それから百数年後、幼かった二羽も少年少女と呼べるところまで成長し、その日二羽は新たな門出を迎えようとしていた。はずだったが...

「ウリルーー!」
 ハニエがウリルのもとへ息を切らしながら駆け込んでくる。
 
「いったいどうした?もう出発しないと間に合わんぞ」
「そうなんだけど。さっきからフォルンがどこにも見当たらないの。いつもの丘の木に行っても、羽根一枚の気配もないのよ。私がいくら叫んでもどこからも返事がないし...」
「なんじゃと!?昨日まであんなに張り切っておったのに.さては声の届かないところにおるのか」
「え?ここから声が届かないところって...」
 
 二羽がまさかという目をしながらゆっくりと振り向く。彼らの後ろには、「生命の大樹」という巨大な樹が立っていた。その高さは数百メートルにも及び、この星上園でもひときわ存在感を放っている天使の間では有名な樹だった。

 まさかとその巨大樹を見上げた二羽は少しの間沈黙していた。はっと意識が戻ったハニエは顔が急に青ざめ始めた。
 
「もしフォルンがこの樹に上ってたとしたらどうしよう...この平地から何の滑空も無しに飛んで行くのは難しすぎるし、地道に上ってたら間に合わなくなっちゃうよ」
 ハニエは頭を抱えながらその場を右往左往していた。すると、黙って樹の上を見上げていたウリルが口を開いた。
 
「...ハニエ、わしの手につかまっておれ」
「え?う、うん」

 言われた通りにしわだらけの手をハニエが握ると、老天使はしおれていた両翼を勢いよく広げ、豪快に羽ばたきはじめた。すると、二羽はなんの滑空もなしにどんどんと上へと昇っていったのであった。
 
◇◇◇

 頂上には案の定、フォルンが広がった葉の上に座っていた。目の前に飛び出してきた二羽を見て、フォルンは驚くどころかあっけにとられていた。
 
「フォルン発見ーーー!」
 ウリルにつかまったままハニエが大声で叫ぶ。

 二羽は葉の上に舞い降りると、そのままゆっくりとフォルンのもとへ歩み寄っていった。鬼の形相で。
 
「こんなところで何をやっておったんじゃ?」
「フォルンのこと、すっっっっごい探したんだよ」

 最初は二羽の気迫に圧されて後ずさりしているだけのフォルンだったが、次第に弁解するように、泣きながらしゃべり始めた。
「だだだだって、、ここを離れるのが嫌だったんだよーー!」
 
 今度は二羽があっけにとられた表情をした。フォルンはそのまま嘆き続ける。
「向こうに行ったら少なくとも四十年はここに帰ってこれないし、ハニエとウリル以外の天使としゃべったことなんてないんだもん...」
 
 この少年天使の泣き言を聞いた二羽のとったリアクション。それはあきれ返ることではなく、彼のそばに歩み寄り、ただ優しく肩を抱きしめることだった。
 
 「大丈夫だよ。ウリルとは離れ離れになっちゃうけど、私はずっとフォルンと一緒にいるんだから」
 女神のような優しい声でハニエが語り掛ける。
 「そうじゃ。何もたった40年じゃあないか。今までお前が生きてきた240年と比べれば、そんなのすぐに終わる」
 
 顔のしわをさらに増やしながらウリルも笑いかける。
 そんな調子で慰めの言葉でいたわり続け、フォルンの癇癪(かんしゃく)を鎮めるのには40分を費やしたらしい。