高校生になって、私は男子バスケットボール部のマネージャーをつとめることになった。運動とは無縁の中学校生活だったけれど、高校デビューとして学校の中でもイケてるバスケ部のマネージャーになることにした。運動はできないけど、マネージャーならできるかな、とか、女子のゴタゴタはごめんだな、とかそんな理由で男子バスケットボール部を選んだ。

 今日は入部して初めてにして最大の大会、高体連の日。初めて行く市の総合体育館で、何十校ものバスケ部と対戦する。
 「翠鳥ちゃん、選手呼んできてもらえる?」
 「はい!」
 「2階のトレーニングルームでアップしてるはずだから!」
 「わかりました!」
 同じくマネージャーの茉里(まり)先輩に頼まれた。ちなみに茉里先輩はマリーゴールドの影響か、オレンジ色に見える。高体連でのマネージャーの業務は大きく2つ。1つは由紀(ゆき)先輩がやっているアップの補助。選手に帯同してボール出しや飲み物補給、ジャージ畳みなど、いつもの練習と同じように補助をする。ちなみに由紀先輩は「ユキ」だから白色に見える。
 2つ目は茉里先輩と私でやっている体育館の状況確認だ。前の試合の進み具合を見て体育館に来るタイミングを選手に伝えるのが役割。タイミングは長年やっていないとわからないから、代々3年生から1年生に伝授するのが恒例らしい。
 座席を立って廊下に出ると、ウォーキングスペースという名の広い廊下に出る。ここは3階。廊下をつたって階段までたどり着き、一回1階まで降りないとトレーニングルームにつながるエントランスにはたどり着けない。
 (うわー、こんなに階段あるの?)
 ウォーキングスペースに出てすぐに貼ってある見取り図には階段がいくつも載っている。体育館の4分の1のスペースに3つも階段がある。「とりあえず降りればいいでしょ」と思い、目の前にあった東階段から1階まで駆け降りる。

 ゴン!
 足元に注意して2階から1階につながる階段の内側を降りていると、曲がり角の踊り場で緑色のジャージ集団に蹴倒された。
 「じゃまだ!! どけどけ!!」
 集団はそんなことを叫びながら、私を踏みつけそうなくらいインコーナーを攻めて階段を駆け上がっている。私も急いでいるのに、立とうとしても何度も蹴倒されてしまう。
 「ここはトレーニング専用だ! お前みたいなのが居ていいところじゃない!!」
 3回目に倒されたあと、ゴリラのように体格のいい緑色のジャージが怒鳴りつけてきた。その声はいままで私を怒った親や先生の誰よりも低く大きかった。彼のジャージは洗濯の影響か、少し青みがかっていて「若森翠鳥」のような鮮やかな青緑色だった。
 緑色のジャージ集団が通り過ぎて、なんとかエントランスにたどり着いた。まだ会場に来て2時間も経っていないのに、すでに3日の大会が終わったかのような疲労感が肩から足から押し寄せる。そして、何度も蹴倒され怒鳴られた光景が何度も脳内で再生され自然と涙があふれてくる。
 (ダメダメ! 私は選手を呼びに行かないと!)
 何度もウィンドブレーカーで涙をぬぐい、トレーニングルームまで緑色の床を見つめながら急ぐ。拭いても拭いても涙はあふれてくるが、落ち着いて泣いている暇はないから。とにかく呼びにいかないといけないから。

 「翠鳥ちゃんどうしたの?」
 「それが、階段で他校の選手に蹴倒されちゃって。」
 「どこの?」
 「わかりませんが、ジャージは緑色でした。色落ちすると青緑になるような。」
 「そうじゃなくて、階段の場所。」
 「えーっと、見ていたところから一番近かったから、東階段です。」
 「あー、それねぇー。」
 結論からいうと、私は任務をギリギリこなすことができた。もちろん茉里先輩が私が道に迷うことも計算に入れて合図をしてくれたのも、由紀先輩がおよその時間で移動の準備をしてくれていたのもある。とにかく、うちのチームは時間に遅れることなく、誰も泣かせることなく、体育館に来ることができた。
 体育館につくと、私の異変を感じた由紀先輩が何が起きたのかを聞いてくれた。由紀先輩によると、私が通った東階段は選手のアップ専用で、しかも内側が上りになる通行ルールもあるらしかった。そんなところを私なりの駆け足とはいえ、選手からすればノロノロと、しかも逆走しているのはよくなかったということらしい。
 「私も茉里先輩も当たり前すぎて教えるの忘れてた〜、ごめんね。」
 チームのみんなは誰も私のことを責めなかった。だって知らなかったんだもん。むしろ教えなくてごめんね、という感じで申し訳ない気持ちにもなってくる。
 「なにあったか知らねーけど、翠鳥のおかげで練習うまく行ったぜ、ありがとな!」
 「大変な思いして呼びにきてくれて、サンキューな!」
 私が選手を支えないといけないのに、赤紫のユニフォームを着た選手たちに励まされてしまった。うまくいかないこともあるけれど、みんなが支えてくれるこのチームの一員になれてよかったと思えた出来事だった。