部屋で水を使ってるのかチロチロと水の流れる音。
外を走るバイクの音。
静かな部屋ほど騒がしい。細やかな音がしやしやと満ちている。
あー、しにたいなぁ。
ふとすると心の中でつぶやくこの言葉。
別に、自殺願望なんてない。
でも、なんでだろう。なんとなくぼーっとした時、空白を埋めるように心がその言葉で埋まっていく。
私語の、しにたい、だろう。死にたい、じゃない。死にたくなんて、ない。
しにたい。しにたい。
病んでるみたい。でもそんなことない。
煙が充満するみたいに。パンが発酵して膨らむように。
むくむくもくもく膨らんで、一見埋まってるようなのに中身はスカスカで。
なんだろう、苦しい。
…今日また、眠れないだろう。
不眠症とかなのかなぁとぼんやり思うけど、そんなの正直どうでもいい。
でも、なんだか夜に1人というのは不安になる。みんなが先に行ってしまって、私はこの世界に取り残されているような。夜に置いて行かれたような。もうずっとこのまま1人なんじゃないかと言うような。
明けない夜はないなんて言う。
そうだろう。いつかは、明けるだろう。
でも私は今この一瞬が、今が夜で満ちていることが、怖いのだ。
…外、出よう。
コンビニに行けば、店員さんが居る。
たとえその人だけだったとしても、この夜に1人じゃない確証が得れる。
私は黒いパーカーと短パンに着替え、お財布と鍵だけ持って家を出た。
夜の家出に、物なんてほぼいらない。
********
コンビニに行くまでの間に、一つだけ信号がある。
あぁ今日は赤信号だ。3日連続青信号記録だったのに残念だ。
真夜中の赤信号は、ゾクゾクする。赤信号ほど夜に似合うものはない気がする。
危険さが増したような色。夜の暗がりにじわじわと染みている赤い光。
誰もいない、車もいないこの道で、信号を待たない人なんて多いだろう。対して大きい道でもないこの信号なら特に。それでも私はその赤い光に止められて、信号をきちんと待っている。
赤信号が、青に変わった。
一本ちょっとした通りを挟むだけで、あとは基本住宅地だ。
むわっとした生暖かい風が吹く。最近の夏は夜になってもちっとも涼しくらならない。この間社会でやったのはなんだっけ?ヒートアイランド現象だった気がする。
街灯が寂しげに灯る。月を見上げると街灯と同じくらいの明るさで、あんまり綺麗に感じなかった。左右に互い違いに並ぶ街灯で出来ているくっきりとした影に目を落とす。
スニーカーのはずなのに、アスファルトの道に足音が響いた。
コンビニが道の向こうに見える。
夜の中で場違いに明るく光るコンビニは、眩しい反面出会うと少しホッとする。
『ピピピロピー』
「いらっしゃいませー。」
間抜けな音の入店チャイム。そこだけ別世界みたいに人工的に光る明るい店内。やる気のない深夜シフトのバイト。
そんな知らないその辺のバイトだとしても、この世に人がいることに安心する。
つくづく私は孤独を恐れてるんだなと思う。
寒いほど冷房の効いた店内を見て回る。
とりあえず、ペットボトル。夏の夜にはサイダーだろうと言う自論がある。
それからしゃりしゃりとしたアイス。
…カルピス味にしようかな。
ピッ、ピッ、と商品をバーコードに通していく。
深夜にコンビニバイトする人にはなんかしらの理由があるはずだと思っている。
お昼の給料では足りないんだろう。生活はどんな感じなのかな。廃棄のお弁当を食べてたりするのは本当にあるのかな。お昼は何してるのかな。寝てるのかな。でもそんな昼夜逆転だとなんのためにお金が必要なんだろう。学費自己負担のすごく苦労してる学生さんだったり?実はめちゃくちゃオタクかもしれないし、すっごく歌が上手いかもしれない。そんなふうにあれこれ考えてみるのは楽しい。
「お会計210円になりまーす。」
人のいない店内に、ホットスナックケースの稼働音が薄く響いている。
「ありがとうございましたー。」
外の空気は暑い。むわっとした空気に体が覆われる。
夏の夜、か。
そんなに思い出はないけれど、蝉がうるさくないのはいいと思う。
だけど夜は冬の方が似合うと思う。