そこは、地上から何千キロも離れた場所。
空とも宙とも言えない座標に浮かぶ、巨大な大地。
土には草木が生え、日中は陽の光が隠れることはない。
ここは楽園と呼ぶに最もふさわしい場所だと、そこに暮らす者たちは口をそろえて言う。
しかし、そんな楽園がいつからあるのか。なんであるのか。それを知る者はわずかであった。
そんな”星上園”と呼ばれる大地の、ある丘の中腹で寝転んでいたのは一羽の天使だった。
◇◇◇
「つまんないなぁ」
腕を頭の後ろに組んで、ため息をついた彼の名前はフォルン。何をするでもなく、ただ寝転んで何もないそらを見上げていたいるのであった。たまに羽根を一本抜いてはそらに向かって何かを描くそぶりをするも、イメージも何も思い浮かぶことなく十数秒で飽きる。を何度も繰り替えした末にこぼれた言葉であった。
しかし突然、丘の下から聞こえてきた声に、体を起こして反応する。
「あ、フォルン!そこにいたんだ」
「なんだ、ハニエか...」
「なんだって何よ!失礼しちゃう!」
ピンク色の髪をした声の主は、幼馴染のハニエだった。くしゃくしゃになった翼を直しながらフォルンは起き上がる。
「どうしてここが分かったんだよ」
「だって、フォルンここ好きじゃん。見つからないときはここ探すと大体いるよ」
「好きなんかじゃないよ。何もすることがないからここで仕方なく寝転んでるだけだし」
「へえ、そう。じゃあ遊ぼうよ!何する?追いかけっこ?」
二羽の上を覆うそらは、昼夜問わず暗黒を帯びているのだった。それは、星上園から見えるのは、空ではなく宙だからである。
「ええ、やだよ。ハニエ体力無いからすぐ終わるし」
「女の子はこれから成長するんですー。それなら最初ボク鬼ね。5,4,3...」
「わわわ。数えるの速いってばーー」
よろけながら駆け出すフォルンと、楽しそうに秒を数えるハニエ。そんな二羽を遠く見守りながら歩いていたのは、一羽の老いた天使だった。丘の離れに彼が立っているのを見つけた二羽は追いかけっこの足を止め、輝いた目で叫んだ。
『あ、ウリルだー!』
◇◇◇
二羽は彼のもとへ駆け寄り抱き着く。その衝撃がさすがに老体に響いたのか少し後ずさりするも、最後にはしっかりと受け止めた。そしてそのまま我が子のように輪っかの下の頭を撫でた。
「ほれほれ、元気にしとったか?」
「うん!えっとね、今フォルンと追いかけっこしててね、すぐわたしに捕まったのよ」
「だって、ハニエがずるしたんだもん!」
「ずるじゃありませんー。ちゃんと五秒数えました!」
あーだこーだと言い争う二羽の声は、誰もいない森の中で盛大に響き渡っていた。
「ほらほら喧嘩するんじゃないぞ。ふたりとも」
言葉では止めながらも、その様子を微笑みながら見守っていたウリル。しかし、次第に周りが暗くなり始めていることに気が付いた。
「おい、そろそろ夜になるぞい。子供もう寝床に帰る時間じゃぞ」
『はーい』
口をそろえて返事をする二羽は、足並みをそろえて丘を下った森へと向かって行った。
「ねえねえハニエ、今日はどの木のてっぺんで寝る?」
「んー、あそこの一番高いやつ!」
「いいね!じゃあてっぺんまで飛んでいけるかやってみようよ」
「よーし。今日こそ届いて見せるわよ」
「こるぁ!飛ぶのは危ないからやめろと言っとるじゃろうが」
そんなウリルの怒鳴り声もむなしく、丘のふもとまで降りた二羽には聞こえないようだった。
「まったく。元気に育ってくれおって....」
そうしてその場に腰を下ろしたころには、周囲は暗闇でほとんど見えなくなっていた。大地に日が当たっていた時よりも、周りに一層静けさが広がったような感覚になる時間。しかしそんな時を待ちわびていたかのように、子供の期待するようなまなざしで上を見上げた。
「今夜もきれいじゃな。この景色は...」
◇◇◇
「はぁ、はぁ、はぁ....やっと登れた」
「結局飛ぶの届かなくて、暗くて足場が見えないなか木登りする羽目になっちゃったね」
「なんでそんないやみっぽくつなげて言うの」
木の頂上にたどり着いた二羽は、葉の集合している足場の安定した場所で仰向けになった。一瞬黙りこくった二羽は、目の前に広がる夜の宙を眺めていた。しかしそれは、どこまでも続く真っ暗闇だった。しばらくすると、フォルンが口を開いた。
「ねえ、ハニエ。いつまでもずーっと真っ黒いだけのそらってさ、見ててつまんなくない?」
「いきなり何言ってるのフォルン」
「だって、あんなに精一杯木を登ってきてさ、やっと着いたってときにこんな真っ暗な景色なんか見てもうれしくなんかないでしょ」
「そういうもんでしょ。私たちが生まれた時からずぅーっと真っ黒かったんだから」
するとフォルンは、翼にガサゴソと手を入れると、一本の羽根を抜き取った。そして、羽根を抜いたらダメって言われてるでしょ、とハニエが注意する前に、それを高く突き出して語りだした。
「ぼくさ、いつも丘で寝転んでるとき、どうやったら見ててきれいで、飽きない景色になるかなって考え事するんだ。結局いつもイメージできないんだけど」
「きれいで...飽きない...」
「でも、今ならできる気がする」
「ほんと?やってみてよ!」
「うん」
まずあそこにさ、光る点々があってさ
光ってるの?
うん。そらが真っ暗なんだから、光ってたほうがきれいでしょ
たしかに
であそこには...光る点々。あとあそこには...光る点々
光る点々ばっかりじゃん
ほんとだ。じゃあもう、どこもかしこもたくさん光る点々にしちゃおう
えぇ、、それでいいの?たくさんってどれくらい?
んー。じゃあ、ハニエがきれいだって思うまでたくさんは?
あ、それいいね。じゃあさ、普通のだけじゃなくて色んな点々もつけてみよ
色んなって?
赤色とか青色とか黄色。止まってるだけじゃなくて、そらを走ってるのもほしい
それ、むっちゃいい!
ああ、あたしもこんな景色見て見たいわぁ
じゃあさハニエ、いつか――
◇◇◇
ここは星上園。地上の人間からは決して見えることのない、空とも宙とも言えぬ座標に浮かぶ楽園に住んでいるのは天使たち。人間よりも長い寿命を持ち、人間よりも高く飛ぶための翼を持つ彼らの目には唯一。
星が見えないのであった。
彼らがそれを見る方法はただ一つ、人間に堕ちる以外にはない。しかしほとんどの天使はこれを知らないし、その存在自体も知るはずがない。だからこそ、見えないものを見たいと言うものなど、あの幼い天使以外にはいなかった。
そして、天使の彼が星空を眺められるようになるまでの物語は、まだほんの序章にすぎないということを、あなたたちは知らない
空とも宙とも言えない座標に浮かぶ、巨大な大地。
土には草木が生え、日中は陽の光が隠れることはない。
ここは楽園と呼ぶに最もふさわしい場所だと、そこに暮らす者たちは口をそろえて言う。
しかし、そんな楽園がいつからあるのか。なんであるのか。それを知る者はわずかであった。
そんな”星上園”と呼ばれる大地の、ある丘の中腹で寝転んでいたのは一羽の天使だった。
◇◇◇
「つまんないなぁ」
腕を頭の後ろに組んで、ため息をついた彼の名前はフォルン。何をするでもなく、ただ寝転んで何もないそらを見上げていたいるのであった。たまに羽根を一本抜いてはそらに向かって何かを描くそぶりをするも、イメージも何も思い浮かぶことなく十数秒で飽きる。を何度も繰り替えした末にこぼれた言葉であった。
しかし突然、丘の下から聞こえてきた声に、体を起こして反応する。
「あ、フォルン!そこにいたんだ」
「なんだ、ハニエか...」
「なんだって何よ!失礼しちゃう!」
ピンク色の髪をした声の主は、幼馴染のハニエだった。くしゃくしゃになった翼を直しながらフォルンは起き上がる。
「どうしてここが分かったんだよ」
「だって、フォルンここ好きじゃん。見つからないときはここ探すと大体いるよ」
「好きなんかじゃないよ。何もすることがないからここで仕方なく寝転んでるだけだし」
「へえ、そう。じゃあ遊ぼうよ!何する?追いかけっこ?」
二羽の上を覆うそらは、昼夜問わず暗黒を帯びているのだった。それは、星上園から見えるのは、空ではなく宙だからである。
「ええ、やだよ。ハニエ体力無いからすぐ終わるし」
「女の子はこれから成長するんですー。それなら最初ボク鬼ね。5,4,3...」
「わわわ。数えるの速いってばーー」
よろけながら駆け出すフォルンと、楽しそうに秒を数えるハニエ。そんな二羽を遠く見守りながら歩いていたのは、一羽の老いた天使だった。丘の離れに彼が立っているのを見つけた二羽は追いかけっこの足を止め、輝いた目で叫んだ。
『あ、ウリルだー!』
◇◇◇
二羽は彼のもとへ駆け寄り抱き着く。その衝撃がさすがに老体に響いたのか少し後ずさりするも、最後にはしっかりと受け止めた。そしてそのまま我が子のように輪っかの下の頭を撫でた。
「ほれほれ、元気にしとったか?」
「うん!えっとね、今フォルンと追いかけっこしててね、すぐわたしに捕まったのよ」
「だって、ハニエがずるしたんだもん!」
「ずるじゃありませんー。ちゃんと五秒数えました!」
あーだこーだと言い争う二羽の声は、誰もいない森の中で盛大に響き渡っていた。
「ほらほら喧嘩するんじゃないぞ。ふたりとも」
言葉では止めながらも、その様子を微笑みながら見守っていたウリル。しかし、次第に周りが暗くなり始めていることに気が付いた。
「おい、そろそろ夜になるぞい。子供もう寝床に帰る時間じゃぞ」
『はーい』
口をそろえて返事をする二羽は、足並みをそろえて丘を下った森へと向かって行った。
「ねえねえハニエ、今日はどの木のてっぺんで寝る?」
「んー、あそこの一番高いやつ!」
「いいね!じゃあてっぺんまで飛んでいけるかやってみようよ」
「よーし。今日こそ届いて見せるわよ」
「こるぁ!飛ぶのは危ないからやめろと言っとるじゃろうが」
そんなウリルの怒鳴り声もむなしく、丘のふもとまで降りた二羽には聞こえないようだった。
「まったく。元気に育ってくれおって....」
そうしてその場に腰を下ろしたころには、周囲は暗闇でほとんど見えなくなっていた。大地に日が当たっていた時よりも、周りに一層静けさが広がったような感覚になる時間。しかしそんな時を待ちわびていたかのように、子供の期待するようなまなざしで上を見上げた。
「今夜もきれいじゃな。この景色は...」
◇◇◇
「はぁ、はぁ、はぁ....やっと登れた」
「結局飛ぶの届かなくて、暗くて足場が見えないなか木登りする羽目になっちゃったね」
「なんでそんないやみっぽくつなげて言うの」
木の頂上にたどり着いた二羽は、葉の集合している足場の安定した場所で仰向けになった。一瞬黙りこくった二羽は、目の前に広がる夜の宙を眺めていた。しかしそれは、どこまでも続く真っ暗闇だった。しばらくすると、フォルンが口を開いた。
「ねえ、ハニエ。いつまでもずーっと真っ黒いだけのそらってさ、見ててつまんなくない?」
「いきなり何言ってるのフォルン」
「だって、あんなに精一杯木を登ってきてさ、やっと着いたってときにこんな真っ暗な景色なんか見てもうれしくなんかないでしょ」
「そういうもんでしょ。私たちが生まれた時からずぅーっと真っ黒かったんだから」
するとフォルンは、翼にガサゴソと手を入れると、一本の羽根を抜き取った。そして、羽根を抜いたらダメって言われてるでしょ、とハニエが注意する前に、それを高く突き出して語りだした。
「ぼくさ、いつも丘で寝転んでるとき、どうやったら見ててきれいで、飽きない景色になるかなって考え事するんだ。結局いつもイメージできないんだけど」
「きれいで...飽きない...」
「でも、今ならできる気がする」
「ほんと?やってみてよ!」
「うん」
まずあそこにさ、光る点々があってさ
光ってるの?
うん。そらが真っ暗なんだから、光ってたほうがきれいでしょ
たしかに
であそこには...光る点々。あとあそこには...光る点々
光る点々ばっかりじゃん
ほんとだ。じゃあもう、どこもかしこもたくさん光る点々にしちゃおう
えぇ、、それでいいの?たくさんってどれくらい?
んー。じゃあ、ハニエがきれいだって思うまでたくさんは?
あ、それいいね。じゃあさ、普通のだけじゃなくて色んな点々もつけてみよ
色んなって?
赤色とか青色とか黄色。止まってるだけじゃなくて、そらを走ってるのもほしい
それ、むっちゃいい!
ああ、あたしもこんな景色見て見たいわぁ
じゃあさハニエ、いつか――
◇◇◇
ここは星上園。地上の人間からは決して見えることのない、空とも宙とも言えぬ座標に浮かぶ楽園に住んでいるのは天使たち。人間よりも長い寿命を持ち、人間よりも高く飛ぶための翼を持つ彼らの目には唯一。
星が見えないのであった。
彼らがそれを見る方法はただ一つ、人間に堕ちる以外にはない。しかしほとんどの天使はこれを知らないし、その存在自体も知るはずがない。だからこそ、見えないものを見たいと言うものなど、あの幼い天使以外にはいなかった。
そして、天使の彼が星空を眺められるようになるまでの物語は、まだほんの序章にすぎないということを、あなたたちは知らない